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時事

大関・栃ノ心の「強さ」の源泉、「ワイン発祥の地」ジョージア

2019/05/04(土) 09:34 配信

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2018年1月に大相撲初場所で優勝を果たし大関に昇進した栃ノ心の出身地として、一躍有名になったジョージア(旧グルジア)。コーカサス山脈の南麓、カスピ海と黒海の間に位置し、北側ではロシア、南側ではトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接する。古来より交通の要衝であり、幾度も他民族支配の危機に瀕しながら、キリスト教信仰やワイン醸造に代表される伝統文化を維持してきた。ただし、旧ソ連からの独立以降は、領土問題を間に挟んで隣国ロシアとの緊張関係が続く。栃ノ心と友人関係だという、レヴァン・ツィンツァゼ駐日ジョージア大使(2019年2月に離任)に話を聞いた。(時事通信/Yahoo!ニュース 特集編集部)

【65秒でわかるジョージア】

強さの秘密はジョージア料理にあり

――栃ノ心とはいつから友人なのか。

栃ノ心と初めて会ったのは、私が駐日大使に就任した2013年のこと。それ以来、ずっと仲の良い友人です。(栃ノ心と友だちになる前は)相撲ファンではなく、あまり相撲を見たことはありませんでしたが、(栃ノ心などをはじめとする)ジョージア人力士が何人かいるので見始め、今ではすっかり相撲の大ファンになってしまいました。

ジョージア出身力士の栃ノ心(左)らの写真を手にするジョージアのレヴァン・ツィンツァゼ駐日大使(写真:時事)

栃ノ心はとっても料理が上手なんです。栃ノ心の作った料理を食べる機会が何回かありました。難しいスープ料理であるチャカプリなど、何品もジョージア料理を作ってくれて、どれもとてもおいしかったです。なぜ栃ノ心は強いのかと聞かれることが多いのですが、「ジョージアのチーズ、ヨーグルト、ワインをずっと食べて飲んできたからでしょう」と答えています。

ジョージア料理のチーズ入りパン「ハチャプリ」(写真:時事)

ジョージアの国土は北海道よりも狭いものの、気候は地域によって多様です。ヨーロッパで一番高い山並みのコーカサス山脈、亜熱帯地方、半砂漠などもあり、大変ユニークな国です。そのため、料理の多様性も生まれます。土壌が豊かで、野菜なども良く育ちます。

和食にもよく合う、ジョージアワイン

――2013年、ジョージアの伝統的なワイン製法が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された。

認定された伝統製法は、「クベブリ」と呼ばれる粘土製の卵型の壺(つぼ)の中に皮や種、茎ごとブドウを入れ、数カ月間、自然に発酵・熟成させ、地中で貯蔵するものです。白ワインは、琥珀色をしており、とてもきれいな色です。

ボトルが特徴的なジョージアワイン。ワイン発祥の地とも言われている(写真:時事)

ジョージアの伝統的なワイン製法がユネスコ無形文化遺産として登録されたのと同時に、日本の和食も認定されました。せっかくの縁なので、当時の林芳正農水相と相談して、15年のミラノ万博のフードエキスポでジョージアワインと和食のイベントを開催しました。このイベントで、ジョージアワインは和食に良く合うと分かりました。

もっと両国の交流が活発になればいいなと思っているのですが、現時点で日本から首都トビリシへの直行便はなく、イスタンブール経由、ドーハ経由で15~17時間です。ジョージア代表も出場する19年のラグビーワールドカップでは、チャーター便を飛ばせるとよいのですが。計画は進めています。

2018年6月に日本で行われた日本対ジョージア戦。日本代表が28対0で勝利した。(写真:AFP時事)

――日本国内での正式呼称がジョージアになって4年経った。

2015年4月、日本政府がわが国の呼称をグルジアからジョージアに変更しました。私の大使在任中のことで、大変誇りをもっています。もちろん、ジョージア政府は私の大使就任以前から国名変更を要請していました。ただ、実際に日本政府が対応したのは、14年10月にマルグベラシビリ大統領(当時)が日本を訪問した後のことです。大統領の訪問も(私が)準備しましたので、そこからさほど時間を置かずに(国名変更という)結果が出て、非常に誇りに思っています。

2014年10月のマルグベラシビリ大統領(左)の訪日を契機に、翌年の呼称改称に向けた動きが一気に進んだ(写真:AFP時事)

ロシア語読みのグルジアから英語読みのジョージアに変わったと報道されることもありますが、ちょっと違います。実は、グルジアはイランの言葉からきています。つまりペルシャ語由来のグルジアから国際的名称のジョージアに変わったのであり、ロシア語読みから英語読みに変わったわけではないんです。

――ジョージア文字は特徴的なかたちをしている。

ジョージアのアルファベットには「ムルグロヴァニ」「ヌスフリ」「ムヘドルリ」という3種類の表記体があり、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。成立は2000年以上さかのぼるという説があります。今も昔と同じ文字を使い、言語も同じように話されているため、例えば5世紀の小説を普通に読むことができるんです。

ジョージア大使館のプレート。最上段がジョージア文字。丸みを帯びた文字が多い(写真:時事)

隣国ロシアとの関係改善に課題

――08年、ジョージアの南オセチアでロシア軍と軍事衝突する事態となりグルジア紛争が起きた。

隣国ロシアとジョージアの関係が悪くなったのは、08年ではなく、1990年代の初め頃からです。われわれは、ジョージアのアブハジア、南オセチアという2つの地域がロシアに不法占拠されていると問題視しています。占拠されている地域は、国際的な監視団体が監視できる状況にないなど、法の支配の問題が非常に深刻となっています。

90年代初頭ごろから、両地域では50万人ほどの難民が発生しています。もともとの住民たちにとっては、殺されるのを避けるために、避難するという選択肢しかありませんでした。避難したあとで、占拠された地域に戻った人もいるにはいますが、自由に動けないなど非常に制約の多い状況下に置かれています。

ロシア軍がジョージア(当時の日本での呼称はグルジア)領内に侵攻した「グルジア紛争」から10年目を機に首都トビリシで行われた戦没兵士の追悼式=18年8月(写真:EPA時事)

2012~13年あたりから、ジョージア政府はロシアとの緊張を避けようと、文化、経済、人道的な分野で協力し始めています。17年には約100万人のロシア人観光客がジョージアを訪問しましたが、大きな問題は発生していません。ロシア人がジョージアのことを好きになっているんです。

でも、それにも限界があります。やはり、国家レベルでお互いの主権、確定された国境を尊敬しあうのが非常に大事です。われわれの目的は、難民がもともと住んでいた所に安全に戻って、不自由なく生き続けられるような状態までもっていくことにあります。まずは、国際的な監視ができるメカニズムを作らないといけないと思います。少しでも早く、ジョージアが再度、一体となることを信じています。


ジョージアとは:
ユーラシア大陸のコーカサス地方にある西側を黒海に面している国。面積は日本の約5分の1の大きさ。人口約390万人。西暦337年、世界で2番目にキリスト教を国教化した。その後、ペルシャ、モンゴル、帝政ロシアなどの周辺諸国から侵略を受けたが、宗教と独自の言語を保持してきた。1991年、旧ソ連の崩壊に伴い独立。03年の「バラ革命」の結果、民主化が推進された。

レヴァン・ツィンツァゼ氏の略歴:
1969年、トビリシ生まれ。長年、物理・数学理学の研究に携わり、95年~2003年は広島大学、大阪大学、京都大学、05年~12年は筑波大学でも教鞭を執る。その後、グルジア文部科学省科学技術部局長などを経て13年12月から駐日大使。

ジョージアの料理:
パンが有名。中でも「ハチャプリ」と呼ばれるチーズパンが人気。地方によって異なるが、パンの中にたっぷりのチーズが挟まっている。「ヒンカリ」という肉まんサイズの小籠包に似た食べ物は、ソウルフードともいえる。食べ方が独特で、手で突起部分を持って、中にある肉汁と一緒に具を食べる。

チーズ入りパン「ハチャプリ」(右)と小籠包風料理「ヒンカリ」(左)と。上はコーヒー。ジョージアのコーヒーは甘く、カップの底に残ったコーヒーの形で占いをする文化がある(写真:時事)