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梁川剛

中村俊輔の“10番”を継いで――「ハマのメッシ」齋藤学の進化

2017/04/07(金) 07:34 配信

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「キレッキレ」という言葉は、横浜F・マリノスのキャプテン、齋藤学のためにあるのかもしれない。発射したミサイルのようなスピードで敵を蹴散らし、ドリブルだけではなく、パサーとしての力も見せ付け、相手の脅威になっている。ゲームメイカーだった先人の10番、中村俊輔とは異なるスタイルを持ち、キャプテンとしてチームを牽引する。サポーターを熱狂させ、相手チームのファンにため息をつかせる。スタジアムの空気を真っ二つに切り裂く“ハマのメッシ”は今もっとも旬な男である。(ライター・佐藤俊 /Yahoo!ニュース 特集編集部)

流れた海外移籍

アスリートの人生には幾つかのターニングポイントがある。

「ハマのメッシ」こと齋藤学(27)が変わるキッカケになったのは、今年の1月だった。

2016シーズン、横浜F・マリノスの齋藤はエースの中村俊輔が怪我で不在の中、獅子奮迅の活躍をみせた。ゲームメイクを担い、10得点8アシスト。直接、得点やアシストに繋がらなくとも齋藤がゴールに絡んだプレーは非常に多い。

「2016Jリーグアウォーズ」ではベストイレブンを受賞した(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「チームは10位で順位は低かったけど、個人的にはチームを背負い、十分やった感があった。次は海外で、と思っていました」

海外への決意が固まった。

1月の海外移籍は開幕前とは異なり、その時点でのチームの成績によるため、多くは即戦力で“違い”を生み出せる選手が求められる難しい移籍だ。斎藤はヨーロッパのクラブと交渉がまとまりそうな感触を得ていた。ところが契約直前、移籍予定のクラブが他選手を獲得し、齋藤の海外移籍は一瞬にして流れてしまった。

「夜にダメだったという連絡をもらった時のショックは相当大きかったです。心と体のバランスが崩れて、自主トレしていたんですが走って追い込もうとしてもしんどいことができない。体が動かなくなってしまった……」

齋藤は毎日サッカーノートを記している。基本的にポジティブなことを書くがその頃は夢だった海外移籍が流れたことをなかなか受け入れることができなかった。だが、これから自分がすべきことを思いを込めて書き続けていくと徐々にショックが薄らぎ、心身が軽くなっていったという。

写真:アフロスポーツ

エースの10番、キャプテンの決意

海外移籍が破談になると齋藤はマリノスに残留するか他チームに移籍するかの判断を早急にしなければならなかった。すでに各チ-ム、始動しており、すぐにチームキャンプに合流しなければならなかったからだ。

「冷静に考えてみると他チームに移籍するよりも今年は俊さん(中村俊輔)たちが抜けた中、自分が残ってマリノスでタイトルを覚悟を持って獲りにいくことが一番やりがいがあるなって思ったんです。ただ、そう思うだけだと今までと変わらない。自分の中に変化をつけ、さらにプレッシャーをかけるために俊さんが背負った10番をつけてプレーしたい。その決意をGMに話したんです」

「10番」とキャプテンマークをつける(写真:アフロスポーツ)

フロントからは即答というわけではなかった。GMと腹を割って話し合い、齋藤の熱意と決意が伝わった結果、10番が託された。10番に決まるとエリク・モンバエルツ監督に呼ばれ、「キャプテンは学でいこうと思っている」と伝えられた。

「10番でキャプテンかぁって思った。一気にチームを背負った感があったし、自分がどうなっていくのか想像できなかった。でも、昨年チーム内でいろんなことがあって俊さんやベテランが抜け、若い選手が多くなった。そういうチームを引っ張っていくのは経験としてなかなかできることじゃない。これは海外移籍以上のチャレンジになるなと思った」

自身の中に見えた変化

キャプテンで10番の“変化”は、ピッチ上ですぐに見て取れた。ピッチ上では選手に指示を出したり、声かけの回数が増えた。第4節の新潟戦ではマルティノスが倒され、なかなか起きないのでファールした選手に「謝ってくれ」と声をかけ、試合を円滑に進めようとした。また、チームメイトのプレーを認め、信頼できるようになってきたという。

「以前はボールが出てこなくて誰かがシュートを打った時、『(俺に)出せよ』って言っていたんです。でも、今はみんなが信頼してくれて俺にボールを預けてくれるので俺もみんなのプレーを信頼している。俺にボールが来なくて、個々が判断してシュートを打っても『いいよ』『いいトライだ』って言えるようになった。それは自分の中ではすごく大きいことだった」

撮影:梁川剛

齋藤が、選手が積極的にボールに絡み、フィニッシュすることを「よし」としているのには理由がある。チームが強くなるためには常にトライして、苦しい時ほどボールに触れよう、自分が決めようと意欲的にプレーすることが大事だと考えているからだ。

「今年のチャンピオンズリーグでバルセロナがパリSGを大逆転してベスト8入りを決めた試合(6-1)があるじゃないですか。あの試合、メッシは何もしてない。でも、ネイマール、ブスケツら他の選手がボールに寄って行って俺がやるんだっていう気持ちを見せたからあの大逆転が生まれたんだと思うんです。俺はマリノスをそういうチームにしたい。苦しい時に逃げ隠れする選手はいらない」

撮影:梁川剛

固定観念に縛られない自分のやり方

齋藤には「目指すべきチーム」がハッキリと見えている。そのために齋藤は自らのプレーでチームを牽引している。 

開幕戦の浦和レッズ戦は「キレッキレ」のプレーを見せ、3-2の逆転勝ちに貢献。敵将ペドロヴィッチ監督に「マリノスに負けたというより齋藤に負けた」といわしめた。目立ったのはドリブルはもちろん敵の急所を突き、得点に繋がるパスだ。決勝ゴールとなった前田直輝に出したパスは秀逸だった。齋藤=ドリブルだが、もはやその範疇に彼のプレーは収まらない。

ドリブルに並ぶ武器であるパスを磨くキッカケになったのは、2015年だった。

「当時、俊さんが怪我でいない中、前でボールを待っていたんですけど、ぜんぜん出てこなくて……。前にアデミウソンがいたので自分が中盤に下がってゲームを作るのに初めて挑戦したんです。そこそこやれたし、昨年も俊さんが怪我でいなくて、みんなが俺にボールを預けてくれるようになった。いろんなゾーンをうまく使えるようになったし、ドリブルしながら相手DFの速さとFWの動きを見て、一瞬でFWに合わせるパスを出せるようになった。最近はドリブラーというよりパサーって感じになってきた(苦笑)」

写真:アフロスポーツ

ドリブルも進化している。2017バージョンは腰が立ち、今までの前傾タイプとは明らかに異なる。「顔が上がっているんで誰も突っ込んで来れなくなったし、今は1対1ならボールを獲られる気がしない。ドリブルの姿勢が変わったのは普段のトレーニング内容を変えたから。筋トレは特にせず、筋肉に柔軟性を持たせつつ体の使い方を学んだ結果です」

「キレッキレ」のプレーを生み出すために齋藤は固定観念にとらわれず、いいと言われたものは何でもトライする。軽いファスティング(断食)で体を飢餓状態にしてミトコンドリアを活性化させた。うがいで背骨の横の筋肉を震わせたり、宮崎県小林市から自分に合う水を取り寄せ、古武術から体の使い方のヒントを得る。ヒートショックプロテイン入浴(細胞を修復し、自己回復力をアップ)をはじめたり、クライオセラピー(冷却療法)にも行った。

「でも、それらに頼らない。それがなきゃいけないという考えを持たないようにしています。依存してしまうと不安になるし、ひとつになると入り込んでしまうんで」

また、料理研究家の辰巳芳子と対談して栄養について学んだり、雀鬼・桜井章一と会って勝負について話をしたりする。サッカー選手とは思えない“変わり者”だが、普通の選手と同じことをしていても圧倒的な“違い”を生み出す選手にはなれない。変わっているからこそ“違い”を生み出せるし、そのために何事にも縛られない自分の感覚を重視している。それが齋藤の個性を際立たせ、「キレッキレ」にしている要因でもある。

撮影:梁川剛

W杯に出るための理由

ロシアW杯最終予選UAE戦とタイ戦のメンバー発表前、「齋藤待望論」もあった。だが、残念ながら日本代表に選出されなかった。

「悔しさしかないです」

齋藤の表情は、いいようのない悔しさに満ちていた。

得点こそないが、これまで3試合の齋藤のパフォーマンスは素晴らしいものだった。だが、ハリルホジッチ監督は試合に出ていない海外組を招集し、Jリーグで結果を出していた小林悠らを招集しなかった。選考基準が不明瞭で定まっていない。それは代表入りを狙う選手にとってやりきれない現実だ。

2016年11月、国際親善試合のオマーン戦で先発出場(写真:田村翔/アフロスポーツ)

「選ばれていないということは何かが足りていないということ。それを監督のせいにするのは簡単。そこで選ばれる選手になるんだという思いを持ち続けてプレーできればもっと成長できると思う」

今回の代表では今野泰幸が活躍し、国内組に対するハリルホジッチ監督の見方が変わるかもしれない。齋藤が考えている足りていないものとは何なのだろうか。

「信頼です。ブラジルW杯のメンバーに選ばれた時よりも個の質が高くなっているのに選ばれていないのは、『こいつに任せる』という何かが足りないんだと思う。それは単純にゴールとかではない。信頼を得るために何をすべきかというのは模索中だけど、今は監督が俺を選ばなかったことを後悔するようないいプレーをしていくしかない」

ブラジルW杯では試合出場なし。ベンチから戦況を見守った(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

齋藤にとってロシアW杯はブラジルW杯で1試合も出場できなかった悔しさを晴らすリベンジの場である。だが、もうひとつ出場して活躍しないといけない理由がある。

「昨年、熊本で震災が起きた時、現地に行ったんだけど、俺をまったく知らない子供たちがサインをもらいに来るんですよ。俺が代表に入って活躍して、その子たちが観てくれたら『あの時、来てくれた人だ』って元気になってくれると思うんです。そうするためにも俺はもっと頑張らないといけないし、それが出来た時、俺は本物の選手になれると思う」

ロシアW杯までは、1年ちょっと。海外移籍を諦めたわけではない。日本代表の椅子も簡単には手に入らないだろう。「キレッキレの齋藤さんだぞ」という時期も永遠に続くわけではない。自らに課した責任と使命は重いが、それを本当に実感するのはこれからだ。だが、齋藤はそれらをひっくるめて受け止めるためにマリノスに残った。

「大変だよ。でも、苦しんでいる時がいちばん成長できるから」
齋藤の内面とプレーに見えた変化は本物になるためのまだ兆しでしかない。

撮影:梁川剛


齋藤学(さいとう まなぶ)
1990年4月4日、神奈川県出身。横浜Fマリノスのユースからトップ昇格。2011年に出場機会を求めて愛媛FCに移籍し、覚醒。マリノスに復帰してからは不動のアタッカーとして活躍。2014年にはブラジルW杯を戦う日本代表のメンバー入りを果たした。今シーズンは10番を背負い、キャプテンに就任し、ロシアW杯出場を目指す。食、ケア、トレーニングなど何でもいいと言われたものは試し、興味のある人には会いにいく。独特の存在感はそうした中から生まれてきている。

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