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塩田亮吾

中華料理を自動化せよ――中国「ロボットレストラン」をいく

2019/05/07(火) 06:56 配信

オリジナル

中国都市部の深刻な人手不足を解消しようと、飲食業界でロボット技術の導入が進んでいる。ロボットの作る中華料理? 果たして味はどうなのか。人の働き方はどう変わったのか。中国各地のロボットレストランを訪ねた。(取材・文:高口康太、撮影:塩田亮吾/Yahoo!ニュース 特集編集部)

X未来レストランの調理ロボット。白いカートリッジ部分に具材を小分けにしている。左下の筒が中華鍋になる

自動化の目的は「省人化」「味の標準化」

天津市の郊外にあるロボットレストラン「X未来レストラン」を訪ねた。昨年11月にオープンしたばかり。真新しい店内に入ると、ガラスの向こうに厨房が見えた。見慣れない調理器具がある。従業員に聞くと「あれが当店の調理ロボットですよ」という。

このロボットは人間型ではない。鉄製の壺と穴があいた中華鍋を二つくっつけた台座のような形をしている。注文が入ると、従業員が台座の上に白いプラスチック製の容器を載せる。

帽子のようにも見えるプラスチックの容器の中には、肉や野菜などの食材や調味料が区分けされて入っている。調理工程にあわせて、食材や調味料を別々のタイミングで投入するためだ。

【動画】X未来レストランの調理から配膳まで

ロボットが動きだした。最初の工程は油通し、湯通しだ。プラスチック容器の一部が傾き、食材が穴あき中華鍋(ジャーレン)に投入され、熱い油や湯にくぐらせていく。食感を良くするほか、短時間で仕上げられるようにする効果があるという。ジャーレンが二つあるのは油通し用と湯通し用を使い分けるため。食材によって油かお湯のどちらに通すかを分けている。

次は炒めたり煮たりという加熱工程だ。油通し、湯通しが終わった食材は鉄壺に投入されるのだが、この壺がぐるぐると回転して、混ぜ合わせながら加熱していく。しばらくすると、プラスチック容器から調味料を投入。あっという間に一品ができあがった。

調理が終わると、従業員が皿に盛りつける。その後の配膳は、別のロボットが行う。

料理は自走するロボットが持ってくる。その後、客自らがピックアップする

配膳ロボットはさしずめ自走する棚だ。子どもの背丈ぐらいある2段組みの棚で、底に車輪がついている。上部にあるタッチパネルディスプレーに従業員がテーブル番号を入力すると、ロボットが届ける流れになっている。

午後の客が少ない時間帯とはいえ、注文から10分もしないうちに続々と料理が運ばれてきた。インゲンと中国ベーコンの炒め物、青トウガラシと鶏肉の炒め物、モツの炒め煮などの料理であっという間にテーブルはいっぱいになった。一口食べると、口の中に辛さが広がる。いま中国で人気の湖南料理風の味つけだ。

調理、配膳など仕事の大半をロボットが担う。なぜ、ロボットである必要があるのか。運営担当者・舒博(シュー・ボー)さんはこう言う。

「省人化と標準化を進めたかったから。これに尽きます」

運営はEC(電子商取引)大手の京東集団(JDドットコム)が手がけている。同社は本業以外にも、ドローンによる配送、自動化された倉庫や無人コンビニなど新技術を活用したビジネスを行っている。ロボットレストランもその一つだ。

運営担当者・舒博(シュー・ボー)さん

「省人化で人件費を抑えたい。いま、店には5台の調理ロボットがあります。食材・調味料入りのカートリッジをセットするのは人間の仕事です。従業員1人でロボット5台を管理します。要するに1人の従業員で、シェフ5人分の働きができるわけです。この店では厨房の面積が狭いため5台しかロボットは置けませんが、今後は1人で8台を管理できるようにする計画です」

X未来レストランの試みは調理・配膳ロボットだけではない。客からの注文、代金の支払いにもテクノロジーを導入している。

客は、メッセージアプリ「ウィーチャット」から料理を注文、代金を決済する。このシステムによってホール担当の仕事は減った。飲料も店内に置かれた冷蔵庫から客が取ってくるセルフ式だ。ウィーチャットで認証すると、冷蔵庫のドアの鍵が開く。飲料を取り出すと、自動的に支払いが完了する仕組みだ。

中国では徹底的な効率化が進む。注文・決済システムも、スマホ認証冷蔵庫も決して珍しいものではなく、各地で普及しているサービスだ。

スマホ経由で注文。店員が注文をとりにくることはない

できあがった料理。ピリ辛の湖南料理テイストだ

もう一つ、重要な目的があるという。それは「標準化」だ。舒博さんが続ける。

「いままでのレストランでは、味が料理人次第でした。人が代わったら、店の味ががらりと変わるという話はよくあります。この点、X未来レストランではレシピを厳密に定め、同じプログラムでロボットが調理します。だから、味がぶれることがないのです。チェーン展開しても同じおいしさを提供できます」

中国でレストランの厨房をのぞくと、塩も醤油もお玉ですくって入れている。調味料を目分量で計る熟練の技だが、どうしても料理人ごとに味のばらつきが出る。チェーン店でも味が違う。ロボットを使えば、こうした問題はなくなるというわけだ。

「まだ1号店がオープンしたばかりですが、今後は大々的に展開することもありえます。導入を考えている企業の視察も続いています。現在は技術とノウハウを蓄えているところです。難しいのは人間とロボットの共働。工場だとロボットだけのエリア、人間だけのエリアと分けられますが、狭いレストランではそうはいかない。ロボットと人間が同じ場所にいて事故が起きないよう、配慮する必要があります。例えば配膳ロボットにはカメラを搭載し、人間とぶつかりそうになると回避するようにプログラミングしています」

ハイディーラオの店内。壁に投影された画で賑やかな雰囲気だ

接客業務は人間の仕事

X未来レストランとは対照的な発想でロボットを使うレストランが北京市にある。昨年10月にオープンした火鍋チェーン・海底撈(ハイディーラオ)の新たな旗艦店だ。ここでの主役はあくまで人間の従業員。彼らの力を生かすために、ロボットが背中を押す。

大型ショッピングモールの地下にある店舗を訪れると、せわしなく動くロボットアームが見えた。食材が盛りつけられた皿を、コンテナから取り出しベルトコンベヤーに載せていく。ベルトコンベヤーの先で皿は配膳ロボットに載せられ、客席まで運ばれる。

広い店内の壁はプロジェクターで名画や景色が映し出され、幻想的な雰囲気を醸し出している。その店内を従業員や配膳ロボットが動き回っていた。SF映画の一場面のような、未来感あふれる光景だ。

【動画】最後は人間が。ハイディーラオのロボット

コンテナから食材を取り出すロボットアームは、日本のパナソニックの社内カンパニー「コネクティッドソリューションズ」社が開発している。海底撈の張勇董事長は昨年10月、東京の記者会見で提携の意図を次のように説明している。

「レストランはサービス業だが、料理を作るという点では製造業であり、さまざまな食材を輸送するという意味では物流業でもある。友人のジャック・マーにそう諭された」

馬雲(ジャック・マー)氏とは、中国IT業界を代表するアリババグループの創業者だ。その言葉に従い、製造や物流の改善事業を手がけるコネクティッドソリューションズ社との提携を決めたという。

具材が乗った皿をロボットアームが取り出す。視覚的なインパクトも狙っているようだ

従来は各店舗の厨房で火鍋の具材を切り分けていたが、このロボットレストランでは店から離れたセントラルキッチンで具材を皿に盛りつけ、低温に保った密閉コンテナで店舗まで運ぶ。コンテナからの取り出しもロボットアームが担当するため、衛生的かつ間違いがないという。

ここからが大事だ。ロボットが客席の手前まで運んだ具材を配膳するのは人間の担当なのだ。海底撈は従業員の気配り、サービスを売りとしてきた。おしぼりが汚れたら交換する、お酒がなくなったら声をかける、鍋のスープが煮詰まったらつぎ足す……。こうしたきめ細かな接客業務は人間のほうがはるかに上手だ。バックヤードはロボットに任せ、接客の最前線は人間が担う。人間の得意分野を生かすために、ロボットを導入する。張董事長は言う。

「今後、さらなる自動化に成功すれば、従業員の数を増やさなくても運営ができる。そうなれば従業員の待遇を改善できるんですよ。従業員を大切にすることで、彼らのモチベーションも上がる。そして顧客へのサービスが向上する。これが海底撈の理念なんです」

ハイディーラオの火鍋

産業用ロボットを飲食業に転用

X未来レストラン、海底撈と違って、「ありもの」のロボット技術をレストラン業務に転用するケースもある。生鮮スーパー、盒馬鮮生(フーマー・フレッシュ)の劉慜(リウ・ミン)氏はこう言う。

「うちでは、独自開発の技術は使っていません。すでに使われているロボット技術を使っています。ロボットは、あくまで低コストの課題解決手段と考えています」

劉氏は同社でフードコート「ROBOT.HE」を手がけている。ロボットを導入した店舗だ。

新鮮な魚介類が生簀に入っている

盒馬鮮生は中国大手IT企業アリババグループの傘下にある。2016年1月の初出店からわずか3年余りで全国120店舗にまで成長した。独自ルートで仕入れた新鮮な肉、野菜、卵、牛乳、さらに海外から輸入したお菓子など、多彩な品ぞろえで人気を集める。スマートフォンの専用アプリから注文すると、3キロ圏内であれば30分以内で届ける配送サービス、顔認証での決済など、新技術を次々に導入している。

そんな盒馬鮮生の人気コーナーがフードコート。大きな生簀(いけす)がいくつも並べられている。そこで生きた魚や貝を購入した後、追加料金を支払えば、店内でそのまま食べられるという仕組みだ。中国で海鮮は高価格帯だが、ここならば一般的なレストランと比べて安価に食事ができる。

「ただ、このフードコートにも課題がありました」と劉氏は言う。

人気のあまり食事時はいつも満席。フードコート内は空席ができるのを待つ客でごった返していた。料理が完成すると、客はその混雑をかきわけて料理を取りに行かなければならない。こうした不便を解消したかったという。

「スタッフが料理を運んでくる普通のレストランにすれば、問題は解決します。ただし、それでは人件費がかかり料理の価格も上がってしまう」と劉氏。

【動画】ROBOT.HEの料理運搬ロボット

そこで編み出されたのがスマートフォンやロボットを活用した「ROBOT.HE」だ。現在、上海市で2店舗を運営している。席は予約制で、順番になると客のスマートフォンに通知が来る。だから待っている間はショッピングなどをしていられる。席を探す客がいなくなるので、店内の混雑も解消される。

待ち時間に海鮮が傷まないように冷蔵庫で保管する必要があるが、出し入れはロボットアームが担当する。工場で使われる産業用ロボットを転用したもので、新規の開発コストはかけていない。そう、「ありもの」の技術を利活用しているのだ。

料理の配膳はロボットが担当する。倉庫で使われているロボットを改造したものだ。テーブルの間には配膳ロボット用のレーンが張り巡らされている。人間と同じ経路を移動するとなると、衝突を避けるための技術が必要だが、専用レーンを移動するだけなら、そういった技術は必要ない。

客のいるテーブルまで料理を運ぶロボ。専用レーンを動く様は回転寿し的でもある

料理を保温するためのボックス

少々古くても、安く、こなれた技術を使って実用的な解決策をつくり上げることを徹底した。「実用的ではない」と判断すれば、撤廃する。実際に、1号店で導入した冷蔵庫のロボットアームは2号店にはない。ロボットアームを使えば、人手を節約できるうえに間違えないというメリットがあるが、かなり場所を取ってしまうため、思い切って導入をやめた。

「ロボットレストランはまだ2店舗だけ。現在はテストを重ねている最中だ。何が最適解か摸索している」と劉氏は言う。コストをかけずに利便性を上げるという、実用性を追求した改善に取り組んでいる。

盒馬鮮生(フーマー・フレッシュ)の劉慜(リウ・ミン)氏

ロボット化の恩恵は労働者に還元されるか

人とロボットが一緒に働くことで、生産性を高めようとするX未来レストラン。人間だからこそできる接客業務という得意分野を最大限に生かすため、ロボットを使う海底撈。そして、低コストのロボット技術だけを選んで使う盒馬鮮生。アプローチはそれぞれ違うが、人手不足の時代を乗りきるためにロボット技術を活用しているのは同じだ。気になるのは社会の反発だ。合理化、省人化、無人化――。急速な自動化は人間の雇用を奪うとの批判はないのだろうか。この質問を劉氏にぶつけた。

「中国では人件費の高騰が続いているうえに、仮に給料を上げても、都市部でサービス業は拡大しているので、常に人手が足りない。したがって、効率化と省人化をもたらすロボットへの反発は、いまのところ目立っていないのが実情です。ただ、今後はわかりません。いまよりももっと、ロボットが担う仕事が増えたとき、反発が出るかもしれない。その際に重要になってくるのは、効率化や自動化で高まった価値を、どれだけ労働者に還元できるかでしょう。賃金などの待遇面でどれだけ応えられるか、ということです」


高口康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。2度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。中国の経済、企業、社会、そして在日中国人社会などを幅広く取材し、「ニューズウィーク日本版」「週刊東洋経済」「Wedge」など各誌に寄稿している。最新刊の共著書に『中国S級B級論』(さくら舎)がある。ほか、『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)などがある。

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写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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編集:メディアストリーム