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殿村誠士

BLから飛び出して、新たに得た「自由」――一般文芸でも開花した“腐女子”作家、凪良ゆう

2020/04/09(木) 13:45 配信

オリジナル

ボーイズラブ(BL)小説の書き手として10年以上のキャリアを持つ作家が、一般文芸作品で本屋大賞を受賞した。このニュースが、ちまたをざわつかせている。「どうしてBL作家に?」「BLを書いていた人の一般文芸ってどんな感じ?」「BLはもう卒業してしまうの?」――一躍その名を知られることとなった作家・凪良ゆうとは、果たしてどんな人物なのか。(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士 Yahoo!ニュース 特集編集部)

BLの「王道」からは外れていた

「BLはジャンルとしては大きくないんですが、とても濃いファンがついてくれる嬉しいジャンルでもあるんですよ。一般文芸を書いたことでBLから離れてしまうかもと心配された読者さんもいましたが、愛ゆえだと思うと、それもありがたいですね」

一般文芸界ではルーキーともいえる凪良ゆう。今年の本屋大賞で、その名を初めて知ったという人も多いかもしれない。ボーイズラブ(BL)というジャンルで、男性同士の恋愛ストーリーを長く書き続けてきた作家だ。これまでに発表したBL作品は40冊以上、キャリアは10年を超えている。熱狂的なファンも多い。

「BLは恋愛が主体のジャンルなので、メインテーマは恋愛と決まってます。あと少女漫画と少し重なるところがあって、主役ふたりを完全な悪人にはしないとか、最後はハッピーエンドとかいろいろ約束事がありますね。でも私は新人のころから王道から外れ気味で、『ああ、もうこの人にBLの王道を書かせるのは無理だ』って編集さんから諦められた感があって、なので最低限の約束事は守りつつ、好きに書いてきました」

BLにおける「王道」とは、幸せな感じに満ちた、甘いストーリーのこと。BLファンの多くは、安心して恋愛ストーリーに耽溺できる王道を支持しつつも、それぞれに細かな好みがある。最近は、BLを好む“腐男子”も増えてきたというが。

「どこまで自分の好みに合っているか、というところをリサーチしてから本を買う人は多いように感じます。たとえば一途な恋愛が好きな読者さんは三角関係ものは避けるし、甘いロマンティックな恋模様が好きな読者さんはつらい展開のものは避けるとか。だから読者さんが地雷を踏まないように、出版社が書くあらすじも、そこまでネタバレしちゃう? ということがたまにありますね(笑)」

一般文芸を書き始めることで、「約束事」に縛られることなく、何でも自由に書くことができる喜びを得た。

「最初はちょっと、戸惑いました。太平洋の真ん中にドボンと落とされて、目指すべき島影も見えない感じ(笑)。不安でしたけど、主人公が女性でも子供でも老人でもいいし、テーマが恋愛でなくてもいい。日常のちょっとしたことでも社会問題でも、思うままに書きたいことが書けるのは作家として当然楽しいです。とはいえ、BLが不自由だと言ってるわけではないですよ。BLにはBLでしか書けない楽しさがある。現実ではあり得ないロマンティックな展開も照れることなく書けるし、夢があふれたジャンルだと思います」

人間関係の精緻な描写。凪良は稀有な才能の持ち主だと、本屋大賞を受賞した『流浪の月』(東京創元社)の編集担当者、桂島浩輔は言う。

「凪良さん初の非BL作品『神さまのビオトープ』を最初に読んで、大変な実力だ、と。それから、全BL作品を読んだんですが、芯のところは全く同じだと感じました。どの作品も、人間関係がすごく丁寧に書かれているんです。この方は、人間関係をよく観察しているんだな、だから、一般文芸を書いても絶対に大成する、と確信しました」

ずっと“腐女子”だった

姉たちの影響で、幼いころから大の漫画好き。『ジャンプ』『りぼん』『花とゆめ』など、あらゆる漫画雑誌を読みあさっていた。漫画家を目指して、『マーガレット』に作品を投稿していたこともある。もちろんBLファンであり、自身を“腐女子”と呼んではばからない。現在40代後半である凪良の少女時代には、男性同士の恋愛を描いた漫画が、普通に一般漫画雑誌に掲載されていた。

「『花とゆめ』が特に顕著でしたけど、男性同士の過激な性描写のある漫画も掲載されていたり、幼いころから、そういうのは普通に受け入れていました。BLなんて言葉もない、30年以上前の雑誌ですけどね。男性同士だけじゃなくて、女性同士の話だったり、今思えば、すごい内容ばかりだったなと思いますけど(笑)、本当に、『花とゆめ』は闇鍋みたいな漫画雑誌で。ほかにも『花の24年組』と呼ばれる漫画家の先生方も同性愛を自然に描いていましたし。だから、私自身は、少女漫画、少年漫画、同性愛を描いた漫画、どれも差はなくて、全部好きでした」

子供のころから漫画家を目指していたが挫折。漫画を描かなくなって、10年以上が過ぎたころのこと。ある日、インターネットでSF小説『銀河英雄伝説』の記事を見つけ、「ああ、若い頃、この小説にハマっていたなあ」と思い返した。そこから銀英伝にもう一度深入りするうちに、創作意欲が再燃。また漫画を描きたくなったが、もう絵を描く技術が錆びついていた。そこで、小説にしてみようかなと思いついた。最初は趣味の延長で、遊びのような感覚だった。

「『銀英伝』には、勝手にカップリングを作ったりして、腐女子的なはまり方もしてたので、はじめに書いたのは『銀英伝』の二次創作の小説です。書きはじめたら、もうすごく楽しくて、ずーっと1日中書くようになって、『そんなに書きたいならプロになればいいのに』って家族から言われたんですよ。その時に『あ、そうか、そういう道もあるんだな』と思って。投稿は漫画家を目指していたときにしていたので、ハードルも低くて。じゃあ何か書いて送ってみよう、と」

BL作品の投稿をきっかけに、凪良が作家になったのは、30半ばのことだ。そこからは、物語を書くことにとことんのめり込んだ。

「あまりにもわたしが創作にのめり込みすぎて、それで離婚して一人暮らしをはじめたんですけど、荷物はほとんど置いてきました。仕事机すら持って出なかったので、引越し用の段ボール箱があるじゃないですか、あの上にパソコンを置いて、その上でずーっと書いてました。締め切りもありましたし、机を買いに行く時間があったら小説を書いていたかった。1 カ月くらいそんな状態。ベッドと、段ボール箱と、本箱しかない生活(笑)」

荷物も友だちも少ないけど幸せ

凪良の小説の中に登場する「生活」の描写は細やかだ。登場人物が暮らす部屋の雰囲気、インテリア、雑貨のディテールまでを丁寧に描く。食事の風景や、メニューについても、具体的で、食欲をそそる。しかし、作者の暮らしぶりは、真逆だ。

「以前はそうじゃなかったけど、小説を書くようになってからは、家は眠れて仕事ができたらそれで充分になった。より快適な住空間を求めようにも、引っ越しって面倒くさいじゃないですか。まとめたり、いろんな手続きをしたり。もうそんなことをする暇があったら小説書いていたい」

「物欲もあんまりなくって、家の中はがらんとしてます。物がいっぱいあるのが苦手なんですよ。何かソワソワしちゃうっていうか、息苦しくなるというか。だから人間関係も、浅く広くというタイプでは全然なくて、深く少人数で、という感じ。荷物も、友だちも少ないです」

食べ物にも、あまりこだわりはない。食べると眠くなってしまうので、仕事中はあまり食べない。眠くなると書く時間が削られてしまうから、と凪良は笑う。

「朝、7時ぐらいに起きて、歯を磨いたりしたら、もう、すぐ仕事。15時ぐらいに本当に空腹がひどくなってくると、頭が回らなくなっちゃうので、それで食べる。代わりにお酒はたくさん飲みますね。銘柄にこだわりはないです。お酒であればもうそれでよくて、おいしかったら嬉しいけど、まずくっても特に文句もないし」

15時ごろ、野菜と肉を調理したものとオートミールなどを食べる。1時間ほど、筋トレなど家の中でできる運動もする。そのほかは、ずっと小説を書くことに時間を費やす。自称、引きこもり。

「『そんなに家にこもってて、よくネタが出てくるね』って言われるんですけど。殺人犯が殺人の話を一番うまく書けるわけではないので、それと同じなんじゃないかな。頻繁に外に出ても、ネタが拾える人と拾えない人がいると思う。テレビは、見ますよ。音は消して、画面だけ。NetflixやAmazonプライムで映画とかを観てるほうが多いですかね。音をつけていても、書いてて集中すると何ももう聞こえなくなるじゃないですか。だから10回ぐらい観てても内容が分からない映画とか結構あるんですよ。ずっとBGM的に流れてて」

書いて書いて、眠くなるまで書いたら、一日が終わる。

一週間のうちどのくらい、そんな壮絶な生活をしているんですか、と尋ねると、ぽかんとした表情で答えた。

「え、毎日」

締め切りが終わった日など、たまに飲みに出ることもあるというが、基本的に、休みはない。しかし、筆は遅いのだと苦笑する。

「めちゃくちゃ遅いので全然、量は書けないです。ほとんど、書いたり消したり、書いたり消したり。そんなことばっかりしてます。ずーっと書き続けて、それが全部使える原稿だったら、年に10冊ぐらい出せてますよね。実際は、頑張っても数冊しか出せないので、どれだけ無駄なことを書いてるか、今話していてちょっと分かりました。こんな生活、人から見たら『かわいそう』なんでしょうね(笑)」

確かに、殺伐とした印象かもしれない。しかし、そこにほとばしる創作意欲は、凄まじい。生涯でそこまで熱中できる仕事に出会える人間は、そう多くないはずだ。30半ばで天職に出会った凪良は、「かわいそう」どころか、最も幸せな人に見える。

「幸せ、そうですね、好きな仕事で生活できる、そういう意味では、幸せだと思ってます。30歳を過ぎてからでも、本当にやりたいことに出会うことはできる、全然遅くないって、若い人たちに思ってもらえたら嬉しいですね」

凪良ゆう(なぎら・ゆう)
作家。2006年、『小説花丸』(白泉社)に中編「恋するエゴイスト」が掲載され、翌年、長編『花嫁はマリッジブルー』で本格的にB L作家としてデビュー。B L作品は40冊以上。ライト文芸『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)で注目を集め、一般文芸で初の単行本『流浪の月』(東京創元社)、続いて『わたしの美しい庭』(ポプラ社)を発表。『流浪の月』は2020年本屋大賞を受賞した。

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