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殿村誠士

「僕なんかはただのミーアキャットですから」――MCへ「化けた」、東野幸治の程よい距離感

2020/06/07(日) 09:05 配信

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バラエティからニュース番組まで、幅広いジャンルでMCを務め、レギュラ―は12本を数える芸人・東野幸治。しかし、CMはゼロだ。少し前までは芸人仲間から「人の心がない」「サイコパス」などと恐れられていた要注意人物でもある。東野とはいったい何者なのか。(取材・文:ラリー遠田/Yahoo!ニュース 特集編集部)

常にキョロキョロしてるだけ

「例えば、不倫スキャンダルを起こした俳優がゲストで来たとして、何も突っ込んだことを聞かずに終わったら僕の仕事は減っていくでしょう。僕はたまたまそういうところを持ち場としているんだから、そこでがんばっていくしかないな、っていう感じです」

東野幸治、52歳。今の主な仕事は司会業だ。番組の性質に合わせて少しずつキャラクターを変えて、ディレクターの要求にはきっちり応える。職人気質のテレビタレントである。

「僕なんかはただのミーアキャットですから。スタッフがいったい何を求めてるのか探して、常にキョロキョロしてるだけです。それでコツコツ信用を得て、仕事を頂けるんだと思っています」

ときにはトーク番組で相手が聞いてほしくないようなことをズバッと聞くこともある。東野がそれを躊躇なくできる理由の1つは、芸能界に対する程よい距離感だ。吉本の芸人以外では芸能界に友人や飲み仲間もほとんどいないため、嫌われても気にならない。それよりもMCとしての職務を果たすことを優先する。

ただ、今でも東野には「やるときはやる」という危険な香りが漂う。品川祐や西野亮廣など、自己主張の強い後輩芸人たちをニヤニヤ笑いながらイジり殺していくときの東野の暴走は誰にも止められない。だが、それさえも「たまにしか怒ってないですけどね」と本人はあっさりしたものだ。

「たしか上岡龍太郎さんがおっしゃってましたけど『僕はすぐに怒るイメージがあるけれど、実は年に1〜2回しか怒っていない。でも、そうやって年に1〜2回怒っておけば、ずっとそのキャラクターでいける』って。僕は上岡さんがテレビでキレてるのが大好きでしたから、そういうのが体に染み付いているのかもしれないですね」

「450円もくれんねや」

東野が笑いの世界に足を踏み入れたきっかけ は、高校時代に友人に誘われ出かけたお笑いイベント。そこで、若手芸人向けの新しい劇場ができることを知る。観客にはボールペンが配られ、「今度劇場ができるから、ネタを作ってオーディション受けに来たら?」と声をかけられた。

芸人になるつもりはなかったが、軽い気持ちで新しい劇場に通い始める。その劇場こそが、のちにダウンタウンなど多数の若手芸人を輩出する心斎橋筋2丁目劇場だった。東野は月2回ネタ見せに行き、ライブにもたまに出るようになる。最初に出演料として450円が支払われたとき、高校生の東野は素朴に驚いた。

「450円もくれんねや、って。あの常勝軍団の吉本興業が(明石家)さんまさんや(島田)紳助さんと同じ経理を通して、ちゃんと明細まで作って僕に給料くれるんや、って。もともとお金をもらおうっていう発想がなかったから嬉しかったです。その頃は自分がお笑いをできるなんて思ってないし、ずっと続けていくとか、東京に行くなんていう発想は全然なかったです」

2丁目劇場でダウンタウンに出会い、彼らの出世作となった伝説の大阪ローカル番組『4時ですよ〜だ!』に出演。ダウンタウンが大阪で徐々に売れっ子になっていく過程を目の前で見てきた。その後、ダウンタウンが東京進出を果たすと、東野も今田耕司らと共に『ダウンタウンのごっつええ感じ』などに出演するようになった。

「ダウンタウンさんがスターになっていく間、面倒なことは全部上の人がやってくれるし、守られていたから、僕らはせっせと目の前のバラエティ番組を楽しくやったらええ、面白くやってたらええ、っていう感じでした」

お金がないからみんなイライラする

『ごっつええ感じ』が終わると、東野はダウンタウンの傘の下から離れて、東京のバラエティ番組で武者修行を繰り返した。『笑っていいとも!』では、今までダウンタウンの番組で見てきたコアなお笑いファンとは全く違う、平日の昼の客層に驚いた。華やかな文化祭のような雰囲気の現場だった。『行列のできる法律相談所』では、昔から憧れていた島田紳助の司会術を間近で見届ける機会を得た。ここの観客の雰囲気は『笑っていいとも!』ともまた違っていた。

「『行列』のお客さんは若い人もおっちゃんおばちゃんもいて、テレビを見ているお茶の間そのままの感じでした。ダウンタウンさんとか我々のやっている番組のお客さんやったら、10のうちの10で下ネタ言っても笑うけど、『行列』のお客さんは笑わへんし。こんなひどい目にあったっていう話をするときのひどさ加減も、番組の客層によって笑うところが違うんやな、とか勉強になりましたね」

幅広いジャンルの番組に出演して、その場その場で臨機応変に対応していくうちに、徐々にMCの仕事が増える。かつては『ごっつええ感じ』の企画で女性アイドルにプロレス技をかけたりして暴れ回っていたが、いつの間にか芸人としてのトゲも抜けて、すっかり丸くなっていた。その変化の理由を問うと「お金ですよね」とドライな東野らしい答えが返ってきた。

「若手のときにとんがってた人が歳取ったら丸くなるのって、もらってるお金やと思うんです。お金がないからみんなイライラするんです。だから分かりやすいっちゃ分かりやすいですよ。金銭的な余裕が人を丸く丸く磨いてくれるんじゃないですか」

東野は自著『この素晴らしき世界』(新潮社)で自分を「凡人」だと言い切っている

「それは本心です。僕なんてタレントという職業に魂売ってるんで、ちゃんと真正面からお笑いに対して向き合ったりしていないですからね。ほかの芸人が時にはスベったりしながら戦っている様が愛おしかったり、格好良かったりする。いい感じに時代に取り残されているのもまた素敵だな、って。そういう人にがんばってほしいし、報われてほしいなって純粋に思うんです。そこに嘘はないです」

結果的にこんなふうになっちゃった

闇営業騒動の最中、『ワイドナショー』で謹慎中の後輩芸人を思いやった東野が目に涙を浮かべたとき、彼のことを冷酷な人間だと思い込んでいた視聴者は驚愕した。だが、彼の芸人愛だけは紛れもない本物だ。今でも、芸人の王道を行くことに対する密かな憧れはある。

「たしか赤信号のリーダー(渡辺正行)がおっしゃってたと思うんですけど『お笑いとは強さである』って。お客さんが笑ってなくても、これが面白いんだと思ってやり続けるのがお笑いである、っていうのは腑に落ちました。千鳥なんかも、自分たちの面白いと思っていることが変わっていないじゃないですか。だから東京にハマってない時期もあったけど、今はどハマりしているでしょう」

自分にもその強さがあるかを尋ねると、東野は自嘲気味に微笑んだ。

「ないです、完全にないです。そこの強さ・弱さみたいなところからずっと距離を置いてやってきましたから。成功か失敗か分からないけど、それで結果的にこんなふうになっちゃったんです」

ダウンタウンのもとで腕を磨き、バラエティ番組に出て活躍して、今はあらゆるジャンルの番組で司会業をこなす。東野は与えられた状況に巧みに適応しながら今まで生き延びてきた。

「しぶとくしぶとくやりたいですね。こんだけ周りの様子うかがってきて、一発で倒れたら情けないでしょう。やや太ーく長ーくいきたいです」

芸能界をチョロチョロと這い回る東野幸治の正体は、か弱いミーアキャットではなく、どんな環境でもたくましく生きる誇り高きドブネズミだった。


(最終更新:6/7 13:50)

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