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殿村誠士

「明日が来なければいい」――ベジータ芸人・R藤本 闇の先に見いだした「負けの美学」

2020/08/15(土) 16:01 配信

オリジナル

『ドラゴンボール』の人気キャラクター「ベジータ」になりきる芸人・R藤本(39)。いついかなる場面でも「そのキャラから降りない」芸風で一線を画し、ネット配信を中心にテレビや舞台で活躍するが、「闇の時代」があったという。明日が来なければいいとさえ思った中高時代、前を向くきっかけとなった「希望」――決して素を見せることはない「ベジータ芸人」が素顔を見せた。(取材・文:てれびのスキマ/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)

素人からネット配信芸人の「エリート」に

藤本は、最初期に「ニコニコ生放送」を始めた芸人だ。2009年5月にスタートした“ニコ生最古の番組”『R藤本の水曜はじけてまざれ!』は500回を超える。

「ライブに出てもウケてなかったんですが、ネットの生配信だと、ライブに来ない層の人たちが高評価をつけて喜んでくれた。お互い新鮮で、最初はコメントを読むだけで成立したくらい盛り上がっていました」

番組をきっかけに藤本の元に「DB芸人」(『ドラゴンボール』キャラのものまねをする芸人)が集結していく。

「全部、噂からなんです。最初は大阪でナッパ(ぴっかり高木)とコンビのとき、東京にフリーザ(BANBANBAN・山本)がいるらしいと(笑)。ヤムチャ(バードフミヤ)がいたと聞けば、ライブで共演したり、ニコ生に呼んだりして」

孫悟空の声優・野沢雅子のものまねでブレークしたアイデンティティも加入し、2017年には藤本主催で「劇団アニメ座DB超」を超満員で開催。2020年には『真・劇団アニメ座DB』を全6回公演で開催し、2400席を完売させた。

きっかけはmixi。芸人活動は「草野球」感覚

波に乗り、意気揚々かと思いきや、藤本の表情は明るくない。

「テレビにいっぱい出たいとは、正直そんな思ってないんです。お金がたくさん欲しいとか、ちやほやされたいという欲もない。芸人を目指す人ってそういう願望が多かったりするんでしょうけど、そもそも僕はそういう入り方じゃなかったので」

2006年、藤本は会社勤めの傍ら『R-1ぐらんぷり』に出場した。芸を見たアマチュアのお笑いライブからmixi経由で出演オファーが届き、芸人活動を開始。「週末だけやる草野球みたいな感覚」だったという。1年半ほど活動した後、会社を辞めプロの芸人になった。

「結局、お笑いの世界が楽しかったんです。会社では誰でもいいような仕事をしてました。お笑いは代わりがきかない個性だけの世界で、売れるとか稼ぐとかは抜きにして、とりあえずやってみようと思ったんです」

それまで『アンパンマン』の「ジャムおじさん」のお面をつけてネタをしていた藤本は、ほどなくして「ベジータ」になる。

「きっかけは、コスプレ衣装の発売を知ったから(笑)。ジャムおじさんは顔を出さないし、これ一個でやるのは限界を感じてたんで、軽い気持ちでベジータをやってみたらウケたんです」

藤本が他のものまね芸人と一線を画すのは、そのキャラから“降りない”ことだ。トークなどでも基本的に“ベジータのまま”。決して素を見せることはない。

「そうしたいから、というのが一番ですが、自分が視聴者だったら、ベジータの格好をしてへらへら自分の話してるやつなんか見たくないと思うんですよ。だから自分みたいなやつに向けてずっと“ベジータごっこ”をしてるんです」

最近では『千原ジュニアの座王』(関西テレビ)などで大喜利力が高く評価されている。

「キャラ芸人なのでイロモノ的な扱いは仕方ないと思いつつも、大喜利ができないって思われがちなところを少しでも払拭できるのはうれしい部分はありますね」

ベジータの「負けの美学」に惹かれる

そんな藤本は、中高生のころを「闇の時代」と形容する。

「毎日、もう目覚めなきゃいいなと思いながら寝てました。明日が来なければいいと」

きっかけは父との衝突だった。中学校での成績は良かったが、一度、中間テストで低い点数を取ってしまい、テレビと大事にしていたゲームを全部捨てられてしまった。そのテストは平均点自体も低く、藤本はむしろ平均以上の点数を取っていたが、医者の父にとっては許せるものではなかった。

高校受験の失敗も父の怒りを買う。実家から通える距離の高校には合格したが、「お前、明日から寮に行け」と追い出された。それ以降、父とは現在に至るまで口をきいていないという。親との関係がこじれたことで学校生活もうまくいかなくなった。

「心を閉ざしちゃったんです。いろいろなことを諦めた。だから、友達をつくろうとも考えなかったです。恋愛とかはもちろん、自分が大人になる姿も想像できないレベルでした。どっかで死ぬんだろうなって思ってました」

闇から抜け出すきっかけは、子供の頃から好きなお笑いだった。寮にはテレビがなく、藤本は芸人の書いた本を買った。その中のひとつが爆笑問題・太田光の自伝。太田は高校時代、友達がひとりもおらず、卒業旅行もひとりで行っている。

「自分はそこまでじゃなかったんですよ。少数だけど友達はいた。自分よりも暗い状況にいた人が、大学でははじけてお笑い芸人で成功しているというのが、自分にとっては“希望”でした。それで大阪の大学に進学したときに、自分なりに頑張って、変わってみようと思いました」

こうした経歴からか、藤本がベジータというキャラクターに惹かれるのも「強さ」よりも「負けの美学」の部分だ。

「必死にやって負けたりしてるのをずっと繰り返してる感じが、なんかお笑い的に面白いなって思ったんです。プロレスでもそういう悪役がいると思うんですけど、それをすごい体現してる感じに惹かれます」

あの名セリフを叫びたい

ニコ生でも舞台でも、藤本は常に自分で企画し、動き、実行する。「DB芸人」のライブでも企画はもちろん、脚本・演出まで担う。

「自分はアマチュア時代、芸歴半年くらいのときから主催ライブをやっていたんで、オファーがなければ自分でやればいいだけっていう考え方。でも、芸人の中には、十数年やっても待ってるだけで単独ライブのひとつもやっていない人も結構いるんです。何をみんな使ってもらうのを待ってるんだ?って」

「結局、好きなことをやりたくて始めたんで、ライブも主催するし、生配信の企画も出す。それをずっと続けてるだけ。あとは、尊敬する芸人が自分を求めてくれるなら応えたいですし、盛り上げたい。だからあまり誰かを目指すとか『こうなりたい』とかはなくて、むしろ自分の中で『こうやりたい』を実践したいんです」

「売れたい」「金を稼ぎたい」ということよりも、自分が好きなこと、楽しいと思えることをやるために自ら動き続ける藤本。今、やりたいことは「DB芸人」たちが出演し、自作の『DB音頭』を踊ったり、「きたねぇ花火だ」「ビッグバンアターック!」などと“実況”したりする「花火大会」の開催だという。誰かと競い合い、勝って強さを証明することが目的ではない。芸人・R藤本が持っているのは、自分のやりたいことを貫き、我が道を行く、しなやかな“強さ”だ。

R藤本(あーる・ふじもと)
1981年03月16日生まれ。福岡県 久留米市出身。NSC東京校 10期生扱い。Mildom『ベジータ様のゲーム地獄』、ニコニコ生放送『水曜はじけてまざれ!』ほか、YouTubeチャンネル『R藤本の遊びにいってやろうぜ!』で配信中。特技はドラゴンボール知識、ボードゲーム(海外のもの100種類以上に精通)、大喜利。

てれびのスキマ/戸部田 誠(とべた・まこと)
ライター。著書に『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。』などがある。最新刊は『売れるには理由がある』。


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