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「過労社会」に警鐘「長時間労働に依存」脱却のために

2016/01/08(金) 11:03 配信

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過労死の数は減らず、「ブラック企業」が社会問題化している。過酷な長時間労動を強いられる荒んだ労働環境は依然、大きな課題となっている。2015年4月、政府は労働時間ルールの見直しを柱とする労働基準法の改正案を閣議決定した。

労働問題を取材する東京新聞社会部記者で「ルポ 過労社会 八時間労動は岩盤規制か」の著者、中澤誠氏は、7割の大企業でいつ社員が過労死してもおかしくない状態だと警鐘を鳴らす。労働規制を「岩盤規制」だとして緩和に向かう現状に異を唱え、日本企業の「長時間労働」に依存した働き方こそが打ち破るべき「岩盤」だと訴える。(Yahoo!ニュース編集部/THE PAGE)

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8時間労働は「岩盤規制」か?

中澤氏は、ワタミフードサービスの新入社員の過労自殺問題をきっかけに、日本企業の長時間労働問題の取材を始めた。そして、中澤氏ら取材班が2012年に日本の大企業100社について調べた結果、7割で、「過労死ライン」(月80時間以上)の残業を認めていることが分かった。

「過労死ライン」とは、厚生労働省が労災認定の基準として2001年に通達したもので、月80時間以上の残業は、疫学的に脳や心臓に負担が大きいとされる。つまり、極論すれば大企業の7割で社員がいつ過労死してもおかしくない状態なのだという。

日本では1日の労働時間は「8時間」と定められている。しかし経営者側と労働者側が何時間まで残業できるかの上限時間を協定で結べば、残業が例外的に認められる。労働基準法36条で定められた、いわゆる「36(さぶろく)協定」だ。

労働時間ルールの見直しを柱とする労働基準法の改正案が閣議決定されたいま、中澤氏は、「いま安倍首相は日本経済を活力あるものにするために、なるべく経済活動を阻害するものをできるだけ排除しようと動いている。そういう規制を『岩盤』といって自らドリルになって岩盤を開けていくんだと打ち出している」とみる。そして、そうした首相の方針に疑問を呈する。

「『1日8時間』は確かに規制ではあるが、一方で労働者を守るための規制である。労働者を守るためのルールまで、同列に『岩盤』だと論じて規制撤廃することが本当に必要なことなのか」

人件費は経営者にとっては「コスト」

首相や経済界が規制緩和を求める背景を、中澤氏は「企業はできるだけコストを抑えて利益を出したい。そのために人件費は経営者側にとってはコストになる」と説明する。

ただ現状は1日8時間という規制がある。企業は、労働時間ばかり長くて成果を上げていない「ダラダラ残業」を嫌う。しかし8時間を超えると残業代を支払わなくてはならない。企業からするとコストがかかるばかりだ。そのため「1日8時間の規制を取っ払って成果に応じた賃金体系、働き方に変えたい狙いがある」という。

また、産業構造の変化という側面もあると指摘する。労働基準法が制定された戦後直後と比べると、ホワイトカラーと呼ばれる事務系労働者の占める割合が高くなってきている。こうした労働者は工場勤務の労働者と違い、働いた時間と成果が必ずしも比例しない。また、日本は労働者一人ひとりの「労働生産性」が低い、という現状もある。労働者がいかに効率よく利益を生み出したか、という指標だが、これが先進7か国中で最も低いのだ。

後を絶たない過労死・過労自殺

しかし、労働者の働く環境に目を転じると状況は厳しい。中澤氏は「非正規拡大の問題や労働者を使い潰すようなブラック企業も問題になっている。そして相変わらず『過労死』や『過労自殺』も減っていない」と指摘する。

実際、認定された過労死の件数は、2002年に160件に達した後、2009年には106件まで減ったが、再び増加傾向で、2013年には133件まで増えている。労災自体も2007年に392件を記録した後、減少したが、近年は再び300件台で推移している。過労自殺も認定されたものだけで、近年はおよそ60件台にとどまったままだ。

「1日8時間」規制を外すことには、労働組合側にも「いまでさえ荒んでいる職場環境を、より悪化させるのでは」という危惧があるという。

大手自動車メーカーのエンジニアだった男性は、2006年の正月、虚血性心疾患で死亡した。45歳だった。車好きだった男性は、いわゆる花型部署でチーフエンジニアを務めていた。やりがいのある仕事だったが、分刻みの会議で納期に追われ、1円単位で原価を切り詰める、そんな日々を送っていた。新車開発を担当していた2005年には米国出張も多く、朝7時半に出社して日付が変わる前に帰宅するのはまれだった。亡くなった後、労災が認められた。

石油プラント建設や保守を手掛ける会社に入社した男性は、月200時間の残業を強いられていた。入社2年目に大規模工事を任された男性は、2008年2月から8月まで毎月80時間超の残業を行い、亡くなる4か月前の6月末から38日連続で出勤。7月の残業時間は218時間だった。この会社では残業の上限時間を200時間とする36協定が結ばれていた。

「裁量労働制」という罠

中澤氏は、近年導入が進む「裁量労働制」についても言及する。厚生労働省のアンケート調査では、実際に裁量労働制で働いている人は、1日8時間で働いている人に比べて労働時間が長くなっているという。中澤氏は「時間という概念から外れて、より成果に応じて賃金を払う働き方に近い」とみる。

裁量労働制は対象の職種が限定されるが、IT業界では、経営者が制度を「悪用」する事例が相次いでいるという。神奈川県内のシステム開発会社に勤めていたプログラマーの40代男性は、採用時に「裁量労働制だから残業代は出ない」と説明された。しかし実際には、朝9時に出社すると上司の指示通りに業務をこなし、自らの裁量はほとんどなかったという。無理な納期を負わされ、長時間労働が慢性化し、うつ状態になると、解雇された。

閣議決定された労基法改正案では、裁量労働制の適用拡大も盛り込まれている。中澤氏はこう訴える。「経営者側の裁量を大きくすれば、経済は成長するかもしれないが、労働者の健康や命をむしばむルールにしていいのか。長時間労働をいかに減らしていくか、それこそ安倍首相が開けていく『岩盤』ではないか」

長時間労働を脱却するためには?

では、長時間労働を是正するためにはどうしたらいいのだろうか。中澤氏は「現状、企業の自助努力だけでは改善は難しい」と語り、制度として強制力を持つ何らかのタガが必要だという。

「結局、何時間までしか働いてはダメという絶対的な上限がいまの日本にはない。そこを制度化して、月何時間までとか年間何時間まで、という制度を定める必要がある」

2014年に過労死防止法が、2015年9月には改正労働者派遣法も成立した。本書は、中澤氏が長時間労働をめぐる3年間の取材をまとめたものだが、取材を始めた当時を、「若者の就職状況が悪化し、『ブラック企業』が社会でクローズアップされ始めた時期だった」と振り返る。そのころに比べれば、少しずつではあるが、日本の労働コンプライアンスは変化しつつあるが、最後にこう釘を刺した。「でもまだ若者の労働力を悪用する企業はある。政府の規制緩和が労働環境の悪化を招かないようにチェックしていかないといけないし、社会全体として歯止めをかけていく必要がある」。

インタビュー動画(全編)

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中澤誠(なかざわ・まこと)
東京新聞社会部記者。ワタミフードサービスの新入社員の過労自殺問題をきっかけに長時間労働問題を精力的に取材。

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