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木野龍逸

ざこ寝、プライバシーなし……「避難所の劣悪な環境」なぜ変わらないのか

2019/11/01(金) 07:47 配信

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70代の男性は「最初は段ボールベッドもなく、床にざこ寝。地べたに寝てると、立ちにくいから、動かなくなる」とつらそうだった。60代の女性は「トイレ? 足りないです。女子は和式しかない。89歳の母はトイレで倒れちゃって、たいへんだった。お年寄りに避難所は無理です」――。長野市の小学校を訪れると、多くの高齢避難者はこう訴えた。ここに限らず、台風19号の被災地では、似た光景が続出していたに違いない。床にざこ寝、プライバシーのない空間、足りないトイレ、場所によっては水や食料も乏しい。「避難所後進国・日本」はなぜ、一向に改善されないのか。日本の現状と問題点、外国との比較、改善の方策……。災害時の緊急課題を専門家に尋ねた。(取材:木野龍逸、本間誠也、Yahoo!ニュース 特集編集部)

「昭和」から変わらぬ避難所

10月12、13日の週末、台風19号の影響で東日本を中心に各地で大きな被害が出た。長野市の豊野地区では、千曲川の支流・浅川が氾濫。豊野西小学校の体育館には住民200人余りが避難していた。ここに詰めている市の担当者によると、避難所の開設は12日夜。段ボールベッドを配置した18日夜まで、避難者はざこ寝だった。

長野市・豊野西小学校で提供された段ボールベッド。マットもある。避難所開設から6日後の配置だった(撮影:木野龍逸)

長野市の担当者は言う。

「けさ(10月20日)まで体育館のステージの上でも人が寝ていました。段ボールベッドはこれまで入れたことがなく、いくつ入るのか分からなかった。国の担当者が来てスペースを計算するなどしていたので時間がかかりました」

学校の体育館や教室、公民館などで“ざこ寝”――。日本では見慣れた避難所のこの光景は、実は相当昔から変わっていないようだ。写真に残されている避難所の様子を見ると、少なくとも昭和初期からざこ寝は続いている。

1930(昭和5)年の北伊豆地震の際、避難所でざこ寝する被災者たち=1930年11月(写真:毎日新聞社/アフロ)

この10月に大規模な水害を引き起こした台風19号は、1958年の「狩野川台風級」と言われた。この写真には、狩野川台風で小学校に避難した人たちに毛布とムシロを配る様子が写っている=1958年9月26日、東京都江東区の明治小学校(写真:読売新聞/アフロ)

伊豆大島の三原山噴火の際に開設された避難所。学校の体育館では、洗濯物が山となって干された=1986年11月29日(写真:読売新聞/アフロ)

「平成」になっても避難所の光景に大きな変化は見られない。写真は、阪神・淡路大震災時のもの。体育館での避難生活が長引き、食器棚などの家具を持ち込む人もいた=1995年1月31日、兵庫県西宮市(写真:読売新聞/アフロ)

避難所にベッドがないと何が起きる?

新潟大学大学院医歯学総合研究科の榛沢和彦特任教授は、災害があると、被災地に出向き、避難者の健康をチェックしたり、避難所の様子を点検したりしてきた。「避難所・避難生活学会」会長も務めており、今回の台風19号でもあちこちの被災地に足を運んだ。

その知見から「避難所へのベッドの配備」を強く訴えている。「ベッドの使用率が低いほど、静脈血栓塞栓症、いわゆるエコノミークラス症候群の原因になる血栓が多くなる」からだ。避難所の環境改善を目指す同学会も2018年12月、それまでの調査研究の結果から段ボールベッドなどの簡易ベッドを避難所の基本装備にする提言をした。

「今回の台風19号の避難所でも、足に血栓ができて病院に行かなくてはならない高齢者がいました。(2014年の)広島市での土砂災害や(2015年の)茨城県の常総水害でも、避難者から血栓が見つかっています。実は、避難所の半数くらいの人がベッドを使うようになると、ほぼ、血栓はなくなります。欧米では、3日以内に避難所にベッドを入れるのが標準です。人命救助と同じくらい早く、避難所環境を良くしないと健康被害が起きてしまうからです」

2015年9月の「常総水害」の際、避難所の避難者を榛沢和彦・新潟大学大学院医歯学総合研究科特任教授が調査したところ、ベッドの使用率と血栓の発生率に明確な相関関係があった(図表データ提供:榛沢特任教授)

どうしてベッドが必要なのだろうか。日本では、自宅で布団を敷いて寝る人は多い。

「避難所と自宅は違うんです。避難所の床は冷たいし、振動もあるので、不快感を覚えます。ほこりも舞い上がりやすく、病気の原因になる。そうした問題も、簡易ベッドによって改善されることが分かっています。避難所だからこそベッドにしましょう、というのが私たちの考えです」

榛沢特任教授。避難所になった長野市の豊野西小学校で(撮影:木野龍逸)

榛沢特任教授が続ける。

「自治体が段ボール会社などと防災協定を結ぶ例も増えてきました。でも、まだまだ少ない。受け入れ側の理解がないと、ベッドを入れるときに『なぜ必要なのか』から説明しなければいけないし、ベッドがあっても使われないこともある。優先度が低くなってしまうんです」

欧米「避難所で日常生活ができる」を目指す

榛沢特任教授らはこれまで、イタリアやカナダ、米国など外国の避難所も調査してきた。その経験からも「日本の遅れ」を痛感しているという。

「欧米は、避難所生活を限りなく日常生活に近付けることを目指しています。だから、ざこ寝ではなくベッドが標準。水洗トイレを確保し、食事も普通のものを出します。避難所生活は日常生活の延長。そもそも『避難所生活が特殊な環境のもの』は日本での思い込みであり、間違いなんです」

欧米には、第2次世界大戦中の経験があるという。

「1940年、ドイツ軍がロンドンを爆撃し、多くの市民が地下鉄に逃げ込み、ざこ寝の避難所が数カ月続きました。その結果、さまざまな病気が増え、エコノミークラス症候群の重症化で亡くなる人が普段の6倍にもなった。だから欧米では必ずベッドを使う。ざこ寝がよくないことを知っているのです」

2016年8月のイタリア中部地震では、その日のうちに各地でテント村が設置された=同年8月25日(写真:AFP/アフロ)

カナダ西部・アルバータ州での大規模森林火災の避難所。1人1台のベッドが基本=2016年5月4日(写真:ロイター/アフロ)

こうした欧米の例にならい、「避難所・避難生活学会」は、日本でも政府が主体となって「TKB(トイレ、キッチン=食事、ベッド)の迅速な供給を⾏う」よう提言している。榛沢特任教授は言う。

「避難所に必要なトイレやベッドの数は、病院と同じに。食事は、キッチンカーなどでその場で作るのが基準です。避難所で作って、その場で配膳するのが安全だからです。そのためには無償のボランティアではなく、訓練を受けた職能支援者が絶対に必要です」

「なぜ、日本でそれができないのか? 米国の連邦緊急事態管理局(FEMA)やイタリアの市民保護局のような国の組織がなく、予算が付かないことが大きい。現状では、欧米のように『発災から3日以内にTKBをそろえる』という対応ができません。また欧米では、国の出先機関から被災地に人が送られます。日本のように被災自治体の職員が避難所運営のために寝泊まりするのは人権的に問題があると考えられています」

200人余りが避難した豊野西小学校。取材時点で仮設トイレは3基だった(撮影:木野龍逸)

内閣府のガイドラインは「努力目標」

日本でも「避難所運営ガイドライン」を内閣府が策定し、環境改善に向けて動き始めている。このガイドラインでは、東日本大震災での避難所の生活環境が「国際的な難民支援基準を下回るという指摘があったことは重く受け止めなければなりません」との認識が示され、国際的な人道支援の“目標水準”を記した「スフィアハンドブック」が参考になるとしている。

では、避難所運営ガイドラインは現場で生かされているのか。榛沢特任教授はこう指摘する。

「このガイドラインは努力目標で、具体的な数値と方策はほとんど書いていません。守るべき数値がなく、やり方も分からないので、いつまでも改善につながらない。自治体職員でも知らない人がいます。『原則的に全員にベッド』などと明確にすべきです。それに、『スフィアハンドブック』は国際的な避難民支援マニュアル。発展途上国の紛争地でも人道的な生活ができるよう、『これだけは守ろう』という基準です。それと日本の避難所を混同してはいけない。欧米の先進国は災害時の避難所に関し、もっと厳しい基準を持っています」

避難所で健診を行う榛沢特任教授(撮影:木野龍逸)

榛沢特任教授は続けた。

「日本では、避難所を良くすると居ついてしまう、早く出ていってもらうためには良くないほうがいいんだという声を、少数ですが、政府や自治体の関係者から漏れ聞きます。避難所の改善がなかなか進まないのは、こういった考え方こそが一番の要因かもしれません」

「体育館は雪の中のテントより寒い」 女性の性被害も

防災ガイドのあんどうりすさんは、アウトドアの経験や女性ならではの視点で、避難所を改善するよう訴えている。

「避難所は暑くても寒くても当たり前ということ自体が良くない。アウトドアでは、雪の中でもキャンプはします。でも、体育館や学校のほうが寒い。日本の住宅は断熱が良くないので、普段から寒い。だから気にならないのかもしれませんが、今の状況はテント以下です」

台風19号の際にできた埼玉県坂戸市の避難所。公民館の講堂。車いすの男性は「最初に避難したのは小学校の体育館で、床はちょっと硬めのマットだった」。80代の男性は「夜中になると少し寒い。食べるものはいっぱい用意してくれる。年寄りだから硬いものは食べられないけど」と話した(撮影:本間誠也)

あんどうさんは言う。

「体育館のように天井まで高くでだだっ広い空間では、下に毛布や布団を何枚も敷いても断熱効果は低く、暖かくなりません。アウトドアをやっている人でも避けたい環境です。避難所はそのくらい過酷。体育館などを避難所にするなら、断熱をきちんとして、電気を使わなくても、暑くなく寒くもならない構造にしておくことが大事です」

あんどうさんは、これとは別に性犯罪への対応も必要だと訴えている。

「阪神・淡路大震災のとき、私は兵庫で被災しました。そのころは避難所の美談がすごく報道され、一方では性犯罪などは、なかったことにされました。避難所では性犯罪もあるという話をすると、『そんなことを言う人はおかしい』とバッシングも受けた。だけど、東日本大震災のときに行われた調査では、実際に性犯罪などがあったことが分かっています」

防災ガイドのあんどうりすさん(撮影:木野龍逸)

「現在では、内閣府の避難所運営ガイドラインなどに被害にあわないための性犯罪対策も書かれています。それに加えて、性犯罪の加害者を出さないための対策も必要です。『性犯罪は許しません』というポスターを避難所に貼るとか、被害相談の窓口を紹介するものをたくさん貼っておくとか。『なかったことにしない』という姿勢を明示するのもメッセージになります」

「避難所ではピンクの服を着ないほうがいい、といったデマも多いです。被害者の服装は関係ありません。若くてきれいな女性だけが襲われるというイメージを持っているとしたら、それは違う。東日本大震災のときには、男性や60代以上の女性も被害に遭っています。加害を許さないという情報をシェアしてほしいです」

「避難所運営に女性のリーダーを」

避難所での性暴力防止や生活環境の改善に必要なものは何か。あんどうさんは「女性を避難所運営のリーダーに入れること」を強く訴えている。女性の視点がなければ、授乳場所や子どもの遊び場などをどう確保し、整えるかにも影響が出る。

あんどうさんは、災害時に使える小物をいつも携行している(撮影:木野龍逸)

例えば、日本では、被災地に液体ミルクや母乳代用品が大量に送られることがある。これは違う、とあんどうさんは言う。ユニセフなどが参画したIFE(Infant Feeding in Emergencies)コアグループの国際基準によると、災害時にミルクを一律に配布してはいけない。

それはなぜか。

「母乳の人には母乳を、ミルクの人にはミルクを続けられる権利を保障するんです。ストレスを受けると母乳が出にくく感じる人もいるので、安心して授乳ができる場所を提供することが大事です。母乳でもミルクでも、普段通りの子育てを尊重するのが国際基準です」

「日本では、『わがままだと思われるから言っちゃいけない』って被災者が思い込んでいます。苦境を乗り越えるために『がまんと絆と美徳と根性で』などと、精神論がメインになることもある。だから、次の被災に備えてもっと避難所の環境を良くしようという具体的な動きが生まれにくかった。国際基準にしても『決まっているから』ではなく、なぜそうするのかを考えながら対応していくべきではないかと思っています」

避難所に積まれた物資。「女性の視点」は生かされているか=埼玉県坂戸市で(撮影:本間誠也)

「災害救助法の活用と関係職員のレベルアップを」

では、避難所の環境は、どうやったら改善できるのか。現行法の枠内で可能なのか。災害復興に関する法制度に詳しく、岩手大学地域防災研究センター客員教授などを務める岡本正弁護士を訪ねた。事務所は東京・銀座にある。

避難所の設置は、災害救助法第4条が根拠になっているが、条文そのものは「救助の種類は、次のとおりとする」とあって、その項目の一つとして「避難所及び応急仮設住宅の供与」としか記されていない。これについて、岡本弁護士はこう指摘する。

「避難所の運用基準について、国はそのひな型を『告示』の形で公表しています。これを一般基準と言います。しかし災害時には一般基準では対応できないことも起きます。そうしたときに、実はこれが災害救助法のいいところですが、国と都道府県で協議して、より幅広い対応が可能な『特別基準』に格上げできるのです」

岡本正弁護士。著書に『災害復興法学』ほか(撮影:木野龍逸)

岡本弁護士はさらに、関係自治体の職員たちにとって「法的知識が絶対に欠かせない」と力説した。

「2016年の熊本地震以降に内閣府が各自治体に示した通知によれば、プライバシーの確保やベッド・仮設トイレの整備などについて配慮してください、となっている。避難所に関わる現場に先例に関する知識があれば、ある程度の避難所になるはずです。内閣府の通知は確実に実行できるはずの内容なので、まずはこれらに沿って的確に避難所の設置と運営を進めるべきだと思います」

「それでも抜けているところはあります。女性の生理用品や高齢者向けの介護食とか、細かい部分で目が届いていないものも多くあります。そういうときにこそ、内閣府の『避難所運営ガイドライン』などを見ればいいのです」

「避難所・避難生活学会」シンポジウムでの資料(撮影:木野龍逸)

岡本弁護士によると、問題は、自治体の担当者らがこうした文書や規則などを事前に読み込み、十分な知識を備えているかどうかだ。岡本弁護士自身は「法律に根ざした職員のトレーニングや研修が乏しい」と感じている。

「都道府県や市町村の職員にこうした法律やその先例の知識がないと、要望できるのにしなかったり、本当は改善できるのに『こんなものだろう』で終わってしまったりする。災害救助法は、柔軟な解釈ができる法律です。だから私は『徹底活用しましょう』と呼び掛けています。法律を使いこなそう、内閣府のガイドラインをよく見よう、と。そのうえで、足りない部分については日頃から積極的に『国と協議したい』として要望をどんどん出していけばいいと考えます」

「そしてできるだけ早く、災害救助法の改正だけではなく、生活再建に関する抜本的な法制度の構築、つまり、救援から復興までを統合した法制度にする必要があります」


木野龍逸(きの・りゅういち)
自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材。福島の原発事故発生以後は、収束作業や避難者の状況を中心に取材中。著作に『検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖』(岩波書店)など。Frontline Press所属。

本間誠也(ほんま・せいや)
ジャーナリスト。新潟県生まれ。北海道新聞記者を経てフリー。Frontline Press所属。