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塩田亮吾

「過労自死」どうすればなくなるか

2016/12/15(木) 17:23 配信

オリジナル

2015年末、大手広告代理店・電通入社1年目の女性(当時24歳)が都内の会社の寮で自殺した。自殺前、1カ月間(10月9日~11月7日)の時間外労働時間は100時間を超え、自殺は過重労働が原因だったと労災が認められた。しかし、長時間労働、過労死・過労自死(自殺)は電通だけではなく、日本の企業社会に蔓延する病だ。なぜ長時間労働はなくならないのか、どうすればなくなるのか。労働法の専門家である神戸大学の大内伸哉教授、全国過労死を考える家族の会の寺西笑子代表、自身も広告代理店で働いていた経験がある直木賞作家の石田衣良氏らの意見を聞き、東京・新橋で街の声を拾った。(ノンフィクション・ライター 神田憲行/Yahoo!ニュース編集部)

東京・新橋で聞いてみました【1】

「私も月の残業時間が130時間」

11月中旬の平日夕方から夜、東京・新橋駅近くで話を聞いた(撮影: 塩田亮吾)

「大手企業はコンプライアンスを遵守すると思っていたので、電通であのような事件が起きたことに驚きました。彼女は新入社員だから、周りに相談できる人がいなかったのかな。長時間労働は人手が少ないから起きる」(50代・女性・銀行)

「今は無職なんですが、前職では毎晩12時まで働いていました。心療内科にも通いました。疲れが溜まりすぎると、思考がとにかくネガティブになって、全部自分が悪いと思い込む。私は退職しましたが、電通の彼女も逃げられなかったのかな」(40代・女性・元貿易事務)

「私も月の残業時間が130時間、150時間いくときがあります。私はたまにサボりますから、まだもっていますけれど。チームの目標で『残業しないこと』を挙げてみたら、『そんな目標はない』と上司に怒られました」(20代・女性・SE)

電通本社ビル前にて。最寄り駅の汐留は新橋の隣駅(撮影: 塩田亮吾)

残業を含めた労働時間に、強制力のある上限を

大内伸哉・神戸大学大学院法学研究科教授(労働法)

大内伸哉(おおうち・しんや)1963年、兵庫県神戸市生まれ。東京大学法学部、同大学院法学政治学研究科博士課程修了。神戸大学大学院法学研究科教授。専攻は労働法。主な著書に『君の働き方に未来はあるか?』、『勤勉は美徳か?』、『労働時間制度改革』(撮影: 塩田亮吾)

日本の労働時間規制は、意外と厳しいものなのです。労働基準法(労基法)32条で、使用者は1週40時間、1日8時間を超えて労働者を働かせることはできないと規定されている。違反すると使用者は罰せられます。

これを超えて時間外労働させる場合に、2つのルールが適用されます。まず1つが、使用者は労働者側の代表と労基法36条に定めた「三六(サブロク)協定」を結んで労働基準監督署に届けなければならない、というものです。労基法は、時間外労働をどの程度認めるかについて、拒否も含めて労働者側に決定権を与えたのです。逆に法律では時間外労働の上限を強い強制力をもって規制してはいないので、いったん三六協定が締結されると、時間外労働がどこまでも増えてしまう危険性があります。

もう1つのルールは、時間外労働に対して2割5分の割増賃金を払わなければならないというものです。これは長時間労働のコストを高くしてそれを抑制する狙いですが、労働者からすれば給料が増えるので、かえって長時間労働を誘発しています。

このように、制度が本来の機能を果たしていない例は、他にもあります。それが年次有給休暇です。日本では年次有給休暇は労働者から取得時期を指定することができ、これは他国にはない労働者に有利な制度なのですが、実際には日本の労働者はこの休暇を半分も取得していません。

先ほどの三六協定と同様、労働者側に強い権利が与えられている。なのにそれが十分に行使されていないのです。

なぜこんなに日本人は働くのか。一つには、日本企業のかつての強みだった「労使一体」が影響しています。労働者側と経営者側との間に身分的な断絶がないため、労働者は企業のために働くことをいとわないのです。それが最近では、サービス残業のような悪い形で表れているといえます。

自らの仕事である大学教授も、「AIに奪われる職の一つかもしれない」と言う大内教授(撮影: 塩田亮吾)

これからさらに新しい労働時間規制を考えるなら、まず労働時間の例外を許さない強制力のある上限を設けることが必要です。EU(欧州連合)の「労働時間指令」では1週間で残業も含めて48時間と決められています。もう1つはインターバル規制で、同じEUの「労働時間指令」は、終業時間と始業時間の間に11時間置かなくてはいけないとしています。時間拘束的な働き方をしている人には、こういう規制を導入すべきです。

でも長時間労働の問題は、法律で解決することは容易ではありません。労働者の働くことへの意識が変わらなければならないのです。

これからこの問題で大事だと思うのは、自分の時間の中心に何を置くのか、ということです。自分の人生や生活こそが基本であって、仕事はあくまで生きる手段であるぐらいの心持ちの方がいいと思います。

最近の私の研究課題は「AIと雇用」ですが、そのうち人工知能で職を奪われる人は確実に出てきます。大学教授だってその可能性がある。正社員の数は確実に減っていくので、どこかの企業に正社員として入社できたとしても、喜んでいられません。「滅私奉公すれば企業が報いてくれる」という考えはもはや幻想です。安定した雇用が将来期待できない企業に、自分の未来を左右されていいのかという問題意識をもってほしい。私たちから上の世代が経験した高度成長期は、二度と起こりません。高度成長期の働き方をモデルにしてはいけないのです。

東京・新橋で聞いてみました【2】

「なんで辞めなかったんだろうな」

「過労死等防止対策推進法」では、「業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡」が「過労死等」に含まれることが明記された。午後7時の新橋駅(撮影: 塩田亮吾)

「彼女は要領が悪かったんじゃないか。業務量が多いから、長時間労働はなくならない」(30代・男性・IT産業)

「電通だけじゃなくて、社会全体の問題だね。サービス残業をなくして全て残業代を付けるか、一切残業代をなくすか、極端なことをしないと改善しないでしょう」(40代・男性・公務員)

「もう少し彼女は手を抜くとか、うまくやれなかったのかな。彼女の学歴がそうさせなかったのかも。人手を増やしても、常にキャパシティを超える仕事が降ってくるので、一緒ですよ」(40代・男性・教育関係)

「なんで辞めなかったんだろうな。定時に帰ると悪い、という風潮がありますよね」(30代・男性・出版)

「会社の責任かもしれませんが、仕事の量がわからないので、必ずしも会社の責任だけとは限らないかも」(30代・女性・医療アシスタント)

午後10時、新橋駅近くの地下飲食店街にて。飲み会の席を出て仕事の電話をする男性(撮影: 塩田亮吾)

本人よりも家族よりも、使用者に責任がある

寺西笑子・全国過労死を考える家族の会代表

寺西笑子(てらにし・えみこ)1996年、飲食店の店長をしていた夫を過労自死で亡くす。その後労災申請と民事訴訟で10年がかりで会社の責任を認めさせる。2008年、「全国過労死を考える家族の会」代表に就任、10年から「過労死等防止対策推進法」の制定に取り組み、14年の成立に大きく貢献した。現在も講演活動等で全国を飛び回る日々を過ごしている(撮影: 塩田亮吾)

過労死、過労自死する人が出ると、その家族が必ず聞かれる質問があります。

「なぜ会社を辞めなかったのか」「なぜ家族は止めなかったのか」

私も夫を止めましたよ、でも止められないんです。

夫は外食チェーンの店長として、亡くなる前の1年間、まともな休日は少なく毎日12時間も働いていました。私が「休むことはできないの?」と言っても、夫は「人手が足りない」「他の人に迷惑が掛かる」と出て行きました。お店でふらついて階段から落ち、1週間の入院が必要と診断されました。なのに、翌日に無理矢理退院して、その4日後にビルから飛び降りました。1996年、夫が49歳のときでした。

夫を亡くしたあと、私は自責の念に苦しみました。でも、縄で縛っておくわけにはいかないじゃないですか。夫は社長からの激しい叱責などによって、うつ病を発症していました。そうなると、居直って休むという判断が本人にもできなくなるんです。

会社はなぜ夫が働くのを止めなかったのか。夫に入院の診断が出ていることも、毎日休みなく長時間働いていたことも知っていたのに。労働者の働き方については、使用者に責任があるのではないでしょうか。過労自死というのは、逃げ道がふさがれ、追い込まれた死なんです。

私がよく講演で紹介する詩があります。父親を過労自死で亡くした6歳の男の子が作ったものです。

《「僕の夢」/大きくなったら、ぼくは博士になりたい。/そしてドラえもんに出てくるようなタイムマシーンを作る。/ぼくはタイムマシーンにのって/お父さんのしんでしまう前の日にいく/そして「仕事に行ったらあかん」ていうんや》

たった6歳の子どもですら、自責の念に駆られるのです。長時間労働、過労自死は、残された家族をも苦しめる。

「全国過労死を考える家族の会」では、家族を過労死・過労自死で亡くした人の詩や文章をさまざまな機会に紹介している(撮影: 塩田亮吾)

近年、私たちの会へ訪れる方は、家族を過労自死で亡くされたケースが多いです。20代の人は入社して数カ月以内、30~40代の人は転籍異動して数カ月以内という傾向があります。ここでいう異動は、会社の吸収・合併の影響で未経験の仕事をさせられるケースが多いです。夫も調理人だったのが店長になり、営業回りをさせられたことで強いストレスが加わり普段と違う変化がみられました。また真面目で責任感が強い、というタイプも共通しています。

2014年に「過労死等防止対策推進法」という法律ができました。過労死という言葉が法律用語で初めて定義され、国や事業主に防止対策を求めた、この分野の理念法です。今年(2016年)10月には初めて「過労死等防止対策白書」が公表され、過労死等の実態も明らかになりました。ですが、法律を作っただけでは駄目で、実際に企業に法を守らせることをしなければいけません。

私は夫の死後、労災認定、会社相手の民事訴訟で、真相究明と夫の名誉回復に10年かかりました。学生だった息子たちは成人して結婚し、今は12歳以下の孫が4人います。せめて孫たちが社会に出るまでには今の働き方を変えなくては、と思っています。

肌身離さずつけている2つの指輪。1つは結婚指輪、もう1つは夫が自死する4カ月前、結婚記念日に贈られた銀婚式の指輪(撮影: 塩田亮吾)

東京・新橋で聞いてみました【3】

「早く仕事を終わらせようという意識がない」

「平成28年版 過労死等防止対策白書」では、パートタイム労働者を除く一般労働者の年間総実労働時間について、「2000時間前後で高止まり」としている。政府が経済計画や「時短促進法」で労働時間短縮の目標としてきたのは、年間総実労働時間1800時間。午後10時過ぎの新橋駅(撮影: 塩田亮吾)

「上司は自分がやってきたことだから、下の人にも平気で押しつけられるんだろう。経営者の考え方が変わらないとなくならない」(60代・男性・健康産業)

「仕事はできる人や若い人に集中して偏っているから、長時間労働が起きるのだと思う。私も若い頃は平気で100時間、200時間の残業をしていた」(50代・男性・製造業)

「長く働いていると頑張っているように見えるから、みんな長時間労働する」(20代・女性・サービス業)

「日本の会社はみんなブラック。経営者が無能で、会社のことだけ考えて社員のことを考えていない」(40代・男性・製造業)

「あんな大会社で法令違反しているなんて驚きました。早く仕事を終わらせようという意識が社会に根付いていない。そもそもの仕事の仕方を根本的に見直して、無駄な部分をなくす努力が必要です」(20代・男性・営業)

「全国過労死を考える家族の会」寺西代表がつけていたバッジ。「家族」と「涙を虹に」がモチーフになっている(撮影: 塩田亮吾)

労働と生きることのモラルが一緒くたなのが日本

石田衣良・小説家

石田衣良(いしだ・いら)1960年、東京生まれ。成蹊大学を卒業後、広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターとして活躍。97年「池袋ウエストゲートパーク」でオール讀物推理小説新人賞を受賞し作家デビュー。2003年「4TEEN フォーティーン」で直木賞を受賞。06年「眠れぬ真珠」で島清恋愛文学賞、13年「北斗 ある殺人者の回心」で中央公論文芸賞を受賞。『アキハバラ@DEEP』『美丘』など著書多数(撮影: 塩田亮吾)

僕も今から30年ぐらい前、25歳からの6~7年間、広告代理店やプロダクションでコピーライターの仕事をしていました。残業すると、晩ご飯代は付くけれど残業代はなし。なのに残業時間は青天井。よく社長は「この会社の椅子1脚、ボールペン1本も俺のものだ」と言ってました。まあ、ブラックです。徹夜も普通にやらされたし、月の残業時間が100時間超えたこともありました。

無茶なクライアントもいるんですよ。ある航空会社から「コピー案を1000本か2000本持ってこい」と言われて、僕らコピーライターが集められて毎日遅くまで考えました。そして集めて持っていって、決まったのが「○○で飛ぶ、香港の旅」。徹夜した何十人の労働はなんだったのかと思いましたよ。電通が責められていますけれど、自殺した彼女が担当していたクライアントに非はなかったのかと思います。

僕らの時代はアナログですから、制作工程の関係上、クライアントから修正を要請されても、もう直せない段階があったんです。印刷所に回ったりとかね。そこでひと息つけた。でも、電通の彼女が担当していたのは、ネット広告でデジタル制作だから、いくらでも直せてキリがない。実際、広告業界の慣行として、クライアントはいくらでも直せって言ってきますからね。ひょっとすると、彼女は外部に仕事を出せなくて、自分で対応していたんじゃないでしょうか。デジタルが生んだ悲劇ともいえますね。

これまで大学生の就活を小説のテーマにしたことはあるが「長時間労働はテーマにするのは難しい。個人で解決できないことだから」(撮影: 塩田亮吾)

でも、長時間労働は日本人の労働観、人生観の古層にかかわる問題なので、一企業、一業種を叩いたところで社会的に解決しません。

たとえば「お客様は神様です」みたいなところがあるじゃないですか。24時間オープンのお店とか、注文すればすぐ持ってくる宅配サービスとか。客のわがままに応えることが日本は妙に高く評価されているんですよ。きめの細かなサービスは素晴らしいけれど、こういう便利さをみんながちょっとずつ手放すことをしないと、長時間労働はなくならないと思います。

日本人は仕事と人生が密接に絡み合っているんです。昔の長州藩とか薩摩藩とかの武士と一緒で、正社員は電通藩に生きる武士なんです。密接に絡んでいるから、ちょっとビジネスでコガネを儲けた人が、人の生きる途みたいなのを平然と説く。あれ気持ち悪いですよね。労働と生きることのモラルが一緒くたになっている日本の不気味さが表れています。

給料は減っているのに、仕事量は増えている。そんな状況だと、海外なら社会をひっくり返そうとドナルド・トランプに投票するとか、投票行動に出るじゃないですか。でも日本の若い子は政治や社会は変わらないと思っているから、積極的な行動をなかなか起こさない。

その代わりどうするかというと、自分の未来を捨てて復讐するんですよ。結婚しない、子どもも作らない、もう日本など滅んでしまえ。20代の若者のうち、積極的に結婚したい人が半分以下くらいになっています。それくらい若い人は追い詰められている。怒りでさえなくて、諦めの果てに自分の代で遺伝子を絶やそうとしているんです。ひとりで立ち枯れていくことを選んだのです。

もっと上の世代は、そうした若者の深い絶望をどこまで理解しているか。説教してる場合じゃないです。

東京・新橋で聞いてみました【4】

「それでもあの会社で働きたい」

「電通はブラックで有名だし、自分はあそこまで働けない。でも、入社できたら名誉だし、給料もいいから働きたい」(20代・女性・就活中の大学生)

「上の世代の人が『自分たちが若い頃はあれぐらい働くのは当たり前だった』というのは腹が立ちますが、電通は知名度が高いし、働けるものなら働きたい」(20代・女性・就活中の大学生)

午後7時前の電通本社ビル(撮影: 塩田亮吾)


神田憲行(かんだ・のりゆき)
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクション・ライターとして現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』、『「謎」の進学校 麻布の教え』など。

[写真]
撮影:塩田亮吾
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝