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テレビからYouTubeへ“戦略的撤退”――。オリエンタルラジオ・中田敦彦の戦い方

2020/11/09(月) 18:12 配信

オリジナル

オリエンタルラジオの中田敦彦は希代のヒットメーカーとして知られる。リズムネタ「武勇伝」で颯爽とデビューし、ダンス&ボーカルユニット「RADIO FISH」としてリリースした『PERFECT HUMAN』は大ヒット。現在手がけている教育系YouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」は登録者数300万人を超えた。昨今では『幸福論』などを執筆し、文筆家としても活動の幅を広げている。中田は何を企むのだろうか。本人に話を聞いた。(取材・文:ラリー遠田/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「干された」は半分正解

「中田敦彦のYouTube大学」では、歴史、文学、ビジネスといった分野のさまざまなテーマを取り上げ、講義形式でわかりやすく解説している。中田はある時期から徐々にテレビの仕事を減らし、YouTubeに活動の軸足を移していった。

「『干された』と言われることもあるけど、それも半分正解なんですよ。干されてもおかしくないなって自分で思っていたところもあるし。ただ、最後は自分から『すみません、もう卒業させてください』と言って辞めたんです。ここにいるよりもほかにやりたいことがあると思ったから」

中田がテレビから離れたきっかけは、視聴率が取れないことにあった。オリエンタルラジオは若者からの支持は高かったのだが、地上波テレビのメインターゲットである50代以上からの人気がなく、そのせいで視聴率が伸びていなかったのだ。

メインターゲットに訴求できないなら勝ち目はないと思い、中田は戦いの土俵をYouTubeに移すことにした。それは決してただの敗北ではなく、勝つための戦略的撤退だった。

「果たして僕らの世代が(明石家)さんまさん、ダウンタウンさん、有吉(弘行)さんの世代に勝ててないんだろうか、と思ったんです。芸人界では『お前らの世代が不甲斐ないから上の世代が元気なんだ』って言われるんですけど、本当にそうなのか。だって、例えば僕らの世代だったら、ナインティナインさんが出ていた『めちゃ×2イケてるッ!』が最高のコンテンツだったわけです。最高のコンテンツは世代によって違う。だとすると、僕らが中高年の視聴者が多い地上波で勝てないのは、単にそのプラットフォームが自分たちに合っていないだけじゃないかと思ったんです」

かつてテレビは唯一にして最高のメディアだった。だが、今はそうではない。若者はとっくの昔に不便で古臭いテレビに見切りをつけ、YouTubeにシフトしていた。そこでは若者を熱狂させるスターが次々に生まれていた。

伸び悩む再生回数「あっ、死ぬ」

当時、キングコングの梶原雄太は「カジサック」を名乗り、YouTubeの世界に本格的に参入して、華々しい結果を出していた。その背中を見て、中田もYouTube進出を決意した。だが、最初のうちは何をやっても再生回数が伸びず、全く手応えがなかった。

「YouTube大学を始める直前なんて、動画の再生回数は300回ぐらいでした。登録者数も9000人から8000人にどんどん減っていって『あっ、死ぬな』って。そこで本気でやらないといけないと思いました」

「あっちゃん(中田)は教育系のYouTuberが向いていると思う」という梶原のアドバイスを聞いて、全面的にそちらに舵を切った。中田は、結果を出している先人の言うことは素直に聞く。決して嫉妬したりはしない。

「嫉妬する人って、うらやましいと思いながら近付いていかないから余計にストレスがたまるんですよ。いいと思っているなら、自分から学んでがんがん吸収していけば『ありがとう』って思えるようになるんです」

YouTubeを研究して、貪欲に学び、実践を続けてきた。PDCAサイクルを高速で回転させ、アップデートを繰り返していった結果、押しも押されもしない人気YouTuberになった。

芸人という立場でテレビを捨ててYouTubeに専念するのは無謀な行動にも見える。だが、実は中田は大胆に見えて意外と慎重な面もある。テレビの仕事をやめるときにも、あらかじめ2〜3年分の生活費をまかなえるだけの貯金を確保していた。

守るか、無謀か、ではなく”家賃半額”という選択肢

「あと、家賃も下げました。妻を説得して半分の家賃の家に引っ越しました。意外と臆病者なんですよね。ギリギリ死なないっていうのが大事。だいたいみんなガチガチに守るか無謀に飛び出すかの二択で考えがちなんですけど、その中間があるんですよ」

中田はこれまでに数々の著書を出してきた。その多くは、自分がどのように成功してきたか、どうすれば成功するかを説いたビジネス書である。それらは読者を熱く鼓舞するような内容だった。

「ここ3年間ぐらい、堀江(貴文)さんとかのビジネスの世界に意識的にどっぷり浸かっていて、刺激的で面白かったんですよ。でも、究極のところ、僕はビジネス要素の強い芸人ではあるけれど、ビジネスマンではないと思ったんですね。お金だけで成功を得るというゲームは自分にはきっと続けられない。また違うものを探したいなと思ったんです」

過去の著書で「成功しろ」「俺のようになれ」と力強く煽ってきた中田だが、新刊の『幸福論「しくじり」の哲学』では「強くて優しい人になりたい」と語っている。強さだけでなく優しさも必要だと気付いたきっかけは、自身が運営するオンラインサロン「PROGRESS」でメンバーからの相談に乗っていたことだった。

「サロンメンバーに対して、最初のうちは『がんばれがんばれ、動け動け』って言っていたんです。でも、そう言われても行動できない人の方が多いことに気付いたんですよね。行動できる人は励まさなくても行動するので、むしろ行動できない人の方をケアしないといけないと思ったんです」

炎上は引きずらない

常識にとらわれない中田の行動は、ときに反発を受けることもある。情報番組のコメンテーターとして過激な発言をして叩かれたり、YouTubeで話した内容に間違いがあると批判を受けたこともあった。

「炎上はそんなに引きずらないですね。人間って忘れっぽいから、バズも炎上もすぐ消えるんです。殺されることと逮捕されることはなるべく避けたいですけど、それ以外はそんなに気にしないです」

芸能界は人付き合いや事務所同士の仁義がものをいう世界だ。しかし、中田はベタベタした人間関係ではなく「利」で人とつながろうとする。彼は孤高ではあるが孤独ではない。お笑いを始めるときには藤森慎吾という相方と組み、音楽ユニット『RADIO FISH』ではプロのダンサーともコラボした。YouTubeの活動も多くのスタッフに支えられている。

「自分の能力なんて本当に小さなものだから、みんなを頼りながら進んでいくしかないんです。成功して『win-win』になれば笑っていられる。だから、今は僕に対して批判的な人も、僕とwinになるときが来ると思うんです。あなたにとってwinがある人にきっとなる。そしたら笑って握手ができる」

中田の興味、関心は次々に移り変わっていく。今はグローバルな世界に目が向いている。

「最近の関心事は、海外移住、英語、気候変動ですね。海外移住っていうのは単純に、どこでも仕事をできる態勢を整えたので、リモートワークの最果てを見てみたいんです。英語に関しては、しゃべること自体が好きだし、英語を使って海外の人とコラボすることに可能性を感じています。
気候変動に関しては、いま世界的に見ると、地球に優しい企業やインフルエンサーが大きなマーケットを獲っているんですよ。だから僕も地球環境のことを面白くしゃべれたらいいと思うんですよね。気候変動は地球のラスボス。だからきっと面白いです」

「幸福」は結果ではなく過程にある。壮大な夢と野望を語る芸人界のパーフェクトヒューマンの眼差しは、少年のようにキラキラと輝いている。

中田敦彦(なかたあつひこ)
1982年生まれ。
2003年、慶應義塾大学在学中に藤森慎吾とオリエンタルラジオを結成。04 年にリズムネタ「武勇伝」でM‐1グランプリ準決勝に進出。14年には音楽ユニット「RADIO FISH」を結成し、16年には楽曲「PERFECT HUMAN」がヒット、NHK 紅白歌合戦にも出場。18年にはオンラインサロン「PROGRESS」を開設し、19年からはYouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」の配信をスタートした。主な著書に『幸福論 「しくじり」の哲学』(徳間書店)など。


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