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驚異の過密ダイヤを守るJRの心臓部――初公開「東京総合指令室」の秘密に迫る

2019/06/28(金) 07:00 配信

オリジナル

東京の街に張り巡らされた鉄道網。その路線の数は「世界一」だ。首都圏でJR42路線、私鉄など91路線、地下鉄15路線。合計148もの路線が、脳神経のようにつながり、一日延べ4000万の人たちを運び続けている。時間の正確さも世界で類をみない。複雑で過密な東京の鉄道はどのように運行され、ダイヤが守られているのか。首都圏の鉄道運行を支える「JR東日本 東京総合指令室」の秘密に迫った。(取材・文=NHKスペシャル「東京ミラクル」取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)

総合指令室 壮絶な一日の始まり

「ピロロピロロピロロ!」――。4月11日、朝6時41分。指令室に大きな警告音が鳴り響いた。最大級の警戒を呼びかける「防護無線」だ。指令室の空気が一気に張り詰めた。京浜東北線を担当する指令員が大声を上げる。

「京浜東北線、神田駅北行大宮方面行き電車で人身事故発生!防護無線受信した列車はその場で停車願います」

防護無線とは人身事故などの緊急時に乗務員などが発信する、周囲の列車に危険を知らせる無線のこと。受信した付近の列車は、二次被害を防ぐために全て停止することになっている。事故が起きた京浜東北線だけでなく、周辺を走る中央線、山手線、総武線など5路線の列車が停止した。

すでに通勤時間帯に差し掛かっている。都心の大動脈がことごとく止まり、指令室には、大混雑の駅の係員や列車の乗務員から、切迫した声で問い合わせが殺到する。総武線の車掌から連絡が入った。

「ただいま錦糸町停車中ですが、今後の運転計画など教えてください」

指令員が早口で答える。

「御茶ノ水までは時刻通りに参ります。御茶ノ水発車後につきましては、いったん確認を取り指令から連絡行います、どうぞ」

このとき、中央線と総武線のブースにいた指令員は15人ほど。指令室のあちこちで指示の声が飛び交う。声と声が重なり、自然とボリュームが上がる。担当以外の路線の情報にも耳をそばだてながら、いかに短い時間で運転再開を判断し、指示を的確に伝えられるか。間断なく寄せられる問い合わせに、指令員は少ない言葉数で簡潔に指示を出すことが求められる。指令員指導グループリーダーの川上和成さんは言う。

「駅員や乗務員など現場と連絡を密に取り、いかに正しく状況を把握するかが第一です。時間をかけすぎれば、お客様にご迷惑をおかけする。必要な情報を瞬時に見極め、判断する力が何よりも重要です」

「JR東日本 東京総合指令室」は首都圏の列車運行を束ねる心臓部だ。これまでにほとんど取材されたことはなく、撮影が許可されたのは初となる。

指令室の広さは約3800平方メートル。テニスコートの面積の約15倍になる。所属する指令員は総勢550人。首都圏の24路線それぞれの運行管理をするブースが設置され、山手線、京浜東北線など路線ごとに担当者が振り分けられている。多い時には150人ほどが同時に業務にあたる。

指令室の中心にある巨大なモニターには、ピーク時で数百本以上の列車の運行状況が映し出される。指令員は担当する路線の動きに目を凝らし、さまざまなトラブルで遅延が発生すると、列車や駅に指示を出す。遅延をできるだけ速やかに回復させるのが使命だ。

全ての列車運行の基準となるのが、列車運行図表=ダイヤグラムだ。縦に駅名、横に時刻。スジと呼ばれる斜めの線が列車の動きを表す。小さな記号に目をこらせば、秒単位で動いていることがわかる。

新宿駅を10時31分50秒に出発する中央線の快速・1007H(オレンジの線)は、三鷹駅に10時48分50秒に到着。その間に9本の上り列車とすれ違う。三鷹駅では、後続の特快待ちをするために3分30秒停車、そのあと立川方面に向かうダイヤになっている

この秒刻みのダイヤを守るのは至難の業。定時運行を妨げるさまざまなトラブルが発生するからだ。トラブル発生のたびに、指令室は壮絶な現場となる。

延発実施 なぜ遅れているときに電車は止まる?

冒頭の京浜東北線の事故発生から5分後、停止していた路線のうち、真っ先に総武線が動き出した。しかし、一部区間で併走する中央線はまだ止まったまま。こうなると、普段は中央線を利用する客が総武線に流れ込むはずだ。

このとき、総武線の秋葉原駅では――。同駅は総武線のほか、山手線、京浜東北線、地下鉄日比谷線も乗り入れ、さらにはつくばエクスプレスの始発駅でもある、都心の一大ターミナル。千葉方面、茨城方面から都心に向かう人たちの玄関口となる駅だ。降りる客と乗る客の両方が多く乗車に時間がかかるため、普段でも遅延が発生しやすい。

総武線のダイヤでは、秋葉原駅での停車時間は60秒と決められているが、通勤ラッシュ時は大幅に超えることも珍しくない。さらに、人身事故の影響で総武線のホームは、みるみるうちに人であふれていく。

朝7時を過ぎ、本格的な通勤時間帯に入ると総武線の遅延はじりじりと広がっていった。指令室のモニターには、各駅の遅延が秒刻みで表示されている。当初は30秒ほどだった秋葉原駅での遅延が1分を超えた。

ここで指令員は「延発」の決断を下した。延発とは、駅での列車の発車時間を延期して電車を止めてしまうこと。なぜ遅れているにもかかわらず、さらに列車を止めるのだろうか。指令員の吉村良雄さんは言う。

「お客様に分散して乗っていただき、それ以上遅れが波及しないようにするためです」

遅延で列車の間隔が空くと、その間にホームに客がたまる。そこに遅れている列車が来るとホームにたまった客が押し寄せ、さらに遅延が拡大してしまう。そこで前を行く列車を駅で待たせ、遅れている電車への集中を避けるというわけだ。

例えば総武線は、朝の通勤時間帯は2分30秒間隔で運行している。その間隔が空くとその間にホームに客がたまってしまうため、前の列車を待たせて、客の集中を避ける措置が延発だ

この時間、同時に走っている総武線は50本以上もある。その間隔をすべて見比べ、素早く整理を施さねばならない。こうした間隔調整はコンピューター任せにできない。すべて人力である。各駅での乗客の増え方や他線の混雑など、めまぐるしく変わる状況を常時把握しながら、正確な判断を下さなくてはいけないからだ。さらに、延発する列車の乗客への影響を最小限にするため、いかに少ない延発で効果を出せるか。指令員たちは、遅延の拡大を食い止めようと、矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

再びの防護無線発報

7時45分。指令室で再び防護無線が鳴り響いた。

中央線の荻窪駅付近で、強風で飛ばされた傘がパンタグラフに引っかかった。人身事故で乱れたダイヤに追い打ちをかける事態。運転を再開したばかりの中央線が再び停止してしまった。指令員が切羽詰まった声で、トラブルの起きた現場に指示を出す。

「携帯電話とたこ取り棒を持ちまして、現場着きましたら指令まで連絡をお願いいたします」

パンタグラフに引っかかった傘

通勤時間帯でも最大のピーク時を迎えている。総武線の遅れはとうとう20分を超えた。中央線、総武線のブースには遅延の少ない他の路線の指令員が次々と応援に駆けつける。

指令員は赤鉛筆で、スジの一部を塗りつぶし始めた。最終手段である「運転取りやめ」を決断したのだ。

総武線「下り」の終点・千葉駅到着後、折り返して「上り」(都心方面行き)となる列車は28分遅れている。遅れたまま折り返させると、上り線にまでダイヤの乱れを持ち込むことになる。指令員は、折り返して走るはずだった列車を運休させ、代わりに、その車両をその後に出る列車として、定刻通りに走らせることにしたのだ。

定刻通りのダイヤに回復させるためには、運転の取りやめは有効な手段。しかし、輸送力は落ち、運休する列車に乗るはずだった利用者には多大な影響を与えてしまう。ダイヤ回復か乗客の利便性か、二律背反の難しい決断だ。指令員の中で計画係と呼ばれる専門の熟練指令員だけが、運転取りやめの判断を下すことができる。前出の吉村さんは話す。

「点数で言うと100点満点はないと思います。お客様にちゃんと時刻通りの列車をご利用いただくというのが、指令員の使命です。その使命に向け最大限の努力をしていくしかありません」

吉村良雄さん

早朝からの人身事故と傘のトラブル。この日、総武線の遅れは最大で30分を超え、運休は数十本に上った。総武線のダイヤが回復したのは、人身事故から6時間後のことだった。

最も遅延の発生する駅 秋葉原の工夫

定時運行を妨げるさまざまなトラブルは何が原因で起きているのか。東京圏のJR・私鉄など45路線の遅延原因について示した国土交通省の2017年の資料によると、10分未満の遅れのうち、車両故障などの「部内要因」は約3%。約97%が利用者に関連するものなど「部外原因」だった。駆け込み乗車や荷物挟まりなど利用者マナーに起因するものは60.4%を占める。

鉄道のダイヤを研究している日本大学生産工学部の富井規雄教授はこう指摘する。

「列車の遅延の最大の原因は、駅での発車が遅れてしまうことです。駅や列車内のアナウンスで、『駆け込み乗車はおやめください』と流れますが、ひとつの駆け込み乗車が積もり積もって大きなダイヤ乱れを引き起こすこともあるのです」

少しずつ積み重なるダイヤの乱れを解消するために、鉄道会社はさまざまな工夫を凝らしている。そのひとつが、乗客が列車を待つ整列ラインの引き方。秋葉原駅ではラインを従来よりも40センチ後ろに下げた。

すると、列車から一旦降りて再び乗り込む客が待機するスペースが生まれ、降りる客の導線をふさがず、速やかな乗り降りができる。40センチ以上下げてしまうと、今度は列の後ろを通る人たちの導線をふさいでしまう。半年の試行錯誤の末、最適解を探り当てた。

発車チャイムの鳴らし方は総武線全体で研究してきた。チャイムを鳴らしてから列車が発車するまでの秒数を2年以上にわたって計測。発車チャイムの回数、駅放送のタイミングを変えたパターンで試行錯誤を重ね、最短時間で客が乗り込むパターンを見つけ出した。秋葉原駅での発車のチャイムはワンコーラスしか鳴らないというリズムが乗客に定着し、強引に乗り込もうとする人が大きく減っているという。

こうして秋葉原駅は1年間で停車時間を12秒短縮することができた。担当した一人、秋葉原駅営業主任の小池賢一さんはこう胸を張る。

「1秒でいいから停車時間を縮めていこうとセンチ単位、秒単位で工夫を重ねてきました。駅員、車掌、運転手が一丸となって努力した成果です」

こうした取り組みは、総武線の他の駅にも広がった。その結果、朝のピーク時における秋葉原駅発車時点での遅延時間の平均は、1年前に比べて1分24秒も少なくなった。

関東大震災が生んだ過密ダイヤ

過密ダイヤの中で時間の正確性を保つ東京の鉄道網だが、昔からそうだったわけではない。日本に初めて鉄道が通ったのは、1872(明治5)年。当時の時刻表の注意書きにはこうある。「なるべくだけ遅滞なきよう執り行うべし」。できるだけ遅れないように、努力はする。この時代、数十分の遅れは当たり前だったと、当時の記録には残されている。

大きな転換点は1923年の関東大震災。被災者が郊外に移住し、都心に通勤する人々が増えた。企業が数多く設立され、サラリーマンが増えたのもこのころ。私鉄が続々と都心で開業し、東西南北に「東京圏」を広げていった。

電車の乗客数は大正年間の10年余りで、15倍に急増。満員電車が深刻化し、輸送力アップが必要になった。しかし、当時の国鉄は国策により、東京より地方の路線を整備することを優先した。さらに私鉄各社も資金に乏しく、使える用地も少ない東京で線路やホームを拡張するには、限界があった。できることは、数少ない線路の上に、最大限多くの列車を走らせること。こうして現代につながる過密ダイヤが生まれた。

当時の国鉄に「定時運行の神様」と呼ばれる男がいた。結城弘毅(ゆうき・こうき)だ。1908年、長野機関庫主任となった結城は、20~30分の遅れが当然になっている管内の列車を見て、改善に着手した。当時は蒸気機関車の時代だ。

まずは、沿線の景色のうち、夜でも目印になる物体を数多く記録。次に、機関士たちに正確な時計を持たせ、時計を見ながら正確な時刻に目印を通過するようにさせた。

結城弘毅(提供:鉄道博物館)

また、線路のジョイントの音や風景の流れるスピードから列車の速度を読み取ったり、石炭のボイラーへの投げ込み方、たき方、蒸気の上げ方を研究したりしながら、定時運行の実現を目指した。そしてその研究の成果を部下に指導し、徹底していった。

1929年には鉄道省の運輸局運転課長となり、国鉄全線の運転の指揮を執る立場になった結城は、全国レベルでの定時運行を追求した。結城は、こんなことを言っている。

「運転人は、分ではなく、秒を守れ」

その精神は今も息づいている。例えば、運転士のブレーキの技術。駅で止まる際、ギリギリまでスピードを下げず、ホームに入るタイミングで一気にブレーキをかけてから少しずつ緩め、乗り心地を確保しながら、数センチも違わずホームに止まる。このブレーキ技術は戦前から日本で脈々と育まれてきた。スピードも確保しながら、整列ラインにピタリと止まるため、乗客の乗り降りもスムーズになる。この技術をマスターすると、数十秒の時間を短縮できるという。

国鉄時代から使われている運転士の技能試験のための装置。厚さを微妙に変えた金属の棒が並ぶ。運転席に置き、分厚い棒が倒れるほど、大きな減点となる

鉄道史が専門の青山学院大学経済学部の髙嶋修一教授は、東京の鉄道網は「ミラクル」だと言う。

「ヨーロッパでは6本8本と線があって、電車が遅れても横を追い抜いていけばいい仕組みになっていますが、日本はそうなっていません。ギリギリの綱渡りでうまくやっていく、職人芸みたいなものです。利用者側もどういうふうに体をくねらせればスムーズに乗り込めるようになるかなど、暗黙知としてよく知っているわけです。鉄道会社、乗客、両者の努力が破綻なく組み合わさってギリギリで成り立っているのがある意味、ミラクル、奇跡的といえます」

「朝の1時間」に莫大なコスト

複雑さ、正確性への追求に加え、首都圏の鉄道のもう一つの特徴は満員電車である。路線によって時間帯が変わるが、通勤・通学の乗客が集中する朝の1時間のために、鉄道会社は莫大なコストをかけている。

前出の富井教授はこう指摘する。

「東京に人が集まっており、しかも朝の1時間に集中して電車を使うという状況にある。二重の意味で東京の鉄道には人が集中しています」

日本大学生産工学部の富井規雄教授

例えばJR総武線の場合、7時34分から1時間の運行本数は、その前後1時間に比べ10本多い。それでも乗車率は200%近くになる。前後1時間は10本少ないのに乗車率は150%程度だ。富井教授の試算では、この1時間への乗客集中により、必要になる車両の価額は総武線だけで150億円相当だという。車両だけでなく、混雑対応のための駅員の増員、ホームの拡張工事にも多額の費用がかかる。富井教授が続ける。

「混雑を少しでも緩和させるために、コストをかけてあらゆる手立てをとっている。そのコストは鉄道会社が負担するだけでなく、税金や運賃増として利用者に跳ね返ってくる。朝の1時間の通勤ラッシュは、鉄道会社と利用客の双方が損をしているのではないでしょうか」

国勢調査によると、東京都の昼間人口は1995年から2015年までの20年間で約135万人増えている。郊外から人々が一斉に同じ時間に動き出す東京。「ミラクル」の上で成立している過密ダイヤは、東京一極集中の裏返しでもある。

4月下旬。再びJR東日本の東京総合指令室を訪れた。朝8時16分、この日も次々にトラブルが報告される。

「車内急病人が発生し、現在も救護活動行っています」
「駅係員から情報がありまして、お客様同士のトラブルだということで対応行っており、2分延で発車しております」

総合指令室の時間との闘いは続いている。過密ダイヤに続出するトラブル。それでも、首都圏の鉄道は、1日延べ4000万の人たちを確実に目的地まで運び続ける。都市別で世界最大のGDPを生み出す東京は、複雑かつ正確な鉄道網なしには機能しない。

総合指令室の指令員を指導する前出の川上さんは仕事のやりがいをこう語る。

「トラブルが発生し、対策を打ち出し、早く遅れを解消できた時は、何よりの達成感があります。短い時間と限られた情報の中で判断し、指令員、駅員、乗務員に周知をして一丸となって同じ方向を向くのは非常に難しいことではあるのですが、その先にお客様がいます。お客様のために何ができるか、力を尽くしていきたいと思います」


NHKスペシャル「東京ミラクル 第2回 巨大鉄道網 秒刻みの闘い」は6月29日(土) 午後9時00分~9時49分放送(NHK総合)。

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