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野村佐紀子

喪失感を抱きながらも、傷つきはしなかった――大竹しのぶがコロナ禍に思うこと

2021/01/04(月) 17:05 配信

オリジナル

長引くコロナ禍で、公演やライブの延期、中止が今も相次いでいる。「明日駄目になるかもしれないと思っても、『今日は楽しい』『今日はできた』と思いながら、生きています」。大竹しのぶは、稽古を重ねる日々をそう語る。昨年4月には、準備を終えた公演が開幕直前に全て中止。幕が開いても、客席の埋まらない非常時が続く。舞台からがらんとした客席を見つめて、気づいたことがあるという。(取材・文:塚原沙耶/撮影:野村佐紀子/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

1カ月半の稽古を経て、中止が決まった

「急にサヨナラですね。散った。散ったって感じです」

2020年4月4日に初日を迎えるはずだった舞台『桜の園』は、全公演が中止になった。2月半ばから稽古を積み重ね、準備は万全。「あとはお客様に見せるだけ」という状態だった。

「稽古中は、次々に舞台が中止になるのを聞いたりして不安はあったんですけど、とにかく稽古が楽しかったし、『4月の頭にはきっと大丈夫だよ』って、どこかでたかをくくっていたと思います。3月の頭ぐらいから中止の劇場が増えて、『私たちもできなくなったりして』『幻になったりしてね』『すばらしかったらしいよっていううわさが立ったりして』なんて言っていた。だんだん、これが現実になっていくんだって思いました」

「『中止になりました』という電話が、プロデューサーからかかってきて。だから、楽屋に荷物をみんな置いたままだったんです。それぞれが時間をずらして、一回も本番に使えなかった楽屋から、荷物を引き揚げに行きました」

共演者とは「いつか絶対会えるよね」「今じゃないんだよね」と電話やメールでやりとりをした。同じキャストがそろうのは、この先いつになるか分からない。

「杉咲花ちゃんが初舞台だったんです。一生懸命お稽古して、少しずつ少しずつ、いろんなことを学んで、大きくなって豊かになって。お稽古というのはこういうことなんだなって思いました。ノートを作って、毎日毎日書き込んで。本当に可愛らしくて、美しくて。花ちゃんの初舞台ができなかったことが悲しいって、(宮沢)りえちゃんとか私とか、みんなで泣いちゃった。お客様には見せられなかったけども、1カ月半の稽古は、すごく美しいものだったなと思います」

喪失感を抱きながらも、「傷つきはしなかった」ときっぱり言う。

「緊急事態宣言という、今まで聞いたことがない状況の中で、芝居をそれでもやりたいのかというと、そうじゃない。できないだろう、仕方がないと思いました。こういう大変な状況で、命がけで働いている人から見たら、芝居は必要じゃないと思います」

「だけど、いつかは必要になる時がある。芝居と出会ってくれることがあると思う。絶対に芝居やエンターテインメントはなくならないという、確固たる自信があります。『明けない夜はない』というせりふで知られるシェークスピアの『マクベス』は、疫病で劇場が閉鎖された時に生まれた。『今はやらないけど、いつか、あなたのために芝居をやります。いつか私たちの芝居を見に来てください』という気持ちは、全く揺らがない。絶対なくならないって信じられるから、傷つきはしないです」

客席にたった一人しかいなくても

今は息子と2人暮らしで、自粛期間中は朝昼晩と料理に明け暮れた。

「何日かに1回スーパーに行って、ご飯を作る。お掃除して、洗濯して。以前のインタビューで、『時間があったら何をしたい?』という質問に、『毎日ご飯を作って、私の味、母親の味というのをちゃんと残したい』みたいなことを答えてたんですけど……。毎日作ったら、もう飽き飽きして。夢がかなったわりには、そんなにうれしくない(笑)。よく作ったのは天ぷら。揚げ過ぎちゃうんです、いつも」

時にはリモートで友人たちと議論を交わした。

「海外では役者にも組合がきちんとあって、こんな時でも給料が何割か支払われたりしますけど、日本の芸能界にあまりそういうのはありません。大変な思いをしている人は今もたくさんいる。でも、この世界だけじゃなく、全てが大変。税金の使い方についてとか、違うんじゃないかという思いはあります。だけど、エンターテインメントの世界に対して、もっとこうしてほしいと主張したいとは思わない。私が医療従事者であったら主張します。ボーナスが下がるなんてあり得ないだろう、とか」

いまだ先を見通せないなか、ささやかなことが励みになっている。

「姪っ子が、お芋掘りをした時の動画を送ってきてくれたりして。太陽があって空があって、自然と触れ合い、おいしいものを食べる。それを見ただけでも、人間の基本をちゃんと生きていると思って幸せになる。この間もベランダに黄色いチョウチョが飛んできて、何かいいことがあるかもって。今は友達とおいしいものを食べに行ったりはできないけれど、絶対に楽しいことや幸せなことはあるなと思います」

11月、『女の一生』で約1年ぶりに舞台に立った。マスクをつけての稽古は表情が見えない。

「声の響きが分からないから、やりにくかったですね。あと、酸欠になるんです。肺が強くなって、いい稽古にはなりましたけど」

共演者との楽屋の行き来もできなければ、出番が終わるとすぐに帰宅するため、カーテンコールは最後まで残るキャストのみ。もちろん一緒に食事へ行くこともない。客席は1席おきで、観客も休憩中の会話を控えなければならない。ふだんならお弁当を食べたり感想を言い合ったりして賑わう劇場が、静まり返っている。

「『感染防止のためにお話ししないでください』というアナウンスが開演5分前まで流れているので、お客様は、絶対しゃべっちゃいけないんじゃないか、笑ってもいけないんじゃないか、という雰囲気です。一度、女子学生の貸し切りの日があったんですね。公演の間、ふだんはウケるところも全然ウケなくて。伝わっていないのかなと思っていたんですけど、終わった瞬間にスタンディングオベーション。真剣に、固唾をのんで見てくれていたんですね。すごくうれしかった」

空席が目立っても、芝居の最中は夢中で目に入らないのだという。

「カーテンコールで客席が明るくなると、『お客様はこれだけしかいなかったんだ』と毎日思いました。感染者数によって、半分にも満たない日がたくさんあった。でも、こんなにあったかい拍手をしてくださったんだ、と。一人の方が、2人分も3人分も拍手してくださってるんだと分かって、ただただ感謝という日々でした。この状況の中で見に来てくださるお客様がいるのは、すごくありがたいこと」

がらんとした客席から熱い拍手を受けて、自身の芝居に対する思いに改めて気づいた。

「客席にたった一人しかいなくても、誠意をもって芝居を届けようと思いました。それでも私はこの芝居を伝えたい、やりたいからやってるんだって。舞台に立つということの、初心に戻ったんです」

さまざまな公演のオンライン配信も増えたが、生の観劇とは異なる体験だ。

「舞台中継を映像で見て、ストーリーや感情は分かるかもしれないけど、そこにあるものは、絶対生じゃないと分からないと思うんです。目の前に立っている人のオーラも含めて、面白い。『愛している』という言葉を言うにしても、画面を通すと、その波動は感じられないですよね。開演5分前のベルが鳴るワクワク感や、お客様のザワザワ感も、やっぱり家では味わえないですし」

「生きていくんだ」というエネルギー

今は、舞台『フェードル』に向けて稽古を重ねている。『フェードル』はギリシャ悲劇を題材にしたフランスの古典文学だ。大竹は初めてギリシャ悲劇に取り組んだ時、アテネを訪れた。

「17年前ですね。蜷川幸雄さんが『ギリシャ悲劇をやるんだったら、ギリシャぐらい行ってこい』と言うので、世界で一番古い劇場に行きました。すり鉢状になっていて、一番下で手を打ってもパーンと響くような、よくできたつくりで。その時、そこはもともと、病院だったと聞いたんです。メンタルから病気を治すために、患者に合わせて、悲劇を見せたり喜劇を見せたりしていたと。演劇は一つの治療法だったんですね。役者というのはそういう仕事なんだと、感動しました」

ギリシャ悲劇を初めて演じて、「演劇の原点」だと感じたという。今、またその原点に立ち戻る。

「ギリシャ悲劇というと難しい感じがしてしまうんですけども、『フェードル』は話としては本当に単純。感情がすごく分かりやすくて、好きは好き、憎いは憎い。激しいんです。来てくれるお客様に、『すごいものを見ちゃった』『エネルギーをもらった』と思ってもらわないといけない。魂を揺さぶる、『生きていくんだ』というエネルギー。『下を向きそうでも、前を見て生きて』って伝えたい。『立ち向かって生きていかないとやられちまうぜ』という感じですね」

2017年、『フェードル』初演時

稽古が始まる前、稽古の途中、劇場に入る前……、たびたびPCR検査を受け、感染症対策を行いながらの稽古が続く。

「幕が開かない可能性も、ないとは言えない。でも、一日一日、稽古が楽しい。明日駄目になるかもしれないと思っても、『今日は楽しい』『今日はできた』と思いながら、生きています。あんまり先のことを考えていないかもしれない。芝居をしている時はとにかく楽しくて、何も考えないでいられる。今、稽古をしているから、本当に幸せだなと思います」

「こないだ、まだ看護師さんになったばかりの女の子がニュースに出ていて。コロナの患者さんと向き合って、初めて人の死に立ち会ってしまったと。その子は今、患者さんのためにも生きていると思った。オーバーかもしれないけど、芝居って、本当にお客様のために、全部を捧げるもの。看護師さんたちのほうがすごいことをやってらっしゃるんですけど、もし楽しみたいとか、希望を持ちたいという人がいて、劇場に来てくださるのであれば、その人に対して全身全霊でやるから、受け止めてほしいと思います」

大竹しのぶ(おおたけ・しのぶ)
1957年生まれ。東京都出身。1975年、映画『青春の門』で本格的にデビュー。映画、舞台、ドラマ、音楽など幅広く活躍。主演舞台『フェードル』は、1月8日から26日までBunkamura シアターコクーン、以降、全国各地で上演予定。

※インタビューは2020年12月に実施


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