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(写真提供:千種聾学校)

「二重の不安」をどう乗り越える――障がいのある学生の教育実習はまだ「黎明期」

2020/12/16(水) 17:45 配信

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今年はコロナ禍で延期や中止が相次いだ教育実習。学生にとっては、教壇デビュー前の大事な実践の場だ。その教育実習に、聴覚に障がいのある学生が臨んだ。「緊張の連続でした」という経験から彼が得たものとは。また、文部科学省が掲げる「障がいのある教員の雇用」は今後進んでいくのか――。(ライター・長瀬千雅/Yahoo!ニュース 特集編集部)

はじめて知る教育の現場

2020年10月下旬。愛知教育大学5年生の上田大貴さん(22)は、愛知県立千種聾学校幼稚部の子どもたちと対面した。2週間の教育実習の初日である。

「はじめまして、うえだたいきです。わたしは、耳が聞こえません。みんなの口の動きを見ないと、どんなことをお話ししているかわかりません。マスクをはずして話しかけてくれると、うれしいです」

上田さんは特別支援学校の小学部の教員を目指している。聴力レベルが100デシベル前後の重度難聴(全ろう)で、両耳に補聴器をつけて生活する。車のクラクションなどは聞こえるが、人の話し声程度のボリュームは聞き取れない。相手にできるだけゆっくり、はっきりと話してもらい、わずかに残っている聴力を頼りに口のかたちを読み取って内容を理解する。

上田大貴さん(撮影:佐藤茂樹)

上田さんは昨年も教育実習を経験している。県内の別のろう学校の小学部で、はじめての実習は緊張の連続だったという。

「職員室の様子を見て、思った以上に忙しそうだと思いました。先生方は『わからないことがあったら遠慮なく聞いていいよ』と言ってくれましたけど、あまりにも忙しそうなので聞きづらくて」

ろう学校なので手話を使う教員は多い。聴覚障がい者の教員もいる。しかし教員の多数は健聴者だ。

「職員室では、聞こえる先生同士は(手話をつけず)声でやりとりしていることも多かった。雑談だとしても気にはなります」

2度目の教育実習は、前年に積極的に教員たちに質問できなかった反省を生かし、「わかったふりをしないで、気になることがあったらどんどん聞こう」と心に決めて臨んだ。

大学3年生のときに1年間、アメリカ・ワシントンD.C.にあるギャローデッド大学に留学した。世界中から聴覚障がいの学生が集まる大学で、英語とアメリカ手話でコミュニケーションをとった(撮影:佐藤茂樹)

子どもたちとの聞こえかたのギャップ

幼稚部での教育実習はまた別の緊張があった。子どもたちとの聞こえかたのギャップだ。特に今年は、新型コロナウイルスの感染予防のために子どもたちはマスクをしている。

近年は、ごく幼いときから人工内耳を装用する子どもが多い。上田さんが受け持った5歳児クラスの子どもたちは、マスクで口元が隠れていても会話できる聴力があった。一方、上田さんは、唇の動きが見えないとまったくわからない。それで、冒頭のような自己紹介になった。

「私のためにマスクからフェイスシールドに替えてくれる子もいて、ありがたかったです。それでもやっぱり、読み取りにかなり苦労しました」

ある日の授業で、秋の遠足について話し合った。「動物園ではどんな動物を見ましたか?」「その動物はどんな動きをしていたの?」。上田さんの問いかけに子どもたちが元気よく答える。言葉を聞き逃さないように、上田さんは全神経を集中させ、対話を続けた。

教育実習で幼稚部の子どもたちに話す上田さん(写真提供:千種聾学校)

「子どもたちから、『上田先生って生まれたときから聞こえないの?』とよく質問されました。『そうだよ』と答えると『ぼくと一緒だ』みたいな感じで、子どもたちからどんどん話しかけてくれたので、うれしかったです。(教育)実習のあいだはとにかく必死で、子どもたちの言いたいことをくみ取ろうと努力しました」

ろう学校から大学へ、環境の違いに戸惑い

上田さんは幼稚部から高等部まで、ろう学校に通った。先生になりたいと思ったきっかけは、中学部の担任との出会いだった。担当教科は英語で、上田さんが所属していた卓球部の顧問でもあった。

「聞こえない子どもたちは、英語の学習を苦手とする子が多いんですが、その先生は、視覚的な教材をうまく使って教えるんです。その先生のおかげで英語が楽しく感じられて、どんどん勉強して、英検もどんどん合格しました。卓球部でも、大会の個人戦で優勝することができました。いろんな成功体験を与えていただいたと思います」

高校は、寄宿舎のある筑波大学附属聴覚特別支援学校(千葉県市川市)を選んだ。親元を離れての生活に当初は不安もあったが、同級生に恵まれ、毎日笑いながらいろいろなことを話して過ごした。「人生でもっとも楽しかった3年間」だ。

上田さんの指導教員である岩田吉生(よしなり)准教授(48)は、これまでに15人の聴覚障がい学生を送り出した。岩田さんは、ろう学校出身の学生よりも、通常学校出身の学生のほうが、自分の障がいを開示することが苦手な傾向があるという。「インクルージョンの考え方ももちろん大事ですが、それと同じぐらい、同じ障がいのある子どもが集まって、音声言語と手話を使った同じコミュニケーション手段でともに学び、自分の障がいについて理解を深め、学校生活の中でさまざまな役割を担いながら、聞こえなくてもがんばればできるという自信を育む、そういう環境をつくることも大事なことだと思います」(撮影:佐藤茂樹)

卒業後、「英語の先生になる」という夢を抱いて、愛知教育大学に進学。しかし、大学生活は、高等部までと同じようにはいかなかった。聴覚に障がいのある学生は、新入生では上田さん1人。上級生を含めても6人しかいなかった。聞こえる学生が大多数の環境に戸惑い、ショックを受けた。

もちろん、愛知教育大学には聴覚障がいの学生を支援する仕組みがある。「てくてく」という学生グループは、教員が授業で話した内容をパソコンでリアルタイムに文字に起こしてくれる。座学では非常に有効だった。

しかし、グループディスカッションでは苦しんだ。ほかのグループの話し声が入ってきて、同じグループの学生の声が聞き取れない。文字起こしをするテイカーの手が止まってしまうことも多々あった。本人も支援者もまごまごしているうちに、聞こえる人同士の会話が進んでしまう。

「(幼稚部から高等部までろう学校だったので)まわりがみんな手話を使うとか、聞こえないことへの配慮があるとか、そういう生活が当たり前だと思っていたんですね」

「てくてく」は、メンバー募集やシフト調整、研修会の開催など、学生が主体となって活動する。上級生が新しいメンバーにソフトの使い方などを教える。いろんな大学に同様の仕組みがあるが、同大の場合は有償で、メンバーは稼働した時間に応じて大学から謝金を得る(撮影:佐藤茂樹)

教員を目指す障がい学生は増加

上田さんのように、障がいを持ちながらも教職を目指して教育大学に進学する学生が増えている。特に国公立大学では、2013年に成立した障害者差別解消法で「合理的配慮の提供」が法的義務になったため、支援する環境整備が進み、学生の数が増加した。2019年時点で、全国44の国立教員養成大学・学部に521人が在籍している(文部科学省「国立教員養成大学・学部における障害のある学生の支援に関する実態調査」2020年7月)。

そして、教員を目指す学生たちの大事な実践の場が、教育実習だ。

4年次の教育実習は一般的に5〜6月に行われ、7〜8月に教員採用試験を受験する。ところが今年はコロナ禍による一斉休校で、教育実習が中止になるケースが相次いだ。

上田さんも6月に予定していた実習ができず、不安なまま夏を迎えた。幸いにして教員採用試験に合格。教育実習も、受け入れ校の協力もあって、できることになった。

愛知県立千種聾学校(撮影:亀田万太郎)

「聞こえない先生」保護者のニーズは高い

愛知教育大学の准教授で、2019年度まで千種聾学校の校長を務めた大塚とよみさん(61)は「障がいのある学生の教育実習ということでいえば、ろう学校という環境は恵まれています」と言う。

「私が(千種聾学校に)いるあいだも、教育委員会から毎年のように『(障がい学生の受け入れ)いいですか』と連絡がありました。千種聾学校にはすでに聴覚障がいのある教員がおりましたし、一人でも聞こえない教員がいればその人への情報保障が始まるわけで、一人も二人も三人も一緒ですから、どうぞどうぞと。特別支援教育全体のためにも、いい教員をとりたいですしね」

大塚さんによれば、聴覚障がいのある子どもの親から、「同じ障がいのある人に先生になってほしい」という声は多いという。

「子どもの気持ちをよりわかってくれるのではないか、子どもが迷ったときに自身の経験に照らして適切なアドバイスをくれるのではないか、そういった期待がありますよね。子どもにとってのロールモデルになることも期待されています」

大塚とよみさん(撮影:亀田万太郎)

上田さんもそうした声があることを知っている。教育実習中に、教員と保護者が1対1で話す「保護者教室」を見学した。

「そのときは家庭での絵本指導について一人ひとりにお話を聞いていったのですが、いろいろな悩みがあって、生で保護者の方の思いを知る機会になりました」

通常の学校での教育実習の難しさ

一方、障がいのある学生が特別支援学校ではなく、通常の学校での教育実習を希望すると、実現に向けてのハードルはぐっと上がる。たとえば、「車いすの学生が教育実習をしたいから受け入れてください」と言われて、ぱっと手をあげる学校がどれくらいあるだろうか。

筑波大学大学院に通う山森一希さん(26)は、大阪教育大学3年生だった4年前、地域の小学校で4週間の教育実習を経験した。

山森さんは、生後まもなく脳性まひと診断され、車いすで生活する。上肢にも少しまひがあり、細かい字を書くのはあまり得意ではない。小学校から高校までは、エレベーターのある通常の学校に通った。

教育実習をする前、実習生としての不安と障がい学生としての不安、両方があったと話す。

「実習生ってそもそもめちゃくちゃ緊張しているんです。一般的には、先輩方から体験談を聞いて準備するんですけど、僕の場合は、同じ体験をしている先輩がいなかった。車いすユーザーで実習に行った人の話を聞いたりもしましたが、自分にはぴったりとは当てはまらないんですね。『障がい学生としての不安』を解消してくれるものがありませんでした」

山森一希さん(撮影:編集部)

大学側が、山森さんの教育実習先を検討し始めたのは、実習を行う前年度からだ。受け入れ先の小学校は、エレベーターやだれでもトイレといったハード面のバリアフリー化はされていたが、教育実習で障がい学生を受け入れた経験は乏しかった。

山森さんは2年次にも、肢体不自由の特別支援学校で教育実習をした。ハード面のバリアフリー化はもちろん、コミュニケーションもスムーズだった。そういった配慮が当たり前ではない通常の学校での教育実習ははじめてだ。手探りで準備を進めていった。

実習の何カ月も前から、通勤ルートや学校内の下見をしたり、授業の進め方について教員と打ち合わせをしたりして、心配な点をつぶしていった。

車いすに乗っていると、教室内の動きに制限が出てくる。たとえば、小学校の授業というと、先生が机のあいだを歩いてまわって生徒たちを指導する様子が思い浮かぶが、車いすではそれができない。山森さんは代わりになる方法を検討し、質問があるときは自分のところに来てもらったり、指導が必要な子には自分から声をかけて呼び寄せたりすることにした。板書ができない分は、スライドとプロジェクターでカバーすることにした。

山森さんはこう振り返る。

「教育大に入ったときから教育実習があることはわかっていたし、チャレンジできるならチャレンジしてみようと思っていました。(机間指導や板書といった)指導の本質はどこにあるかを考えて、どうすればその本質が満たせるかを見つけていくのは大変な作業でしたが、一方ですごくおもしろかった部分でもあります」

(撮影:編集部)

障がい学生の進学と「支援ルーム」

教育実習を行う学生は、実習の前後にゼミ等の教員の指導を受ける。山森さんにはさらに、障がい学生支援担当の教員が加わった。

当時、支援担当だったのが池谷航介さん(46)だ。教育学が専門で、現在は岡山大学の全学教育・学生支援機構の教員である。2014年から3年間、大阪教育大学で「障がい学生修学支援ルーム」の教員を務めた。

「もとより大学進学を目指す障がい者は大勢いたわけですが、かつてはすごく自助努力が求められました。『全部自分でできるなら(大学で)受け入れるよ』という時代があったんですね。東京大学や筑波大学のように、以前から独自に障がい学生支援の部局を置いていたところもあります。それが、2013年の障害者差別解消法成立以降、法律の後ろ盾を得てセカンドウェーブ的に各大学で部局の設置が進みました」

大阪教育大学に支援ルームが開設した翌年、山森さんは入学し、直後に池谷さんと面談した。

池谷さんは、支援ルームの重要性をこう語る。

「それ以前に大学が障がい学生対応をしていなかったわけではありませんが、学生のボランティアだったり、所属したゼミの先生の厚意だったりというボトムアップ型のサポートでした。それが、専門の部局が設置されて、一本化された。入学前後から、『支援ルームでしっかりサポートするから、まずは会おう』と言えるようになったのは大きい」

池谷航介さん(写真提供:岡山大学)

山森さんは池谷さんからアドバイスを受けつつ、大学生活を送る中ですべてを自分の力でやる必要はなく、必要な支援は使いこなせばよいという考え方を身に付けていった。

教育実習にあたっては、実習校との打ち合わせに池谷さんにも同行してもらったし、直前には池谷さんの指導でプロジェクターを使った模擬授業も行った。

一例ずつ積み上げていくしかない

池谷さんいわく、障がいのある学生の教育実習は「黎明期」だ。車いすの学生が通常の学校で教育実習を行った例は、調べた限り少ないという。

「本当は、通常の学生と同じように受け入れてほしいんです。『今年の実習生は障がいがあるのね、了解』で終わってほしい。だけど、実習先は不安のほうが先立ってしまう。一生に一度当たるか当たらないかの頻度でしか障がい学生が来ないわけですから。すごく誠実な意味で、十分な実習機会を提供できるだろうかという不安なんですよね」

教育大学に在籍する障がい学生は増えているが、採用まではなかなか進んでいない。都道府県教育委員会における小学校の教員の障がい者雇用率は0.69%、中学校は1.00%にとどまる。文科省は2019年から教員の障がい者雇用の推進を掲げている。

ただし、特別支援学校を見ると、障がいのある教員の割合は4.23%。法定雇用率の2.4%を上回る。前出の千種聾学校は46人の教員のうち、聴覚に障がいのある人は5人いる。割合にすると10.8%だ。多い理由は、上田さんの教育実習の経験からもわかるように、障がいに配慮する環境があることと、保護者のニーズがあることだ。

池谷さんはこう話す。

「通常の学校では、障がいのある先生との協働に見通しがもちにくい現場はまだまだ多いと思う。社会全体が求める教師像というのも(固定的で)ある。そうした中で文科省から『障がいのある教員を雇用しなさい』といわれても、打つ手がないんじゃないか」

そんな中で教育実習は、学校現場が「障がい者をチームに迎え入れる」機会でもある。先生たちは一緒に仕事をする中でその意義や可能性を実感し、受け入れに前向きになる学校も増えていくだろう。

「そういう意味で、僕は教育実習というコンテンツに期待しています。一例ずつ積み上げていくしかない。大学側は『先生になりたい』という意欲のある学生のチャレンジを細かくバックアップしていくことが、今後も求められると思います」


長瀬千雅(ながせ・ちか)
1972年、名古屋市生まれ。編集者、ライター。

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