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殿村誠士

「人の違いを面白がれない、そんな殺伐としたものになっちゃっていいのかな」――爆笑問題・太田光が憂う、笑いのガイドライン

2020/04/12(日) 08:00 配信

オリジナル

生放送の現場でプロの芸人が静まり返るほどスベり倒したかと思えば、弱者に寄り添う弁にはスタジオが息をのんで耳を傾ける——それが爆笑問題・太田光だ。その振れ幅に、反発を覚える者もいれば魅了される者もいる。芸人・太田光とは何者なのか。気だるそうにうつむく本人に迫った。(てれびのスキマ/Yahoo!ニュース 特集編集部)

お笑いはなんでもアリだと思ってる

太田にはポリシーが二つある。「若手のネタにダメ出ししない」「審査員をやらない」だ。

「(事務所の)オーディションは見ないんですけれども、選考担当に『絶対、駄目出しすんな』って言っているのね。笑いというのは個人的なものだから。ネタ見せ会場で全然ウケなかったやつが、客前に出たらもうバカウケするみたいなことはしょっちゅうある。現にタイタンのライブに、小島よしおが来ていたらしいけれども、毎回落としていたんですよ。でもその後、大ブレークして。そういうもんだから。セオリーなんかないんですよ、笑いに」

M-1は年末の風物詩としてすっかり定着し、放送後はプロアマ問わず感想が交わされる。

「コンテストのおかげでテレビに出れた自分が言うのもなんだけど、副作用がある。視聴者も含めて全員が批評家になっちゃう。今回も『人を傷つけない笑い』とか言われちゃって本人らもキツいだろうなって。お笑いが、そんな分析されてもなっていう。ナイツの塙(宣之)が、M-1に勝つにはこうするべきだみたいな『言い訳』って本を出して。あんなの出すなよと俺は思うけれども(笑)。みんな若手があれを教科書みたいにして、マニュアルみたいになっちゃうとつまんないじゃん。実際、ナイツ自体は全然あんなのに沿った漫才をしていないからズルいよね(笑)。俺はやっぱりお笑いはなんでもアリだと思ってるから」

「視聴者も残酷な面があって、勝ち負けで見たほうがより面白いというのもあるし、そこに懸けている若手もいっぱいいるから必要ではあるんだけど、『こういうものがいい笑いだ』というのはまるでないと思うので、審査員はやらないですね」

イジメとお笑いは「地続き」

一見、「人を傷つけない」ような温かい笑いであっても、そこには必ず毒が含まれていると太田はみる。

「例えば、『はじめてのおつかい』で子どもが泣いたら、『あら、かわいいわね』って、まるで温かい笑いのようになっているけれども、子どもは本気で不安で泣いているわけでしょ? 子どもにとってはイジメなんですよ。だけど、そういうもんでしょ、笑いって。神戸の小学校の先生たちの激辛カレーを食べさせる動画だって、イジメられていた彼も『ああ、辛いの苦手です』って言いながら逃げ回っている。おそらく彼も笑っているんですよ、あのとき。自分の身を守るために笑っているんだと思うのね。だからこそ、イジメなんです。でもあれを知らずに見たときに、テレビのバラエティーのまねごとをしている、楽しそうって思う可能性も俺はあるって思うんだよ。人が困っているところってやっぱり面白くて、『ああ、そうそう。辛いとこうなるよね』という共感の笑いとイジメとで、それは分けられない」

「自分はじゃれているつもりで、周りは共感して笑っているけれども、相手はものすごく不快だったという状況も全然ある。だから、これはイジメ、これはプロのお笑いみたいなことというのは、分けられなくて地続きだと思う。『(相方の)田中がチビだ』ということには、バカにした笑いも含んでいるけど、人の違いを面白がるっていうものも、同じ笑いの中に入ってるんだよ。それをダメだと言われると、そんな殺伐としたものになっちゃっていいのかなとは思うよね」

イジっちゃいけない人っている

SNSの隆盛により、視聴者の反発はよりダイレクトに反映される。太田も数々の炎上の憂き目に遭ってきた。

「みんなが全員、好きな人っていて。国民的な人気者、そういうイジっちゃいけない人っているんですよ。浅田真央とか羽生結弦とか。羽生ゆずれない(現:あいきけんた)が炎上したりね。不運だったなとは思うけれども。この人をイジったら絶対駄目、というのっているんだよね」

炎上の原因は必ずしも一様ではないが、太田は傷つくことを恐れず、相手との対話を求める。それはなぜなのか。

「俺自身が誰かにかみつくこともあるわけで、そのときに、無視されるのが一番嫌なんですよ。悪口でも何でも、返されたほうが全然いい」

太田は過去二回、大きな孤独を経験している。一つが、友人ができず3年間誰とも会話せずに卒業した高校時代。もう一つは芸能事務所独立直後。仕事がゼロになった。

「自分の思いを言えない、誰からも相手にされないっていうツラさも知ってるし、いくら漫才をやっても世に出れない、何の反応も返ってこないっていう経験もしてる。我々は笑ってほしいし、レスポンスがほしいわけですよ。常に」

その場で一番バカをやっていたいの

太田はいわゆる「ファミリー」を作らない。このクラスの芸人の中ではまれだ。一方で後輩芸人たちは、ある種ぞんざいなほど無遠慮にツッコんでいく。その壁のなさもまた特異だ。

「鬼越トマホークに言われたけれども『誰もお前のことを尊敬してねえからな』って(笑)。それは本当にありがたいですよ。先輩になってきちゃうとやっぱり尊敬されちゃうじゃない? そうするとボケにくくなっちゃうと思うんだよね。俺はボケたいだけの人だから、ツッコんでほしい。遠慮されるのが一番嫌なんですよ。だから楽屋から、ヒドいこと言ったり、エアガンで脅かしたりして(笑)、とにかくツッコんでくれって。その場の中で一番バカをやっていたいの」

最後に相方・田中裕二の評価を聞いてみた。

「仕事仲間としては、もう本当に低評価、0点です(笑)。一切成長しないし、うまくもならないし、全部、間違っている!」

太田光(おおた・ひかり)
1965年埼玉県生まれ。日本大学芸術学部中退後、1988年に大学の同級生だった田中裕二と爆笑問題を結成。政治から芸能まで様々な社会現象を斬る漫才は、幅広い年齢層から支持を集めている。漫才師、タレントのほか、文筆家、映画監督など、様々な顔を持つ。

てれびのスキマ/戸部田 誠(とべた・まこと)
ライター。著書に『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。』などがある。最新刊は『売れるには理由がある』。


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