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伊藤圭

「ありがとうブス、バイバイ」 容姿いじりが敬遠される時代、武器を捨てた尼神インター・誠子

2020/10/09(金) 18:13 配信

オリジナル

過剰に「いい女」を気取る誠子に対して、ヤンキーキャラの渚が容赦なく「ブスやないか」とツッコミを入れる漫才で人気を集めた尼神インター。しかし、世の中の空気が変わり、容姿をいじる笑いが敬遠されるようになると、誠子は自らブスいじりのネタを封印することを決めた。「『ブス』のおかげで今の私がある」と言い切る彼女が、なぜ武器を捨てられたのか。(取材・文:ラリー遠田/撮影:伊藤圭/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

「ブス」も「はたき」もやめた

「容姿をいじるネタはやめました。(相方の)渚が私をたたくこともないし、ブスって直接言うことも、もうないです」

誠子が容姿いじりネタを封印するきっかけとなった事件があった。2018年11月、『ちょうどいいブスのススメ』というタイトルで相席スタート・山﨑ケイの著書のドラマ化が発表されると、「女性蔑視に当たる」などと批判が集まり、番組名が変更される騒ぎになったことだ。

「これであかんのやったら私ら全然あかんやんって。芸人として『ブス』と言われるのはおいしいし、今までずっと一緒に戦ってきました。でも、笑わせることが一番大事なので、それが嫌だという人がいるなら対応していきたい。いいきっかけでした」

誠子が9月に出版した著書のタイトルは、『B あなたのおかげで今の私があります』。「B」とは「ブス」を意味する。彼女はこれまでの人生を「B」と共に歩んできた。

学生時代はひたすら卑屈で根暗だった

子供の頃の誠子は、自分の容姿について特別いいとも悪いとも思っていなかった。そんな彼女がBだと自覚したのは中学生の頃だった。同級生の男子が自分のことを陰で「ブス」と言っているのを偶然耳にしてしまったのだ。

「え、私ってブスやったん!?」

振り返ると心当たりがあった。誠子には2歳年下の双子の妹がいる。幼少期は姉妹3人とも顔がよく似ていて、親戚からは「美人3姉妹」と呼ばれてかわいがられていた。ところが、誠子が中学生になると、呼び方が「美人3姉妹」から「美人双子」に変わっていた。いつのまにか彼女だけがメンバーから外されていたのだ。

「私はブスやし、女としての魅力はないんやと思って、とにかく自信がなくてネガティブでした。妹とも会話をしなくなって、どうせ私のことをブスと思ってるんやろな、と思っていました。いま考えると自分に対する不満が妹への嫉妬に変わっていたんです」

今の明るいイメージからは想像もつかないが、学生時代の誠子はひたすら卑屈で根暗だった。学校で男子としゃべることもなく、休みの日はずっと家に閉じこもっていた。唯一の楽しみは芸人のラジオを聴くことだった。

「クラスのお調子者がはしゃいでいるのを見て、いや、私の方が絶対面白いわ、とかひそかに思っているタイプでした。男芸人でそういう学生時代だった人はたまにいるんですけど、それの女バージョンってヤバいですよね(笑)。自分には笑いの才能があるはずだと思って一人でネタを書いたりしていました」

そんな彼女は、高3のときに初めて『M-1グランプリ』を見て、その面白さに衝撃を受けた。自分も芸人になりたいという夢が膨らみ、大学進学をせずに芸人になることを決めた。母親にその意志を告げたところ、彼女は答えた。

「ええやん! 芸人やったら、あんたのその見た目を生かせるやん!」

実の母親からのストレートな言葉に引っかかりを感じつつも、誠子は自分のやりたいことを認めてくれたことに感謝した。そしてお笑い養成所に入り、芸人としての道を歩み始めた。

お笑いだけが唯一の楽しみの根暗な女子高生だった彼女にとって、思い切って飛び込んだお笑いの世界は、天国のような場所だった。

「楽しかったですね。私がただ立ってるだけで先輩がいじってくれて、それがめっちゃウケるんですよ。自分でも人の役に立てるんや、人を笑顔にできるんや、って思って、それからは何でも来いっていう感じでした」

性格も考え方もがらりと変わった。お笑いの世界ではコンプレックスが武器になり、マイナスをプラスに変えられる。自然に笑顔も増え、「誠子の笑顔を見ると幸せな気持ちになれる」と評判になった。

「芸人になってからはずっと楽しいというのもありますし、笑ってた方がかわいく見えるんですよね。たとえ美人でも、ぶすっとしていたらかわいくないじゃないですか。私の昔の写真とか見たら、全然笑ってないんですよ。そりゃかわいくないわ、って思いました。あの当時もニコニコしていたら、もっと男子も話しかけてくれたと思うんですよね。結局は自分の問題やったんやな、って気付きました」

ポケットには常に洗濯ばさみ

大阪を拠点に活動していた尼神インターは、2017年に東京進出を果たす。東京に出てきた当初は、空気の違いに戸惑うこともあった。

乳首に洗濯ばさみを付けて引き抜く「ノーリアクション乳首洗濯ばさみ」、お尻を当てて自転車のタイヤを止める「ノーリアクション自転車ケツ止め」といった誠子の体を張ったネタの数々が、大阪の観客にはウケまくっていた。しかし、東京ではその手のネタが全くウケなかった。

「乳首洗濯ばさみも最初はめっちゃ引かれて、本番ではカットされたりしていました。でも、やり続けていたら、明石家さんまさんが笑ってくれたんです。そこから徐々にウケるようになっていったので、やり続けるのが大事やなって思いましたね」

それらの芸もいまやテレビではほとんど見られなくなったが、舞台では相変わらず体を張る。バラエティー番組に出るときには常にポケットに洗濯ばさみを忍ばせ、振られたらすぐにできる準備を整えている。

「きれいな衣装を着させてもらってるときもありますけど、どんな衣装でも振られたら絶対やりますし、一応見せてもいいパンツははいてます。むしろ、ああいう芸に関してはきれいな衣装を着ていた方が振り幅が大きくて面白いというのはありますね」

第7世代の台頭に「焦りはない」

一方、最近ではお笑い第7世代が台頭し、「傷つけない」「体を張らない」芸が浸透。テレビで女芸人の特集が組まれるなど、若手女芸人の存在感も大きくなってきている。容姿いじりや体を張るネタで人気をつかんだ誠子に、焦りはないのか。

「焦りは意外となかったんですよね。私がデビューした頃なんか、劇場に女芸人が全くいなくて、20年ぶりの女芸人のレギュラーやったんです。だから逆に女捨てなあかんっていうのが強かったのかも。今は仲間が増えて心強いっていう方が近いです。女芸人はみんな戦友ですね。幼少期のコンプレックスをポジティブに変換した仲間ですから。特に第7世代に対しては、親心の方が強いです」

生まれ変わった彼女はどこまでも前向きだ。若手時代の誠子は、自分が体を張って笑いを取る姿を好きな人には見られたくなかった。恋愛感情は笑いの邪魔になると思い込んでいたのだ。でも、今は違う。

「むしろ見てほしいですね。自分が一番キラキラ輝いてかわいく見えるのって、漫才とかお笑いをやっているときじゃないかと思うんです。今は好きな人にも見てほしいし、そこを受け止めてくれる人を探したいです。やっぱり芸人は一生やめられないですから」

先輩芸人からブスいじりをされる一方で、一部のファンからは「かわいい」とも言われるようになった。

「ブスはおいしいし、かわいいは嬉しい。どっちでも嬉しいと思えるようになったんです。普通に生きていたら悲しいと思うような言葉も嬉しい言葉に変わったので、なんていい人生なんや、ラッキーやな、って」

自分に自信がなかった頃、「ブス」は呪いの言葉だった。しかし、芸人になってからはそんなBが武器になり、自分の頼もしい味方になった。「ブスいじりは良くない」という風潮になり、慣れ親しんだBと別れることには一抹の寂しさもある。

「芸人としてずっとBと共にがんばってきたので、もう一緒に戦えないかもしれないという寂しさはありますね。でも、私はもうあなたなしでも戦えるよ、っていう自信もあるから。B、今までありがとう、バイバイ、っていう感じかな」


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