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石橋俊治

「言わないでおこう!」でもバレた“一発屋” ――コウメ太夫、息子が幼稚園でチクショーと叫んだ日

2019/06/01(土) 09:01 配信

オリジナル

筆者の職業は、漫才師。コンビ名を髭男爵という。10年ほど前の2008年に、“まあまあ”売れたが、現状はさっぱりの一発屋。と同時に、この春、小学校に上がった一人娘の父親でもある。
今のところ、僕は彼女に自分の本当の職業を教えてはいない。基本的には、“とんでもなくフレキシブルに働くサラリーマン”で通している。理由は一発屋である。
別に恥じているわけではない。「負け」や「失敗」といった苦み成分を多く含んだこの言葉に、まだ人生が始まったばかりの娘を触れさせたくないのだ。
一方で、親の仕事を知らぬまま成長していくのは、教育上どうなのかと不安もある。他の “一発屋パパ”たちはどんな子育てをしているのか。今回、コウメ太夫の元を訪ねた。
(取材・文:山田ルイ53世/撮影:石橋俊治/Yahoo!ニュース 特集編集部)

“一発屋”もう言っちゃってます

「守んないんですよ、これが……」

と筆者の前でため息をつくのはコウメ太夫。
彼が嘆いているのは、一人息子のこと。

現在、小学校5年生だが、最近ゲームに夢中で、
「6、7時間やるときもあって。ちょっと長過ぎじゃないかと。勉強も点数下がっちゃって……」
と学業をおろそかにしているのだという。

事態を重くみたコウメパパは、
「1日1時間と決めて。4、5日は見逃すけど、それでも時間通りにゲームを止めなかったら、『今までずっと長くやってたでしょ!』って1週間くらい没収する」

普段の奇天烈な芸風はどこへやら、ルールの運用、罰の塩梅(あんばい)、共に的確である。
意外なほどまっとうな父親ぶりにも興味をそそられるが、今筆者にとって大事なのは「パパが一発屋」という機密事項をどのように管理しているのか、その一点のみ。

改めて、今回の取材の意図を説明すると、一発屋界、いや、お笑い界の奇人の本領発揮はここからだった。

コウメ太夫。1972年4月20日生まれ。東京都出身。人気お笑い番組「エンタの神様」(日テレ系)に出演し“チクショー”のフレーズで一躍お茶の間でブレーク。小学生の頃からダンスが得意で、「第1回ムーンウォーク世界大会」にて準優勝。“チクショー”な出来事をツイッターに毎日投稿する「まいにちチクショ—」も好評。

「僕はもう言っちゃってますね!」

……実に、あっさりと言ってのける。

芸人・コウメ太夫であることのみならず、“一発屋”という現状も自分の息子につまびらかにしているというのだ。
どうやって隠し通すかしか頭になかった筆者にとって、これは衝撃的発言。
(そのパターン、アリなの!?)
と目からウロコがジャラジャラとこぼれ落ち、ラスベガス状態である。

「何かもう分かってんだろうなって思うんで。自分からもう、一発屋のあれだからって。一発屋だけど、一応仕事は行ってるんだよって」

もはや、“アナと雪の太夫”……ありのままで子どもと向き合う姿勢は、筆者の目にまぶしく映った。

幼稚園で息子が“チクショー!”と叫ぶ

コウメ太夫。

白塗りの女形姿で「チクショー!」と叫ぶ自虐漫談が人気を博すも、長くは続かず。
ほどなく、一発屋芸人とくくられるようになった。
メディアでは彼の近況を、「実は、10年くらい前から手掛けているアパート経営が順調で……」などと紹介することが多い。
まるで、副業頼みで余生を送っているような物言いだが、ここ数年、本業のお笑いにおける存在感は、かつてのブレーク時よりむしろ増している。

風向きが変わったのは、2012年。
「テベ・コンヒーロ」(TBS)内の企画、「コウメ太夫で笑ったら即芸人引退スペシャル」への出演である。
これが転機となり、ネタうんぬんではなく、「人間、コウメ太夫が面白い!」との新たなブランディングに成功。
3年ほど前から始めたツイッター投稿、「#まいにちチクショー」も好評で、2千人程度で頭打ちだったフォロワー数も、今では10万人を超えている。

加えて、テレビ露出の頻度も上向き。
この「テレビにちょこっと出ていて、アパートを1棟所有している」人物を、いったい誰が“負け組”“惨めなやつ”と断じることができるのだろうか。
少なくとも、筆者には無理である。

彼が子育てに奮闘する様子は、拙著『一発屋芸人列伝』(新潮社)でも少し触れている。
中でも印象深かったのは、“チクショー事件”。
コウメ太夫の決め台詞(ぜりふ)を冠したこのエピソード、主人公は彼の息子であった。
以下、手前みそで申し訳ないが、要約・引用する。

離婚を経験し、現在独身のコウメ太夫は、母と息子との三人暮らし。
子育てに関しては、悪戦苦闘の日々である。
ある時、(小)学校に呼び出された。
「息子さんが一日中『チクショー』と叫び続けてるから、止めさせてくれませんか?」
担任(の先生)曰く、毎日教室で父のネタを叫んでいるとのこと。
(中略)
帰宅後、父は、
「学校では、チクショーって叫ばないようにね」
と息子に注意した。

……実はこの事件、今回の取材で、時系列に関する事実誤認が発覚。
物語の舞台は、小学校から幼稚園へと訂正がなされた。
まんまとガセネタをつかまされた格好だが、この手の記憶違いはコウメ太夫にはよくあること。
今回は目をつぶろう。

整理しておくと、息子は幼稚園児の頃から「パパは“チクショー!”と叫ぶ人」との認識を既に持っていた。
しかし、その時期のコウメパパは、
「あんな真っ白で、“チクショー! チクショー!!”言ってるのが親だと周りに分かったら、いじめられるんじゃないか……」
と恐れるあまり、
「周りにはできる限り言わないでおこう!」
との方針を徹底していたという。

メディア露出時の彼は、顔は白塗り。
カツラや着物で女装し、声も終始裏声である。
対して素の姿はと言えば、やや低めの声に、鉛筆でササッと描いた“ジャン・レノ”のような風貌……二つは似ても似つかない。
言ってみれば、着ぐるみの中の人と一緒。
もともと“顔バレ”の心配はほとんどないのである。

にもかかわらず、入園時の面接でさえ、
「(仕事は)アパート経営ってまず最初に言って……」
とあわよくば芸人であることに触れぬまま乗り切ろうとしたほど。
今回の取材でも、
「僕から子どもに教えることは絶対ないので、あのとき(幼稚園のとき)は知らないはず!」
と断言している。

しかし、息子は“チクショー!”と叫んだ。

いったいなぜ。

封印されていたコウメ太夫の記憶、その扉が今開かれる。

自宅徒歩3分の“罠”

チクショー事件から少し時間を巻き戻そう。
母と息子の3人、生まれ育った実家で暮らしているコウメ太夫。
あるとき、地元の神社で催されるお祭りで、ネタを披露してほしいとのオファーが舞い込んだ。

「なんか、急に直(直接)で、“グージー”さんから連絡が来て……」

グージーとは、「初詣は神社で!」というスローガンを掲げた巫女のゆるキャラ、“ミコリン”の相棒……ではなく、宮司(ぐうじ)のことである。
もちろん、ゆるキャラの件は、筆者の与太話である。
“ぐーじー”ではなく“ぐうじ”だと一応指摘すると、

「あっ、グージ? 伸ばさないんですね? ずっとグージーさんって……で、僕が中学校のときに、剣道をちょっと習ってて、そのときの先生が、グージーさんで……」

着古したTシャツの首元同様、一度伸びたものは戻らぬらしい。
要するに、彼にとって宮司は師匠、恩師にあたる人物。
断るのも気まずいので、引き受けたのだが、一つ問題があった。

「もう、(家から)むちゃくちゃ近くて……」

そう、神社からコウメ家は、目と鼻の先。
歩いて3分ほどの距離である。
そんなご近所で、コウメ太夫に変身するのは、斜向かいのお宅の人妻と不貞を働くようなもの……リスクは計り知れない。

迎えた、お祭り当日。幼稚園から戻っていた息子の世話は母に任せ、神社へ赴くと、大勢の客でにぎわっていた。

「はじまったら、えらいことになった……」

と当時を振り返るコウメ太夫。
と言っても、彼の登場で人々がパニックに……という景気のいい話ではない。
その日、パニックに陥ったのは、1名のみ。
まったく、“チクショー!”である。

封じられた「チクショー」

事の発端は、
「(神社の)お祭りで“チクショー!”はやめてくれって……」
と本番前、宮司に言い渡された一言だった。

「チクショー!」=「畜生」……神聖な場所で絶叫するのは憚られるというのである。
宮司の言い分は理解できなくもないが、
(じゃあ、なんで呼んだの!?)
と他人事ながら、ツッコまざるを得ない。

当然、コウメ太夫は、
「“チクショー!”を取られちゃったら、どうしたらいいのかなって……」
と途方に暮れた。
いや、無理もない。
切れ味はともかく、彼にとっては、伝家の宝刀。
かつての剣の師匠に、唯一の刀を奪われるとはなんとも皮肉な展開である。

古今東西、追い詰められた人間は、何をしでかすか分からない。
それが天下の奇人となれば、なおさらである。

「そのときは、『アンパーンチ!』みたいなのをやりました……」

(ん?)
さっそく分からない。

根気よく質問を重ねるうちに、「タコ焼きを買ったら、タコが入ってませんでした~……アーンパ~ンチ!!」
と通常“チクショー”と叫ぶ部分を、“アンパ~ンチ”に置き換えて全てのネタをやったのだとようやく分かったが、
(なんで?)
というのが、率直な感想である。

なぜ、“アンパンチ”が“チクショー”の代替品たり得るのか。
だいたい、アンパンマンもいい迷惑だ。
何しろ、腹をすかせた人々に、自分の顔を食べさせる慈悲のヒーローを、“タコ入れ忘れ”程度のミスで暴行に及ぶモンスタークレーマー呼ばわりである。

ほとんど名誉毀損だが、筆者のごとき凡人が、
「氷だと思ってかぶりついてみたら、水でした」
「丸だと思って見ていたら、三角でした」
などとSNSでつぶやく人間の思考を理解するのは不可能。

それは祭りに足を運んだお客様も同じだったようで、
「全然もう、シーンでしたね。15分ぐらい、全部スベった」
と芸人としては、背筋が凍る事態となる。

万事休す……かと思いきや、この男、まだ奥の手を隠し持っていた。

「営業のときって、お菓子のコーナーやるじゃないですか?」

……いや、やらない。そもそも、初耳である。

コウメ太夫の説明によると、会場の子どもたちにクイズを出題し、正解者にはお菓子を贈呈するという楽しげなコーナー。
決して、お寒い空気にネタを放棄し、お茶を濁そうと目論んだわけではない。

かくして、女形のコスプレをした白い顔のおじさんがお菓子を配るという、奇怪な光景が繰り広げられることに。

さしずめ、“和風ハロウィン”といったところだろうか。
ハロウィンと言えば、「トリック・オア・トリート!」。
本来、この可愛い脅し文句を口にしてよいのは子どもたちに限られるが、この日、“いたずら”が過ぎたのは、老婆であった。

「言っちゃってますね!」の真相

「お菓子! お菓子ー!!」
と客席最前列から飛んでくる、ひときわ激しいアピールの声に、
「がめつい子がいるな……」
と歩み寄り、目を凝らすと……息子と母である。

「おふくろが抱っこして連れてきちゃって……」

老婆、もとい、母の“いたずら”はこれだけにとどまらず、あろうことかステージ上を指さし、
「あれがパパよ! あれがパパーー!!」
とこれまでひた隠しにしてきた秘密を、孫に向かって連呼している。

「あのとき、バレたんじゃないのかな……」

とコウメ太夫は遠い目をしているが、いやいや、“ないのかな”……じゃない。
間違いなく、それである。

後日、
「なんで、連れてきちゃったの!?」
と一応抗議はしたものの、
「えっ、いいじゃない、お祭りなんだから!」
の一言で終了。
さすがは、浅草生まれ、江戸っ子の母である。
文字通り、あとの祭り。
ほどなくして、チクショー事件は起こった。

このトピックを、今の今まで忘れていたというコウメ太夫にはあきれるしかないが、事件の迷宮入りは避けられたということでよしとしよう。

お祭りの夜以降、母に背中を押された形ではあるが、
「ある程度、言うようになって。『パパって、あの白いのね? 分かる?』っていう感じで……」
観念したコウメパパは、少しずつ息子にカミングアウトを開始。
冒頭の「言っちゃってますね!」という発言に至ることとなる。

息子は「逆に自慢だって」

正体を明かした今でも、一発屋パパとしての葛藤はくすぶり続け、
「スーツ着て漫才してたら、堂々としてると思うけど、あのいでたちだからな……“チクショー”とか叫ぶ、あんなの。いや、売れてないと堂々できないかな……」
と己の芸風と、一発屋という肩書に対する引け目を吐露するコウメ太夫。

あるとき、長らく頭の片隅にあった心配ごとを、息子にぶつけてみた。

「学校で、いじめられたりとかしてないの? 大丈夫なの?」

すると、
「お父さんがコウメ太夫だって言っても、いじめられること全然ないって。逆に自慢だって」
……涙が出る。

「みんなとも仲良くできて。(実際)他の子どもがうちに年中遊びに来るけど、『わあ、初めて(本物)見た!』って指さされます」

さされたのが、“後ろ指”ではなかったことに、筆者は胸を撫で下ろした。

「有名になりたいって言ってるんですよ、うちの息子」
と我が子の将来を楽しみにしているコウメパパは、
「今言ってるのは、将棋で何かなれないかとか。将棋が好きで、将棋教室で大人の人とやってる。あと、絵が好きでいろいろ描いてて。1コ恐竜の絵があるんですけど、あれはうまいなー。勉強は、僕と違ってできるんで……」

息子の話となると、もう止まらない。
よほど自慢なのだろう。

(提供:コウメ太夫、コラージュ作成:編集部)

休日は、親子水入らずで出かけるようにしている。

「息子は釣り堀が好きで。昼過ぎに行って、1時間くらい。次どうしようかってゲーセン行って。お菓子(のクレーンゲームが)あるんですけど、そういうのを2人でやって……」

よくよく何かを“釣る”のが好きらしい。

下町の釣り堀に、並ぶ二つの影。
そこに、妻の姿はない。

「いや、もう、全然(元妻には)会ってないです。ときどき、手紙とかは来るけど」
コウメ太夫は妻と、息子は母と別離している。

「こないだ息子に、『さみしいのかな? お母さんいたほうがいい?』って聞いたら、『今は寂しくない』って」

今は……父の知らぬ間に、息子は息子で何かを乗り越えていたようだ。

子どもの成長は早い。

自分自身も、幼くして父を亡くしているコウメ太夫。
少年は成長し、一発屋となり、そしてパパとなった。
世間的には、“シングルファーザー”だが、何かが足りないとは思わない。
パパの正体は、コウメ太夫……女形である。
ママで稼いで、パパで育てているのだ。

取材の終わり際、こんなエピソードを披露してくれた。

「息子がサイゼリヤ好きで。土日とかだと(店が混んでいるので)並ばなきゃいけない。そういうとき、息子が『(順番待ちのボードに名前を)書きに行ってくる!』って言うんですけど……」

しばらくすると、
「コウメ様!コウメ様ー!!」
と親子を呼び出す店員の声がそこらじゅうに響き渡る。

「もう、やめてって何回も言ってるんですけど。いまだに必ず“コウメ太夫”って書くんですよ……」

そう語る口調は実に不満げ。
今にも「チクショー!」と叫びそう。
しかし、その表情を見れば……言うまでもない。


山田ルイ53世
本名:山田順三(やまだ・じゅんぞう)。お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになる。大検合格を経て、愛媛大学法文学部に入学も、その後中退し上京、芸人の道へ。「新潮45」で連載した「一発屋芸人列伝」が、「編集部が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞し話題となる。その他の著書に『ヒキコモリ漂流記』(マガジンハウス)がある。最新刊は『一発屋芸人の不本意な日常』(朝日新聞出版)。