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撮影:石橋俊治

コロナが引き剥がした「死の覆い」――極北から戻った探検家、5カ月ぶりに見た日本【#コロナとどう暮らす】

2020/07/19(日) 09:14 配信

オリジナル

今、もっとも動けて、かつ、もっとも書ける「探検家兼作家」。それが44歳の角幡唯介である。人跡未踏の地理的空白部・チベットのツアンポー峡谷の探検を描いた『空白の五マイル』、北極圏の太陽が昇らない極夜を犬1匹と約80日間探検した『極夜行』など、その命がけの記録は多くの賞を受賞している。現在はグリーンランドをベースに犬ぞりによる単独行を続けており、この春もグリーンランドからカナダへ渡る予定でいた。ところが出発6日目、カナダに入国できなくなったことを知らされる。極北の荒野でコロナ禍に巻き込まれた角幡にその稀有な体験と、これからの思いを聞いた。(ライター:中村計/撮影:石橋俊治/Yahoo!ニュース 特集編集部)

※取材は6月29日。角幡の帰国後、自主隔離期間明けに行った

約5カ月ぶりの日本「浦島太郎」にはなれず

「犬をうまく操れるようになるまで、相当、修羅場をくぐらなくてはいけない。最近、犬との関係性ができてきた」と角幡(提供:角幡唯介)

――まずは、このタイミングで、よくグリーンランド最北の村・シオラパルクから日本に帰ってこられましたね。

旅をしている間は、5日に1回ぐらい衛星電話で奥さんと連絡を取っていたので、なんとなくですが世界の状況はわかっていたんです。そんな大変なことになってるのか、と。なので僕も最初は日本に帰れねえのかってすごい憂鬱になっちゃって。子ども(小学1年生の娘がいる)に会えないのがけっこうつらいんですよ。

――約5カ月ぶりに日本に帰ってきて、すっかり変わってしまったな、みたいな感覚になりましたか。

向こうにいるときは、帰国したら、何もかも変わってしまって浦島太郎みたいな気分になるのかと思っていたんです。でも、帰国後、しばらく平塚のホテルで自主隔離生活を送っているとき、すでに人がけっこう出歩いたりしていて。無責任ですけど、前と変わらないじゃん、って思ってしまいましたね。

これまでも日本にいるときは、ほとんど自宅で原稿を書いていたので、そもそもの生活が自粛みたいなもの。なので、僕自身の生活もぜんぜん変わりませんね。

シオラパルクから日本までは飛行機やヘリコプターを7回乗り継いで帰国。「6月6日の朝に日本に帰国する予定だったのですが、(コロナではなく)天候が悪くてなかなか飛行機が飛ばず、1週間ぐらい遅れてしまいました」

探検出発6日目、非情の通知

――今回の探検は、1月中旬に日本を発ってシオラパルク入り。そこから準備に入って、3月19日に犬ぞりで旅立ち、54日間かけてグリーンランド内を1270キロ移動。5月11日にシオラパルクに戻ってきました。シオラパルクを犬ぞりで発つ直前、グリーンランドでも、初感染者が出たんですよね。

そのときは村の人たちもかなりびびってましたけど、旅から戻ってきたときにはゼロになっていたので、完全に他人事になってましたね。握手もするし、ハグもするし。僕が日本に帰ると言ったら「日本に行ったら死ぬから、シオラパルクにいろ」って心配してくれました。

――今回の犬ぞり行は、当初の予定だと、グリーンランドからカナダのエルズミア島へ凍った海の上を通って渡る予定だったんですよね。

はい。今年のグリーンランド北部はよく冷えて、30キロくらいの幅がある海峡の結氷状態もすごくよかった。近年は温暖化の影響か、あまり凍らなくなってきていて、去年も、一昨年も凍らなかったんです。なので、今年を逃したら、もう行けないかもと気合が入っていたんです。

「そりを降りて誘導しているときに僕が転んだりして、犬たちがワーッと駆け出してしまうのがいちばん危険。置き去りにされる。だから地元の人は絶対に1人では犬ぞりに乗らないんです」(撮影:山崎哲秀)

――そうしたら6日目、非情の通知が……。

出発直前、カナダは入国禁止になっているという情報は入ってたんです。でも、僕はまったく自分の問題として受け止めていなかった。人間のいないところに行くんだから、関係ないだろうと。なにせ周囲700キロ、軍事施設を除けば、人のいないところですから。そうしたら、出発して最初の電話で、奥さんに、カナダのコーディネーターから連絡があって、入国許可を取り消されたと。

――荒野における国境は、どのようにわかるものなのですか。

僕もよくわからない。(海峡の)真ん中ぐらいじゃないですか。

――誰かに見られている可能性はほぼゼロなわけですよね。黙って渡ってしまおうという誘惑にかられなかったのですか。

ちょっと迷いました。ヨットで世界を旅しているときなんかも、海外の港に上陸するとき、そんなに厳密な入国手続きがあるわけでもないんですよ。だから、行っちゃおうかな、と。ただ、いずれにせよ、それも含めていつか書こうと思っていたのですが、奥さんに「絶対、公表できない」と言われて。「日本は今、そういう雰囲気ではない。人として、どうなのかと思われるよ」ということをものすごく強く言われたんです。

4月27日、外出自粛を呼びかける新幹線コンコースのデジタルサイネージ(写真:毎日新聞社/アフロ)

――その頃の日本は、不要不急の外出をしただけで、ものすごくたたかれるような雰囲気になっていましたからね。

そういう空気がまったくわからなかったんです。どうせSARS(重症急性呼吸器症候群)みたいにすぐ収まるんだろうくらいに思っていました。ただ、そこは奥さんの言葉で冷静になりました。密入国ということになったら、さまざまな手続きをお願いしたコーディネーターの方にも迷惑がかかるし、今回が最後のチャンスというわけでもなかったので。

――とはいえ、このチャンスに行けないのは無念でしたか。

いや、これはこれでよかったですね。今、僕がやろうとしていることは、目的地へたどり着くことが最優先でもないので。狩猟をベースにしていて、旅の時間は、獲物がたくさん捕れたら長くなるし、捕れなかったら短くなる。狩猟って土地とのつながりがないと成立しない行為なんです。どこにアザラシが出るのかとか、どう仕留めればいいのかとか、狩猟者としての知識と技術を蓄えなければならない。要するに、狩猟者視点で土地を再構成しようみたいなことをやっているんです。そういう意味では、グリーンランド内を自分のものにしていくというか、血肉となっていくような感覚があったので、次につながる気がします。今、44歳なのですが、50歳ぐらいまでにそれができればいいかなと思っているんです。

「アザラシの肉はうまいですけど、脂でぎっとぎとなので、食べるのがめんどくさい。テントの中で食べようとは思わないですね。ほとんど、犬の餌にしちゃいます。僕は自分用に豚の肉とかも持ってきているので、そちらを食べます」(提供:角幡唯介)

「死」が隠蔽されがちな現代社会

――角幡さんは探検家として、死を意識してきた時間が普通の人よりもはるかに多いと思うのですが、日本人のコロナに対するおびえ方は、どう映っていますか。

認識不足の面もあるかもしれませんが、僕はまだそれほど怖いものだとは実感できていない。最初は娘がかかったらどうしようとかは思いましたけど、小さい子は重症化しにくいと知ってからは、交通事故のほうがよっぽど怖い。僕が住んでいる鎌倉は道がとても狭い。なのに子どもは自転車で遊び回っていますから。バンッて車にはねられる確率のほうがはるかに高い。

ただ、僕が自分の旅のことしか考えていなかったとき、他の人は未知の恐怖に苦しんでいた。その結果、「自粛警察」まで生まれた。正直、おかしいと思いますよ。マスクだって、誰も人が歩いていないようなところでもしてたりするわけじゃないですか。そんなのを見かけると、マスクが社会の通行証みたいになってるとしか思えないわけですよ。ただ、何度も言いますけど、僕は日本がいちばん苦しんでいるときにいなかった。なので、それを言う資格はないと思うんです。

――確かにコロナよりも怖いものって、いっぱいあるんですよね。他の病気になる可能性だっていくらでもある。でも今、ほとんどの人はがんに侵されること以上に恐れているように見えます。

現代社会って、死が隠蔽されがちじゃないですか。本当は人間なんて、誰もが明日死ぬかもしれないんですよ。でも、そんなことを考えたらやっていけないので、過去の実績で、これぐらいまでは生きられるというフィルターで死を覆って生きている。でもコロナで、そのフィルターを引きはがされてしまった。そりゃ、オロオロしますよ。

「マスクは家ではしてないですし、外でも人がたくさんいるようなところには行かないのでほとんどしません。今日、初めてしたんじゃないかな。帰国後、室内で、家族以外の人と会うのは初めてだったので」

――角幡さんは探検中、常に死を意識しているのですか。

今は、さほど意識していません。探検でいちばん怖いのは、『空白の五マイル』にも書いたような滑落なんです。でも今は山登りをしているわけではないので。

――冬の悪天候でテントが吹き飛ばされてしまうとか、シロクマ(ホッキョクグマ)に襲われるという危険はないのですか。

天候で死ぬってことはないですね。シロクマもたぶん、ないと思います。シロクマが寄ってくることはありますけど、犬が12頭いるんで。12頭もいたら、シロクマより強いですから、逆に怖がって逃げていく。死ぬとしたら、氷を踏み抜いたときでしょうね。そこはなかなか予測できないところもあるので。クライミング中に、ここで足を滑らせたら死ぬなみたいなガタガタガタガタ震えるような恐怖じゃないですけど。でも、僕もそれが日常なわけではない。探検は、期間限定の遊びなんです。ただ、それでも死を意識することには慣れているので、普通の人よりは免疫があるのかもしれません。死は誰にとっても怖いのは間違いない。それぞれにどうやって折り合いつけていくかっていう話だと思うんですよね。

コロナ禍、心配なのは「犬」

――今年はカナダへ渡れなかった以外は、予定通り、探検を遂行できましたが、来年はまだどうなるかわかりませんね。冬、またグリーンランドに行けるのでしょうか。

行けなかったら行けないで、執筆に専念できるからいいのかな。探検中、まったく原稿が書けないというのもつらいので。ただ、預けている犬が心配ですね……。処分されたら嫌だな。

――処分?

犬を1年間、つないどくのって、すっごい大変ですから。現地の人に餌代さえ送っていれば大丈夫だと思うんですけど。

――餌代は角幡さんが払ってるんですね。

大変っすよ。めちゃめちゃ食いますから。夏はそんな食べないけど、冬は人間以上に食うかも。1頭でひと月あたり8000円くらいかかるので、12頭で約10万。飼ってるだけで、年間120万ぐらいかかってる。あと、1年サボると、次の年、走ってくれるのかどうかもわからない。せっかく犬との関係性ができたのに、2年間、会わないと、僕のことを忘れちゃうかもしれない。来年は、村の周りを走らせるだけでもいいので、シオラパルクまでは行きたいですね。自分のことばかり考えていて申し訳ないんですけど。でも、コロナに関しては、最初の騒動を経験していないので、僕はこれからもずっと当事者になれない気がするな。

角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)
作家・探検家。1976年、北海道芦別市生まれ。早稲田大学卒業。同大探検部OB。2003年に朝日新聞社に入社、08年に退職。2018年『極夜行』(文藝春秋)で、「第45回大佛(おさらぎ)次郎賞」「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」(第1回)を受賞。『空白の五マイル』『雪男は向こうからやって来た』など著書多数。

中村計(なかむら・けい)
1973年、千葉県船橋市生まれ。同志社大学法学部政治学科卒。ノンフィクションライター。某スポーツ紙を7カ月で退職し、独立。『甲子園が割れた日 松井秀喜 5連続敬遠の真実』(新潮社)で第18回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)で第39回講談社ノンフィクション賞を受賞。近著に『金足農業、燃ゆ』(文藝春秋)。8月15日に光文社新書から『クワバカ クワガタを愛し過ぎちゃった男たち』刊行予定。ユーチューブマイベスト3は「少年かむいカレーライス。soto飯」「高須幹弥高須クリニック」「アキラ先輩」。

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