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稲垣謙一

運が良かった、すべてが自分の力だとは思わない――謙虚な再生回数「2億」の歌い手・そらる

2019/07/20(土) 07:38 配信

オリジナル

ボーカロイド曲やポップスのカバーなど、二次創作としての歌を動画共有サイトに投稿する人々は「歌い手」と呼ばれ、10代〜20代を中心に高い人気を集めている。なかにはネットを飛び出し、レコード会社からデビューしたり数万人規模のライブ会場を埋める歌い手も。その代表格のひとりが、動画共有サイトでの総再生数2億回以上を誇る「そらる」だ。甘い歌声と、独自の美意識に貫かれた世界観をもとにした彼の楽曲は、とりわけ女子中高生を惹きつけているという。歌い手となって10年が経つも完全な「顔出し」はNGというそらる。その「素顔」とは。(取材・文:金子哲士/撮影:稲垣謙一/Yahoo!ニュース 特集編集部)

音楽界の「常識」を変えた

2000年代後半、日本の音楽シーンで静かな革命が起きた。「歌い手」と呼ばれる人々の誕生である。

それまでは、多くの人々に自分の歌を届ける場合、レコード会社や事務所に所属しCDをリリースするのが「常識」だった。ところがYouTubeやニコニコ動画の登場で状況は一変。自分が歌った既存の楽曲を動画共有サイトに投稿すれば、多くの人々に聴いてもらうことが可能になった。

もっとも、「歌い手」という言葉には、彼らがプロの「歌手」ではないことを揶揄するニュアンスもあった。だが、CDのリリースや精力的なライブ活動など、いまや「歌手」と遜色ない活動をする歌い手も珍しくない。

そのなかでも、2008年に登場したそらるは特に人気を集めている歌い手だ。動画の総再生回数は2億回を超える。「まふまふ」や「天月(あまつき)」などとともに、歌い手の代表格といえる存在だ。

2016年以降はレコード会社と契約し、2017年には横浜アリーナでの単独公演を開催。さらにオリコンの週間シングルランキングでは、2018年の「銀の祈誓」が2位、2019年の「ユーリカ」が3位を記録するなど、次々とヒットを飛ばしている。

歌い手は若年層に強く支持されており、上の世代には見えづらい部分もある。そらるは、アニメや漫画などの二次元カルチャーとも親和性のあるファンタジー要素が強いビジュアルなど、独自の美意識に貫かれた音楽活動を展開。その結果として、生まれたときからインターネットが存在する若年層、とくに女子中高生から強い支持を受けてきた。

そらるのCDジャケット。自身の写真を使うこともあるが、基本的にさまざまなイラストを使用することで世界観を表現している。(提供:ユニバーサルミュージック)

1つ、2つと付くコメントが原動力に

歌い手はネットで顔をさらすケースが少なく、どこかミステリアスな存在でもある。そして、生い立ちが積極的に語られることも少ない。そらるの少年時代は、音楽とはほぼ無縁だった。

「宮城県の海沿いにある、田園風景が広がる田舎で育ちました。今とは違い、アウトドア派で、虫を捕ったり、外で遊んだりするのがすごく好きでした。小学校低学年のころから10年近く空手をやっていて、全国大会に出たこともあります。中学校の部活動では、柔道もやっていました」

つまりはスポーツ少年。そんな彼が音楽に目覚めたのは高校生時代のことだ。

「レンタルCDショップが流行(はや)って、いろいろ音楽を聴きだして。友人がアコースティックギターを持ってきて、それを借りて毎日練習してました。友達とちょっと遊びでセッションも……学園祭でバンドを組んだこともありましたね」

将来、音楽で生計を立てる考えはまったくなかった。歌手になりたいと思ったこともなかった。歌い手となったきっかけは、大学進学と同時にネット環境が整備されたことにある。

「IT系、ゲーム系の学科がある大学で、初めて自分のパソコンやネット環境がちゃんとある状況になりました。ちょうど、ニコニコ動画などが流行りだしたころ。ボーカロイドや『歌ってみた』も最初は苦手に感じましたが、実際に聴いてみるといいものも多くて。自分でやってみたいなと思うようになりました」

歌い手として活動を始めたのは2008年。自分の歌声がネットを通じて、聴き手にダイレクトに届く――それが楽しくて仕方がなかった。

「録音の仕方もよく分からない状況で始めました。最初は本当に数十再生ということも多かったです。最初にアップした動画で、『いい声だな』というコメントが付いたときは、すごく嬉しかったことをよく覚えています。今もそうなのですが、1つ、2つと付くコメントがすごく嬉しくて、それが楽しくて続けてきたという感じです」

「楽しい」という気持ちのみで動画投稿を続ける日々。しかし、歌への自信があったかといえば、そうではなかった。未だにその点は変わらないという。

「歌については才能がないと思っていました。なかなか歌は上達しなくて、10年やってきて、やっとそこそこ聞けるかなぐらいのレベルだと思います。どこかで劇的にうまくなったと感じたこともありません」

そんなそらるを支え、成長の糧となっていったのは、やはりリスナーからのリアクションだった。

「配信をしていると、いろんな意見をもらいます。いい意見も悪い意見も。もちろんその全ての意見を聞くことはできませんし、全てを選ぼうとすると、ただ何の角もないものになってしまう。いろんな意見を聞いて、いろんな人の考えとか悩みとかを聞いていくうちに、自分なりの答えの出し方が見えてきたと思います」

リスナーからの反応をもとに、配信クオリティーを磨き上げていったそらる。聴き手との距離が近い、歌い手文化を象徴するスタイルと言えるだろう。

動画投稿は仕事ではない、好きなだけ

2016年には、より広いリスナーに届けるためのアルバムもリリースするようになる。ネットの世界から、リアルなライブもするアーティストになった。

「根本的には、自分は動画の投稿者だと思っています。だけど、とにかく緊張しやすい性格なので、最初のライブはすごく怖くて……。楽しさもあったけど、本当に最近まで、ずっとライブが怖くて。それを乗り越えることができたのは、ユニットでの活動が大きかったような気がします」

ユニット、というのは同じ歌い手のまふまふと2016年1月に結成した「After the Rain」のことだ。恐怖感を克服したそらるは、横浜アリーナでライブも行うまでになった。

「自分のために何万人ものお客さんがそこに来ていることは、信じられないという思いでしたね。ですが、とにかくすごく気持ち良くて。ライブの規模が大きいほうがむしろ緊張しないですね」

CDのリリースに大規模ライブの成功と、着実にアーティストとしての階段を上っているように見える。しかし、そらるは「自分が努力した結果ではない、運が良かった」と実に淡々としている。

「ライブやCDなど、ユーザーがお金を出すものに関しては、プロ意識は必要だなと思うんです。ですが、動画投稿は無料で聴けるもの。それを趣味として楽しんでやっていたら、聞いてくれる人が増えていった。動画投稿に関しては、別に今も仕事のようには考えていません。たくさんの方に聴いてもらいたいんです」

7月17日には、ニューアルバム「ワンダー」をリリース。自ら全曲の作詞に関わり、作曲も多く手がけた。歌い手から人気シンガーへ。そらるが、「歌いたいものだけ歌う」というスタンスを10年以上も維持できた要因は何だったのか。

「自分はあまり取り繕わない、無理をしないキャラクターで、無理をしない活動をしてきたと思います。逆にそれが、長く活動を続けられた要因ではないかと」

嫌になったらやめようと思っていた、その「気軽さ」も続けられた理由だという。

「音楽は趣味で遊びだったので……。聴いてくれる人が増えるにつれて、自分のことを嫌いな人間が増えてきて、それがすごく気になり、精神的に苦しくなる時期もありました。ただ、そういうことはネットで活動しなくてもあったこと。自分の生き方として、どんな人生を選んでも絶対に後悔しないで生きようと思っています」

そらる
1988年11月3日生まれ。 宮城県出身。歌、作曲、作詞、エンジニアリング。名前の由来は、空を眺めるのが好きなことから。


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