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写真:つのだよしお/アフロ

「接待を伴う飲食店」だけの問題ではないーー専門家に聞く、営業停止命令の是非

2020/09/22(火) 18:18 配信

オリジナル

今後も長い戦いが予想される、新型コロナウイルスの問題。政府は、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、「特措法」)に店舗や施設への営業停止命令を出せる法改正の検討に入っている。応じない場合に備えて罰則を付ける意見もある。感染拡大を防ぐ効果が期待できる一方、人権に対する懸念はないのか。宍戸常寿・東京大学教授(憲法学)に、特措法改正の論点について聞いた。(取材・文:神田憲行/Yahoo!ニュース 特集編集部)

業種・業態だけで一律禁止は過剰対応

――いま懸案のひとつになっているのが「接待を伴う飲食店」、要はキャバクラ、ホストクラブなどで起きたクラスター感染です。政府はそのような業態の店舗営業を念頭に、「営業の停止命令」を考えているようです。しかし「営業の自由」は憲法29条の財産権に当たります。停止命令は人権侵害にならないのでしょうか。

「一般論として、営業停止は公共の福祉のために必要かつ合理的な理由があればできます。たとえば食中毒を出した飲食店を営業停止処分にするなど、一般の行政処分などと同じです。これは憲法29条2項にも違反しません」

「今回の問題は、新型コロナ感染症の拡大を引き起こす可能性があるような店に対しても、それだけで営業停止にできるのか、ということです。たとえば食中毒を出した特定の飲食店がある場合に、全国の同類の飲食店や、同じ地域の飲食店の種類を問わずに営業停止にするようなことは、通常許されないでしょう。一定の地域や場所など、感染の状態、営業の内容を絞って、感染症対策としてどうしてもしなくてはならない、という合理性が必要だと思います」

「あるいは、その種の店に関しては、感染症の予防措置を取ることを義務づけて、それが守られていないならば停止命令を出すといった段階的な規制も考えられます。飲食店でも調理手段や料理の提供方法について衛生上の基準がありますよね。それと同じで、いくつかの規制と組み合わせるのが合理的だと思います」

宍戸常寿(ししど・じょうじ):1974年生まれ、東京大学法学部教授(憲法学)。主な編著に「憲法Ⅰ」 (日本評論社)、「AIと社会と法」(有斐閣)など

「特別な犠牲」があれば補償すべき

――営業をしないことによる損失補填、いわゆる補償はしない、という政治家の発言もあります。罰則付きで営業を停止された上に補償もされない、というのはかなり厳しい処分ですし、憲法29条3項でも、「正当な補償の下に」とあります。

「『特別な犠牲』の有無で、補償が憲法上必要かどうかを判断するのが、基本的な考え方です。財産を取り上げられたり、財産権の行使を制限されたりして、利益を失う特定の人がいて、その犠牲の上に社会全体が利益を得られるときには、犠牲を払った人に補償することが求められると考えています。逆に自らが危険な財産権の行使をして、それによって社会に害悪をもたらす人を規制しても、『特別な犠牲』には当たらないから補償もしなくてよい、ということです。食中毒を出した店に営業停止処分を下しても、その補償はしなくて当然ですよね」

夜の札幌・すすきの(今年2月、写真:ロイター/アフロ)

――新型コロナウイルスの感染者を出した店を営業禁止にした場合、その店は「特別な犠牲」を払ったことになるのか、という判断の問題になるわけですね。

「クラスター発生の可能性が高い店を休業させることは、社会的利益はあるといえる一方で、たとえばキャバクラやホストクラブの営業は補償を要しないほど社会的に害悪をもたらしているのか。ここをどう考えるかということです」

「ここで思い出してほしいのは、新型コロナの前まではキャバクラやホストクラブも危険な業態とはされておらず、社会的に公認されていた生業でした。それが新型コロナの登場により、危険な業態であるという認識に急速に転換した。それまで社会のなかで正当に行ってきた営業の中で線引きが行われ、急にアウトになったわけです」

――そうした新型コロナをきっかけとする変化は、接待を伴う飲食店だけの問題ではなさそうですね。

「はい、他の仕事でも今後ありうる。それまで許されていたものが急にアウトになってしまうリスクを、その仕事をたまたまやってきた人に負わせるのか、社会全体が負担をするのか。私自身は後者が公平にかなうと思います。接待を伴う飲食店に関しては一定の補償を受けられるようにする、という政策的判断はありうるでしょう」

今年7月、歌舞伎町の飲食店へ立入検査する新宿区職員(写真:つのだよしお/アフロ)

「社会の価値観が急変すると、戦争と同じで、立場の弱い人のところにいきなり負担がいく可能性がある。新型コロナによって事実上、生計を断たれる人も出てくる。ホストとかキャバクラとか業種・業態にかかわらずに、ニュートラルに手厚く補償を考えることも、国というより、我々共同体の判断として合理的ではないでしょうか」

「社会の価値観の急変」を象徴するものとして、「自粛警察」が挙げられる。千葉県のある駄菓子屋に「オミセシメロ」と貼り紙がされたり、県外ナンバーの車に「来るな」というメッセージが残されたりする。それまでなんでもなかったことに、急に「アウトだ」と言い出す人が現れる。行き着く先は魔女狩りのような光景である。

「現代は新型コロナの影響だけでなくさまざまな面で急速な価値観の変化が起きて、生き方や仕事の評価が激変しています。変化に対応しつつ、守らねばならない人権とは何かを、落ち着いてしっかり考えていく必要があります」

国の政策に整合性が欠けているなかでの、人権制限の強化はおかしい

――緊急事態であるとか、新型コロナ対策であるとか、必要であるというだけでどんどん人権が削り取られていく感覚があります。

「緊急事態なんだから、全く新しい措置が必要なんだからと主張する人がいますが、実際にはその規制が本当に必要なのかよくわかりません。不要不急の外出を控えることが求められるわりにはGo Toキャンペーンをやったりしていますし、政策も統一されていない印象があります。全体としてアクセルとブレーキを調整しながら、整合性のある対策をやっていく必要があるなかで、人権制限的な部分だけを突出して求めるのは、明らかにおかしい」

緊急事態宣言以降、営業自粛する店舗が相次いだ(写真:アフロ)

「合理的な理由があれば、合理的で必要な限度で人権が制限を受けるのはやむを得ないというのが一般的な考え方です。ただし、本当に必要な範囲がどこまでなのか、ということをはっきりさせておかなければなりません。公衆衛生のためだとか、新型コロナ対策のためだとかいうレベルではあまりに抽象的です。もっと具体的に危険、リスクを提示することが、人権を制限する際に要求されると思います」

――一部の自治体では風俗営業適正化法(風営法)の規定を使って、警官によるホストクラブへの立ち入りを始めているところもあります。しかし風営法は感染症対策とは別個の法律のはずで、なにか別件逮捕的な居心地の悪さがあります。

「筋からいえば、特措法を改正して対策の整合的な方向づけを行い、その枠の中で既存の法律や条例を使って対応していくべきです。ただ法的な構造から考えれば、地方公共団体が総合的な施策で対応することは可能です。もっとも、機敏で効果的というメリットがある一方で、首長の思いつきとか、人気取りで乱用される恐れもあります」

――宍戸教授は、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)を開発するための政府内での有識者検討会合の座長を務められていました。これも個人のプライバシーと絡む領域です。会合ではどのような話があったのでしょうか。

「まず正式に開発が立ち上がる前に、アプリに積極的疫学調査に使えるような機能を持たせることは可能なのか、という議論がありました。位置情報を包括的に管理して、芋づる式に感染者から濃厚接触者を掘り出していく形式です。フランスのアプリに近い形だったと思います。しかし結局、開発はグーグルとアップルのAPIを利用することになって、この話は終わりました。両者のAPIを利用する場合に、そのような機能をもたせることが難しいからです。その後の検討会議では、プライバシーに配慮して、わかりやすく使えるようにする、差別が起きないようにする、ということで一致して検討が進められていき、現在のような位置情報も取らない、プライバシーに配慮した形ができました」

――接触確認アプリは国民の6割がインストールしていないと有効でない、という議論があります。COCOAの普及率についてどうでしょうか。

「COCOAはアプリの普及率を上げること自体が目的ではありません。行動変容と、自分の感染時に匿名のままで濃厚接触した人にお知らせするアプリで、それ以上でもそれ以下でもない。職場単位、学校単位などでインストールを進めていけば、業種・業態によっては意味があるわけです。遅い遅いと批判されていますが、リリースして2カ月で1000万ダウンロードを超えました(9月18日現在で約1712万ダウンロード)。これはLINEなどポピュラーなアプリより相当早い普及のスピードだと聞いています」

今月18日からの4連休では、高速道路の渋滞も目立つようになってきた(写真:つのだよしお/アフロ)

――4月7日に緊急事態宣言が発令されて、5月25日にそれが解除されました。以降の社会情勢をどう思われていますか。

「だんだん議論が落ち着くところに来ているのかなと思うところはあります。トイレットペーパーが店頭からなくなるようなこともないわけで。いま重要なのは次の政策についてガバナンスを組んでいくことです。そのためには国会はできるだけ開いて議論するべきです。またメディア全体の冷静な議論が足りていない印象があります。極めて議論を単純化して、誰が悪いだとか、どこが悪いだとか、批判する対象探しを煽っている場合ではないはずです。それよりも、これまでの施策の有効性を検証しながら、きちんと手を打っていくことが求められています。まだそこに向かって強い一歩が踏み出せていませんが、今こそ強靭な我々の思考力や議論する力が問われているタイミングだと思います」


神田憲行(かんだ・のりゆき)
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクションライターとして現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』『「謎」の進学校 麻布の教え』、最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。

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