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撮影:菊地健志

「ドキュメンタリーやってるやつなんて、偽善じゃないか」─自社報道部にカメラを向けた男の真意

2020/02/04(火) 08:20 配信

オリジナル

報道する側が報道される側に回ると何が起きるのか──。東海テレビが自社の報道部にカメラを入れた異色のドキュメンタリー『さよならテレビ』が、業界の内外で賛否を呼んでいる。何かあるごとに「マスゴミ」と集中砲火を浴びるメディア。その筆頭でもあるテレビの現場が抱えるジレンマとは何か。監督の圡方宏史に聞いた。(ライター:中村計/撮影:菊地健志/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

テレビは本当に終わったのか

年配の男性が怒りをあらわにする。

「カメラを回すのやめろ! やめろって言ってんだ!」

東海テレビにおける、ある日の報道部の光景――。矛先は、同僚の圡方宏史らドキュメンタリー制作班だった。

今、話題のドキュメンタリー映画『さよならテレビ』のワンシーンである。

『さよならテレビ』の取材テーマは「テレビの今」。過剰な演出、過剰な忖度(そんたく)などによってテレビへの信頼が揺らぎ、テレビ離れが叫ばれて久しい。テレビは本当に終わったのか。そうした問題意識から監督の圡方は自分の職場にカメラを向けた。

報道する側が報道される側に回ると何が起きるのか。日頃、「カメラを回すのやめろ!」と怒られる側が、そう怒る。圡方は涼しげな表情で語る。

「普段、嫌がる人にも取材しているわけだから。今回のようにカメラを向けられたときは、そこはもう受け入れるべきだという思いはあります」

『さよならテレビ』の監督を務めた圡方宏史(ひじかた・こうじ)

圡方はニュース番組に関わりつつ、いいアイデアが浮かぶと、こうしてドキュメンタリーも手がける。『さよならテレビ』は2018年9月、東海テレビ開局60周年記念番組として、まずは77分版がテレビドキュメンタリーとして放送された。そして今年1月、それを109分に拡大し、映画として生まれ変わった。

メインとなる登場人物は3人だ。看板報道番組の男性アナウンサー。ジャーナリスト論をぶつものの思うようにならないベテラン契約記者。ミスを連発するアイドルオタクの派遣社員記者。

アナウンサーに関しては最初から扱う予定だったが、残る2人は偶然だった。

「撮ってるうちにカメラを向けよう、と。幹部にもロングインタビューしてますけど、裸になりきれてない感じがしました。素を実感できない人は最終的に使ってないです。見ていてもおもしろくないと思うんですよ」

圡方は取材対象者に対しフェアであろうと、自分たちの撮影している姿、編集している姿もカメラに記録させた(©️東海テレビ放送)

ホームレス、ヤクザの次に撮ったテレビ

映画版の109分の映像のために費やされた撮影期間は1年7カ月、記録時間は約700時間にも及ぶという。

「およそ効率的じゃないというか、あり得ないですよね。テレビバージョンでいえば、その年、おそらく最も非効率な番組だったと思います。あれだけ撮ったら、(編集作業の)準決勝あたりで落ちちゃうシーンもめちゃくちゃたくさんあります。とっても贅沢(ぜいたく)な作業なんです」

圡方はこれまで、中退した高校球児に再挑戦の場を与える大人たちを描いた『ホームレス理事長 退学球児再生計画』、ヤクザの日常に密着した『ヤクザと憲法』を取材した。いずれもテレビで放映し、その後、尺を延ばし映画化した。

東海テレビのドキュメンタリーは「タブーなし」がモットー。多くの話題作を提供してきた

圡方作品はどれも、今ふうの言い方をすれば、攻めている。『ホームレス理事長』では指導者が生徒に激しい体罰を加えるシーンまでをも放映し、『ヤクザと憲法』では今回同様、「カメラどけとけ!」と凄まれながらもヤクザの事務所に通い続けた。

恐れ知らずの、反骨のジャーナリスト。作風から、そんな監督を想像するかもしれないが、実際の印象は、拍子抜けするほどの優男だ。撮影中は、カメラマンに「腕組むのとか、絶対、やめてください」と懇願。

「いかにも監督という感じでなく、普通にお願いします……」

カメラを回すなとブチ切れた上司のことも、こう擁護する。

「彼の名誉のために言うと、仕事に対してすごく誠実なんです。ズルい人は(カメラが回ってるところでは)しゃべらないですよ。僕だったら、絶対にしゃべらない。ただ、最後、試写するから、なんとかなるだろうと思ってたのかもしれないですけどね……」

タイトルを『さよならテレビ』としたのは自虐であり、逆説的なエールでもある

報道倫理への「皮肉」

実は、この作品は、出だしでいきなりつまずいた。圡方らは報道部のあちらこちらの机にマイクを貼り付け、唐突にカメラを回し始める。その状況に、冒頭に記したように同僚の一部がフラストレーションを爆発させたのだ。

取材を再開するにあたって、圡方は3つの条件を突きつけられる。

・マイクは机に置かない
・打ち合わせの撮影は許可を取る
・放送前に試写を行う

1つ目と2つ目はともかく、3つ目は報道倫理にも抵触しかねない。

報道機関として決して忘れてはならない事件がある。俗にいう「TBSビデオ問題」だ。1989年10月、「3時にあいましょう」の担当スタッフがオウム真理教の幹部に反オウム派弁護士・坂本堤のインタビュー映像を放送前に見せた。そのことが坂本一家拉致・殺害につながったとされる事件だ。TBSサイドは、その疑惑を否定し続けたが、96年3月25日、ようやく事件を認め、社長が謝罪。「ニュース23」のキャスター・筑紫哲也は、その日、「TBSは今日、死んだに等しいと思います」と切り捨てた。

唐突にテレビカメラを回し始める圡方らに、いらだちをぶつける報道部のスタッフたち(©️東海テレビ放送)

公平性を保つ意味でも、あるいは、こうした事件を防ぐ意味でも検閲行為は断固として拒否しなければならないのだ。圡方はヤクザに対しても、この態度を貫いた。ところが今回、圡方はこれらの条件をのんだ。より正確に記すならば、のんだフリをした。そして、それも作品の素材に利用した。

「皮肉ですよね。これまで自分たちが断ってきたことを要求するほうも要求するほうだし、受けちゃうほうも受けちゃうほうだし。(映画でそのシーンを使ったのは)なんだ身内には見せちゃうのかって言うツッコミを期待してもいたんですけど」

身内なら放送前に映像を見せても法的には問題ないのか弁護士に確認したという圡方。弁護士の答えは「わかんない」だった

同僚は「今も怒ってる」

だが、やはりカラクリがあった。圡方が明かす。

「プロデューサーは(試写を)やるよ、って言ったけど、いつやるとは言ってないよね、と。オンエアの2日前に試写をやったんです。同じテレビマンだから、そのタイミングじゃもう修正はきかないってわかってるんです。だから、試写終了後に、観てくれてありがとう、はい終わりって帰っちゃいました」

一杯食わされた形となった同僚らの怒りは相当なものだったという。圡方は、申し訳なさそうに話す。

「すごく怒ってたと思いますし、今も怒ってるんじゃないでしょうか。一部だけを切り取るような編集の仕方に悪意があると言われました。そこはもちろん当たっている部分もあるし、でも、あなたたちが普段やってることですよねっていう思いもあります。『あんなことしてよく平気な顔して会社に来られるね』と言われたときはショックでした。でも、陰で言われるより、面と向かって言われたほうが気持ちいいかな、と。傷つきますけどね、すごく。でも、そのぶん、僕らも彼らを傷つけてるわけだから」

ポレポレ東中野での初日舞台あいさつの様子。「何が撮りたいのかと聞かれて、それにきちんと答えられたら不誠実ですよ。そんなのウソだと思います。(撮り始めるときは)ふわっとしたもんなんです」

テレビ演出の“グレーゾーン”

映画の中には、もし圡方が応じるならば、本人は絶対にカットを要求しただろうなと思えるシーンがいくつもある。登場人物の喜怒哀楽が、あまりにも生々しいのだ。ゆえに、思わず過度な演出なのではという疑念が頭をもたげるが、圡方は、そこだけはきっぱりと否定した。

「誰かに無理に何かを言わせたことはないです。相当に目の肥えた方々でも、演じてるっていうふうに受け取っている人が多いんですけど……」

ただし、グレーゾーンは認める。

「普段のニュース取材なんかでは、時間がないので、僕も(誘導的に)言わせてきました。逆算して、こういうコメントを取りたいのに、相手が別のことをしゃべりだしたら『あ~』みたいな感じを出したり。本当に汚れた人間なんです」

契約社員としてやってきた新人記者の渡邊雅之の食レポの様子(©️東海テレビ放送)

日頃、そう自戒しているからこそ、時間をかけることが許されるドキュメンタリー制作の現場ではその手法は極力使わない。それでもドキュメンタリー映画のファンやテレビ関係者の評判は芳しくないという。

「日本のドキュメンタリーって、おもしろさをあんまり盛り込んじゃいけないみたいなところがあるんです。素材をそのまま出せよって。特にローカル局には、それを求めてるんじゃないですかね。なので、構成とか演出っていうのを感じた瞬間に腹が立つ人が多いみたいで。褒められる場合でも、勉強になりましたとか、考えさせられましたとか言われることが多いんです。本当は、もっと楽しんでみてほしいんですよね」

この映画の不幸なところは、意図する、しないにかかわらず、あまりにもリアルに「テレビ住人」の生態を浮かび上がらせてしまった点にあるかもしれない。ゆえに、小難しいドキュメンタリー論やテレビ論に巻き込まれる。

「ドキュメンタリーやってるやつなんて、偽善じゃないか」

1998年入社の圡方の中には、そもそもドキュメンタリー志向はまったくなかった。むしろ、毛嫌いしていたという。

「ドキュメンタリーやってるやつなんて、偽善じゃないかっていう思いがずっとあって。弱者みたいな人を追っかけているんだけど、追っかけている“ふう”なのがいっぱいあった。だって、テレビ局の社員なんて、めちゃくちゃ待遇いいですから。そんな負け知らずな人たちが、不幸にも病を背負った人たちとかに本当に心から寄り添えるのかと。もう(取材対象者は)材料でしかない。とんでもねえ悪行ですよ」

「メディアはあまりにも旧態依然としすぎてて、外から見てると腹が立つのを通り越して、もうコミカルなところまできちゃってるのかもしれない」(圡方)

報道部に籍を置く前、圡方は制作部でバラエティー番組や情報番組の演出を手がけていた。

「バラエティーの人って『いや、僕たいしたことやってないんで』って自分を落とせるんだけど、ドキュメンタリーの人たちって、いかにも自分たちがすごいことやってる空気を出してくる。なんで、より罪深いなと思って。嫌ってましたね」

とはいえ、東海テレビがつくるドキュメンタリーは、もともと業界内で定評があった。その制作現場に立ち会うようになり、見方が変わった。

「こんなに自由なんだ、と。おもしろさを捨てる必要はないんだと気づいて。ドキュメンタリーは正義であり、何かをやっつけるみたいに思われてるところもあるんですけど、そういうタイプじゃない自分でもつくれるような気がしたんです」

圡方作品は上映中、何度も笑いが起きるのだが、それは伏線の張り方、そして、その回収が実に巧みだからだ。

花見の中継現場へやってきた件(くだん)の派遣社員が、客に話を聞こうとする。ところが、オドオドしているため、なかなか協力者が見つからない。その合間に、いかにもテレビに映りたそうな子どもにつきまとわれている様子も挟んでおく。万策尽きた派遣社員は、最後、疲れ切った様子でその子どもに、話聞かせてもらえる? とすがる。そこでどっと受ける。見え見えの展開なのだが、そうした遊び心が圡方ドキュメンタリーの真骨頂でもあるのだ。

「ドキュメンタリーって、おもしろいということと、食い合わせが悪いみたいに思われてますけど、おもしろいって言ってくれていいし、むしろ、そういうところをちょっと意識している部分もあります」

「テレビの報道の人たちとかって、ある意味、ビクビクしてると思いますよ。どっかでわかってる自分を演じなきゃいけないっていうか」(圡方)

表現は誰かを傷つける

この映画は最後、圡方たち制作班が編集作業をしている様子を映したシーンで締めくくられる。見終えた瞬間、これまで白と信じていたものが黒になり、黒だと思っていたものが白になる。そのエンディングはショッキングであると同時に、ダメ押しのようにこう思わせる。

うまい――。

だが、その解釈は本意ではないという。

「最後、すごく露悪的だって言われるんです。そういう意図ではありません。必要以上に自分たちを悪く見せたりしたら、滑るって思ってたんで。本当は見せたくないんですけど、自分たちのこういう部分も、どこかには入れないとダメだなと思っていて。もちろん、エンターテインメントの意味もありますけど、半分ぐらいは見てくれた人とか、撮った同僚に対しての、何でしょう……ちょっと、カッコつけた言い方をすると、フェアでありたいというか。表現すること自体、誰かを傷つけることになる。でも、自分もフェアに傷つけば、決してそれって……。あの結末をどういうふうに見るか。それは自分たちもよくわかんないですね、本当に」

『さよならテレビ』は、結局のところ、圡方というテレビマンの右往左往の記録だ。そして、彼はエンディングで、他の出演者以上に過激に服を一枚残らず脱いだ。

誤解を恐れずに言えば、圡方は人が悪い。だが、どこか信じられるのは、自分を言葉で着飾るタイプの人間とは正反対の人物だからだ。

「変に難しく見ないでほしい。何が言いたかったんだろうとか、何が善で、何が悪だとか。自分がジャーナリストだとは思ってないので。業界以外の人たちに見てもらいたい」(圡方)


圡方宏史(ひじかた・こうじ)
1976年生まれ。98年東海テレビ入社。制作部で情報番組やバラエティー番組のAD、ディレクターを経験したのち2009年に報道部に異動。ドキュメンタリー監督作品に『ホームレス理事長 退学球児再生計画』『ヤクザと憲法』。今年1月2日に監督第3作となる『さよならテレビ』を公開。

中村計(なかむら・けい)
1973年、千葉県船橋市生まれ。同志社大学法学部卒。スポーツ新聞記者を経て独立。スポーツをはじめとするノンフィクションをメインに活躍する。『甲子園が割れた日』(新潮社)でミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞、『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社)で講談社ノンフィクション賞受賞。