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岡本隆史

「人間が持っている能力を使い切るには、人生は短い」羽生善治はなぜ勝負を続けるのか

2019/08/03(土) 08:00 配信

オリジナル

2019年6月、歴代最多となる公式戦通算1434勝を達成した羽生善治九段(48)。1985年に中学生棋士としてプロ入りして以来、30年以上にわたって第一線を走り、数々の記録を打ち立ててきた。才能というもの、AI時代に問われること、感情の切り替え方……。羽生九段の思考に迫った。(インタビュー:古田清悟/構成・文:Yahoo!ニュース 特集編集部/撮影:岡本隆史)

(文中敬称略)

「天才」という言葉の実態

「デビューしたての頃の棋譜って、もう抹消したいくらいの感じなんです。時間が経ってみると、粗だらけというか、目を覆いたくなるようなものっていっぱいあるので」

羽生善治、48歳。1985年、15歳で中学生棋士としてプロ入り。19歳で初タイトルとなる竜王を獲得し、25歳のときには、7大タイトルを独占するという前人未到の記録を打ち立てた。30年以上、棋士として第一線に立つ。

「進化しているかどうかは分からないです。変わっていることは間違いないけれど、本当の意味で前進しているのかどうか。手応えを感じるのが難しくなってきてるということはあるんです。最初のうちは、例えば基礎を覚えて『うまくなりました』というのがあるんですけど、続けるうちに、ロジックの組み立て方が前よりも優れてくると、曖昧なところでの判断が鈍くなるとか、そういうことがあるんですよ」

「天才」と呼ばれ続けてきたことを、自身ではどう捉えているのだろうか。

「『天才』っていう言葉は、使い勝手がいいじゃないですか。見出しとして、『秀才』とかではインパクトがないので、『天才』と付けておいたほうが何となく据わりがいいかな、という。そういう受け止め方です」

「持って生まれた先天的なものと、育ってきた環境で得た後天的なものがあって、人はつくり上げられていくものだと思います。『天才』は、先天的な能力を表現することが多いと思うんです。自分自身の場合は、そういうものが全くなかったとは思わないんですけど、それよりも、育ってきた環境とかタイミングとか、後天的なものが非常に恵まれていたな、と。たぶんそれが実態です」

将棋に引き寄せられたのは小学生時代。週末は将棋のクラブに行っていたものの、野球やサッカーをしたり、ラジコンで遊んだりして過ごす“普通の小学生”だった。

「ルービックキューブが流行(はや)ればルービックキューブをやったり、ヨーヨーが流行ればヨーヨーをやったり、そういう感じでした。自分が違う道を歩み始めたと思ったのは、奨励会、プロの養成機関に入るようになってからですかね。学校を休んで将棋のプロを目指すところに行くようになってからです」

12歳で奨励会に入会してからずっと、勝負の世界で生きてきた。しかし羽生は、将棋と共に歩む日々を「安らぎ」と表現する。

「(将棋が)自分なりにいろんなことを考えたりすることの材料、きっかけみたいなものになっていることは間違いないです。ルールも決まってますし、反則もありますし、ある種、そこで一つ完結した世界ではあるので、日常の暮らしとは全く別の世界なんです。そういう違う世界を持っているということに、安らぎがあります」

AI時代に問われるもの

2018年12月、竜王戦で敗れ、27年ぶりに無冠となった。長い将棋人生において、「浮き沈みはやむを得ない」と達観する。

「例えば、アスリートの人たちがこの1、2年で集中してトレーニングをして、ピークを来年の東京五輪に持っていくということはできると思うんです。ただ、そのテンションを何十年は保てない。だから、駄目なときとか集中できないときとか、そういうことがあるのはしようがないっていうふうに割り切らないと、持続するのは難しい。あんまり真面目に、深刻に考え過ぎるのは良くないと思っています」

若い頃から振り返ると、取り組み方は変化しているのだろうか。

「20代の頃は細部まで考えたり検証したりしていましたけど、今は大雑把に、ざっくりこんな感じでいけばいいのかなとか、そういう捉え方です。曖昧さとかゆとりとか、遊びの部分を入れていくほうがいいんじゃないかと思うようになりました」

「ミスをしたくないとか、完璧でありたいと思うこともあるんですけど、ちょっと遊びや揺らぎの部分があるほうが、より自分なりに納得できることが経験則として分かっているので。全部ロジックで完結して仕上がっているものは、意外と完成度が高くないんじゃないかなと思っています。説明できることはマニュアル化できるので、それ以外のところに個性やオリジナリティーが潜んでいるんじゃないかなと」

30年の間にはコンピューター将棋ソフトが大きく進歩し、プロ棋士から勝ち星を挙げるようになった。AI時代の世の中を羽生はどう見ているのか。

「AIがやっていることは、確率的な精度を上げること。言葉を換えると、全体のなかで最適化を図るということなんです。それが一人ひとりの個人にとって良いことなのか悪いことなのかは、全く別の話なんですよ。そういうものがあるなかで、いかにして自分なりのものを見つけていくのかが問われると思います」

「今ってすごいデータもあって、いろんな分析ができる。それに基づいて判断したり、意思決定したりすることが、徐々に増えてくると思うんです。それは結局、あくまでも全体を最適化しているっていうことで、個人にとってどうかは別の話。逆に、個人から見て一番いい選択だと思ってやっていても、全体から見ると、弊害になっているということもある。だからそういうものを組み合わせて、どうやっていくのかが問われている時代だと思っています」

なぜ勝負を続けるのか、尋ねるとこう答えた。

「将棋の対局をずっとやってきて思うのは、相手がいないとできないということ。自分一人で棋譜を作ることもできるんですけど、やっぱり個性と個性がぶつかって、そこから生み出されたもののほうが、より深い。考え方や発想が全く違う人との対局のほうが、面白いものが生まれます。結果として勝負はつくんですけど、それ以外にも意義があるのかなと」

感情の起伏とどう向き合うか

対局や日々の暮らしのなかで、感情の起伏に悩まされることは「もちろんある」と言う。

「特に対局しているとき、喜怒哀楽は必ず起こる。起こることはしようがないので、うまく対処できるかどうかだと思います。どんなに慣れても、ミスしてしまったとか失敗してしまったと思ったときは、やっぱりつらいというか、ぞっとするものがありますね」

「一つ分かりやすいリトマス試験紙みたいなものがあって。よく『頑張ってください』って言われるんです。そう言ってくれる人は、もちろん素直に応援する気持ちでおっしゃっている。それを言われたときにどう思うかで、自分の状態が分かるんです。素直に『ありがとうございます』と言えるときは、結構いい状態。『言われなくても頑張ってるよ』と思うときは、あんまり良くないんです」

「良くない状態」のとき、どう対処するのだろうか。

「例えばちょっとジュースを飲むとか、そういう一服をして気持ちを切り替えることもあります。あと、朝から晩までイライラし続けるのも疲れるじゃないですか。だからどうしようもないときは諦めて、時間で解決する」

朝から晩までかかる長い対局もある。集中力をどのように維持するのだろう。

「(集中力は)一定ではないです。すごく深く考えているときもあるし、ちょっと休んでるときもあるし、ばらつきがあります。一日中ずっと深い状態で考え続けるのは無理なので。集中する能力そのものは、どんな人にも備わっているものですよね。要するに、子どものときに遊んでる状態なんですよ、集中することって。子どものときはちょっとしか続かなくて、年齢を重ねていくなかで、長く維持できるようになってくる。でも、すごく長時間集中できるかといったら難しい。本当に深い集中ができるのって、1時間とか2時間とか、せいぜいその程度なんじゃないかなと思っています」

切り替えを常に意識し、過去を忘れて次に臨む。その連続で、人生の歩を進めてきた。盤上では先を読むが、自分自身について聞けば、「先のことは特に考えずに過ごしてるっていうところです」と飄々と答える。

「終わったときに、『今日は意義ある一日だったな』と思えたらいいなとは思っています。つまらない対局をやって、『無駄な一日だったな』っていうときもやっぱりあるんですよ。終わったときの感じ方がまあまあ大事だと思います」

そのときそのときで、自分ができる限りのことをやり尽くしたと思えるかどうか、それが重要だと言う。

「才能が枯渇することはないと思います。人間が持っている能力を使い切るには、人生は短いと思っているので」

インタビューを終えて、腰掛けていた「RED Chair」に揮毫(きごう)してもらった。羽生が選んだ言葉は「洗心」。「一応『洗心』って書いたつもりなんですけど、読めないですね。結構(ペンキが)垂れちゃいました。これ、読めたらすごいですよね。気持ちをいつも新たにしてというところで、すごく好きな言葉なので。過去は忘れて次に臨むっていうことはいつも考えています」

羽生善治(はぶ・よしはる)
1970年、埼玉県生まれ。12歳のとき、プロ棋士養成機関「奨励会」に入会。15歳で史上3人目の中学生プロ棋士になる。1989年、初タイトルを獲得(竜王)。1996年、史上初の7大タイトル独占を果たす。2017年、史上初の「永世七冠」。2019年6月、公式戦通算1434勝を達成し、歴代単独1位になった。

【RED Chair】
常識を疑い、固定観念を覆す人たちがいます。自らの挑戦によって新しい時代を切り開く先駆者たちが座るのが「RED Chair」。各界のトップランナーたちの生き方に迫ります。


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