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伊藤圭 衣装:Ank Rouge

「コンプレックスがビジネスに」“貧乳ブラ”の開発者。10代の少女が経営者になるまで

2016/09/20(火) 11:00 配信

オリジナル

――コンプレックスが原動力のすべてだった。

ここ3年間で制作してきたプロダクツについて、ファッションデザイナー、ハヤカワ五味はそう振り返る。

高校生のときに個人で制作した「切り取り線タイツ」で注目を集め、その後も自身のコンプレックスに着想を得た、胸の小さな女性向けにデザインした下着ブランド“feast by GOMI HAYAKAWA”を発表。2015年1月には18歳にして「株式会社ウツワ」を立ち上げるなど、アパレル業界内外を問わず、世間の注目を集め続けてきた。

高校生の頃から全力で走り続けてきた彼女も、今年で21歳になる。ブランド立ち上げから2年、起業から1年半が経った現在、彼女を取り巻く状況や心境にどのような変化があったのだろうか。

ファッションデザイナー、ハヤカワ五味の歩んだ軌跡を今、紐解く。(ライター・佐々木ののか/Yahoo!ニュース編集部)

撮影:伊藤圭 衣装:Ank Rouge

「正直、パニックになった」ブランド“feast”立ち上げ秘話

胸が小さな女性向けの下着ブランド「feast by GOMI HAYAKAWA」を立ち上げたのは、今から2年前の2014年。それまでも自主制作を重ねてきたハヤカワだったが、ブランドの立ち上げは「feast」が初めてだった。

「自分のバストにコンプレックスを抱いていた」と話すハヤカワが発表したのは、上はAカップ、下はAAAカップまでという革新的な下着ブランド。前代未聞のラインナップの登場には、期待の声と同時に、多数の“批判”が寄せられることとなる。

feast by GOMI HAYAKAWA Second collection

「身体的なモノって自分の主張を強めるために都合よく引用されてしまうことが多くて、『胸の小さい人は男じゃないか』とか『胸が大きい人のほうが少ない』とか、やや炎上しながら拡散されていきました」

ビジネス面においても、「ニッチな市場を攻めても意味がない」と反対されることが多かったというが、それでも「私が“欲しい”と思うものは、誰かも“欲しい”と思うはずだ」と確信。高校生のうちに作った売上金を投入し、全て自己資金でプロダクトの制作に踏み切った。

多くの批判や反対を押し切って発売した「feast」だったが、フタを開けてみると、500セットがたった数時間で完売。そのときの心境を「軽いパニックだった」と彼女は振り返る。

「実は当初用意していたのは50セットだけだったんです。それに対して500セットも注文が来て、慌てて業者を探して量産をかけた形だったので、今と比べるとクオリティは担保できていなかったと思います。実際、『届くのが遅い』とか『サンプルと違う』といったクレームも多かったですね」

当時は問い合わせへの対応から梱包などをほとんど1人で行っていたという彼女。時々、「何でこんなことやってるんだろう」と途方に暮れる場面も多くあったと話す彼女を、後押ししてきたのは“ファン”からのメッセージだった。

「やっぱり新作を発表したときに評判が良かったりとか、『こういうの、待ってました』ってコメントをもらったりすると、『じゃあもう1回やってみようかな』って思って続けてこられたというか。良くも悪くもスパイラル的に続けてこられたから、今があるのかなって気がしています」

撮影:伊藤圭 衣装:Ank Rouge

10代の少女が“経営者”になった瞬間

業界に旋風を巻き起こした『feast by GOMI HAYAKAWA』の立ち上げから、およそ半年後の2015年1月9日。ハヤカワは「株式会社ウツワ」を設立する。当時、彼女はまだ19歳。「資材1つを発注するにも親の承諾が必要だった。かなりの手間がかかる状況を改善できれば」と起業した。

実際に権利関係の契約面や、経理的な面でも収穫は多かったと言うが、“10代で”起業した一番のメリットは、先に述べたような実益的なものとは一線を画していた。

「お金との付き合い方を早い段階で知れたのが良かったなと思っています。起業当初はお金がカツカツで、精神的に不安定になったこともありました。かと言ってお金にものすごく執着しているかと言われると、そうでもなくて。私は、最低限のお金があって、やりたいことに集中できる環境が整えられればそれでいいんだと気づいたんです」

“お金との付き合い方”を学ぶも、「スタッフに満足な給与を支払うこともままならなかった」という起業当初。名実ともに「企業」の看板を掲げるほどの基盤はまだなかったが、そこから半年ほど経て起きた“ある事件”が、ハヤカワを経営者として大きく成長させることになる。

「ある日突然、手伝ってくれていたスタッフが本職を辞めてきてしまったんです。『これからどうするの?』と聞いたら、『まだ何も決めてないけど、フリーターかな』って(笑)。そのとき改めて、『この子の生活やキャリアを私が背負っているんだ』という実感が湧いてきました」

それ以降はプロダクト自体の展開だけでなく、スタッフや会社のためにどのような経営をしていくかということに重きを置くようになり、今では同世代の女性スタッフ10名弱を抱える会社の代表取締役となった。

「コンプレックスは次なるステージへ」ハヤカワ五味の変遷と“これから”

「feast」の立ち上げから2年ほど経った2016年夏、2015年に発売した水着に加え、新たなライン「feast secret」を発表した。

「feast」よりも“オトナ”なニューライン「secret」の登場は、彼女自身の心境の変化を反映したようにも見える。しかし、新作を発表した理由の1つとして彼女が挙げたのは、“雇用”という一経営者としての視点だった。

feast secret

「もちろん私自身の“カワイイ”や“欲しい”が移り変わっていったということもありますが、同時に雇用を生みたいという意識も強くありますね。うちの会社って、他の会社が肌に合わなかったという子が馴染んでくれることが多くて。そういう意味でも、うちの会社で新しいブランドを立ち上げて、雇用をどんどん生んで、生きづらさを抱えた子でも働きやすい環境を作っていきたいと思っています」

そのほか事業面では、「身体的なコンプレックスを抱えた女のコのプラットフォームになるようなメディアを立ち上げたい」と展望を語ってくれた。

自らのコンプレックスを原動力にここまで走り続けてきたハヤカワ五味。ブランドの立ち上げや会社の設立を経て、自身のコンプレックスに変化はあったのだろうか。

「実際のところ、自分の中にある“他の人よりも劣っている意識”は消えていないんですよ。ただ、“コンプレックスとの付き合い方が変わってきた”のは感じています。極端に“自分が悪い”というのでなく、物事をものすごくフラットに分析できるようになってきたというか。作るものも徐々に第三者や社会へと開かれたものになっていっている気がします」

かつてコンプレックスを抱えた1人の少女が社会に投げかけた小さな石は、ブランドの立ち上げや起業という形に発展。今も世の中に大きな余波を生み続けている。

起業から1年半余り。
経営者として守るものが増えた今でも、ハヤカワ五味の加速は止まらない。

撮影:伊藤圭 衣装:Ank Rouge

ハヤカワ五味

1995年、東京都生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科2年在学中。高校時代から創作活動を始め、大学生になって立ち上げた胸の小さな女性のためのランジェリーブランド「feast by GOMI HAYAKAWA」は一躍有名に。2015年に株式会社ウツワを興し、代表取締役に就任。同年5月にラフォーレにてポップアップ出展。

編集協力:プレスラボ

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