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八尋伸

音楽フェスの隆盛と飽和状態―― 「デパ地下」目線にアーティストは

2016/12/27(火) 12:53 配信

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近年、エンターテインメント業界の中でとりわけ元気だと言われているのが「音楽フェス」だ。複数のアーティストが入れ替わり多彩なパフォーマンスを見せるステージを楽しむスタイルは、コアな音楽ファン以外の層も巻き込み、会場は賑わう。年々開催される数は増え「飽和状態」とも指摘される中で、観客の反応はシビアになり、アーティスト側にも変化をもたらしている。変わりゆく日本の音楽エンターテインメントの将来像を探った。
(編集者・ライター宮本恵理子/Yahoo!ニュース編集部)

フジロックの会場。「フジロッカー」たちが自然の中で音楽を楽しむ(提供写真/©Masanori Naruse)

2016年、日本のフェスの草分けである「フジロックフェスティバル」(フジロック)が20周年を迎えた。フェスはいまや、屋外の開放的な雰囲気を楽しむ夏フェスだけでなく年間を通して開催。12月28日からは、国内最大の年越しフェス「カウントダウン・ジャパン 16/17」が4日間にわたって開かれる。フェスの数は2016年だけで180を超えるともされ、3年前の2倍になった。

運営は「10万人の町役場」

山間に吹き抜ける風。その風に乗って響いてくる演奏音。景色として目に入るのは、空の青、山の緑、そして色とりどりのテント。目当てのステージに向かって椅子を抱えて急ぐ人、ビールを片手に寝そべりながら音楽を聴く人、仲間と"フェス飯"をほお張る人――。

新潟県湯沢町・苗場スキー場。フジロックの光景は、夏の風物詩としてすっかり定着した。「初開催の97年に集まったのはコアな音楽ファンが中心だった。今は幅広い層が音楽フェスという場の雰囲気を楽しみ、その風景も多彩になってきた」とコンサートプロモーターズ協会の中西健夫会長は言う。

2016年の観客動員数は4日間(前夜祭含む)で延べ12万5000人。同協会によるとその経済波及効果は194億円超にもなるという。

開催側も会場でのサービスを進化させている。フジロックでは2016年から会場の飲食やグッズ購入にSuica(スイカ)など電子マネーが使えるようになり、現金を持ち歩かなくても良くなった。ベビーカーを押しながら会場入りする「子連れフジロッカー」のニーズに応え、おむつ替えに使えるスペースも確保する。場内の渋滞緩和のために川に臨時の橋を渡す工事まで行った。主催するスマッシュの石飛智紹氏は運営側の役割を「10万人の町役場」だと表現する。「たった3日間とはいえこれだけの人が集まる。自治体と同じ感覚でインフラを整え、会場運営をしている」と語る。

フジロックの会場に並ぶテント。大規模な会場の運営で配慮することは多い(提供写真/©宇宙大使☆スター)

毎週末のように開催されるフェス

ぴあ総研によると、2015年の音楽フェス動員数は234万人。10年前(2005年)の121万人から倍近くに増えた。コンサートプロモーターズ協会によると、2015年の音楽フェス系大型イベントの開催数は144。2016年は180を超えるともされ、いまや、毎週末のように各地で複数のフェスが開催されていることになる。「ビジネスチャンス拡大や町興しに貢献する期待から、異業種協賛の申し出、地方自治体からの引き合いも増えている」(中西氏)。

山間で開催されるフジロックや広大な公園敷地を利用した「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」(ロックインジャパン、茨城県ひたちなか市)のような自然環境を活かした会場では、従来のライブ施設でのライブ経験にはない体感にハマるリピーターが少なくないという。「屋外の音量制限のない環境で、反響やノイズがゼロといっていい最高の音質に触れられる。この音質を気に入った海外のアーティストが帰国後にアーティスト仲間に口コミし、さらにハイレベルなブッキングにつながるという好循環も生まれている」(フジロックのブッキングを担当するスマッシュの高﨑亮氏)。

フジロックの会場。子どもが楽しめる場所もある(提供写真/©宇宙大使☆スター)

「モノ消費からコト消費へのシフト」

音楽フェスの隆盛の背景には「モノ消費からコト消費へのシフト」があると、日経BPネット総合研究所上席研究員の品田英雄氏は語る。アーティストがCDで稼ぐ収益モデルは崩壊しつつある。音楽はネットで買う時代になったが、アルバム単位ではなく1曲単位のダウンロードでは単価は低い。そうした構造変化を受けて、アーティストはライブという"生の体験"で売り出すスタイルへとシフトしてきた。大きな潮目となったのは「2007年のマドンナショック」だったと品田氏は指摘する。

「ポップミュージック界のクイーンが25年間所属したレコード会社との契約を解消し、ライブ運営会社と契約したというニュースはライブシフト時代の到来を示す象徴的な出来事でした」

2016年のツアーでは和風の演出が話題となったマドンナ(写真:Splash/アフロ)

「コト消費」時代のアーティストにとって貴重な見せ場となる音楽フェス。規模やジャンルはさまざまだが、「複数のアーティストが次々に出演」「自由に聴き放題」が共通のスタイルだ。いわば「デパ地下」で食品を物色するように、観客は音楽のショーケースを楽しんでいる。

「デパ地下」化とシビアな観客の反応

しかし、この「デパ地下」には落とし穴もある。「好きなものを自由に選んで聴ける」からこそ、観客の反応はシビアだ。ほんの数十秒聴いてつまらないと判断したら、いつでも隣のステージに移動できる。同じ時間帯で演奏しているステージを見比べれば、人を呼べるアーティストと呼べないアーティストの違いは明らかになる。

「フェス特有の"緩さ"は、アーティストにとっては新たなファンを獲得できるチャンスでもあり、ファンを失うリスクでもある。"ユーザー優位"のフェス人気は『音楽を自由に切り取って聴く文化』を加速させていくのでは」と品田氏は分析する。

千葉市で開かれた都市型ロックフェス「サマーソニック」の会場。観客たちは思い思いにステージ間を移動する(撮影:八尋伸)

開催側の事情に詳しい前述の中西氏も「人気のバロメーターがその場で可視化され、さらにSNSで瞬時に拡散される中、売れるアーティストはますます売れ、フェスで人を呼べないアーティストは単独も呼べなくなるという厳しい競争が生まれている。演奏順の決定は非常に神経を使う作業になっているし、アーティストにとっては切磋琢磨が真に求められる時代になった」と話す。

実際、サカナクション、SEKAI NO OWARI、BABYMETALなど、フェスに参加するごとに単独公演の規模が拡大していったアーティストは目立つが、その裏で演奏の機会を失っていったアーティストも少なくないという。

「フラットに音楽を評価してもらえる」

アーティスト側はこの状況をどう感じているのか。2016年もロックインジャパンなどに出演したロックバンド「ヒトリエ」のボーカル、wowaka氏は単独公演と比べてのフェスの魅力を「よりフラットに音楽を評価してもらえる場」だと表現する。

「単独公演に来てくれるお客さんは自分たちの音楽をもともと気に入ってくれて足を運んでくれる人たちであり、積み重ねてきた歴史といった文脈を踏まえて反応してくれる。フェスの場合は、ゼロの状態から音楽やステージングを見られている感覚。たしかにシビアだが、そこで評価を得られることは大きなモチベーションになる」

「フラットに音楽を評価してもらえる」と話すヒトリエ・wowaka氏(撮影:Yahoo!ニュース編集部)

また、フェスのステージに立つ面白さとしてwowaka氏が肌で感じているのは、「観客と一緒に空気を作っていくコミュニケーション」だという。自分たちの音楽を初めて耳にする人でも個性を印象づけられるセットリストを準備し、曲間のMCもショー要素を強める。フェスのステージでのパフォーマンスを通じて、アーティストが"らしさ"により磨きをかける仕掛けにもなり得るのかもしれない。

「飽和状態」のその先に

アーティストがしのぎを削る「デパ地下」としての、音楽フェス。今後はどのような展開をみせるのか。毎週のように開催され、大規模フェスの日程が重なるケースも出てきた。数としては飽和状態だとの指摘もある。

中西氏は「似たり寄ったりのフェスでは動員に限界があるし、観客も飽きる。今後はより個性や特徴を打ち出した企画が評価されていくはず」と予測する。

アーティストが主導するフェスも目立ってきた。サカナクションは2016年7月、北海道・岩見沢で野外イベント「SAKANATRIBE」を開催。音楽プロデューサーでAPバンク代表の小林武史氏は震災復興に寄り添う音楽イベント「Reborn-Art Festival」の来夏開催を発表し、今年プレイベントを行った。

フェスのバックステージは、それまですれ違う機会さえなかった多様なアーティストたちが自然と出会える場でもある。フェスの参加によって深まるアーティスト間の交流は、新たな機会を生む芽に十分になり得るだろう。すでに飽和状態とも言われてきたフェス隆盛の先には、まだまだ進化形がありそうだ。

サマーソニックの会場。観客を楽しませる工夫が随所にみられる(撮影:八尋伸)


宮本恵理子(みやもと・えりこ)
ジャーナリスト、ノンフィクションライター、編集者
1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP社)に入社し、「日経WOMAN」「日経EW」「日経ヘルス」の編集部に所属。2009年末にフリーランスとして活動を始め、主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆する。編集者として書籍、雑誌、ウェブコンテンツなども制作。

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