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山田真実

買い物に行けない「買い物弱者」をどう救うのか──島根県雲南市と千葉県松戸市の試み

2020/02/03(月) 08:23 配信

オリジナル

小売店の撤退、自動車運転免許の返納などで、食料品などの買い物に行けない高齢者が増えている。農林水産省では生鮮食料品店まで直線距離で500メートル以上、かつ65歳以上で自動車を持たない人を「買い物弱者」と定義したが、その数は全国で825万人に及ぶ。そんな人たちは地方の過疎地域から首都圏のベッドタウンにまで広がっている。買い物弱者をどう救えばよいのか。島根県雲南市と千葉県松戸市の実情と取り組みに密着した。(ノンフィクションライター・山川徹/Yahoo!ニュース 特集編集部)

山間地域で食料品を販売する軽バン

色づいた山の斜面には、家屋が窮屈に点在していた。開けた平地には、稲刈りを終えた田んぼが広がり、澄んだ川が流れている。周囲には、商店やコンビニはおろか、住民の姿も見当たらない。

加茂町の山間地域を走るかもマートの移動販売車(撮影:山田真実)

2019年11月上旬の午前10時過ぎ。秋晴れのどかな景色のなかを〈生活応援隊 かもマート〉とロゴが書かれた白い軽バンが走っていく。島根県雲南市加茂町の中心部である加茂中駅近くにあるスーパー「かもマート」は、毎週火曜日、買い物に困った住民向けに移動販売を行っている。

「かもマート」のスタッフである中林喜美子さんは、加茂中駅から車で5分ほどの民家の駐車場に軽バンをとめると、「おはようございます!」とインターホンを押し、発泡スチロールや段ボールなどを玄関先に並べていく。

(撮影:山田真実)

玄関からサンダルばきで出てきたのは、カーディガンを羽織った高齢の女性である。園田とき子さん(仮名)は1935年生まれの84歳。2年前に夫を病気で亡くしてからは、山あいのこの家で、1人で暮らしている。

総菜、弁当、納豆、豆腐、みかん、もやし、トマト、カップ麺、調味料、菓子……。園田さんは、腰をかがめて、玄関先に並ぶ箱に入った商品を一つひとつ手に取っていく。

移動販売車の商品を選ぶ84歳の女性(撮影:山田真実)

「旦那が亡くなるまでは車で買い物に行っていたんだけどね。私は免許を持っていないから、どこにも行けなくなっちゃって……」

最寄りのスーパーまでは3キロほど。若いころは自転車で通えたが、高齢となったいまは難しい。毎週木曜日、長男の妻が運転する車で病院に行き、その際に買い出しも行う。それ以外では、毎週火曜日にやってくる移動販売が、買い物ができる唯一の機会だ。

移動販売の商品(撮影:山田真実)

園田さんは、昼食用の総菜とだしのもとのほか、おやつのフレンチトーストをつくるためのパンと牛乳、卵を購入した。

「ずっと農業一筋だったから自分が食べる野菜は畑でとれるの。でも、お店に行かないと、お魚やお肉、調味料は買えないでしょう。それに電球とかトイレットペーパーとか日用品がなくなったときは困る。旦那が亡くなってからは本当に不便になった。もしも移動販売がなかったら、ここで暮らしていないかもしれない……」

(撮影:山田真実)

園田さんたちが暮らす集落から、さらに10分ほど軽バンが走る。こぢんまりとした住宅地に入ると、すでに4、5人の高齢女性が立って、移動販売車を待ちわびていた。手押し車を椅子代わりにして、おしゃべりをしている。最高齢である88歳の女性は言う。

「この集落から一番近いスーパーまでは2キロほどかな。オラも去年までは車を運転して買い物に行っていたんだけど、息子たちが年寄りの事故が怖いっていうから免許返したんだ。いまは、たまに嫁に買い物をお願いしてる。でも、頼んだものしか買ってきてくれないし、気を使うからな。こうして自分で見たものを自分で選ぶのが楽しいんだね」

利用者と話す「かもマート」の中林喜美子さん(撮影:山田真実)

手押し車を支えに腰を曲げて商品を吟味する。そんな姿からすれば、子どもたちに免許返納を勧められたのも不思議ではない。「かもマート」の移動販売の利用者たちの言葉には、小売店がない農山村で移動手段を失ったとたんに日常生活が一変する切実さがにじんでいた。

全国で825万人の買い物弱者

「買い物弱者」とは、小売店の廃業、商店街の衰退などで、高齢者を中心に食料品の購入に不便や苦労を感じている人たちのことだ。

農林水産省では「生鮮食料店まで直線距離で500メートル以上、かつ65歳以上で車を持たない人」と定義しているが、経済産業省や総務省でも類した定義のもと調査を行ってきた。農水省では全国で825万人(2015年)、経産省では700万人(2014年)と推計されている。

買い物弱者(食料品アクセス困難人口)の比率を示した農林水産政策研究所のマップ。市町村別に明示され、緑色から黄色、オレンジになるほど買い物弱者の比率が高い(出典:農林水産政策研究所)

この問題は買い物時の不便だけでなく、さまざまな悪影響を引き起こす。たとえば、高齢者の外出頻度の低下による生きがいの喪失、遠い商店に通う途中での転倒など事故リスクの増大、食品の多様性の低下による低栄養化、それにともなう医療費や介護費の増加などである。

雲南市加茂町の山間部は、最寄りのスーパーやコンビニまでは1キロから3キロほど離れていた。「かもマート」の移動販売の利用者はみな80代。農水省や経産省が定義する買い物弱者にあてはまる。

「誰かがこの地域の食を守らなければならない」

加茂町の風景(撮影:山田真実)

雲南市は、2004年に加茂町、大東町、木次町、三刀屋町、掛合町、吉田村の6町村が合併して誕生した。現在の加茂町の人口は、5886人(2019年12月末)。うち65歳以上の高齢化率は37.4%。全国平均である28.1%を大きく上回る。

2017年10月、同町の青木隆史さん(50)は買い物問題に対処するため、「かもマート」を立ち上げた。青木さんが言う。

「商売として成立するのかは疑問でした。なぜなら、それまでに本業の食料品店さんたちが撤退せざるをえないような状況だったからです」

「かもマート」を立ち上げた青木隆史さん(撮影:山田真実)

青木さんの実家は、祖父の代から加茂町で衣料品店を営んでいた。1970年代後半、加茂町の商店街に軒を連ねた小売店は19店舗。だが、店舗は次第に閉店、2007年には最後の食料品店がなくなった。いまでは青木さんの衣料品店を含め、5店舗しか営業していない。

「商店街の食料品店や近くのスーパーがなくなってからも、多くの人が勤務先の松江市や出雲市の大型量販店で買い物していました。でも、年をとって、仕事をやめたり、免許を返納したりしたとき、買い物をする場所が周囲になくなっていたんです」

雲南市商工会加茂支部部長をつとめる青木さんのもとには、買い物をする場がなくて困っているという高齢者の声が届いていた。毎日2キロの距離を自転車で往復している、足腰が弱って遠くへ行けない……。青木さんは、苦境を知るにつれて「誰かがこの地域の食を守らなければならない」と考えるようになった。

かもマートについて説明する青木隆史さん(撮影:山田真実)

2017年、青木さんは雲南市商工会議所加茂支部の役員とともに「かもマート」をオープンした。商工会館を改装した90平方メートルの小さなスーパーだが、商店街には食料品店が実に10年ぶりに復活した。さらに翌2018年からは買い物に悩む住民の要望に応え、移動販売もスタートした。

買い物弱者対策には「食料品店の開業」「商品の配送」「利用者の送迎」「買い物代行」の四つが有効だとされる。「かもマート」は、「店舗」を営業し、「移動販売」するだけでなく、いつしか「送迎」と「買い物代行」も行うようになっていたと青木さんは話す。

かもマートに杖をつきながら来店した女性(撮影:山田真実)

「雨の日に『かもマート』にお越しになった足の悪いお客さんをスタッフがお送りするとか、移動販売中に頼まれた電池を買って届けるとか……。この仕事をはじめてから、山間部に暮らす高齢の方々が、いかに困っているか知りました。同じ加茂町に暮らしていても、移動が不便な高齢者と自由に動ける中年層では、買い物に対する危機感が違う。私たちはこの町の人たちに支えられてきたし、この地域が崩壊したら仕事ができなくなってしまう。だからこそ、採算は厳しいですが、『かもマート』をなんとか続けていかなければ、と」

高齢化率約39%の雲南市の地域自主組織

雲南市は「未来の日本」とも呼ばれる。現在の高齢化率は38.9%。日本全国の高齢化がこのまま進むと、30年後に現在の雲南市とほぼ同じ高齢化率になると予想されているからだ。

雲南市健康福祉部部長の小山伸さんは、旧町村あるいは集落ごとに違った課題を抱えていると説明する。

雲南市健康福祉部の小山伸さん(撮影:山田真実)

「山間地域では、市町村合併前から交通の問題が出ていました。面積が広く、過疎が進んでいるから、バスの本数も少なく、ルートから外れた場所に住む人たちも少なくない。そこに車を運転できない人も増えてきた。そうした課題を解決するために合併を機に『地域自主組織』を設立しました」

「地域自主組織」とは、地域の課題を雲南市の地域住民が主体となって解決していく組織である。30地区に分けた旧小学校区に、一定の地域自治を移譲した。地域自主組織には市から年間800万〜900万円の「地域づくり活動等交付金」が支給される。廃校を宿泊施設に改装して観光ビジネスを行う地域もあれば、子どもたちの放課後預かり事業、移住者支援などに取り組む地区もある。

そんななか、買い物弱者対策に踏み切ったのが掛合町波多地区である。

波多地区の風景(撮影:山田真実)

波多地区の地域自主組織である「波多コミュニティ協議会」の会長、山中満寿夫さん(74)が、かつての校長室で資料に添付された地図を指さした。

「もっとも近いスーパーまではクルマで約15分、距離にして15キロから20キロくらいでしょうか。20分ちょっと走ってもスーパーは2軒しかありません」

波多コミュニティ協議会の会長、山中満寿夫さん(撮影:山田真実)

波多地区は山深い。波多地区の人口は1959年に最多の1404人を数えたが、現在はその2割程度の296人にまで減少した。高齢化率も53.4%と極めて高い。

「これを見てください」と山中さんは再び資料を示す。〈昭和40年代の商店の位置〉と題された航空写真に、商店の位置が記されている。呉服屋2軒、豆腐屋2軒、魚屋3軒、文房具店2軒、旅館2軒……ほかにも和菓子屋やタクシー店、病院まである。だが、時代とともに店舗はなくなり、2014年3月、最後の食料品店が閉店した。

昭和40年代の波多地区の航空写真を載せた資料。当時は多くの店があった(撮影:山川徹)

地域向けの交付金をスーパーの人件費に

地域では、食料品店を開いてほしいという要望が出る一方、赤字になったら誰が責任を負うんだという現実的な意見も出た。当時、60代後半だった山中さんたち役員はこう考えた。

「自分はまだ車も運転でき、自由に買い物もできる。でも、10年後、20年後はどうなるのか。いまやらなければ、将来自分たちの首を絞めることになるんじゃないかと。そこでマイクロスーパー開業に向け話し合ったんです」

試算すると、月200万円以上の売り上げがないと事業継続は難しいが、売り上げは150万円程度しか見込めないことがわかった。もっとも経費がかかるのが人件費。そこで思いついたのが雲南市からの「地域づくり活動等交付金」だ。同交付金で不足分の約50万円の人件費を賄えば、毎月150万円の売り上げでも事業を継続できる。

旧波多小学校を利用した波多交流センター(撮影:山田真実)

廃校になった波多小学校の校舎を利用し、「はたマーケット」をオープンしたのは2014年10月。全国の個人商店が連携するボランタリーチェーン「全日食チェーン」の協力を得た。最後の食料品店が閉店してから7カ月後のことだった。開店当初から希望者の送迎もはじめた。

売り場面積約50平方メートル、利用者は1日平均30人の小さなスーパーが、住民の生命線になった。

山中さんは「買い物弱者の問題は突然起きるわけではない」と考えている。

「高度経済成長期、農家の次男・三男は出稼ぎに行き、人口が減り、減反政策で農業が立ちゆかなくなった……。そして、じわりじわりと高齢化が進んで、ついには買い物ができなくなってしまった。20年先、波多地区がどうなるかは誰にも分からない。でも『はたマーケット』があれば、少なくともあと数年はこの地域を守っていけるはずです」

生鮮食料品や雑貨など、約700の商品を扱うはたマーケットのスタッフ(撮影:山田真実)

高齢化率60%以上の首都圏の団地

買い物弱者は農山村だけの問題ではない。千葉県松戸市は東京駅から電車で30分ほどの首都圏にあるが、買い物弱者問題に直面している。

松戸市の梨香台(りこうだい)団地。1975年に日本住宅公団(現・都市再生機構)によって建設された集合住宅だ。総戸数959戸のうち入居率は約9割、居住者数は約1300人。ただし、2010年時点の町会の調べで、高齢化率は約60%に及んでいた。それから約10年が経過した。「いまはもっと高齢化率は高いのではないか」とNPO法人アイギスのスタッフ、齋藤久子さんは語る。

梨香台団地(撮影:山川徹)

アイギスは、団地内の高齢住民に対して買い物支援をしているNPO法人である。火曜日と土曜日の週2回、市場から配送された食料品や日用品、松戸南部市場で直接購入した鮮魚や精肉などを、希望する住民に届けている。

齋藤さんは、シャッターが閉まった商店街を歩きながら「梨香台団地を『松戸の陸の孤島』なんて呼ぶ人もいるんですよ」と笑った。

シャッターが閉まった商店街に立つNPO法人アイギスのスタッフ、齋藤久子さん(撮影:山川徹)

「松戸駅からはバスで25分。そのうえ、昔、団地内で営業していた魚屋、八百屋、お米屋、お肉屋、パン屋、クリーニング屋、薬局、病院……商店がほとんど閉まって、さびれてしまいましたから」

現在、梨香台団地商店街には、接骨院と郵便局、アイギスが運営する雑貨や食品を少しだけ置いたサロンが入居している。精肉店もあるが、不定休で週に数日営業しているだけだという。団地内の高齢者は生協などの宅配サービスを利用する人が多いが、アイギスは宅配業者を補う形で事業をしている。

アイギスが運営する団地内のサロン。雑貨なども販売する(撮影:山川徹)

アイギスの立ち上げメンバーである宍戸ヤヱ子さんは、2002年から梨香台団地で暮らしているが、10年ほど前から団地の商店だけで買い物を賄うのは難しくなったと語る。

「一番近いスーパーまではバスに乗れば5分。だけど、私たちの足だと歩いて20分はかかるわね」

最寄りのスーパーまでは約1キロ。不便を感じているが、それでも団地を離れない住民が多いのは、高齢者の家賃免除があるからだという。

臨時店舗のNPOのスタッフも80代

アイギスの立ち上げのきっかけは2011年の東日本大震災だ。梨香台団地も震度5強の揺れに襲われた。齋藤さんと宍戸さんは集会所に集まった高齢の住民たちに、炊き出しをしたかったが、近所で食料品を調達できなかった。「陸の孤島」に取り残された買い物弱者の現実を思い知る。

「でも、60代の人たちはまだ元気で外で働いているでしょう。だから当時、70代だった私たちがボランティアでやるしかないとはじめたんです」

それから9年弱。現在齋藤さんは81歳、宍戸さんは87歳の後期高齢者である。梨香台団地では、高齢者が高齢者を支えているのだ。

アイギスのスタッフ。左端が宍戸さん。右端が齋藤さん(撮影:山川徹)

団地の500メートルほど先には、コンビニ、回転ずし、ファミリーレストランもあるが、そこに通う高齢者は多くない。

「高齢者にとって500メートルは遠いんです。さっき杖をついてゆっくり歩く男性がいたでしょう。あの人はいま80代後半。9年前は自転車でどこにでも行けた。いまは横断歩道を渡ろうにも、渡りきらないうちに信号が変わってしまう」

コンビニに行くには2車線の県道を渡らなければならない。足腰が悪い住民にとっては、そこが難所なのだという。また、団地の敷地は広い。もっとも離れた棟からコンビニまでは1キロ近くある。

約9年間の活動期間中に、団地では高齢化が進み、認知症の人も増えた。だからこそ、顔を合わせられるサロンや、商品を直接手渡せる機会は貴重な場になる。住民の変化を見逃さず、必要を感じれば松戸市と連携してサポートする。アイギスの買い物弱者支援は、高齢者の見守りも兼ねていた。

とはいえ、高齢団地の問題の根本が解決されたわけではない。

ほとんど人通りがない旧商店街の入り口(撮影:山川徹)

梨香台団地に暮らす70代の女性が語った不安は、誰もが買い物弱者になりうる現実を突きつけてくる。

「いまの私は健康で体が動くんですけど、団地で一緒に暮らしてきた年上の人たちは買い物にも食事にも行けなくなってしまっている。それを見ると、不安になります。まさか首都圏に住んでいて、買い物に困るなんてね。誰も想像もしてなかったと思いますよ」


山川徹
1977年、山形県生まれ。ノンフィクションライター。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大學2部文学部史学科に編入。在学中から『別冊東北学』の編集に携わる。震災、捕鯨、ラグビーなど多岐にわたるテーマを取材・執筆している。おもな著書に『捕るか護るか? クジラの問題 いまなお続く捕鯨の現場へ』『東北魂――ぼくの震災救援取材日記』『カルピスをつくった男 三島海雲』『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』『地図で見る 日本の地震』などがある。

[写真]山田真実

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