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小川匡則

菅首相が掲げる「脱炭素社会の実現」 カギとなる洋上風力発電は、日本で広まるのか

2021/01/22(金) 18:40 配信

オリジナル

菅義偉首相は1月18日の施政方針演説で、「2050年の脱炭素社会の実現」を改めて掲げた。その切り札として期待されるのが、海上に風車を設置する洋上風力発電だ。温室効果ガスの排出がなく、現在複数の区域で事業化が検討されている。将来的には日本の主力電源になる可能性もある。ただし、現状での実績は皆無に等しい。洋上風力は日本の希望となるのか。銚子沖や事業者を取材した。(取材・文/ジャーナリスト・小川匡則)

沖合3キロの洋上発電所

千葉県銚子市のマリーナから船に乗り込み、沖合に進むこと10分。海上に設置された1本の風車にたどり着いた。海面からの高さは126メートル、羽根が回転して描く円の直径は92メートルの銚子沖洋上風力発電所だ。沖合における着床式の洋上風力発電所として、国内で初めて設置された。着床式とは、風車の基礎を海底に固定する様式だ。

運営するのは東京電力リニューアブルパワー(以下、東電RP)。広報グループの白石剛士氏はこう説明する。

「2009年にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が開始した実証実験のプロジェクトで、最大で毎時2400kWの発電ができます。2019年からは当社が商用運転を開始しています」

沖合3キロの洋上に立つ国内初の着床式洋上風力発電所(撮影:小川匡則)

風力発電の仕組みは単純だ。風車が回転するエネルギーを発電機に直接伝えて電気を起こす。ただし、一定以上の風が吹かないと発電できないため、強い風を安定的に受けられるかどうかがカギとなる。

筆者が見学した1月5日は晴天で、陸上ではあまり風を感じなかった。しかし、船が陸から離れるにつれ、風の強さを感じてくる。風車は約6秒間で1回転する速さで回っていた。

「この回転ならば、1時間の発電量は1400kWくらいです」と東電RP風力部の福本幸成氏。これ以上の強い風を長時間受けられる場所は陸上にはほとんどないだろうとしたうえで、事業としての洋上風力のポイントは二つあると言う。

「一つは建設コストをどれだけ抑えられるか。二つ目はどれだけ止めずに風車を回せるか。1カ月止まってしまうと発電ロスが大きい。そのためにはメンテナンスをいかにうまくやれるかが重要になってきます」

タワー部は海底に埋め込まれ、固定されている(撮影:小川匡則)

再生エネルギーの切り札

今、洋上の風力発電に大きな注目が集まっている。重要な国家プロジェクトとして進められているからだ。

首相就任直後の昨年10月の臨時国会で、菅義偉首相は「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする。カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言した。カーボンニュートラルとは二酸化炭素(CO2)の排出と吸収がプラスマイナスゼロのこと。実現のためには、二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電所を休廃止し、再生可能エネルギーを普及させることが必須。その再エネの切り札として期待されるのが洋上風力発電だ。

(図版:ラチカ)

資源エネルギー庁・新エネルギー課の山本慎一郎課長補佐は、洋上の風力発電は陸上に比べ、次のような優位性があると語る。

「一般に陸よりも海、それも沖合に出るほど風が強い。遮るものもないので安定した風を受けることができて効率もいい。また洋上であれば大型化して発電効率を上げることもできます。海では立地制約が少ないので大量導入も期待できる」

日本国内の海域で、洋上風力を最大でどの程度導入できる可能性があるのか(導入ポテンシャル)。環境省は最大14億1276万kWとする試算を2015年に出している。単純計算で、国内の年間電力需要をすべて賄うことができる莫大なものだ。あくまで理論値にすぎないが、電力の主力になる可能性を感じさせる。

洋上風力は欧州ではすでに本格普及している。世界最大の洋上ウィンドファーム(集合型風力発電所)があるイギリス東部のホーンジーでは、沖合120キロの位置に174本もの風車が立ち並び、発電容量は1時間あたり120万kW(1.2GW)という巨大なスケールだ。この発電容量は現在再稼働している大飯原発4号機(1.18GW)に近い。

イギリスのウィンドファーム(写真:ロイター/アフロ)

こうした先進国に比べると、日本はまだ一歩目の段階だが、日本にも10年以上前から洋上風力発電に取り組んだ企業がある。茨城県を本拠とする風力発電企業「ウィンド・パワー・グループ」だ。

2010年から運転している風車

茨城県神栖市の護岸から約50メートルの洋上に15本の風車が立ち並ぶ。運営するウィンド・パワーの小松﨑忍専務は、運転開始は2010年だと語る。

「1997年の京都議定書で二酸化炭素削減の動きはあったものの、再生可能エネルギーを導入していこうというほどの機運はなかった。当時、周りからは『洋上風力なんて苦労してわざわざやるほどのことなのか』と驚かれました。しかし、その頃からすでに欧州では洋上風力が本格的に始まっていたんです」

陸から50メートルの洋上に設置された神栖市のウィンド・パワーの風力発電(撮影:八尋伸)

風車は陸から近い距離に立っているため、「洋上風力」という言葉のイメージとはやや違う印象を受ける。

「建設当時も『こんなのは洋上風力じゃない』と言われました。ですが、当時日本ではまだ洋上に船で風車を建てる技術がなかった。そこで、今ある技術でできないかと様々な工事関係者と考えました。その結果、クレーンを置いてアームが最大に伸びる、陸から50メートルに建設したのです」

かつて風力発電は、騒音や低周波音による健康被害が問題になったことがある。しかし今回、風車までわずか150メートルの同社にいたが、窓を開けても騒音や振動を感じることはほとんどなかった。小松﨑氏は風車自体が昔よりも改良されていると語る。

「過去に健康被害があったとされるのは、民家までの距離が1キロ以内のところに設置されたものです。現在はそれ以上の距離を取った場所に設置するようになっています。これが洋上風力になれば、設置場所はさらに遠くなるので、健康被害の心配はないでしょう」

ウィンド・パワーの小松﨑忍専務(撮影:八尋伸)

ここの15基の風車で年間約5300万kWhを発電していて、約1万5000世帯分の電力をまかなうことができるという。ここと同等の風力が得られ、風車も並べられる区域は、国内にそう多くはない。そうなると、沖合で本格的なウィンドファームを造っていくのが現実的な選択となる。

「原発30基分」の目標

昨年7月、梶山弘志経済産業大臣は洋上風力を「2030年までに1000万kW(10GW)、2040年までに3000万〜4500万kW(30〜45GW)を目標とする」と発表した。1GWは原発1基の発電容量とほぼ同じなため、「原発30基分」とも報道された。だが、掛け声だけでなく、それを後押しするための政府の動きも数年前から活発になっている。

従来、「洋上風力として海域を利用する際のルールが明確ではない」「漁業者に対する調整を図るルールがない」などの問題があった。そこで再エネ海域利用法が作られ、2019年4月に施行された。同法で作った仕組みはこうだ。

経産省と国土交通省がまず「有望な区域」を選定する。区域の風況や海底地形などの自然状況、航行状況などの調査を実施するとともに、官民協議会を設置し、地元との調整を図る。そして、地元の合意が得られた区域を「促進区域」に指定し、公募で事業者選定を行う。

2040年までに30GWと原発30基分を打ち出した梶山弘志経産相(写真:ロイター/アフロ)

洋上風力の推進に向けては、政府と事業者、メーカー、建設会社などの産業界による「官民協議会」が設置され、昨年12月には「洋上風力産業ビジョン」を策定した。前出のエネ庁・山本氏は「ビジョン」の取りまとめに至った経緯をこう説明する。

「洋上風力を主力電源としていくためには、産業競争力を強化し、発電コストを低減していくことが必要です。コストが高いままでは国民の理解が得られず、継続的に洋上風力発電所設置の案件を形成することが困難になります。そこで官民による協議会が設置されました。産業界からは『カギとなるのは投資の拡大だが、そのためには日本の市場拡大の見通しがないと難しい』という声があり、上記ビジョンでは、政府による導入目標などが設定されました」

こうして出されたのが梶山大臣の導入目標だった。昨年6月に先行して促進区域に指定されていた長崎県五島市沖で公募が始まったのに続き、11月には三つの促進区域で公募が始まった。その一つが冒頭の銚子沖で、他の二つは秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、秋田県由利本荘市沖の北側・南側だった。

(図版:ラチカ)

銚子沖に参入したのは、関東エリアでは有数の好風力地であり、海域が遠浅で海底に杭や基礎を打ちつける「着床式」の建設が可能だったからだと東電RPの福本氏は言う。

「関東では一番風が良いエリアです。もし事業者として選ばれた場合、見学された風車の付近に40本程度の風車が立ち並ぶようなイメージをしています」

設置のポイントとなるのが「沖合からの距離」と「水深」だ。沖合にいくほど風は強くなるが、その分メンテナンスは大変になる。送電ケーブルも長くなるため、コストも増す。

一方、水深が浅ければ着床式で建設できる。着床式とは風車の支柱を海底まで到達させて固定する方式だ。ただし、50メートルを超えると着床式では難しい。そこで考案されているのが「浮体式」だ。風車を海面に浮いた状態で係留して安定させる。

(図版:ラチカ)

日本では、この浮体式に取り組む必要があるとエネ庁の山本氏は言う。

「我が国は海底地形の勾配が急です。欧州は遠浅の海底地形が多いため着床式で展開しやすいのですが、我が国では着床式のポテンシャルは限られてきます。その点、浮体式は、我が国の広大な海域をさらに生かすことができる。実用化に向けて官民で取り組んでいく必要があります」

浮体式の研究について、日本は他国に先行していると話すのは、経産省の審議会「洋上風力促進ワーキンググループ」で座長を務めた足利大学の牛山泉理事長だ。

「日本では福島県沖や長崎県五島市沖ですでに実証実験をやっています。ヨーロッパでも何カ所かやっているが、国としては日本が先行している。浮体式の技術を確立することは日本の強みになります」

足利大学の牛山泉理事長(撮影:小川匡則)

では、浮体式の技術が確立されれば、洋上風力発電は大きく展開できるのか。じつは、ほかにも必要な要素がある。風車を組み立てる港湾の整備や、部品の国内調達の問題である。

「港湾整備」「部品調達」という課題

牛山氏はこう述べる。

「まずは基地港湾の整備が必須です。巨大な風車を建設するための拠点となるからです。クレーンを使って500トンくらいあるものを持ち上げたりするので、杭をどんどん打ち込んで固めるなど、大がかりな整備が必要です。福島で実証実験をやった時も小名浜港の地盤整備だけで10億円くらいかかった。港湾整備はものすごくお金がかかるんです」

こうした整備については、2019年に港湾法が改正された。国が洋上風力発電所設置の基地となる港湾を整備し、埠頭を発電事業者に長期間貸し付ける制度を創設するなどの内容だ。

洋上風力発電所の建設に向けては、部品やメンテナンスの問題もある。部品点数は1万〜2万点と多い。現在、7割ほどが海外製だとされる。また、新しい洋上風力発電の入札には欧州の企業も参画している。牛山氏はこれについて「国内の産業が育たないのでは」と懸念を示す。

フランス・アルストム社が洋上風力発電所を建設 (2012年 写真:ロイター/アフロ)

「全てを日本で作ることはできないにしても、ここの部分は日本でやる、という線引きを明確にしておくべきです。イギリスの場合、『海外の事業者は部品の60%まではイギリス国内に工場をつくって調達しないとそのプロジェクトに参加できない』といったルールを作っています。それがないと、技術面でも運用のトラブルが起きた時にブラックボックスで開示されないということも発生しうる。ロスを避けるためにも、大事な部分は日本で内製化する仕組みを作るべきです。公募のための要件を細かく決めて、それを通して日本の産業を育てるようにしないと海外からの草刈り場になってしまうでしょう」

官民協議会では、産業界から2040年までに国内調達率を60%とする目標が示された。

洋上風力発電は、巨大産業になっていくという期待の声も多い。2030年に洋上風力発電を10GW導入するという政府目標を実現した場合、累積の経済波及効果は約13兆〜15兆円、雇用創出効果は約8.5万〜9.5万人とする試算もある(日本風力発電協会)。

日本の電源構成で10%を占める可能性

ただし、梶山経産相が掲げた「今後10年間で原発10基分に当たる10GW」という目標は、じつは言葉足らずな部分がある。

2015年8月、再稼働した九州電力・川内原発(アフロ)

原発1基あたりの1時間の発電容量は約1GWだが、メンテナンス等で運転を停止している間は発電できない。発電容量をフルに稼働した場合に比べて、実際に発電できた割合を「設備利用率」と言うが、2010年までは年間およそ60〜85%の間を推移していた。

洋上風力発電もこうしたメンテナンスは必要で、風が十分に吹かない時間も考慮すると利用率は低いと牛山氏は指摘する。

「海外などの実績を見ても、洋上風力発電の設備利用率は一般的に30%程度です。つまり、同じ10GWの発電容量を設けても、洋上風力は原発の半分以下の電力しか生み出せないというのが実情なのです」

ただし、設備利用率が30%でも、日本の電源構成で10%前後を占めることになれば、存在感を示せるはずだ。現状は0%に等しいため、躍進ともいえる。

銚子沖を含む促進区域の公募は今年5月下旬に締め切られ、10〜11月ごろに事業者が選ばれる。運転開始はその数年後になる。まさにいまがスタート地点だ。

洋上風力発電は日本にとって脱炭素社会の実現、経済効果の両面から大きな希望となりうる。しかし、その希望を現実のものにできるかはこの数年の取り組みにかかっている。

(撮影:小川匡則)


小川匡則(おがわ・まさのり)
ジャーナリスト。1984年、東京都生まれ。講談社「週刊現代」記者。北海道大学農学部卒、同大学院農学院修了。