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穐吉洋子

いじめ、教師の暴力……私立学校、問題あっても「指導」に壁――教委は介入できず

2020/01/10(金) 08:32 配信

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「私立学校で問題が起きたらどこに相談すればいいのか」と戸惑っている人たちがいる。例えば、教員から“暴力を受けた”とする子どもの親は「教育委員会が相手にしてくれず、どこも助けてくれません」と途方に暮れていた。受験科目以外を「未履修」とする進学校では、その事実すら保護者に知らせていない。独自の理念で運営される私立学校の教育や経営に対し、教育委員会は介入できない。教委は公立学校のみを対象としているからだ。では、私立学校でのいじめや未履修問題には、どこがどう対処するのか。「是正」「指導」は誰が担うのか。各地で取材した。(取材・板垣聡旨/Yahoo!ニュース 特集編集部)

児童同士のいじめ、担任の“暴力”

首都圏の私鉄駅から歩いて10分ほど。住宅街と畑が入り交じる先に、3階建ての校舎があった。建設から10年足らずで、外観はまだきれいに見える。内部には随所に監視カメラがある。

この私立小学校で「先生の暴力が絶えません」と訴えている男子児童がいる。過去に何度かいじめを受けたともいう。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

2019年8月の月曜日。この小学校に通う高学年の優斗君(仮名)とその保護者に会った。駅前にあるチェーンのカフェ。夏休み中の男児は1年生のときから同級生によるいじめを受けているという。保護者が口を開いた。

「殴られることも蹴られることもあるようです。シャツのポケットが破れて帰ってくることもありました」

同じカフェで何度も取材が続いた。保護者の訴えはこうだった。

「1年生の2学期の終わりごろから、息子の様子が明らかにおかしくなって……。ご飯を食べない、水やお茶も飲まない。家のものを急に壊す。そのうち、学校の帰りに最寄り駅で降りず、遠くまで行くようになって。そして、登校拒否が始まりました」

やがて優斗君は「いじめ」を打ち明けた。問題はその先にもあった。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

保護者は学校に行き、クラス担任に相談した。すると、担任が息子に暴言を投げつけるようになったのだという。保護者が続ける。

「体育で草むしりする授業があったとき、先生が『おまえはでたらめが多すぎる』と言ったそうです。理由を聞いても『おまえがでたらめだからだ』と言うばかり。教室の授業で先生の質問に答えられなかったら『だからおまえは勉強ができないんだよ。おまえの志望校〇〇中学なんか行けねえよ』って」

本当にそんなことがあるのか。保護者が学校に何度か電話をかけ、当の担任と話した。すると、担任はその都度、「なんでお母さんに話すんだ!」と優斗君に言うようになった。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

「5月の運動会はひどかったです。他の学年の競技を見学していたら、急にその担任に首根っこをつかまれ、列の頭から後ろに引きずられて。そこまでは、私が見てました。あとは、他の児童たちの陰で見えなくなって」

帰宅した息子が言うには、その後、ステンレス製のボトルで背中を殴られた。

「死にたいきもちで苦しいから、助けてください」

2年生の夏休み前になると、優斗君は心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。週2回は学校を休み、残りの日は登校しても保健室で大半を過ごす、という状態だった。

優斗君(仮名)の診断書=一部加工しています(撮影:板垣聡旨)

そのころ、保護者は優斗君の部屋で、封をする前の郵便を見つけた。法務省の人権擁護機関が配布した「子どもの人権SOSミニレター」。イラストをあしらった子ども用のレターセットで、相談したいことを子ども自身が書いて送付できるようになっている。

部屋にあったSOSミニレターには「死にたいきもちで苦しいから、助けてください」と書いてあった。

保護者が話す。

「封をとじていなかったので、出して読んでみました。涙が止まらなかったです」

イメージ(撮影:穐吉洋子)

担任と話すだけでは事態が変わらないため、保護者は当時の校長にも訴えた。それでも、いじめや担任の対応は変わらない。学校に相談をしても無意味だと感じ、都道府県で私学を扱う担当課に相談したり、弁護士や警察に足を運んだりした。

「一人っ子ですし、良質な教育を受けさせたかった。この私立だったら、充実した施設・設備で質の高い専門教育を受けられると思ってました。でも、こんな状況になって……。行政に相談しようとしても窓口がないんです。私学には行政が介入できないらしいんです」

主治医やカウンセラーには、何度も転校を勧められた。保護者も「転校しようか」と何回も優斗君に話してみた。ところが、その話になると、優斗君は今も「僕が悪いんだ」と口にするという。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

この学校に男児を通わせていた別の保護者にも会った。男児は優斗君と同じクラスで、担任も同じだった。

「息子が1年生のときです。首にひも状のあざができていて。聞いたら『担任の先生に襟をつかまれ、強引に廊下へ引っ張り出された』と。大きなあざでした。最初は何も言わなかったんですよ。親に言っちゃいけないと先生に言われていたようです。聞き続けるとようやく口を開いてくれました」

保護者はその様子をスマートフォンに残している。写真フォルダには、そのあざを写した一枚がある。確かに、青紫色のあざがひも状にできていた。

「複数の子が同じ担任の被害に遭っていたようです。学校へ抗議に行ったら、その担任は『親の育て方が悪い』と」

その後も事態は変わらず、この保護者は「どこに訴え出たらいいのか」と悩み込む。そして、息子を公立校に転校させた。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

この私立小学校の校長は取材に対し、「個々の事例にはお答えできません」とした上で、「学校で起きたことについては、適切に対応していきたい。いかなる状況下でも(暴力や暴言は)すべきではありません。何か起きた際には学事課にも報告をするように努めています」と語った。

教育委員会と私立学校の“距離”

校長が言った「学事課」とは、私立学校を所管する都道府県の部署のことだ。名称はそれぞれ異なるものの、教育委員会とは別にどの都道府県にもこの部署が置かれている。私立学校で問題が起きた場合、行政ではそこが窓口となる。

では、「私学と行政の関係」はどういう状況にあるのだろう。「いじめ」を軸に見ても、そのかたちは見えてくる。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(2018年度版)によると、全国に3万7192校ある小・中・高校・特別支援学校のうち、「いじめ」があったことを認知していた学校は80.8%に達した。国公立と私立に区分すると、前者は83.1%。これに対し、全国で2579校ある私立のいじめ認知の割合はちょうど50%だった。

一見、「私立はいじめが少ない」ことを示すデータに映る。

いじめ防止対策推進法などによると、いじめがあった場合、学校側はそれぞれの「設置者」に届け出る。公立の場合は教育委員会なのに対し、私立の場合、届け出先は当の学校法人だ。したがって、私立のいじめは「学校とその経営者」の範囲内にとどまる恐れがある。

私立学校法は第1条で「自主性を重んじ」と定めている。さらに第6条は「所轄庁は、私立学校に対して、教育の調査、統計その他に関し必要な報告書の提出を求めることができる」としか規定していない。実際、東京都によると、いじめなどの問題が起きた際、報告書を提出するかどうかの判断も最終的には学校側に委ねられているという。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

「未履修」でも見える教育行政との“距離”

私立学校と教育行政の“距離”は、「未履修」問題でも見えてくる。

100年以上の歴史を持つ東京都内の私立校を訪ねた。中高一貫で、卒業生には著名人も多い。その教育の内情に詳しい人物とターミナル駅近辺のカラオケボックスで会った。誰にも分からないかたちで取材に応じたいとの希望が寄せられたからだ。

私立学校のカリキュラムについては、文科省が学習指導要領に準拠するよう強く求めている。私立学校はそれぞれ独自の理念によって設置されており、文科省は教育内容に原則として介入できない。その隙間を縫うようにして、この歴史ある中高一貫校では「未履修」が発生しているのだという。

“詳しい人物”は内実をこう説明する。

「中学校課程の授業では、『技術・家庭科』の標準の単位数が(学習指導要領で定められた基準を)下回っています。『総合的な学習の時間』は授業で扱っていません」

中高一貫校の時間割。提供してくれた保護者らによると、時間割は学期の初めに口頭で生徒に伝達される。生徒はそれをメモし、いろんなかたちで保存する。このケースでは、エクセルを使っていた=写真は一部加工しています(撮影:板垣聡旨)

時間割によると、中学2年の場合、平日は全て6限まで授業がある。土曜日は4限まで。「技術」の授業は月曜日に1コマあるだけで、「家庭科」「総合的な学習の時間」はない。

説明は続く。

「中1では、週1で『家庭科』、中2になったら週1で『技術』をやっています。中3になったら、もう、『技術』『家庭科』はやらない。『総合的な学習』は中学ではやらない。問題視する声は一部の教員から出ているけど、管理職は無視しています」

文科省は、学習指導要領の示す授業時数(標準コマ数)を下回ったカリキュラムは適当ではない、としている。この中高一貫校の場合、中学2年時での「技術・家庭科」の標準コマ数は、1コマ50分で70コマ。加えて、この科目の履修は、中学校の各学年において必須とされている。「総合的な学習の時間」に関しては、中学2年時に、標準コマ数を1年間で70コマにするよう要請されている。

未履修問題を報じる2006年ごろの新聞記事(撮影:板垣聡旨)

未履修問題は、2006年10月に必修科目を履修していない高校があるとして、富山県のケースが報道され、全国に波及した。

当時、文科省は全国の高校を対象に実態調査を実施している。それによると、公立で371校(9.2%)、私立で292校(21.7%)が未履修を前提としたカリキュラムを組んでいた。私立は公立の2倍以上。必修科目を履修していない全国10万人超が一時、卒業を危ぶまれもした。

東京都内のこの中高一貫校のケースは、依然として未履修問題が残っていることを示している。

“外部の目”があれば、この中高一貫校の「未履修」はどうなっていたのか。学習指導要領との関係をどう見ているのか。同校に問い合わせると、「担当者がいない。また電話を」が3回続いた。4回目で対応した教頭は「校長と協議して連絡する」と話したが、その後、連絡は途絶えている。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

行政の関与、どこまで

児童・生徒間のいじめ、教員による不適切行為、科目の未履修……。こうした問題が私立学校で生じたとき、行政はどこまで関与できるのか。

文科省私学行政課の担当者は「私立学校を監督するのは都道府県知事です。文科省は、学校法人の債務超過など経営問題が起きたときに動きます。教員による暴力問題にしても、都道府県の学事課が対応しているはず」と言う。

「いじめ」という具体的な問題ではどうか。

同省児童生徒課の担当者は「都道府県が一義的な責任を持って、必要に応じて指導する必要があると思います。文科省としては、都道府県への情報提供や情報共有を行うだけです」と話す。

文部科学省(撮影:板垣聡旨)

未履修問題も児童生徒課が担当だ。前出の中高一貫校のケースについて、担当者は「ありえない」と話した。

「年間の教育水準(標準コマ数)を下回って教育課程を編成するとは、考えられない。だから、ありえない。(私立を管轄する東京都が)しっかりやっているはずです。それを前提として地方行政と文科省は連携しています」

神奈川県の「私学振興課」も訪ねた。保護者からの電話もここに届く。1日に4、5件。1本が1時間に及ぶことも珍しくないという。

同課の日置賢司課長代理によると、関連の情報が入れば、必ず当の学校に連絡して事実を確認する。ケースに応じて、学校側に報告書の提出も要請する。しかし、法の規定で問題教員の人事異動やいじめ加害者の出席停止といった「具体的な改善指導」はできない。

イメージ(撮影:穐吉洋子)

別の都道府県も同じである。東京都私学振興課の担当者はこう言う。

「いじめの深刻な状況を指す『重大事態』の場合は、調査の実施やその報告結果を義務付けています。ただ、人事権などは向こう(私学側)が持っているので(行政の関与には限界がある)」

専門家「安易な介入はだめです」

私立学校で何か問題が生じた際、「教育委員会は対応しない」と知って驚く保護者らは少なくない。ネット上でも、Q&Aサイトや掲示板サイトなどにはそうした声がたくさん集まっている。その中には、行政の対応を求める声もある。

しかし、立正大学名誉教授で教育法の専門家である浪本勝年さん(77)は「行政が私立学校に介入しちゃだめだ」と言い切り、安易な“行政頼み”にくぎを刺す。

浪本さんの自宅は神戸市須磨区にある。教員同士のいじめが起こった東須磨小学校はすぐ近く。研究生活から退いたとはいえ、教育問題への関心は衰えていない。

浪本勝年さん(撮影:板垣聡旨)

「私立学校は守られるべき自主性が存在します。私立は戦前、私立学校令の下で統制を敷かれていました。子どものためではなく、国のためといった一元的な教育体制に組み込まれていました」

軍国主義的教育にからめとられた戦前の私学。その反省を背景として、占領時代の1949年に私立学校法が制定され、文部大臣の監督権が排除された。私学の自主性を保障する法体系はこのときに始まっている。

浪本さんは続けた。

「私学の自主性とは、憲法26条に基づく国民の教育権を土台としています。教育は公共的なもの。なぜ、学校を経営しているのか。私学の理念、それを実現してほしいと思います。勝手な理念では困る。公共性に基づいた理念です。建学の精神・校風・教育方針の独自性が大切なんです」

イメージ(撮影:穐吉洋子)

最終更新日時:2019年1月16日15時57分


板垣聡旨(いたがき・そうし)
フリージャーナリスト。三重県生まれ。ミレニアル世代の社会問題に関心がある。

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