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Bob Garlick

なぜバンクーバーに若き才能が集まるのか――日本人の映像クリエーターも活躍

2019/10/25(金) 08:00 配信

オリジナル

2018年と2019年、米アカデミー賞受賞作品に名前を並べた2人の若い日本人アーティストがいる。彼らはカナダ・バンクーバーに住む。英語に自信があったわけではない。バンクーバーには、日本だけでなく世界中から若く優秀なクリエーターが集まっているという。彼らはなぜ、バンクーバーを目指すのか。(ジャーナリスト・津山恵子/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「スパイダーバース」のファーストクルーに

今年2月、米アカデミー賞の発表の日。アニメーション映画「スパイダーマン:スパイダーバース」が長編アニメーション賞を受賞すると、ツイッターにこんな投稿がなされた。

「Yaaaay!!! Congrats spiderverse team!! スパイダーバース オスカー獲ったー!!最初から参加したプロジェクトで、人生で思入れが1番強いプロジェクトだったので本当に嬉しい」

投稿の主は園田大也(ひろや)さん(31)。「スパイダーバース」に参加したキャラクターアニメーターだ。

同作に参加したアニメーターは総勢180人。日本人アニメーターは8人。その中でも園田さんは特に重要なシーンを担当し、予告動画にも採用された。

園田大也さん(撮影:Bob Garlick)

園田さんは2016年から、バンクーバーにあるソニー・ピクチャーズ・イメージワークス(SPI)で働いている。SPIは、映画会社ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント傘下のVFX・アニメーション制作会社である。

現在の住まいは、バンクーバー市街の中心部に近いエリアにあるアパートだ。徒歩15分のSPIのスタジオに通う。気分転換したいときは海の玄関口であるカナダプレイスに行き、青い湾と向かいの山々を眺めて過ごす。休日は、市内にあるアニメーション専門学校へスケッチをしに行く。

スタンレーパークからノースバンクーバーを眺める(撮影:Bob Garlick)

園田さんがバンクーバーに渡ったのは5年前。熊本県出身で九州大学を卒業後、福岡県のゲーム会社でアニメーターとして働いていた。小さいころから海外に行きたいとは思っていた。

「でも、英語力がないから自分には無理だろうと思っていました」

入社して3年目、同僚がマレーシアのコンピューターグラフィックス(CG)会社に転職していったのを見て、海外で働くことが一気に現実味を帯びた。園田さんは「1年後には海外へ行く」という目標を立てて、中学の英語から勉強し直した。さらに、フィリピンの英会話学校に1カ月通い、苦手意識を克服した。

「海外へ行く」といってもどこを目指せばいいのか。園田さんは、ハリウッド映画のCGプロダクションがどこにあるのかを調べていった。すると、それらがバンクーバーに集まっていることが分かってきた。

バンクーバーの観光名所、ガスタウンにある蒸気時計(撮影:Bob Garlick)

2014年、園田さんはワーキングホリデービザでバンクーバーに渡り、現地の語学学校に通いながら、あるスタジオで働き始めた。8カ月ほど働いたが、ビザの関係でそのスタジオで働き続けることが難しくなった。そこで応募したのがSPIだった。採用されたら2年間の就労ビザの取得をサポートしてくれることが決め手になった。

園田さんはSPIに自分の「デモリール」を提出した。福岡の会社を辞めたあと1カ月間、自室に閉じこもって制作した1分弱の映像だ。

「それまでに勉強したことを全て入れようと思ってつくりました。(アピールポイントは)アクティング(演技)とアクションですね。SPIで初めて参加した『コウノトリ大作戦!』(2016年)という映画のスーパーバイザー(ジョシュ・ベヴァリッジ)が、僕のアニメーションをすごく気に入ってくれたんです。ジョシュはのちに『スパイダーバース』のスーパーバイザーになった。それで僕を『スパイダーバース』のファーストクルーとして呼んでくれました」

2018年10月に米ニューヨークで開かれたコミコンに集まったファンたち(写真:Getty Images)

次のプロジェクトに自らアピール

「スパイダーバース」では、さまざまなアニメーション手法が試されている。闇社会に支配されそうな町を救うため、複数の世界からやってきた“スパイダーマンたち”が集まる。その中にペニー・パーカーという、日本のアニメに出てくるような造形の女の子がいる。園田さんはこう言う。

「日本のアニメも参照してましたね。『NARUTO』とか『フリクリ』とか。日本のアニメーションと海外のアニメーションって、ベクトルが少し違うんです。例えば日本のアニメには『タメツメ(溜め詰め)』といって、動きの緩急を強めにつけることが多い。また『オバケ』といって、動きの一部を次のコマにわざと描き残すことで残像のように見せる手法があります。今回はそういった部分をたくさん取り入れています」

アニメーターチームは多国籍。園田さんの技術やアイデアも生かされた。園田さんは「信頼してもらえて、たくさんいいショットをやらせてもらいました」と言う。

キャラクターの表情には気を使う。「そのショットの前に何をしていたのか、これから何をするのか、せりふの裏側にどんな感情の揺れがあるのかを考えます。『あなたのことが好き』と言っても本当じゃないかもしれないし。キャラクターによっても表現が異なってきます」(撮影:Bob Garlick)

CGアニメーションでは、キャラクターの動きの裏でさまざまなツール(ソフトウェア)が動いている。園田さんが担当したあるショットでのこと。体がウロコで覆われたゴブリンというキャラの動きに注文がついた。

「ディレクターから『ゴブリンがわめいているときはウロコをバタバタさせてほしい』と言われて。アニメーションで、目とか手とか、ある一部分だけを動かしたいときは、各所についている『コントローラー』を使って動かすのですが、僕のところにそのショットが回ってきたときは、ウロコにコントローラーがついていなかった。なので、ウロコ1枚1枚にコントローラーをつけていきました。普通はアニメーターはやらない作業です。でもSPIではツールをアニメーターが独自に追加していいことになっているので」

ぽちぽちとひたすらコントローラーをつけていくのに2時間近くかかった。デジタル化で表現の幅は広がったが、最後はやはり地道な作業と培ってきたセンスがものを言う。

バンクーバー市民の憩いの場、キツラノビーチの夕暮れ(撮影:Bob Garlick)

園田さんはいわゆる正社員ではなく、作品ごとにSPIと契約するスタッフだ。ひとつの作品が終われば、次に参加する作品を自力でつかまなければならない。

「スパイダーバース」制作の後半に差し掛かったころ、園田さんは、SPIのアニメーションディレクターで、上司であるリッチ・スミスさんに会いに行った。SPIが実写版スパイダーマンシリーズの最新作「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」のVFXおよびアニメーションを手掛けることを聞き、自分をチームに入れてほしいと直談判に行ったのだ。

スミスさんは、園田さんのアピールをどうとらえていたのだろうか。取材に応じてくれたスミスさんはこう語る。

「ヒロは『このショットでこういうアイデアがある』と、自分でつくった作品サンプルを持ってきたんです。それが実写版のクライアントから来ていた映像のオファーに合っていました」

リッチ・スミスさん(撮影:Bob Garlick)

園田さんはこう言う。

「アニメーションで大切なことは、現実ではできないことを、現実に起きているかのように伝えることだと思います。リアルではないんだけど、見ている人たちが確かにリアリティーを感じられるような世界をつくり出す。それがアニメーションの醍醐味だと思います」

憧れのILMへ

もうひとり、バンクーバーで活躍する日本人クリエーターを紹介しよう。

田島光二さん(28)は、2018年の米アカデミー賞で視覚効果賞など2部門を受賞したSF映画「ブレードランナー2049」(2017年)にコンセプトアーティストとして参加した。コンセプトアーティストとは、映画やゲームなどに登場するクリーチャー(生き物)や建築物、乗り物、自然・風景などをデザインする仕事だ。

デザインするといっても、架空の世界のイメージは監督の頭の中にしかない。コンセプトアーティストは、監督と話し合ってイメージをつかみ、絵に起こす。

田島光二さん(写真提供:ILM)

例えば田島さんは「ブレードランナー2049」で主人公が乗る「空飛ぶパトカー」や、未来都市の巨大ホログラムなどをデザインした。最近では、映画「ターミネーター」シリーズの最新作「ターミネーター:ニュー・フェイト」(2019年)で新しいターミネーターのデザインを担当した。

田島さんは2018年9月から、VFX制作会社インダストリアル・ライト&マジック(ILM、本社米カリフォルニア州)カナダ支社に籍を置いている。ILMは、「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカスが特殊効果を極めるために設立した会社だ。

サンフランシスコにある本社のほかに、バンクーバー、シンガポール、ロンドンに支社があり、2000人以上が働いている。アート・デパートメント(アート部門)にコンセプトアーティストは30人おり、バンクーバーを拠点にしているのは5人。限られたポジションだ。それでも田島さんは「ILMは大きいですからね。前の会社では僕ひとりしかいなかった」と笑う。

田島さんは、オフィスの窓から見える景色や、港の様子などをよくスケッチするという(提供:田島光二さん)

田島さんは東京都出身。子どものころから絵を描くことが好きだった。「アイアンマン」や「インクレディブル・ハルク」などの映画に夢中になっていた高校時代、CGの専門学校があることを知る。

「学校説明会で、卒業生にはハリウッドに行った人もいると聞いたんです。それで『これやりたい!』って」

日本電子専門学校コンピュータグラフィックス科に進学。学生時代はがむしゃらに制作した。CGイラストレーションなどの作品をSNSに投稿し、インターネット上で同業者たちと意見を交わした。

そのころ、突然ルーカスフィルムからメールが来たことがあった。英語が読めなかったため学校の教員に読んでもらうと、仕事のオファーだということが分かった。しかし「絶望的に」英語が話せず、面接に至らなかった。それからは、オンラインツールなどを使って英語も勉強するようになった。

ウォーターフロントエリアから港湾地区を眺める(撮影:Bob Garlick)

卒業するころ、ロンドンに本社を置くVFX制作会社のシンガポールスタジオから「コンセプトアーティストとしてうちに来ないか」というオファーを受け、海を渡った。

「コンセプトアーティストでのオファーだって分かってなかったんですよ。そういう職種があることも知らなかったし、モデリング(デザイン画を3D化すること)をずっとしていたので、モデラーのオファーだと思っていて。だから気付いたらコンセプトアーティストになっていた感じです」

シンガポールでは、「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」(2016年)でティム・バートン監督と仕事をした。

「かなり細かくディテールが指示されていたんですね。いくつかイメージを描いていくなかで、指示と全く違うものを描いたんです。そうしたら監督がそのアイデアを気に入ってくれて。『やった!』と思いました」

映画監督のティム・バートン。2016年12月、ローマで行われた「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」上映会の舞台挨拶(写真:Shutterstock/アフロ)

初めてコンセプトアーティストとしての手応えを感じた。2015年に同じ会社のバンクーバー支社に異動。3年後、元同僚から「ILMで働くことに興味ある?」と連絡があった。

「めちゃくちゃ悩みました。コンセプトアーティストとしてやっていける自信がついたときだったので。待遇面でも何の不満もなかったし。それでもILMに移った理由は、一度英語ができなくて諦めたことがあったので、このチャンスを逃したくないと思ったことと、歴史あるアート・デパートメントの人たちと一緒に働きたいということでした」

ILMに移って最初の1週間は、先輩アーティストたちの作品を見て過ごした。

「伝説の作品に関わってきている人たちがいっぱいいるんです。昔の『スター・ウォーズ』の背景画を生で見たときは圧倒されました。その技術に少しでも近づきたいと思っています」

「(ILMに来るまでは)こっちじゃなくてあっちをやりたいと主張するという考えはなかったので、『この仕事やりたいって言っていいんだ!』というのはカルチャーショックでした。スーパーバイザーに『ノーと言う練習をしなさい』と言われたこともあります(笑)。でも、ベストを尽くすのが僕の仕事だということは変わらないです」(写真提供:ILM)

BC州の産業誘致政策

園田さんや田島さんのように、近年、日本から多くの若いクリエーターがバンクーバーに渡っている。日本だけでなく、バンクーバーには世界中から若い才能が集まる。その背景には、バンクーバーがあるブリティッシュコロンビア州(BC州)が、映画・テレビ・アニメ・ゲームなど映像産業を積極的に誘致してきた歴史がある。

バンクーバーは戦前から、米ハリウッド映画のロケ撮影が盛んな場所だった。バンクーバーとハリウッドの距離は約1700キロメートルだが、飛行機なら片道3時間。しかも時差がない。対米ドルでカナダドルが安く、コストが軽減できる。市街中心部にニューヨークと似た街並みがある一方で、車で10分走れば山々や海岸があり、ロケーションに事欠かない。

バンクーバー市内で映画やドラマの撮影現場に出くわすのは珍しくない(撮影:Bob Garlick)

地の利を生かし、BC州は1980年代からハリウッド映画やアメリカのテレビドラマを中心に、撮影・制作の誘致を進めてきた。フィルム・コミッションを設立し、ロケ地・スタジオ・機材・人材の紹介などを無料で提供した。「X-ファイル」(1990〜2000年代)、「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年)などはバンクーバーで撮影された作品だ。

一方、こうした撮影支援は世界中の国や都市が行っている。カナダ国内でもトロントのあるオンタリオ州や、モントリオールのあるケベック州はロケ誘致が盛んだ。またアメリカ国内の各都市や、イギリス、アイルランド、オーストラリアなども積極的である。

バンクーバー市街の高層ビル群(撮影:Bob Garlick)

競争の激化を受けて、BC州は、映画・テレビ制作から、アニメ・VFX・デジタルメディア・音楽・出版を含めたクリエーティブ産業全体に支援を広げた。2013年には州政府機関「Creative BC(クリエーティブ・ビー・シー)」を設立。近年、力を入れているのが、園田さんや田島さんが働くアニメ・VFX産業に対する支援だ。

Creative BCバイス・プレジデントのロバート・ウォンさんはこう言う。

「BC州は、アニメやVFXに対するインセンティブ(優遇措置)を提供し始めた最初の数少ない自治体のひとつです」

BC州政府は、2003年、住民を雇用することに対する税制優遇措置をデジタルアニメ・VFX産業に適用し始めた。カナダの他の自治体と比較しても早い。

ロバート・ウォンさん(撮影:Bob Garlick)

税額控除は1998年ごろから、映画・テレビ制作に対して提供していたもので、海外の企業あるいはBC州にある外資系企業が、BC州居住者を雇用した場合、給与の28%が税額控除の対象となる仕組み。さらに、州内のバンクーバー以外のエリアで撮影した場合、居住者の人件費の40%が企業に還元される。

狙いは、海外の映像産業が、BC州居住者を雇用することに魅力を感じるようにすることだ。企業は経済的なメリットを享受し、BC州は雇用を創出できるという「Win-Win」の関係となる。

これを利用して、2010年にソニー・ピクチャーズ エンタテインメントがSPIを、2012年にルーカス・フィルムがILMカナダ支社を、それぞれバンクーバーに設立した。

園田さんや田島さんは、自らが成長し、活躍できる場所を求めてバンクーバーにやってきたが、それは決して偶然ではないのだ。

街角で通行人に声をかけて似顔絵を描く男性(撮影:Bob Garlick)

オープンな移民政策が後押し

BC州は、2018年にクリエーティブ産業で創出された雇用は約3万5000人と発表している。また、レストランやホテル、小売店の利用、ガソリンの購入など間接的に生み出された経済効果は34億カナダドル(2720億円)に上ったという。

「クリエーティブ産業の中心地」を目指す産業政策は、教育機関にも良い刺激を与えている。

バンクーバー中心部から車で30分の場所にある公立キャピラノ大学は、2013年にモーション・ピクチャー・アート学部を新設した。定員は100人、3年生で50人に絞り込まれるという少数精鋭主義だ。

学生時代から実際の現場を体験できることが特徴だ。学部コーディネーターのパティ・ポスキットさんは「今年はバンクーバーの10の映像プロダクションに協力してもらっています」と言う。彼女自身が映画産業で数十年働いてきた経験を持つ。

パティ・ポスキットさん(撮影:Bob Garlick)

キャピラノ大学のスタジオの壁面は古い町並みを模したセットになっていて、ロケに使えるようになっている(撮影:Bob Garlick)

キャンパスを歩くと、ターバンをしたシーク教徒や、ヒジャブをかぶったイスラム教徒の姿を目にする。ニュージーランド出身のデビッド・ギアリー教授はこう指摘する。

「現在の国際情勢のもとでは、シーク教徒やイスラム教徒の留学生のなかにはアメリカを避ける者もいます。対して、カナダの移民政策はとてもオープンです。カナダの多様性やオープンな雰囲気は、異文化の若者たちを引きつける要因になっています」

デビッド・ギアリー教授。コスチュームは学生が制作したもの(撮影:Bob Garlick)

カナダはアメリカという超大国と接している。ところがカナダの人口は約3700万人で、カリフォルニア州より少ない。アメリカに対抗し、経済拡大を続けるには、成長産業を積極的に誘致し、消費につながる若い人材を連れてこなくてはならない。こうした背景から、カナダ政府は映像産業の支援・誘致にいち早く着手した。現在は、AI関連の研究機関や企業誘致でも成果がある。

Creative BCのウォン副社長は「ハリウッドと近いこと、気候が温暖なことなど、地理的・歴史的なアドバンテージは今も最大の強みだ」と言う。しかし、誘致企業は近隣国に限らない。

大手がスタジオを構えれば、その周辺には独立系の企業やクリエーターが集積する。教育機関とも連携し、優秀な若手が集まるようになる。

多国籍の同僚とともに働く魅力を田島さんはこう表現した。

「自分が普通に考えてることがみんなにとっては普通じゃない。そこがすごく面白いですね。だけど、絵が好きで、映画が好きという共通点がある。見た目も違うし生まれた国も違うけど、ちっちゃいころを想像できるんですよ。こういう子どもだったんだろうな、僕と近いなって」

(撮影:Bob Garlick)


津山恵子(つやま・けいこ)
ニューヨーク在住ジャーナリスト。アメリカの政治、社会、経済について幅広く執筆。近著に『「教育超格差大国」アメリカ』、『モバイルシフト』(共著)、『現代アメリカ政治とメディア』(共著)など。元共同通信社記者。

写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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