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西田香織

「本を読め、深く読め」――パンク歌手から作家へ、町田康が語る創作力の源泉

2019/07/15(月) 07:46 配信

オリジナル

先鋭的な作品で知られる作家の町田康(57)。10代でパンク歌手としてデビューし、バンド「INU」名義でのアルバム『メシ喰うな!』は、いまも名盤として聴き継がれている。不遇の時代を経て、小説家としての評価を固め、言葉を使って仕事をしてきた。音楽と小説の双方で世間を揺さぶってきた町田の人生と創作の秘密を聞いた。(取材・文:近藤康太郎、撮影:西田香織/Yahoo!ニュース 特集編集部)

言葉をやってきたんだなって思いますね

――「小説と音楽は車の両輪。両方やってないと駄目なんだ」と以前、語っていました。

音楽をしていても、僕はやはり、言葉をやってきたんだなって思いますね。物語って、「語る」と書きますね。本来、声に出すのが物語なんです。『平家物語』では琵琶法師が弾き語るのを、物語として聴いた。あるいは『宇治拾遺物語』は、いろんな人の語る話を集めてできた。口伝え、耳で聴くストーリーです。

自分は小説を書いている。それから音楽も作ってライブもやってる。物語が、接着剤として、片方にベチャッとひっついて小説、片方にひっついて音楽になる感じがしますね。

取材は町田が居を構える熱海で行われた。市指定有形文化財「起雲閣」の一室で

世がバブル景気に浮かれる1980年代末から90年代前半、音楽業界もバンドブームに沸いていたが、町田はその間、バンドを休止していた。ほとんど図書館と自宅の往復の生活をしていたという。物語を生み出す背景には、そのころの膨大な蓄積がある。

まあ、ほかにやることがなかったっていうのはありますけどね。ときどき小説を書くこつとか、文章力を身につけるこつとか、教えてくれと聞かれますけど、答えは一つしかない。「本を読め」。どうやったらストーリーって思いつくんですか? 「本を読め」。どうやったら文章力は身につくのか? 「本を読め」。別に1万冊読む必要はなくて、10冊でも、100冊でもいいから深く読め。100回でも200回でも読めって。

起雲閣の窓辺で

――町田さんはとにかく興味の範囲が広くて、たとえば、キリスト教の影響も大きいですね。音楽にも小説にも。

キリスト教に限らず、宗教についてよく考えます。死ぬってどういうことなのかなとか、魂の不滅って本当かな、とか。ただ、読者には、僕の小説に答えを見いださないでほしい。どこかに答えがあるはずだ、誰か答えを知っていて、答えを与えてくれると信じて生きるのは、とても危険なことだと思います。このことについてはどこまでいっても答えはなくて問いしかないですから。いくら検索しても、答えは見つかりません。ただ問いがあるだけ。

熱海の海辺を歩く

――それでは、小説、あるいは音楽を、こう受け止めてくれたら作者として幸せだということはありますか。

音楽はね、自分の音楽聴いて「いいな」と思う感じで聴いてほしい。「あー、グッとくるな」と。理屈はないんです。小説の場合は、「うん、分かる、分かる」っていう感じ。共感のようなもの。夏目漱石が『吾輩は猫である』でいろんなことに腹を立てていたり、内田百閒が「どこそこに、うまい酒を飲ませる店があるから、行きませんかなどと誘われても、あんまり気が進まない。私の様な長い酒飲みには、うまい酒と云うことが既に有り難くないのである。」と書く。そういう文章を読むと、「いいな」と思います。同じようなことがあるとうれしい。

貧乏と貧困

「伝わる言葉、実感がありながら詩的であり、音楽的である言葉。それが両方ある感じにしたい」――。新作アルバム『もはや慈悲なし』のコンセプトを、町田はそう語った。新バンド「汝、我が民に非ズ」でのセカンドアルバムとなる。

町田はもともとパンク歌手だ。1970年代末、日本のパンクシーンにこつぜんと現れ、バンド「INU」名義でのデビューアルバム『メシ喰うな!」は後世に残る名盤として語り継がれている。当時、町田は19歳だった。

だが、エッジの切り立った作品は、なかなかメジャーでは理解されず、苦境が続いた。そのころの困窮生活をコミカルに描いた曲、エッセー、小説も多い。

熱海市内の商店街で

――以前、共通の知人で貧乏自慢している人がいて、町田さんはそのとき、「貧乏なら負けない」と言っていた。鮮明に覚えています。「倖いラッキー」という歌には、「とりあえず米代もないんじゃよ」というフレーズも出てくる。

貧乏といっても、あの時代はまだのんびりしていて、いまでいう「貧困」という、孤立してどうしようもない状態ではなかったと思います。

あのころ自分が貧乏だったのは、もっぱら自分の怠惰と無能の結果です。その歌も、歌の中の一つのシーンですよね。面白くしようとして、自分の生活の一局面を利用したということ。なにかを主張したかったわけじゃないです。

石牟礼道子さんの『春の城』っていう小説があります。島原の乱の話ですけど、「今、戦って死んだら、死後、神の国、天国に行けるぞ」って民衆が蜂起する。ほとんどがクリスチャンですが、なかには仏教徒もいて、身分もいろいろで、武士もいるし、農民もいる。農民にも庶民と庄屋階級がいて、庶民の中でもちょっと外れているアウトサイダーがいたり、内情は複雑なんです。

みんなでパライゾ(天国)に行こうって言ってるんですけど、そこで1人のおばあさんがボソッと、「そうやってがつがつパライゾを求めていく気持ちってどうなんだろう」みたいなことを呟く。「私は絶対にパライゾに行くぞ、救われるぞ」という、そのがつがつした態度こそが、神の教えに反しているんじゃないか、という意味のことを言うんですね。

そう言われると、確かにそうだな、と思って、あまりこの世のことは考えたくないなあ、と思うようになります。とはいうものの、なかなか自分から逃れられないのですが。

ネガティブな未来を語る人がいなかった

――バブルがはじけるか、はじけないかぐらいのとき、町田さんはバンドもいったん休止し、世の中から身を遠ざけていた時期だったと思う。焦って働きだすということもなかった?

時代の空気が、何か合わないっていう。あのころはいまほど未来をネガティブに語る風潮がなかったので、あまり焦りもなかったと思います。将来のことはあまり考えなかった。僕には強い意志があり、芸術に殉ずる気持ちがあって、貧乏に耐え、時流におもねらず、一人でコツコツ勉強続けていたんだとか、そんなことではないんです。社会全体がお気楽だったんだと思います。そのうえで自分が面白いと思うことだけを続けただけです。

海辺から熱海の街並みを眺める

1996年に『くっすん大黒』で小説家デビュー。2000年に芥川賞を受賞すると、その後、大作を次々発表。映画化もされた『パンク侍、斬られて候』など、町田は現代日本語文学の最先鋭として知られるようになった。

パンク歌手が、言葉の才能と幸運にも恵まれ、「メシが喰える」作家に転身していく。そういう、ありきたりでステレオタイプで安っぽい、立身出世物語を町田は断固、拒否する。

リッチなリア充か。非モテの貧乏か。あいつは自分より上か、下か。そんなことばかり、つい、考えてしまうわたしたちに、町田の小説や音楽はドロップキックを喰らわせる。幸や不幸は、もういい。町田は、はからずも創作の秘密を語り始めた。

僕は、きれいに包装して、万人の口に合うように出すのは苦手だし、あんまり好きじゃないんです。音楽を演奏する喜びって、ミュージシャンじゃなくても誰でもありますよね。カラオケに行って、歌って、楽しい。「じゃあ自分でやっていりゃいいじゃん」という話じゃないですか。家でギター弾いて歌っていりゃ。あるいは近所の人が集まって飲んでるときに、ジャカジャカ弾きながらみんなが知っている曲を弾いて、盛り上がるだけでもいいじゃないかと。何でわざわざ人を集めて、カネ取ってやるんだという話になりますよね。

「面白さ」とは自分を超えている何か

なぜなのか。やっぱり音楽って「奉納」しているんです。コンサートというのは、神に音楽をささげている。自分一人では神にささげたことにならないんですよ。誰か立会人がいないと。それがお客さまですよね。自分一人でやってるのは、祈りなんです。ところが、人はときどき勘違いして、自分が神になっちゃう(笑)。「俺を拝め」って。

じゃあ神ってどこにいるのか。例えば何かを面白いと思いますね。出世とか名誉とか命とか、どうでもいいと思えるほどに、強く面白いと思う。そのとき、神は自分の中にいるということなんですよ。だから、「面白い」って強く思うのは、とても大事なんですよね。それって自分じゃないんです。小説を書いていて、あるいは音楽やっていて、強く「面白いな」と思う。笑う。それは、自分自身じゃない。自分を超えている何かなんです。

自分を超えた何者かに、創作をさせられる――。どういうことか。

創作をしているとき、瞬間的に自分を超えますよね。で、次の瞬間、何を思うか。「これは受けるで」と思うわけです。また、いつもの自分に戻っている。この繰り返しなんですよ、クリエーティブな作業というのは。

自分を乗り越えて、純粋に面白いとだけ思っている時間が長ければ長いほど、いい作品なんです。いい音楽だし、いい小説なんだと思います。作者が意識しないで、勝手に物語が動くというのは、おそらくそういうことです。でも人間だから、次の瞬間には「これは受けるで」と思っちゃう。ただ、一生懸命やっていると、また自分を超える瞬間が訪れるわけ。それを飽きないで、我慢して、また面白がってずっとやるのがクリエーティブな仕事なんだと思います。

町田康(まちだ・こう)
作家、ミュージシャン。1962年、大阪府生まれ。高校時代に町田町蔵の名で音楽活動を始める。1997年にデビュー小説『くっすん大黒』で野間文芸新人賞、Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2000年には『きれぎれ」で芥川賞を受賞する。01年に詩集『土間の四十八滝』で萩原朔太郎賞、02年『権現の踊り子」で川端康成文学賞を受賞、05年『告白』で谷崎潤一郎賞、08年『宿屋めぐり』で野間文芸賞を。この6月には、自身が率いるバンド「汝、我が民に非ズ」でセカンドアルバム『もはや慈悲なし』を発売した。

近藤康太郎(こんどう・こうたろう)
作家、評論家。1963年、東京・渋谷生まれ。『おいしい資本主義』『アメリカが知らないアメリカ』『リアルロック』など著書多数。日本文藝家協会会員。


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