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鬼頭志帆

日本からネット生配信、中国が買う――広がる「網紅」たちの経済

2018/06/27(水) 10:17 配信

オリジナル

ネット動画の生配信で、モノを売る――。中国のインターネットショッピング市場で急成長を続けるのが、「ライブコマース」だ。鍵を握るのは「誰がおすすめするのか」。そんななか、台頭するのが「網紅(ワンホン)」と呼ばれるインフルエンサーだ。中国では1千万人もいるという。いま、その活動は日本にも及んでいる。現場を追った。(ジャーナリスト・高口康太/Yahoo!ニュース 特集編集部)

【日本でも「網紅」が活躍。「ライブコマース」の現場を動画で。(2分)】

動画の生配信で、モノを売る

ある平日の夜。東京・千駄ケ谷の会議室に明かりがともっていた。長机の上に、馬油のボディークリーム、くし、和紙でできたクラッチバッグなど――日本企業が開発した商品が並んでいる。やがて、スタッフの構えるスマートフォンの前に女性が立ち、中国語で話し始めた。

リンピンさんの動画生配信が始まる(撮影:鬼頭志帆)

「みなさーん、見ていますかー。そろそろ始めますよー」

女性はインターネット上で「林萍(リンピン)在日本」と名乗っている。中国の大手SNS「微博」(ウェイボー)のフォロワー数は120万人。中国で「網紅(ワンホン)」と呼ばれるインフルエンサー(ネット上で大きな影響力を持つ人物)だ。

これから彼女が始めるのは「ライブコマース」と呼ばれる、生配信を使ったネットショッピングだ。

生配信中のリンピンさんは忙しい。動き回るし、トークを止めることもない(撮影:鬼頭志帆)

まず、紹介したのは馬油のボディークリームだ。手際よく効能を説明していく。脇にいたスタッフに「これは無添加ですか?」と日本語で質問し、その答えを中国語に翻訳する。

ジョークも欠かさない。肌に塗ったクリームを伸ばすときに、リンピンさんは「スー!」と言っておどけてみせる。すぐに「かわいい」というコメントが返ってくる。

しばらくすると、「買う!」「欲しい」「買った!」というコメントが画面に増えてきた。「**さんがカートに商品を追加しました」「**さんが商品を購入しました」というメッセージも流れる。みんなが買っているなら私も――と購入意欲をくすぐられる。そして最大の特徴は、別画面に飛ばなくても、同じ画面に購入アイコンが表示されるから、動画を見ながら購入できる仕組みにある。

(撮影:鬼頭志帆)

ライブコマースは2015年に始まったばかりの販売手法だ。2016年に中国ネット通販最大手「アリババグループ」が採用し、有名人やネットショップによる活用が広がった。代表的なのは「網紅」の張大奕(ジャン・ダーイー)さんだ。2015年の「独身の日」(11月11日)には、わずか2時間の放送で2000万元(約3億4000万円)を売り上げる伝説をつくっている。

いまや、中国国内で1000社以上が導入する手法になっている。「中国ネットパフォーマンス(ストリーミング)発展報告』によると、ライブコマースを含めたストリーミング市場は2017年、前年比39%増の300億元(約5100億円)にまで拡大している。

なぜ、動画で買うのか。リンピンさんはこう見ている。

「いままでのネットショッピングは、欲しい商品を検索しないといけませんよね。動画なら、見ているだけで向こうがオススメしてくれる。気楽なんです。また、どういう商品なのか、動画なら文章や写真以上にダイレクトに伝わるのも魅力ですね」

リンピンさんが紹介した日本製品の数々(撮影:鬼頭志帆)

いま、リンピンさんには日本企業からの配信依頼がひっきりなしにやってくるという。ある大手百貨店もその影響力に期待し、放送を依頼している。その現場を取材した。

都内百貨店の化粧品売り場。リンピンさんは、スマホを片手に売り場を闊歩する。

「リップスティックを試してみようと思うんだけど、みんなは何色がいいかな?」

どの色の化粧品を試すか、視聴者に問いかける。コメント欄を見て、リンピンさんは最も回答の多い色を選んだ。

「大事なのは『双方向性』です。自分の言いたいことをしゃべっているだけじゃ、だめ。視聴者からのリクエストに応え、疑問があれば代わりに聞いてあげます」

都内百貨店でライブコマース中のリンピンさん(撮影:高口康太)

ライブコマースはテレビショッピングに似ているが、決定的な違いがある。それはリアルタイムのネット配信だからこそできるコミュニケーションだ。化粧品を例にとるなら、肌触りや香りがどうなのか、視聴者は気になったことを配信者に聞くことができる。これはテレビショッピングにはない。

今年3月だけでリンピンさんの放送回数は10回を超えた。中には売り上げが200万円にも及んだ配信もあったという。それもこれも、リンピンさんの信用があってこそ。「そう、単に売れればよいというわけではないんですよ」と、彼女は力説した。

「商品を紹介するに当たって企業やブランドからお金はもらいますが、自分のキャラクターと合わない商品やニセモノは絶対に紹介しません。また、商品にマイナス点があれば、はっきり伝えます。それを伝えることが信頼と影響力のベースになるのですから」

(撮影:高口康太)

「網紅」だけじゃ、ない

知名度が鍵を握る「網紅」だけではなく、無名の一般人によるライブコマースもある。そんな中国人の女性配信者と会った。場所は東京都葛飾区にある子供向けの洋服店だ。匿名を条件に話を聞いた。

女性は自撮り棒にスマホをつけ、配信を開始。「値段はいくら?」「材質は?」「向こうにかかっている服を映して」「裏地はどうなってるの?」「サイズ感はどう?」といった視聴者からの質問に答え続け、要望があればその場で購入する。リンピンさんの配信と違って、視聴者とのコミュニケーションを楽しんだりする場面はない。

彼女は中国のネットショップに雇われた配信者だ。ショップは数人の配信者を抱えており、日本の人気アパレルショップの店頭から配信している。視聴者から注文が入ると、配信者が日本の店頭から品物を買い、中国に発送するという仕組みだ。動画配信を使った、個人輸入代行サービスである。

中国市場では「海外からの生配信」は人気コンテンツだという(写真:Blend Images/アフロ)

女性は3時間近くに及んだ配信を終え、洋服をレジに持っていく。この日の会計は10万円。20万円に達する日も珍しくないという。洋服はかなりの量になるため、この日も持って帰るためのキャリーケースを持参していた。

配信者には売り上げに応じて、ネットショップから報酬が支払われるという。女性はもともと日本企業でフルタイムの勤務をしていたが、いまはこれだけで同じぐらいの収入を得ているという。

女性は言う。

「ここでは何度も買っていますが、お店からは何も言われませんね。渋谷や原宿、人気のショッピングエリアでライブコマースをやっている中国人は多いですね。スーツケースを引きながらやっている人をよく見ますよ」

ライブコマースは渋谷でも数多く行われているという(写真:玉置じん/アフロ)

東京・渋谷に店舗を構える、有名スポーツブランドの従業員はこう言う。

「うちの売り上げは70%超が中国のお客さんです。そのうちかなりの額を代理購入のバイヤーが占めていますね。影響力が強くなってきました」

店として、配信者がもたらす売り上げは「ありがたい」。ただし、対外的にアナウンスすることはないという。いわゆる中国人の「爆買い」によって、自分のお目当ての品が買えなくなるのではないかと、一部の日本人消費者が反発しているためだ。

そのため表だった動きは少ないが、水面下では中国市場向けのライブコマースは活発化している。昨年には日本でも業界団体が結成された。それが「日本買手連盟」(日本バイヤー連盟)だ。すでに数百人の配信者が加入している。団体は企業から依頼を受け、「網紅」を派遣するビジネスも行っている。大手百貨店や中古ブランドショップの依頼を受けるなど、ビジネスは好調だという。

ライブコマースで文化のギャップを埋める

東京湾岸にあるインアゴーラの倉庫。ライブコマースで注文の入ったものも含め、中国向けの荷物が集結(撮影:鬼頭志帆)

マーケティングの切り札としてライブコマースを活用している企業がある。東京都港区に本社を置く「インアゴーラ」だ。日本商品に特化した中国向けショッピングサービス「豌豆公主」(ワンドウ)を運営している。

出品されている日本製品は、化粧品や食品、日用雑貨、酒など4万種類もあるという。ただ、和菓子や伝統工芸品など、日本の文化を知らない中国人には馴染みのない商品も少なくない。

この問題を解決するために、インアゴーラは商品を輸出するだけではなく、使用法やブランドストーリーの説明、ライフスタイルの提案といった「情報の越境」にも力を入れている。その中でライブコマースは重要な役割を担っている。広報の仲山直見さんは言う。

「ライブコマースは、文化・生活面のギャップを超えようとする時に強みがあるんです」

「いつ、どんな背景でつくられたのか」「なぜこういうつくりをしているのか」――。「網紅」が動画で説明すれば説得力が増す。とっつきにくい商品でも購買意欲をかき立てることができる。

街に出る王陽さん(撮影:鬼頭志帆)

インアゴーラでライブコマースの企画・制作・運営を担う王陽(ワン・ヤン)さんは自ら番組に出演し、「網紅」として活躍している。NHK「テレビで中国語」に出演するなど、経験豊富な人材だ。

彼が行うライブコマースの現場に行ってみた。そこは東京・高円寺の商店街。王さんは「網紅」の女性と一緒に、商店街を歩いていた。後ろ姿をスタッフの持つスマホが追う。

これまで見てきたライブコマースとは印象が違う。酒屋、ホビーショップ、100円ショップ――2人は商店街にある店にふらっと入る。中国語で雑談し、商品を手に取って見つめる。ほとんどテレビの散歩番組のようだ。いつ商品を売るのか不思議に思っていると、突然、女性が日本製の化粧品を取り出して説明をし始めた。感覚的には、テレビのコマーシャルに近い。約1時間の配信中、3回だけ商品説明の時間が取り入れられた。

この日の生配信は常時1万人ほどが視聴していた。コメントはすべて中国語である(撮影:鬼頭志帆)

「宣伝っぽくすると、視聴者が嫌がりますから。配信が面白いことが大前提です」と王さん。単なる宣伝ではなく、コンテンツとして優れていることが重要だという。そのためにこの放送では場所選びにこだわった。

「(商店街という)日本特有の街並みは、中国人の目に新鮮に映るんですよ」

商店街ロケには、日本の文化や環境を伝えられる強みもあると、王さんは説明してくれた。

日本人男子も始めた

日本からもライブコマースに呼応する動きが起きている。フリーマーケットアプリの「メルカリ」は、ライブコマースに特化した「メルカリチャンネル」に取り組んでいる。運営の話によると、配信参加者は数千組いるという。

峰松さん。流れるようなトークで楽しませる(撮影:鬼頭志帆)

多額の売り上げをあげる人気配信者も出ている。メルカリチャンネルで、「峰松蓮」と名乗る20代の男子大学生がその一人だ。数多くのファンを持っている。日本人の「網紅」と言っていいだろう。

売るのは「古着」で、売り上げは月に80万円程度だという。配信場所は東京都江東区にある湾岸沿いのマンション。その一室で、峰松さんはこう話してくれた。

「配信は週に2、3回。ここは専用スタジオとして借りているマンションです。発送もここからやっています」

スマホを撮影用スタンドに固定するだけで、生配信を始められる(撮影:鬼頭志帆)

広めのリビングにハンガーラックが並んでいて、数え切れないほどの古着がぶら下がっていた。大半がメンズの衣料品。有名スポーツブランドやファストファッションブランドのジャージー、ブルゾンが目立つ。出品価格帯は2000円~3000円が主だ。

リビング中央で配信が始まると、峰松さんのアカウントに視聴者の入室履歴が次々に表示される。

「今日も来ちゃった」「蓮くん、こんばんはー」

自らがモデルになって、次々と古着を紹介する(撮影:鬼頭志帆)

視聴者数は200人に達した。ほとんどが女性。コメントの雰囲気から常連が多いことがうかがえる。峰松さんは売り物のジャージーを手に取ってこう言う。

「はい、このジャージーなんですけど、アディダスのです。色みもね、落ち着いていていいと思いませんか? これ、すっごくおすすめです」

カメラの前で羽織る、くるりと回って後ろ姿も見せる。微妙なほつれがあればカメラに寄せて見せる。動きを止めることがない。どんなに忙しくても、新しい視聴者が入室すれば、名前を呼んで声がけをする。前出のリンピンさんがそうだったように、日本の「網紅」も人に対して「まめ」だ。商品の売れるスピードは速い。大半の商品が5秒もかからず売り切れていく。

メルカリチャンネルのプロデューサー、小山大明さんに話を聞いた。

メルカリチャンネルのプロデューサー、小山大明さん(撮影:高口康太)

「ライブコマースは、今あるネットショッピングとは違うんです。ネットショッピングで大事なのは、『何を買うか』ですよね。だから『モノ軸』なんですが、ライブコマースになると『誰から買うか』が重要視されます。モノ軸から『ヒト軸』へと変わるんです」

まだ始まったばかりの日本版ライブコマースだが、小山プロデューサーは大きな可能性を秘めていると確信している。

「中国と比べれば何年も遅れていますが、大きな可能性を持っています。配信者さんも試行錯誤を続けて面白い放送が増えてきています。ここから新しい文化が生まれるんじゃないかという期待もありますね」

【文中と同じ動画】


高口康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。2度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。中国の経済、企業、社会、そして在日中国人社会など幅広く取材し、「ニューズウィーク日本版」「週刊東洋経済」「Wedge」など各誌に寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)。

[動画]
撮影:岡本裕志

[写真]
撮影:鬼頭志帆
動画・写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝


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