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八尋伸

薬物報道の曲がり角──「叩くより治療を」配慮求める声

2019/08/06(火) 07:18 配信

オリジナル

著名人の薬物事件が相次ぐなか、「情報番組などの一面的な報道が、依存症患者への偏見の助長や治療の妨げになっている」との声が上がっている。興味本位や個人攻撃ではなく、治療・回復を促すよう報じ方を変えるべきだという。違法薬物の広がりを防ぐ啓発のための報道は必要だとしても、より望ましい報じ方とは、どのようなものか。当事者や専門家らに聞いた。(ジャーナリスト・秋山千佳/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「軽い」「ふざけるな」深まった孤立感

3年前、テレビから姿を消したその男性は、執行猶予中の現在をこう語る。

「執行猶予は社会の中で生きるチャンスであると同時に、常に罪と向き合い、罰を意識しないといけない期間。そのためには一人ではダメで、治療やサポートがいかに大切かと自分を通して感じています」

元俳優の高知東生(たかち・のぼる)さん。2016年、知人女性と一緒に覚醒剤を使用したなどとして、覚せい剤取締法違反などの罪で懲役2年執行猶予4年の有罪判決を受けた。仕事の悩みから手を出してしまったという。

元俳優の高知東生さん(撮影:八尋伸)

自身をめぐる報道の過熱ぶりを知ったのは逮捕の約1カ月後。保釈されて警察署を出ると無数のフラッシュを浴びた。友人の車に乗り込むと、報道陣の車やバイクとカーチェイスになり恐怖を覚えたという。

「逮捕の時に麻薬取締官へありがとうございますとお礼を述べたことが、情報番組のコメンテーターから『軽い』『反省していない』『ふざけんな』と言われたと後で知りました。ただ、薬物を使うなかで、このままじゃダメだというのは常に頭にありましたし、これでやめられるとホッとしたのが嘘のない気持ちです」

報道陣を警戒して家から出られなくなった。携帯電話で知人らに連絡を試みると「100件中98件くらいはブロックされていた」。テレビをつけると、自分への糾弾が続いているのを目にして「俺はもう世間に認められない存在なんだ」と感じた。

「孤立感が深まっていき、最初の1年は本気で死のうかと思った」と高知さんは振り返る。

(撮影:八尋伸)

八方塞がりの状況に投げやりになりかけたこともあった。それでも踏みとどまることができたのは、薬物をやめたいという意思を支えてくれる人の存在だったという。

「テレビの出演者が、薬物依存についてもう少し理解したうえで議論してもらえたらありがたいなと思います。今は誤った内容でも投げっぱなしですし、捕まった当事者はなかなか訂正できないので」

知識不足からの偏見と配慮のなさ

高知さんの逮捕後も著名人の薬物事件は続いた。特に今年3月、ミュージシャンや俳優として活躍してきたピエール瀧さんがコカインを使用したとして麻薬取締法違反容疑で逮捕され、6月に懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決が言い渡されるまで、情報番組やニュースで大々的に取り上げられてきたのは記憶に新しい。

しかし、それらの報じ方が、薬物依存症者への偏見や排除を助長しているという指摘がある。

(撮影:八尋伸)

「乱用や再乱用の防止に対して問題がある内容のテレビ番組が目立つ」と話すのは、精神科医で国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんだ。前出の高知さんの主治医でもある。

テレビの薬物に絡む放送内容に関して、問題は大きく分けて二つあるという。

一つは、薬物依存の知識のない出演者の発言だ。例えばある情報番組では、司会者が瀧さんの作品について、薬物の作用を借りたなら「ドーピング」だと批判した。ドーピングとはスポーツ選手が運動能力を高めるために禁止薬物を用いること。瀧さんが同様に薬物によって芸術的能力を高めたと司会者は示唆した。この発言に対して、松本さんはこう懸念する。

「薬物でパフォーマンスが高まるとしても使い始めた頃だけ。気付けば本来の自分を維持するのが精いっぱいな状況に追い込まれるのが薬物の怖さなのに、力を底上げしてくれるものという誤った情報を視聴者に与えている」

国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さん(撮影:八尋伸)

もう一つは、制作サイドの配慮不足や先入観だ。

例えば薬物を連想させる白い粉や、覚醒剤を打つための注射器などのイメージ映像。松本さんは「回復過程にある依存症患者の忘れかけていた欲求を刺激するのでやめてほしいと著作を通して、また、メディア関係者に直接、再三訴えてきた」。だが、直近でも複数の番組で見られた。

約30年前に日本民間放送連盟(民放連)の啓蒙CMで「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」というキャッチコピーが使われた。以降、薬物依存症者が後戻りできない廃人やゾンビのように印象付けられている、と松本さんは言う。松本さん自身が多数受けてきた出演依頼にも、そのような偏見に基づくものが多いという。昨今そうした偏見のある出演依頼は受けてこなかった。

(撮影:八尋伸)

「報道に限らず、昨年11月には、覚醒剤依存で錯乱して通り魔殺人を犯す“シャブ山シャブ子”というキャラクターが登場したドラマがありました。依存症者の実態とはほど遠く、依存症に対する社会の偏見や排除が強化されてしまいます。また、『ああいうのが依存症なら自分は違う』と思い込んだ依存症者がますます医療につながらなくなる恐れがあります」

こうした報道や表現は、現在の薬物をめぐる国際的な動向に逆行するものだと松本さんは指摘する。薬物問題は健康問題であり刑罰よりも治療が必要。そんな考え方に変わっているという。

「刑罰より治療」ポルトガルの成果

違法薬物をめぐる各国の政策はどう変わってきたのか。

かつて米国は、刑罰による薬物の取り締まりを進めた。1971年、ニクソン米大統領が取り締まり強化と厳罰化を軸にした「薬物戦争」政策を開始。莫大な予算を投じた。だが、薬物消費量は逆に増加の一途をたどり、反社会的組織を大きく成長させたという歴史がある。

ニクソン大統領(写真:Getty Images)

政策開始から40年後の2011年、各国の元首脳などからなるNGOの薬物政策国際委員会は、薬物戦争が「世界中の人々と社会に壊滅的な結果をもたらした」と失敗を宣言。その反省に呼応して、世界保健機関(WHO)が2013年、規制薬物使用を犯罪として扱わず、適切な治療を提供できる体制を整えることなどを各国に提言した。

松本さんによると、潮流の変化の背景にはポルトガルの薬物政策の成果がある。同国では2001年、違法薬物の少量の所持・使用を「非刑罰化」した。刑務所への収容の代わりに、社会の中で治療プログラムや就労支援などを行うよう法改正したのだ。当初は反対意見があったものの、政策実施10年後の評価では、注射器による薬物使用、薬物の過剰摂取による死亡などが減少。治療につながる薬物使用者は著しく増加するなど成果を上げたという。松本さんが解説する。

「これがWHOの提言などにつながり、欧米の先進国では、依存症とは“孤立の病”であり、アディクション(依存症)の反対はコネクション(人とのつながりがある状態)だという認識が広まったのです」

(図版:ラチカ)

米国も今では厳罰路線を離れている。「薬物専門裁判所」が米全土に3千以上設置されており、薬物事犯の一部は、被告人を刑務所には収容せずに社会での治療プログラムを義務付ける。プログラムの過程であれば、再使用も犯罪として捉えず、同じ状況が起きないような対策を講じる。

松本さんは言う。

「刑罰よりも治療・回復支援の方が効果的だという学術的研究が多数ある。そうしたサイエンスに依拠するのか、それでも厳罰こそが解決策だというイデオロギーにこだわるのか、議論できるような情報をメディアは伝えてほしい」

情報番組が求める「振り切れた面白いコメント」

<薬物犯罪の背景にある社会問題への怒りを欠いた報道は、青少年に無用な好奇心を抱かせるだけに終わることがあります>「青少年への影響を考慮した薬物問題報道についての要望」(BPO)

放送倫理・番組向上機構(BPO)の委員会は2009年、民放各局に対し、薬物報道に関する要望をした。個人の犯罪に焦点を当てるだけでなく、犯罪組織の資金源の一部になっていることや薬物使用者の治療と社会復帰への支援が必要なことなど、薬物使用の背景や影響を含めて多角的な報道をしてほしい、というものだ。当時は人気女優の薬物事件について連日報道されており、委員会は要望の中で一連の報道に対して「量及び内容に疑問を抱かざるをえない」と指摘している。

(撮影:八尋伸)

だが、この要望が生かされていない現実を指摘する声もある。

情報番組でコメンテーターや司会を務めてきた橋本大二郎さんは、2001年頃から、情報番組に変化が生じたと指摘する。「小泉劇場」が話題を呼んだ小泉純一郎政権の時期だ。この頃から、政治や事件などのトピックが情報番組で大きく扱われるようになり、今に続いているという。

「内容の幅が広がった一方、すべてをレギュラーの出演者でこなせるかというと無理がある。薬物問題をとっても、その害や作用などの専門性の高い情報は出演者には知りようがない。そのため、制作側としては、当たり障りのないコメントをする人か、逆に振り切れたことを面白おかしく言う人を起用する傾向がある。それが今の情報番組の風景です」

橋本大二郎さん。NHK記者から高知県知事となり、2007年の退任後は多くの情報番組でコメンテーターや司会を務めてきた(撮影:編集部)

放送業界の技術的変化もある。かつては番組全体の視聴率しか出なかったが、今では「分計」と呼ばれる毎分視聴率が放送翌日には出る。視聴者の関心がどこにあるかが一目瞭然で、それを意識して番組を作るようになったと橋本さんは分析する。

「視聴率に貢献するテーマの一つが、著名人の薬物事件なのです。成功者が逮捕によって一夜にして失脚する。それは視聴者の心を掻き立てる要素です。視聴率という数字からわかる視聴者の要請を無視すれば、長期的に見て番組が打撃を受ける。まして薬物事件は、叩いても当事者などが沈黙していることが多いぶん、激しくなりやすかったんだと思います」

ただ、と橋本さんは言う。

「振り子と同じで、極端に振れた意見は『それでいいのか』という視聴者の意見が出てくることで真ん中に戻ろうとする。最近はネットなどで『叩くより治療が大事だ』という意見も見られます。揺り戻しにきているのだと思います」

(撮影:編集部)

薬物報道ガイドラインと変化の兆し

現状の薬物報道を変えようと、声を上げ始めた人たちがいる。

2016年に発足した「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」。医療や心理の専門家、依存症関係団体の10人が発起人で、前出の松本さんもその1人だ。

評論家の荻上チキさんは、このネットワークの外部協力者として、2017年、「薬物報道ガイドライン」をメンバーとともに発表した。

ガイドラインの原案は荻上さんが作り、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『荻上チキ・Session-22』でリスナーや当事者らの意見を交えて完成させた。「望ましいこと」と「避けるべきこと」が、17の箇条書きで簡潔に示されている。

例えば望ましいこととして、「依存症については、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝えること」「薬物依存症に詳しい専門家の意見を取り上げること」がある。

避けるべきことには「薬物依存症であることが発覚したからといって、その者の雇用を奪うような行為をメディアが率先して行わないこと」「ヘリを飛ばして車を追う、家族を追いまわす、回復途上にある当事者を隠し撮りするなどの過剰報道を行わないこと」などとしている。

2017年、「薬物報道ガイドライン」に関わった評論家の荻上チキさん(撮影:八尋伸)

「テレビには出演者の態度を視聴者に感染させる影響力がある。問題があれば放置せずに反対意見を示す必要があります」と荻上さんは強調する。

ガイドラインの発表後、薬物報道に対する世間の反応には変化を感じるという。

例えば、ピエール瀧さんをめぐる報道について、荻上さんは「報道機関だけでなく情報の受け手もガイドラインを参照でき、問題ある報道に反応することができるのが、これまでとの違い」と話す。ある情報番組では、同ネットワークの活動を司会者が「説得力がない」と一刀両断し、瀧さんらの楽曲を特集したネット番組を「売名行為」と決めつけた。ところがツイッターでは「煽って視聴率あげるために売名行為してんのは○○(番組名)のほう」「あなた方が不勉強で見識が狭いだけ」など番組への批判が続々と上がった。

(撮影:八尋伸)

「ネットもまた態度を感染させるメディアなのです。テレビのように数百万人を相手にするマス(大衆)メディアに対して、数万から数十万人に向けたネットやラジオといったメゾ(中間的)メディアで応答していけば、望ましい薬物報道についても、社会のニーズが生まれるタイミングでその数十万人がスピーカーになって一気に広がることがありうると思います」

同ネットワークは昨年11月、「シャブ山シャブ子」が登場するドラマの放送局との話し合いの場を設けた。その結果、局内でドラマや報道担当者の勉強会を開くことや、当事者や専門家の話を制作に生かしていくという回答を得たという。

荻上さんは、望ましい薬物報道が広がるタイミングを遠い未来とは考えていない。

「以前は言語化もされていなかった薬物問題への意識が広まりつつあり、薬物依存の相談先をテロップで紹介する番組もある。おかしなバッシングにはネットで反発が起きた。変化の芽はもう出ているので、あとはそれをきちんと育てていきましょうという思いです」

(撮影:八尋伸)


秋山千佳(あきやま・ちか)
ジャーナリスト、九州女子短期大学特別客員教授。1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当。2013年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』『戸籍のない日本人』。現在、TBSテレビ「ビビット」のレギュラーコメンテーター。公式サイト