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八尋伸

下火から一転、地域通貨の再チャレンジ――住民の社会参加を促す

2018/11/26(月) 07:58 配信

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「お金を地域で循環させる」という理想をもち、かつて全国各地に広がった地域通貨。しかし、管理する手間やコストが重荷となり、十分に普及せず下火になった。いま改めて、住民のコミュニケーションを活発にし、スキルや遊休資産をシェアするツールとして、また住民の社会参加を促すといった目的で見直されつつある。アナログな台帳型、IT技術の普及による電子決済型など形はさまざまだが、「持続可能な地域社会づくり」を目標に再興しつつある。(ジャーナリスト・田中徹/Yahoo!ニュース 特集編集部)

藤野市のビオ市。朝採れ野菜が並ぶ(撮影:八尋伸)

神奈川県相模原市の藤野地区で月に2回開かれる朝採りの野菜市「ビオ市」には、20軒以上の農家が参加する。特産の栗やユズ、お茶、ピーマンなどの有機野菜が並ぶ。窯焼きピザの販売やマッサージ、DJブースもあり、よく見かける野菜市とはイメージが少し違い、しゃれた雰囲気が漂う。

所々で、文庫本サイズの台帳に金額を記入しサインし合う姿がある。地域通貨「よろづ屋」による支払いの場面だ。単位は「萬(よろづ)」だ。

ビオ市を主宰する一人で「よろづ屋」を運営する事務局の土屋拓人さん(42)もこの日、会場でマッサージを受ける際、代金の一部を「萬」で支払った。「『萬』は大きな経済圏として円の世界を補完し、コミュニティーを豊かにするための道具です」と言う。

「よろづ屋」を運営する事務局の土屋拓人さん(撮影:八尋伸)

藤野地区には地場の食べ物があり、その気になれば、ちょっとした助け合いで、「円」を使わずに日常生活の多くを済ませることができるのではないか――。「萬」の背景には、そんな発想がある。

では、土屋さんの言う「豊かさ」とは何だろうか。

「お金では得られない生きがいや充足感とは何だろうか、と考えたとき、住む所への参加、貢献がその一つではないか。個々人それぞれができることを持ち寄ってコミュニティーに貢献する。そうすることで地域全体の活力が高まる。何百人かが生きていくためのスキルを共有できるようにすることです」と土屋さん。つまり、参加すること、互いに承認されることが鍵ということだ。

「よろづ屋」は2009年、移住してきた住民が中心になって立ち上げた。商品やサービスの交換は「1萬=1円」で換算されるが、円に換金はできない。参加者がそれぞれの台帳を持ち「萬」のやり取り、日時、サインを書き込んでいく。参加者全員の「萬」の残高を合計するとゼロになる。いわば、取引や助け合いという価値のやり取りを記録し、記録はそれぞれによって保持されるリアルな取引の記録だ。

よろづ屋の取引を記録する台帳(撮影:八尋伸)

「よろづ屋」に参加するのは現在、約500人。「1000円の商品を700円と300萬の支払いで」といったように、藤野地区のパン店など一部の商店でも使える。また車での送迎、ペットの世話、不用品のリサイクルといった助け合いや取引を、参加者間のメーリングリストでやり取りする。最近もこんなケースがあったという。

「娘の誕生日ケーキに添える、食べられる花はないですか」

「ナスタチウム(金蓮花の通称)がうちにありますよ」

「助け合い」を地域通貨に乗せる

メーリングリストには平均すると1日数件のメールが行き来する。困りごとがあればメーリングリストに投げる。価格はそれぞれが相対で決める。かつて、どこのコミュニティーでもあった困りごとや相談、助け合いの文化を地域通貨に乗せる仕組みだ。

JR中央本線の藤野駅へは、都心から約1時間半。相模湖を臨む東京都と山梨県の境に位置する。戦中に画家の藤田嗣治らが疎開し、1980年代後半からは芸術によるまちおこしに取り組んできた。そんな経緯から、いまもデザイナーやIT関連の仕事に就く人が移り住む。移住者は数百人になるそう。土屋さんも「ITが得意なら住む場所を選ばない。ちょい田舎で、面白そうな人が多そうだった」と10年前、東京都内のウェブ・広告コンテンツの制作会社を辞めて移住した。

ビオ市の風景(撮影:八尋伸)

「よろづ屋」の肝の一つは台帳型であること。取引には価格の決定、台帳へのサインとリアルなコミュニケーションが必ず伴う。

移住して9年、ウェブデザイナーで環境分野のNPO法人の共同代表を務める小山 宮佳江さん(51)も「相手の顔を見て話し合い、価値・価格を決めると安心感が生まれる。台帳の記録はコミュニケーションの記憶」という。新しい住民は「よろづ屋」に参加することで、リアルな人間関係をつくることができる。これがリアルな台帳型ならではの効用の一つだ。

利子がつかないお金

小山さんが持つ台帳の「萬」はマイナス5万ほど。円の感覚では「借金」をイメージする。しかし「萬」ではそんな価値観が180度転換する。前述したように、参加者全員の「萬」は合計するとゼロになる。マイナスの人がいて、その額が大きいということは、裏を返せばその分だけ「萬」がプラスの人がいるということ。その分の助け合いやコミュニケーションがあったことの証明でもある。

地域通貨には利子がつかない。だから、貯めておくだけでは意味がない。また、後述するポイントシステムの多くには有効期限があり、時間とともに価値は減少する。地域通貨は、積極的に使われ流通することを目指すからだ。利子や将来の価値上昇を見込んで貯め込まれる法定通貨や仮想通貨とは真逆の性質を持つ。「萬」も、多く持つ人は積極的に使おうとするから取引、コミュニケーションが活発になる。

ミヒャエル・エンデ(写真:picture alliance/アフロ)

地域通貨のアイデアは、ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデ(1929~1995)にさかのぼる。「パン屋でパンを買うお金と、株式取引所で扱われる資本としてのお金はまったく異なった種類のお金である」(『エンデの遺言』)。法定通貨は、為替取引のように「円」や「ドル」それ自体が「商品」として取引される。

地域通貨は、そんな法定通貨と切り離し、通貨本来の機能を取り戻すことを目指した。地域限定で利用されることに加え、市民団体などが発行し、利子がないことなどが要件となる。近年は地域限定のポイントシステムを発行主体が地域通貨と称するケースも多く、厳密な定義はない。

理想主義的な地域通貨は、1999年に経済対策、消費刺激を目的に地域振興券が発行されたのをきっかけに注目された。その後も、地域内でお金を循環させることを目的に全国でブームとなり、一時は約800種に達したという。しかし、現在はほとんどが機能していないとみられる。

よろづ屋事務局長の池辺 潤一さん(左)、NPO法人トランジション・ジャパン 共同代表およびトランジション藤野の小山 宮佳江さん(右)(撮影:八尋伸)

よろづ屋事務局の池辺潤一さんは「運営者の負担が大きいのが、最大の理由」とみる。紙幣型であれば発行にかかる印刷や偽造対策、種類によっては商店からの回収や円への換金が必要になり、運用のための作業は煩わしい。

よろづ屋事務局が行っているのは、メーリングリストの管理と月1回、新規参加への説明会くらい。池辺さんは「無理をしないようにしている。管理しないとできない仕組みは続かない。参加者同士のコミュニケーションが自然に回れば、事務局はほとんど何もする必要はない」と言う。

理想だけでは根づかなかった地域通貨。だがより楽しく、より使いやすく、よりメリットがあれば普及するのかもしれない。企業が持続可能な事業として取り組むのもありだ。

シモキタ発の電子マネー

電子マネーでありつつ、使える場所を地域に限れば地域でお金が循環するのではないか。東京・下北沢で9月27日から運用が始まった「シモキタコイン」が目指すのは、そんな狙いを持った電子地域通貨だ。

「シモキタコイン」の鎌形渉社長(34、左)、「アイラブ」の阿部達哉取締役(31、右)(撮影:八尋伸)

「利用者にとってはチャージが簡単でポイントもつく。加盟店は支払いを受けた使用済みコインを円に戻すことができるから店舗や会社でも使いやすい。目標は下北沢にある約1000軒の店の7割まで普及させること」。「シモキタコイン」の鎌形渉社長(34)がこんなビジョンを描く。

導入した飲食店DUKE CAPOの統括店長、廣田孔明さん(34)は「地産地消の趣旨に賛同した。電子マネーは導入したいと思っていたが、種類がありすぎるし端末が高い。そんなところ、シモキタコインのような小さな通貨があっていいと感じた」という。

DUKE CAPOの統括店長、廣田孔明さん(34)(撮影:八尋伸)

「シモキタコイン」はシステム開発などを手がけるパイプドHDのグループ会社。同じグループ会社の「アイラブ」が2014年10月からアプリ「I LOVE 下北沢」を運営し、「下北沢カレーフェスティバル」「はしご酒イベント」などのイベントも開いている。

「I LOVE 下北沢アプリ」に円をチャージし、1コイン・ポイント=1円として、QRコードで決済する。支払い履歴などは、ブロックチェーン技術で管理する。導入側は、スマホ、タブレットで扱えるから高額端末は不要で、個人商店でも導入のハードルが下がる。一方、ユーザーはチャージ時に1%、加盟店での買い物や飲食の決済時に1%のポイントを得ることができる。「シモキタコイン」は3.5%の決済手数料を得る。

シモキタコインの決済画面(撮影:八尋伸)

前述したように地域通貨として積極的に使われ流通することを目指すから、コインの有効期限は1年、ポイントは90日。「シモキタコイン」は、下北沢の商店街での取引規模は年間600億円ほどと推計。8000人のユーザー獲得、年間10億円の決済で持続可能な事業になると考えている。

下北沢は渋谷、新宿からそれぞれ京王井の頭線、小田急線で10分ほど。駅からクモの巣のように広がる商店街には地場の飲食店、古着屋や劇場、ライブハウスが密集する。「アイラブ」の阿部達哉取締役(31)は「個人商店や個性的な店が密集している雰囲気が下北沢の魅力。一方、個人商店が多いだけに、IT化は遅れていた」という。そこに登場したキャッシュレスの地域通貨。鎌形社長は「店舗外からの事前注文・決済、路上ライブの投げ銭など用途を広げたい。下北沢で成功事例を示すことができれば、他の地域でも同じモデルを展開できる」という。

下北沢の商店街には老若男女、行き交う人が絶えない。ひるがえって、地方はどうだろうか。

福岡県柳川市の川下り(撮影:田中徹)

福岡県の南部、柳川市。ウナギ料理や市内を流れる掘割を使った川下りで知られる。人口約6万7000人。全長1キロ弱の旧市街、柳川商店街にかつて250はあったという商店も、いまは60店舗ほど。商店街の若手、衣料品店を営む甲木健太郎さん(42)は「廃業した店舗が多くて、これほどかという感じ。廃業の理由は後継者不足と高齢化がほとんど」という。福岡への買い物客流出と郊外型大型店の出店により、多くの地方都市と同じくシャッターを閉じた建物が目立つ。そんな地方都市で、地域通貨を併せて導入した行政ポイントと融合させ、地域内でのお金の循環、住民の社会参加を促そうと2015年度に導入されたのがICカード式の「やなぽ」だ。

やなぽのカードと支払い風景(撮影:田中徹)

「やなぽ」導入までの3年間、市や商工会議所、主に50歳以下の「若手」商店主を中心に勉強会を重ねた。柳川市産業経済部の川原洋一課長補佐(48)は会合で、「このままじゃ商店街はぜんぶ潰れますよ」と呼びかけたことを覚えている。「では、行政は何をやれるのか」と、他の自治体の例も参考に考えたのが、行政ポイントの相乗りだった。

100円の買い物で1ポイントが貯まり、ポイントを買い物に使えるという点は、多くのポイントシステムと変わらない。特徴は、ボランティアや検診など市のイベントに参加するとポイントが付与されること。子どもが生まれると「出生おめでとうポイント」も。70歳以上であれば1日1回、来店時に1ポイントを付与。本人同意の上、一定期間来店がない場合、安否確認を行う。

「やなぽ」事務局で、米穀店を営む北島英和さん(49)は、42歳の時に父を亡くし、サラリーマン生活を送っていた大阪からUターン。家業を継いだ。米穀店の仕事は7割が業務店への卸し。「昔からの付き合いで、なんとか経営ができている」という。「大阪にいたときは、どこに行っても若い人がいた。柳川だとどこに行ってもお年寄りばかりで」と苦笑する。

「やなぽ」事務局で、米穀店を営む北島英和さん(49)(撮影:田中徹)

「やなぽ」で高齢者の安否確認まで行ったのはこれまで数件。旅行に行っていた、グループホームに入った――などが理由だった。幸い大事に至ったケースはなく、こんなことからも、行政と住民のコミュニケーションが生まれる。高齢化率が30%を超えるなかで、市や事務局は「やなぽ」を高齢者が「外に出るきっかけ」にしたいという。行政ポイントとの相乗りは行政と住民の距離を縮め、また住民の社会参加の道具として機能する。結果としてカード会員が増え、お金が地域内で循環するきっかけにもなり得る。

北島さんは、大阪から柳川に戻り「10年後も商売できるような体制をつくりたかった。『やなぽ』のような事業に取り組めるのもやりがいがある」とも言う。カード会員は市人口の約半分、3万人を超えた。柳川は全国の自治体から関心を集め、いまも視察が絶えないという。

(写真:アフロ)

2012年12月から、「戦後最長に迫る景気拡大」(2018年度経済財政白書)が続いているという。柳川の北島さんが、こんなことを言った。「景気が良くなったという実感はまったくないですね。都市と地方の二極化を痛感します」

その理由の一つは、お金の循環が途切れ、また一方通行だからなのかもしれない。地域通貨は、そんないびつな循環を変える小さなきっかけ、「円」とは異なる持続可能な地域社会づくりへの期待となっている。

よろづ屋事務局の池辺潤一さんの言葉が印象的だ。「一人で社会は変えられない。コミュニティーならできることはある。仲間がいると楽しいですよ」。地域通貨を成功させる秘訣は、こんなところにあるようだ。


田中徹(たなか・てつ)
新聞社社員。1973年、北海道生まれ。著書に『AIの世紀 カンブリア爆発――人間と人工知能の進化と共生』(さくら舎)、共著に『頭脳対決!棋士vs.コンピュータ』(新潮文庫)など。@TTetsu

[写真]
撮影:八尋伸
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝