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「すべての世代にメリットがある」——子育て支援は日本を救えるか

2017/05/05(金) 09:16 配信

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借金大国・日本の難局を脱する切り札となるのは「保育サービスの拡充」だ――。そんな提言が注目を集めている。保育の予算を増やすことによる経済効果は大きく、子どもの貧困や自殺を減らすなどの波及効果もあるという。提言したのは柴田悠(はるか)京都大准教授。当事者が限られると思われがちな子育て支援が、実は「この国の誰にとってもメリットがある」政策なのだと柴田氏は訴える。こどもの日を前に話を聞いた。(ノンフィクションライター・秋山千佳/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「本来は政府などが日本のデータだけを使って高度な分析をすべきところですが、手間がかかりすぎるためすぐにはできないようなので、あくまでも私のできる範囲で試みたのが今回の統計分析です」と柴田氏は語る。(撮影:殿村誠士)

日本が抱える最大の問題は「財政難」

柴田氏は、日本が抱える最大の問題を「財政難」だと指摘する。
「日本政府は2016年末時点で、GDPの1.2倍にあたる600兆円超の借金(純債務残高)を抱えています。この国の課題は景気低迷や介護や教育などいろいろありますが、いずれも根っこにあるのは財政難です。財政難のせいで、課題を解決するのに必要な予算を切り詰めるしかないのです」

先進諸国ではどんな政策が効果を上げているのか、柴田氏は2000年代を中心にOECD(経済協力開発機構)加盟諸国最大28カ国(日本を含む)のデータを用いて検証した。すると、財政的には「お荷物」でしかないと思われてきた社会保障の中に、経済成長と両立しうる可能性のあるものがあった。それが保育サービスだという。

保育サービスに経済成長と両立しうる可能性があるというのが、柴田氏の主張だ。(ペイレスイメージズ/アフロ)

柴田氏の統計分析によると、保育サービスの拡充にGDP比で0.1%にあたる0.5兆円を充てると、翌年のGDPが約0.23%増える、つまり経済成長を促す効果は約2.3倍という結果が先進諸国の傾向として出た。内閣府の推計では、公共事業に追加予算を投入したときのGDP押し上げ効果は最大1.1倍、法人税減税では最大0.6倍。データや分析方法の違いなどで単純に比較できないとはいえ、保育の経済効果は大きいと柴田氏は主張する。

保育が経済成長にまでつながることを単純化すると、三つの論拠から三段論法でこう言えるというのが以下のフローチャートだ。

保育サービスの拡充が経済成長につながっていく流れを図式化。柴田氏いわく、政策によってすぐに変えることが難しいものを除くと、短期の経済成長に最も効果的と考えられる政策が保育サービスだという。

1)経済成長率を上げるには、労働生産性を上げればよい

「経済成長(人口1人あたりの実質GDPの増大)を促す要因は、『働く人の割合』『労働時間』『労働生産性』の三つです。ただ最初の二つを日本で増やそうというのは、高齢化が進み長時間労働が社会問題化している現状では、あまり現実的ではありません。残る手段は、『労働生産性』、つまり労働者が1時間働いて生み出すサービスや商品の付加価値をいかに高めることができるか、ということになります」

日本の「労働生産性」は、OECD加盟35カ国中19位(2015年)で、OECD平均より低い。逆にいえば、まだ伸びしろがあるということだ。

柴田氏は、日本の労働生産性に「伸びしろ」を見出している。(撮影:殿村誠士)

2)労働生産性を上げるには、労働力女性比率を上げればよい

柴田氏の分析によると、労働生産性を高める要因は、「高齢者比率の低下」「労働力女性比率の上昇」「労働時間の短縮」の三つだという。高齢者比率については短期的に変えることが難しいため、柴田氏は後の二つに注目する。

「労働力女性比率とは、働く人の中に女性が何%いるかということです。日本は43%にとどまり(2015年)、しかも2010年からほぼ横ばいです(※図)。1990年時点ではOECD平均くらいだったのに、その後ドイツやベルギーなどの他国はぐんぐん伸び、日本は取り残されてしまっています」

先進諸国全体として労働力の女性比率が高まるなか、かつては平均的な存在だった日本は取り残されている。The World Bank(2015)より柴田氏が作成した図から抜粋

日本が変化に取り残された理由を、柴田氏はバブル期までの成功体験にあると指摘する。
「60年代から80年代までの日本の経済成長率は、欧米よりも高くて絶好調だったのですが、その背景には日本型雇用がありました。新卒採用で定年まで雇用が保障されるかわりに、夫が長時間労働で夜遅くまで働く一方、家庭は専業主婦の妻任せ。バブル経済が崩壊し、産業構造が製造業(第二次産業)からサービス業などの第三次産業へと移行しても、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われた時代のやり方にしがみついてしまった」

社会学、社会保障論を専門とする柴田氏。(撮影:殿村誠士)

「第三次産業はアイデア勝負なので女性も働きやすい。むしろ消費者の半分は女性ですから、アイデアを生み出す側が男性ばかりだと絶対に不利です。女性の労働参加によって、女性のアイデアが活かされたり、家庭との両立のために労働時間短縮が促されたりすることから、単位時間あたりの労働生産性が上がると期待できます」

労働生産性を上げるためには、これまで低空飛行だった労働力女性比率を高めればよい。しかし、現状の日本で働く女性を増やそうとすると、二つの壁があるという。一つは、家事・育児の妨げになる「長時間労働」の慣習。これは政財界の合意さえあれば、残業規制などによって財源なしで徐々に改善することができる。そしてもう一つが、待機児童に代表される「保育」の問題だ。

保育サービスの拡充は、日本の喫緊の課題となっている。(写真:ロイター/アフロ)

3)労働力女性比率を上げるには、保育サービスの拡充が最も効果的

総務省統計局の2015年の労働力調査によると、「出産・育児のため職探しはしていないが、実は働きたい」という女性は、99万人にものぼるという。産休・育休中の女性は除いての話だ。
「ここから出産のために働けない人を引くとして、数十万人の女性が育児のために働きたくても働けていない状況にあるのです」

柴田氏の統計分析からは、2000年代のOECD諸国の平均的な傾向として、保育(就学前教育を含む)への政府支出をGDP比で1%増やすと、その年の労働力女性比率は約1.2%増えるという。

柴田氏の著書より。出産・育児にともない、働きたくても働けない女性は100万人近く存在するという。(撮影:殿村誠士)

実際に保育サービスの予算を増やすとどうなるのか。

「現在30万人ほどと推測される潜在的待機児童を解消するためには、保育施設増設や保育士増員、給与引き上げなどに、およそ1.4兆円の追加予算が必要です。しかしこれだけの予算を投入すると、働く女性は40万人分くらい増えます。結構な数ですよね。この増加に伴って、翌年には労働生産性の上昇率がOECD平均をはるかに超え、経済成長率は約0.64%上がってアメリカやスウェーデンとほぼ同レベルに。数年後のGDPは約3.2兆円増えると見込まれます」

つまり、1.4兆円の追加予算を保育サービスに投じれば、待機児童解消という当事者のメリットにとどまらず、労働力女性比率が上がって約3.2兆円分の経済効果という成果につながるというのだ。

ただ、1年間で保育予算を一気に増やすことは難しいため、数年から5年ほどかけてトータルで1.4兆円の増額になるようにすればいい、と柴田氏は言う。
「5年間であれば経済成長率は毎年0.13%ずつ上がる計算になり、現実的な上昇幅といえるでしょう」

待機児童問題の解消が財政健全化につながるとすれば、この国の誰もがもっと当事者意識を持つべき話ということになる。「政治家が動くためには、保育を求めているお母さんたちだけでなく、もっと社会全体の世論が高まる必要があります」(柴田氏)(写真:ロイター/アフロ)

さらに副次的な効果としては、母親の収入が増えるために子どもの貧困率が2.2%下がって、44万人の子どもが相対的貧困から救われるという。労働力女性比率が高まれば、自殺者の大半を占める男性が家計を一身に担う経済的重圧によって追い詰められることも減り、自殺を減らす効果もある。柴田氏が分析した社会保障の中で、「財政難」「子どもの貧困」「自殺」のすべてに効果があると考えられる政策は、保育サービスの拡充だけだった。わずかではあるが翌年の出生率も上昇し、年間の出生数は約1万人増えるという。これらはあくまで先進諸国データの分析から導かれた仮説ではあるが、与党をはじめ各政党から関心を寄せられている。

誰もが生きやすい社会に

社会学者である柴田氏の関心は、もともと「生き方」や「幸せ」にあった。誰もが生きやすい社会にするにはどうしたらいいかを考えるなかで行き着いたのが、社会保障だったという。
「待機児童問題は当事者が毎年変わるのでなかなか解決されにくい問題ですが、それを解消することで財政がよくなるということは、お年寄りなら年金や介護、現役世代なら教育や就労支援などを十分に受けられるようになるということです。つまり誰にでも関係していることであり、今のこの日本の状況を救うのは『子育て支援』だと、私は思っています」

保育サービスの拡充で柴田氏が何より重視するのは、実は経済成長よりも、親の虐待行動の予防や、子どもの発達の支援だ。「子どもが3歳になるまでは親だけで育てた方がいいという『3歳児神話』が日本では根強かったのですが、今では科学的に否定されています。1〜2歳児は保育サービスに預けたほうが、親の虐待行動が予防され、子の発達が促されることが、日本のデータでも実証されているからです」(柴田氏)(撮影:殿村誠士)


柴田悠(しばた・はるか)
1978年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科准教授。博士(人間・環境学)。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。同志社大学准教授、立命館大学准教授を経て現職。専門は社会学、社会保障論。著書に『子育て支援が日本を救う 政策効果の統計分析』(勁草書房)、『子育て支援と経済成長』(朝日新書)など。

秋山千佳(あきやま・ちか)
1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当。2013年に退社し、フリーのノンフィクションライターに。著書に『ルポ保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』、『戸籍のない日本人』。

[写真]
撮影:殿村誠士
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝
[図版]
ラチカ

(最終更新:5/5(金) 10:50)

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