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安川啓太

"普通の大学生"が世界トップクラスへ。インテル長友、年俸4億円の肉体を作り上げたトレーナー

2016/11/04(金) 14:37 配信

オリジナル

都内にあるトレーニングルーム。アスリートから市井の民まで多くの人が木場克己が施す「体幹」に魅せられてやってくる。

壁には苦楽をともにした長友佑都を始め、バルセロナの下部組織で一躍有名になり、U-16日本代表でも活躍した久保健英の写真が飾られている。

長友の鋼のような強靭な身体は、本人と木場が二人三脚で作り上げてきたものだ。パーソナルトレーナーとして彼をどうようにサポートしどのように成長させていったのか。(ライター佐藤俊/Yahoo!ニュース編集部)

撮影:安川啓太

動けない長友を救った体幹トレ

KOBA式体幹バランス(KOBAトレ)という体幹トレーニングで一世を風靡し、「体幹」という言葉を世間に浸透させた木場克己はアスリートを支えるパーソナルトレーナーの第一人者である。

そのキッカケになったのが日本代表の中心選手であり、セリエAの名門インテルでプレーする長友佑都だった。

「最初、FC東京のGK土肥洋一の紹介で会ったんです。その頃の佑都はまだ明治大学の学生でFC東京の特別指定選手として練習に参加していたんですが、腰が痛くて走れない、ボールを蹴れない状況だった。就職パンフレットを取り寄せながらサッカーを続けるのか、かなり悩んでいました」

撮影:安川啓太

実際に会うと小さいわりにアウターマッスルが発達し、ごつい体をしていた。その肉体を見て腰痛の要因がなんとなく読めたが、木場はあえて聞いてみたという。

「体幹やっているの?」

「高校の時からやっていますし、大学でもかなりやっています」

長友は「当然」という表情でそう言った。検査結果を見ると椎間板ヘルニアと腰椎分離症を併発していた。それは思った以上に重篤な状況だった。

「佑都の中での体幹はアウターマッスルだったんです。体が小さいので体を強くするために外側の筋肉をつけて戦っていた。そのためインナーマッスルとの筋力バランスが崩れ、腰痛を深刻なものにしていたんです。アウターが70%でインナーが30%と筋力に大きな差があったので、まずその差をなくす。上体や腰をひねる柔軟性を高めてインナーマッスルを鍛えることから始めました」

もともとアウターの筋肉が鍛えられていたのでインナーと連動して背骨を支えられるようになるまで3ヵ月しかかからなかった。

長友は体の軸がブレなくなった手応えを感じ、木場の腕と技術に惚れた。長友は劇的な変化をこう語る。

「チューブでバランスと体幹を融合させたトレーニング、あれは効いた。今までは1対1の対応や攻撃で切り返した時、『ヤバイ、ブレた』という回数が多かったけど、まったくブレなくなって地に足がついた状態でプレーできるようになったんです」

ここから二人三脚の旅が始まった。

撮影:安川啓太

成長のための年間目標

二人が最初に直面した大きな大会は2010年南アフリカワールドカップだった。そして、その時から1年ごとにテーマを決めてトレーニングをするようになった。

2010年:動き出しの1歩
2011年:安定 (インテル移籍)
2012年:アジリティ
2013年:軸作り
2014年:馬力(ブラジルW杯)

南アフリカワールドカップの時は世界のスピードのある相手に負けないように「動き出しの1歩」を高めるトレーニングをした。

「動き出しの1歩を速くするにはインナーを使って足を引き上げることが必要なので大腰筋が重要になってくる。実際、世界最速のランナーであるウサイン・ボルトは大腰筋がすごく発達しているんです。まずそれをしっかり作っていくことにしました。トレーニングは坂道でスキップしたり、しゃがんだ状態でパッと立ち上がってダッシュしたり、チューブを使ってお尻の筋肉で上半身を支えながら頭がブレないようにとかですね。けっこうキツかったと思いますが、佑都は文句を一切言わなかった。トレーニング中に酸欠になって倒れたことがあったけど、その時もすべてのメニューをこなした。成長するためには私のメニューをしっかりやり終えないといけないと思っている。今もそう。そこは信頼されているのかなと思います」

南アフリカワールドカップでは日本代表の左サイドバックとして出場し、ベスト16に進出した。トレーニングの効果が出て、世界相手に一歩も引かず戦うことができた。結果が出て、またひとつ信頼の絆が深まった。

1歩前に進める魔法のことば

選手とアスリートを支える人間にとって一番重要なのが、信頼関係だ。長友は年間のトレーニングのメニューを木場に任せるだけではなく、調子が悪くなるとイタリアから「どうしたらいいですか」と電話をかけてきたり、SNSでやりとりをした。故障で帰国した時はサッカー協会のドクターの診断を受けながら木場にリハビリなどについて相談し、助言を求めた。

「故障をした時は佑都と相談しながらリハビリに入るんですが、そこでは元の動きに戻す、不安なくできる、恐さを取る、を基本にしています。リハビリが進行して次の段階にいくと故障箇所を動かす恐さが出てくる。その時は『何が恐い?』『次、これは大丈夫?』と確認しながら1歩ずつ地道に進めていきます。そこは忍耐と我慢ですね。プラモデルのようにいきなり接着剤をつけて治すわけにはいかないですから」

選手によってはリハビリ途中で何度も不安を口にしたり、最終段階で普通にプレーすることを躊躇するケースがある。そのままだと新たなステップに移れず、進化することができない。

そんな時、木場は魔法の言葉をかける。

「大丈夫だよ」

長友は、この言葉で何度も故障を乗り越えた。選手はケガのことをすべて理解しているわけではない。それを理解し、自分の体のケアを任せている人から最後に言葉をかけてもらうことでホッとして前に進めるのだ。

「安心させて背中を押してあげるんです」

木場は優しい表情で、そう言った。

撮影:安川啓太

30歳は、まだまだ通加点

長友は今、2年後のロシアワールドカップに向けて最終予選を戦っている。インテルでは今シーズンはなかなか出場に恵まれず、30歳を迎えたことでコンディションや肉体的な衰えを不安視する声もある。

「試合に出られないのは厳しいと思います。ただ、以前も試合に出れない時、練習後一人でインテルの練習場に戻ってトレーニングをしてて、それを見たコーチングスタッフが『あいつは誰だ』ということで試合出場のチャンスを掴んだことがあった。佑都は『努力は人を裏切らない』、『継続は力なり』という言葉を信じ、成功してきた自負があるから今も試合に出れなくても成長できることがあると信じて努力をつづけていると思います。それにメンタルは“超”がつくほどのポジティブですし、筋肉の質も非常にいいですからね。私はあまり心配していないです」

アスリートにとってポジティブな思考と筋肉の質は非常に重要だ。木場いわく、長友の筋肉の質はA5ランクのヒレ肉であるシャトーブリアン級だという。

「佑都のもも裏の筋肉はフニュフニュしてて、サッと触るだけでフニューってほぐれるんです。こういう上質の筋肉はケガをしにくいし、運動の反応がいい。それは30歳になった今も変わらない。衰えはないですよ。ハビエル・サネッティ(元アルゼンチン代表・40歳で引退)を目標にしているからね。今、新たにヨガを取り入れたり、栄養について勉強している。内蔵は老化していくから、それに気が付いて自分で取り入れているんです。しかもそれをやることで自分がどう進化するのかが見えている。佑都にとって30歳なんて、まだまだ通加点という気がします」

新たなパートナーシップ

パトーナーとして10年を経て、二人は新しい段階に進もうとしている。以前のように年間のテーマを決めてトレーニングすることはなく、後方支援に比重を置く。

「私から何かを提案するのではなく、佑都の要望に応じてサポートしていく感じです。実は3年前、佑都がインテルでコンスタントに試合に出られる状況になった時、私はほとんどすべてのトレーニングメニューを送りました。そのメニューを佑都は理解しているし、それをどう生かすかは本人に任せているんです。今は、もう自分で自分の体をつくれるようになっている。そのレベルにまで佑都を作り上げたという自負はあります」

木場は、ちょっと誇らし気にそう言った。 たぶん、これからも困った時や自主トレの相談などでイタリアから電話がかかってくるだろう。

「どんな刺激がほしい?」

木場が問うと長友は驚くほど明確に必要な刺激を答える。木場は過去の故障を考慮し、怪我をさせないようにリクエストに応じたメニューを提供する。サポートの仕方や目標は変われど二人で“長友佑都”を作り上げていくスタイルはこれからも変わらない。

撮影:安川啓太

木場克己(こば・かつみ)

1965年12月26日、鹿児島県生まれ。
小学2年生で柔道を始め、高校時代はレスリングに転向し、56キロ級九州大会で優勝。しかし、腰椎圧迫骨折で現役を退き、医療人の道に入る。1995年にFC東京のヘッドトレーナーになり、さらに横浜FC、サンフレッチェ広島、湘南ベルマーレなどでコンディショニングトレーニングアドバイザーとなり、選手の体をケア、信頼を得る。長友佑都とは明治大学在学中に出会い、抱えていた腰痛を解消し、パーソナルトレーナーになる。その後、柔道の谷本歩実、金崎夢生(鹿島)など数多くのアスリートのパーソナルトレーナーを務める。都内の治療院にけがの治療やトレーニングを実施、KOBAトレという体幹バランストレーニングで人気を博している。「お腹が凹む!腰痛改善!体幹インナーコアBOOK」(宝島社)など著者多数。

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