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遠崎智宏

選手の「酷使」や保護者の「お茶当番」――縮小する少年野球が抱える課題

2019/04/18(木) 09:46 配信

オリジナル

「小さい子どもが投げ過ぎて手術を受けている」――。今年1月、横浜DeNAベイスターズ・筒香嘉智選手の記者会見での少年野球に対する問題提起は、野球関係者のみならず社会に衝撃を与えた。少年野球における選手の酷使、保護者の「お茶当番」という「ボランティア」の強制。関係者の証言を集めた。(ライター・菊地高弘/写真・遠崎智宏/Yahoo!ニュース 特集編集部)

現役プロ野球選手の問題提起

日本プロ野球を代表する現役のスター選手によって、野球界の悪弊が白日の下にさらされた。

2019年1月25日、日本外国特派員協会(東京都千代田区)で横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手(27)が記者会見を開いた。外国メディアを中心とした約100人の報道陣を前に、筒香選手はジュニア年代の野球現場の問題点を訴えた。

「小さい子どもたちが野球をやりたいのにもかかわらず、無理をし過ぎて手術をしたり、けがをして野球を断念したというケースを僕自身も何度も見てきました」

「親はお茶当番があるので、子どもたちとどこかへ出掛けたり、お母さんは自分がしたいことも何もできないという声がありました」

日本外国特派員協会で記者会見する筒香嘉智選手(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

多岐にわたる筒香選手の問題提起のなかで、とくに大きな反響があったのは次の2点だ。一つは子どもの健康に害を及ぼす指導者や運営上の問題。もう一つは「お茶当番」に象徴される保護者の負担である。

コーチへの感謝の思いから始まったはずが

このような問題が起きるのはなぜか。数年前に関東地方のある強豪少年野球チームに息子が所属したことのある、母親Aさんに話を聞いた。

Aさんによると、息子が入団したチームは設立から数十年の歴史があり、選手がミスするたびにグラウンドには指導者の「何やってんだ!」という罵声が飛び交っていた。保護者には「お茶当番」が課せられ、試合日だけでなく、練習日にも当番が割り当てられた。お茶当番とは、選手、指導者、来客のために保護者がスポーツドリンクやコーヒーなどの飲み物を出す役割のことで、多くの少年野球チームに半強制的に存在しているという。Aさんは率先してお茶当番に励んでいた。

「最初はボランティアで指導してくれているコーチへの感謝の思いから始まったことなんです。でも、『コーヒーをお出ししたほうがいいよね?』という話が、いつしか『ミルクや砂糖を入れる量の好みもあるよね?』と、過剰になっていくんです。どんどん当番の仕事が増えて、ストレスになっていきました」

野球競技人口の低迷は「少子化の影響」と見る向きもあるが、子どもの減少率以上のペースで少年野球の選手は減っている(撮影:遠崎智宏)

共働きの夫妻など、当番に行けない家庭もある。だが、当番に来ない家庭はチーム内で浮いていくという。Aさんは「当番じゃなくても、見に行かないと陰で何を言われるか分からないので」と、少年野球への協力がなかば義務化されていく感覚だった。

「もう週末が憂鬱で仕方がありませんでした。平日だって、少年野球チーム内の『誰が車出しをできるか?』というような事務連絡がずっとくるわけです。いつの間にか『チームに迷惑をかけたくない』という思いが最優先されていました。息子が金曜の夜に早く寝ないと、『もし明日遅刻したら……』と気が気じゃない。『早く寝なさい!』と息子を叱りつけてしまって、そんなイライラが家族みんなに広がっていきました」

笑いながら「治ればまたできるじゃん」と言った指導者

小学4年のとき、Aさんの息子に異変が起きた。利き腕のヒジに痛みを訴えたのだ。エース投手だった息子は登板過多がたたり、ヒジを疲労骨折していた。治療を経て、回復した後にチームに復帰したものの、息子の起用法はまるで変わらなかった。

「1試合90球以上を投げて、負けた試合後に練習があるんですけど、そこでも全力で投げさせられる。『痛い』なんて言える雰囲気じゃないんです。でも、マウンドで息子はヒジを気にするそぶりをしてアピールするんですが、全然代えてくれなくて……」

結果、息子は2度目のヒジの疲労骨折と診断される。息子を伴って報告に訪れたAさんは、チームの指導者からこんな言葉を掛けられる。

「ヒジが痛いって言ったって、治ればまたできるじゃん」

この言葉を聞いた瞬間、Aさんは血の気が引く思いがしたという。

「半笑いで軽く言われて……。それで目が覚めました。息子に2回も骨折をさせてしまって、親として本当に申し訳ない。こんなチームに入れて本当に後悔しています」

「お茶当番」に代表される保護者の負担が、少年野球チームに子どもを入れる際の高いハードルになっている。「自分で飲み物を用意すれば当番は不要」という保護者の声は昔からある(撮影:遠崎智宏)

すぐさま息子を退団させたAさんに残されたものは、息子のけがと野球への憎悪だけだった。Aさんは「息子が投げていた姿が全然思い出せないんです」と告白する。

「お茶当番やら、ボールなどの道具をそろえるやら、横断幕を張るやら……と目まぐるしく動いていたから、ゆっくりと試合を見る余裕すらなかったんです。当時は『少年野球はそんなもの』と思っていましたけど、絶対におかしいですよね?」

Aさんの息子の話は、決して特殊な事例ではない。近年、神奈川県で野球競技人口の増加を目指した取り組みを続ける、慶應義塾高校野球部前監督の上田誠さん(61)はこう警鐘を鳴らす。

「旧知のスポーツドクターによると、神奈川県内だけで年間20人の少年野球選手がヒジの手術をしている状況なんです」

個性派指導者として知られる上田誠さん。慶應義塾高校野球部の監督を1991年から2015年夏まで務め、春夏合わせて4度の甲子園出場に導いた(撮影:遠崎智宏)

選手は減っているのに試合数が増えている

スポーツドクターから「このままじゃ少年野球は潰れますよ。でも、医療関係者が発信するだけでは伝わりません」と進言された上田さんは、突き動かされるように神奈川県内の少年野球の実態を調査した。そこには驚きの現実があった。

「多いチームで年間200試合近くこなしているんです。なぜそんなに多いのかといったら、CSR(企業の社会的責任)の一環でいろんな地元企業が少年野球の大会を開くからなんです。ローカル大会がたくさんあるから、選手たちは1日に三つの大会をハシゴすることもある。球数制限などの規定は大会ごとにありますが、それぞれ別の大会だから同じ投手が投げている、なんてこともあるわけです」

小・中学生の野球競技人口(軟式・硬式の合計)は2007年の66万3560人から、2016年には48万9648人まで減った。上田さんによると、神奈川県内で2010年に2000あったチームが2017年には800まで減っているという。選手数が減っているのに、試合数は多い逆転現象。投げ過ぎで故障する選手が続出するのは、必然と言える。

とくに成長期のスポーツ選手に起こるやっかいなヒジの病気は「離断性骨軟骨炎」だ。横浜南共済病院の山崎哲也スポーツ整形外科部長に、その危険性を解説してもらった。

「床を歩いていて、表面上は問題ないように見えるんだけど、土台が腐っている。ある日、ジャンプをすると床がバキッと抜ける。それが骨に起きているんです」

度重なるストレスや外傷により血流障害が起こり、軟骨下の骨が壊死する。初期段階では大きな症状が出ないため分かりにくいが、関節軟骨の表面に亀裂が走ると、強い痛みを感じてプレーはできなくなる。最悪の場合、手術に至るケースまである。

上田さんはスポーツドクターと連携し、スポーツ障害を減らすための取り組みを始めた。2018年から年1回「神奈川学童野球指導者セミナー」を開き、各回約500人の参加者を集めている。

「セミナーに来るような人は、基本的に問題意識が高い人なんです。でも、本当にセミナーを聞くべき人は、セミナーに来てくれない人でしょう。それはもどかしいですね」(撮影:遠崎智宏)

海外の少年野球からの学び

筒香選手は日本外国特派員協会の会見で、こうも語っていた。

「指導者の方は、うまくなってほしいと思ってやっていることだと思いますけど、子どもたちを見守る、いい距離感で子どもたちに指導する、長時間練習、罵声、暴力といったことをなくす必要があると思います」

筒香選手の考えに大きな影響を与えたのは、2015年に武者修行として参加したドミニカ共和国のウィンターリーグでの経験だ。ドミニカ共和国の少年野球現場も視察した筒香選手は、日本のそれとはまったく違う世界を目の当たりにする。ドミニカ共和国で筒香選手をエスコートした、ラテンアメリカの指導方法を日本全国に伝えるセミナー活動をしている阪長友仁さん(37)は言う。

現在も海外を飛び回るかたわら、筒香選手の出身チーム・堺ビッグボーイズ(大阪)で指導者を務める阪長友仁さん(撮影:遠崎智宏)

「日本とは何もかもが正反対で、最初は私自身も理解することが困難でした」

阪長さんは新潟明訓高校で甲子園に出場し、立教大学では主将を務めた野球人。青年海外協力隊としてスペイン語圏の国に赴任したことをきっかけに、さまざまな国を訪問して野球の指導現場を見て歩いてきた。そこで行き着いたのがドミニカ共和国の選手指導法だったという。

「目の前の結果ももちろん大事なんですけど、それよりも大事なのは将来の結果です。ドミニカ共和国は『25歳でメジャーリーガーになるために』という視点から、やるべきことを逆算しています。たとえば、17~18歳の最大投球数は80球程度で、次の登板までに中5日を空ける。守備でも打撃でも細かいミスが多いのですが、指導者からとやかく言われることはありません」

日本の人口は約1億2000万人で、2018年のMLB(メジャーリーグ)開幕ロースターに名を連ねたのは8人。一方、ドミニカ共和国の人口は約1100万人でMLB開幕ロースターには85人も入った。

指導者と選手が対等なドミニカ共和国

ドミニカ野球には指導者と選手の関係性にも特徴があったと、阪長さんは言う。

「指導者と選手が対等ということです。指導者が上で選手が下という主従関係ではない。たとえば選手がチャンスで凡退しても、ドミニカ共和国の指導者は『次は打てるから、積極的にチャレンジしていこう!』とポジティブに声を掛ける。選手と指導者の関係は、年齢的にも立場的にも指導者が上になりやすい構造です。選手が指導者の位置まで上がっていくことは難しい。だから指導者は選手の目線まで合わせていく必要があるんです」

ドミニカ共和国を訪れた阪長さんは、必ず現地の指導者からこう言われていたという。

「とにかく指導者が選手をリスペクトすることだ」

「規律がしっかりしている、モノを大切にする、人の話をしっかりと聞く。そうした日本のよさを残しつつ、海外の文化から学ぶこともできると思うんです」(撮影:遠崎智宏)

阪長さんはこの点で、日本の少年野球指導現場との大きな違いを感じている。

「ドミニカ共和国の指導者が言うのは『野球は失敗の多いスポーツなんだ』ということ。何十億円ももらっているメジャーリーガーだってミスすることはあるわけです。選手は常にチームに貢献したいと思っている。そのことをリスペクトした上で、彼らが前向きにプレーする手助けをしていく。それが指導者の役割だと私はドミニカ共和国の野球から学びました」

「慣例」をなくした「脱・勝利至上主義」のチームが人気

「脱・勝利至上主義」を掲げ、勝つこと以外の目的を見いだそうと取り組むチームもある。神奈川県横浜市金沢区の少年野球チーム、横浜金沢V・ルークスは、2017年に新設されたチームながら、現在選手数は40人を超える。

チームの監督を務める澤中貴司さん(50)は言う。

「少年野球には数多くの『こうあるべき』『こうしなければならない』という慣習があり、それが競技人口低下につながっていると思います。ルークスでは、それらをすべてなくしました」

横浜金沢V・ルークスの澤中貴司監督。2017年3月のチーム発足時は5人だった選手が、2018年秋時点で46人に激増した(撮影:遠崎智宏)

指導者が怒鳴り散らすことや、保護者によるお茶当番を禁じた。保護者の送迎の負担を減らすために、試合会場には電車やバスなどの公共交通機関を使う。選手が習いごとを掛け持ちすることも許されている。チームのモットーは「プレーヤーズ・センタード」。常に選手が中心にいるチームづくりに取り組んでいる。

横浜市金沢区の練習場に行ってみた。練習開始前後には何人かの母親が井戸端会議をしていたが、しばらくすると姿が消えた。帰るのも自由なら見るのも自由。それがルークスの流儀だ。ある保護者は「子どもには『中学になるまで野球は我慢して』と言っていたんですけど、ルークスができたお陰で安心してチームに入れられました」と笑った。

ルークスでは月に1日の完全休日「ファミリーデー」を設け、習いごとの掛け持ちも自由。取材当日には練習途中で水泳教室のため「中抜け」する選手もいた(撮影:遠崎智宏)

選手たちは小学校1年生から6年生までまんべんなくそろっており、全選手が集合すると頭の位置はバラバラ。低学年のなかには、練習の合間にコーチにじゃれつくような選手もいる。強豪チームのような張り詰めた雰囲気はない。

「本当は怒りたい気持ちを押し殺しているところもあるんですよ」

そう言って苦笑いを浮かべたのは、チーム創設メンバーの一人でもある酒井達也コーチ(46)だ。

「私も他のコーチも、厳しい野球を経験してきましたから。でも、選手が怒鳴られて野球がイヤになることだけは避けたいんです」

横浜金沢V・ルークスの酒井達也コーチ。20人いるコーチは「感情的に怒らない」などコーチングの意思統一を図っている(撮影:遠崎智宏)

指導者間で「選手をけなすような声掛けはしない」と、徹底している。「脱・勝利至上主義」を掲げていると言っても、勝つことを放棄しているわけではない。勝負ごとである以上、勝利を目指して戦っている。だが、ルークスは低学年、中学年、高学年の3チームに分け、1チームあたりの定員14人全員が試合に出られるようにした。技術が不足している選手が出場して、なかなか試合に勝てないこともある。

そうなると不思議なもので、コーチ陣や保護者の間から「練習を休む子、下手な子を試合に出すと負けてしまう」という不満の声があがるという。澤中監督は頭をかく。

「脱・勝利至上主義からのスタートだったはずが、気づけば勝利至上主義が目の前にある。ここは乗り越えなければならない難しさだと感じています」

勝利にこだわらない指導者は、どこにモチベーションを求めるのか。酒井コーチは言う。

「指導者としては、勝つことで成長できることは間違いなくあると思います。でも、なかなか勝てないチームがたまに勝つと、それはそれで感動しますよ。1勝できた重みが感じられるんです。それはコーチとしてうれしいことですね。あとはこれから5〜6年後、いま教えている子たちが中学、高校でどうなっているのか楽しみです」

チームのモットーは「プレーヤーズ・センタード」。指導者の大声ばかりが響く少年野球にありがちな光景は、ここにはなかった(撮影:遠崎智宏)

ルークスには毎週、毎月のように入団希望者がある。だが、前述の通り全員に出場機会を与えるべく定員制を敷くため、希望者を断らざるをえない。その際は、地域内の他チームへの入団を斡旋している。澤中監督はこうした状況に、一筋の希望を見ている。

「少子化と言われていますが、指導者の問題や保護者の負担がクリアになれば子どもに野球をさせたいと考えている家庭は、意外と多いのではないでしょうか」

少年野球の指導者の大多数はボランティアである。グラウンドで怒鳴り声をあげている指導者にも根本には「子どものため」という利他的な思いがあるはずだ。だが、野球の競技人口が減っている今、少年野球は大きな曲がり角に差し掛かっている。

筒香選手は先の会見で、報道陣から指導者の問題について尋ねられ、こうも述べている。

「自分が経験してきたことだけを伝えるから、いま問題が起きているわけです。指導者の方も常に同じように成長して、頭もアップデートされ、子どもたちのためになるような指導をしないといけないと思います」

少年野球のアップデート。それは野球界、ひいてはスポーツ界全体のアップデートへとつながっていく。


菊地高弘(きくち・たかひろ)
1982年生まれ、東京都育ち。野球専門誌「野球太郎」編集部員を経て、フリーの編集者兼ライターに。2018年夏の高校野球界で「リアルルーキーズ」と話題になった白山高校の奮闘を描いた『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)を上梓した。

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