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岡本裕志

中国のいま「農村ライブコマース」動画の生配信で産地と消費者がつながる――コロナの時代を占う非接触型販売とは

2020/05/25(月) 10:12 配信

オリジナル

コロナ禍で、人と人の対面がリスクとみなされるようになった。いま、中国の農村では動画の生配信を使った販売手法が伸びている。題して「農村ライブコマース」。生産者は村を出て都会まで行く必要はない。畑にスマートフォンを持ちこんで、農産品や産地のこだわりをしゃべる。決済機能のついた動画アプリが消費者との間をつないでくれる。(取材・文:ジャーナリスト・高口康太/Yahoo!ニュース 特集編集部)

中国湖北省のお茶農家「コロナで収入7割減」

「画面の後ろに広がっている茶畑が見えますか。このお茶の木は緑茶にするのにぴったりな品種なんですよ。どうですか。青々として美しいでしょう。ここは海抜800メートルぐらいの山の斜面で、お茶の栽培にぴったりの土地なんです」

恩施の茶畑(提供:アリババグループ)

茶畑の中、スマートフォンに向かってとうとうとしゃべり続けるのは冉貞友(ラン・ジェンヨウ、30歳男性)さん。周りに人はいないが、独り言を話し続けているわけではない。画面の向こうには数百人ものお客がいる。彼らにお茶を売ることが彼の仕事だ。次々とお客からの質問が寄せられる。

――茶畑のなかに生えている木はなに?

「あれはモクセイの木です。良い香りがしますよ。うちのお茶にはモクセイの香りがついているとも言われるんです」

――売っているのは緑茶だけなの?

「紅茶や白茶も作ってます。購入ボタンを押していただけたら、今販売しているお茶が全部出てきますよ。夜はお店から放送してますから。その時に質問してくれれば、実際にどんな茶葉なのか動画でお見せしますよ」

冉貞友(ラン・ジェンヨウ)さん(提供:アリババグループ)

質問に次から次へと答えていく。お客を飽きさせないように茶畑や製茶工場、販売店の店頭、車の中などいろんな場所で放送している。長い時には朝から晩まで十数時間も放送を続けるという。楽な仕事ではないが手は抜けない。コロナ・ショックによる経済被害が深刻化するなか、冉さんの配信が農民たちの助けになるのではとの期待が高まっているからだ。

「新型コロナの影響? 大変ですよ。地域の収入の7割がなくなったわけですから」

冉さんは中国の湖北省恩施(おんし)トゥチャ族ミャオ族自治州鶴峰県(かくほうけん)に住んでいる。スマホのビデオ通話の画面に映る冉さんの背後には、青々とした茶畑が広がっている。ビデオ会議の仮想背景ではなく、本物の茶畑だ。

「恩施はお茶の一大産地です。恩施玉露といって、蒸して作る緑茶ですね。中国では珍しい製法で、歴史は唐の時代にまでさかのぼることができます。その歴史は1000年以上もあるんですよ。19世紀には、紅茶も作ってイギリスに輸出していました。出荷するには、船着き場のある長江まで運ばないといけない。当時は道が整備されてなかったので、茶背子(ちゃせこ)と呼ばれる運び手が100キロもの茶葉を背負って、山を越えて運んだといいます。私の祖父も茶背子の一人でした」

恩施の茶畑(提供:アリババグループ)

周知の通り、湖北省は新型コロナウイルス流行の震源地になった。省都の武漢市では1月23日から4月7日まで、市内活動の制限及び市外への移動が禁止されるロックダウン(封城)が実施された。武漢をのぞく他の地域でも、1月24日から3月24日まで約2カ月間に及ぶロックダウンが敷かれている。

冉さんが住む恩施トゥチャ族ミャオ族自治州の感染者数は累計252人。5万人を超える感染者を出した武漢市と比べれば少ないが、武漢での出稼ぎから旧正月休みで戻ってきた人も多く、鶴峰県内では厳戒態勢が敷かれていた。市街地では各世帯は3日に1回、1人までしか外出できないという厳しさだった。冉さんが住む農村では、「食糧生産維持のため」農作業は認められていたものの、それ以外の外出は禁止されていたという。

現在、恩施トゥチャ族ミャオ族自治州では2カ月以上にわたり新規感染者が確認されていない。一時の危機は去ったが、地元経済が負った損失は大きい。冉さんはこう言うのだった。

「コロナ・ショックでお茶が売れなくなりました。恩施のお茶は、観光客への販売分、武漢市や上海市、浙江省など近隣の大都市への販売分で、全売り上げの7割を占めています。ロックダウンで人の行き来が止まりましたから、恩施に観光客は来ない。武漢や上海にあるお店も休業してしまったので、注文もピタリと止まりました。だから、収入が7割も減ったのです。当然、出稼ぎにも行けません。危機的でした」

恩施でとれたお茶(提供:冉さん)

感染の広がりがいったん止まったいま、湖北省全域で経済活動は再開しつつある。しかし、感染再拡大に対する人々の警戒感は根強い。「店舗での対面販売が早期に回復することは難しいだろう」と、冉さんは見ている。どうやってお茶を売ったらよいのか。

動画配信で売るのは簡単

もちろん、お茶の販売は対面の要らないネットショップでもできる。しかし、冉さんはこう言うのだった。

「ネットショップでは、よい商品があるだけではダメなんです。どうやってお客さんを集め、買う気を起こさせるのか。そのためにはお店のデザインをどうするのか。商品の説明はどうするのかを考えなきゃいけません。目立つためには経験やノウハウが必要なんです。我々は農家。お茶は作れても、ネットでの小売り経験は持っていません。新規参入し、成功を収めるためにはハードルが高かった」

そんな冉さんが打開策に見据えたのは「ライブコマース」だった。取り組んでいる農家の話を聞いて、「できるかもしれない」と思ったのがきっかけだ。

冉さんのライブコマース画面。村の生産者仲間と一緒に販売を行う。配信を始めると、ユーザーから次々にコメントが投稿される(撮影:編集部)

ライブコマース――要するに、動画の生配信を介して行うネットショッピングである。視聴画面に購入ボタンがついていて、消費者は商品をその場で購入することができる。コメント欄を通じて商品に対する質問もできる。中国では2016年ごろから普及してきた。

業界最大手の「タオバオ・ライブコマース」は、2019年に年間ユーザー4億人を突破。累計の流通額は2000億元(約3兆円)を超える。ライブコマースでは、スマホや家電、コスメ、アパレル、自動車など、あらゆるものが取引されるようになっている。

なかでも新たな傾向として注目を集めるのが、農家を始めとする生産者が取り組む「農村ライブコマース」なのだ。中国では「村播」と呼ばれる。配信の現場は、生産者の働く畑や果樹園、牛舎や鶏舎だ。ザリガニ養殖場からの配信もある。アリババグループは2020年3月に、同社の村播の流通額が直近1年間で60億元(約900億円)を突破したと発表している。

ザリガニ養殖場からのライブコマース。中国でザリガニは大人気(撮影:岡本裕志)

冉さんの話に戻そう。ライブコマースの導入により、コロナ・ショックで危機に瀕したお茶販売が復調しているという。

「売り上げは30万元(約450万円)近くまで伸びました。コロナ・ショック前1カ月間の販売店売り上げと同じぐらいです。1年しかやっていないのに、これだけ売れるようになった。評判を聞いた周囲の友人からの問い合わせも増えました。いま現在、恩施での配信者は私一人ですが、今年中に20組、30組と参入は増えそうです」

農村の「ありのまま」が喜ばれる

毎日配信されている冉さんの番組を見た。

配信機材はスマホ1台だけという身軽さだ。一面に広がる茶畑を撮ったかと思えば、お茶の葉に寄って「茶葉の出来栄え」を説明する。味は? 香りは? 製法は? お茶を蒸す専用の窯も撮影しながら、「恩施とお茶の歴史」のエピソードも交える。しゃべるときは、テレビのアナウンサーのようにかしこまった中国語は使わない。土地のなまりを生かした話を繰り広げる。冉さんは「このほうがお客さんに喜んでもらえる」と言う。

舞台は農村。スマホ1台で配信できるのが魅力だ(提供:アリババグループ)

ローカル色を打ち出す。他の配信でも、こういった手法を実践する農家はいる。甘粛省隴南市礼県でリンゴ農家を営む、張加生(58歳、男性)さんもそうした一人だ。

張さんはスタンド付きのスマホを果樹園の中に置く。いつもやっている収穫の風景を撮影し、視聴者のコメントを読みながら雑談をする。なんら変わったことはしていないが、農村の風景と素朴なしゃべりが人気となり、中国全土から注文を集めている。張さんによれば、一般的なネットショッピングではなじみのある商品、人気商品に注文が集中しがち。しかし、ライブコマースではユーザーが空いた時間に様々なチャンネルをザッピングし、面白い商品を探すので、生産者との予期せぬ出会いも起きやすく、自らのチャンネルもそうしたユーザーに支えられてきた。

リンゴ農家の張さん(提供:アリババグループ)

昨秋の出荷は25トン。コロナ・ショックでも、固定ファンがついているだけに安定した販売が予想されるという。

農村のありのままを配信し、売り上げを上げる――。アリババグループで、農村ライブコマース事業の代表を務める朱曦(ジュー・シー)さんは、こう話した。

「農村のリアル感が求められているんです。都市部の消費者は、商品が、どんな土地で、誰が作ったものか、背景を知りたがっています。安全・安心が求められる食べ物ですから、ごまかしのきかない動画生配信はそれに向いています」

恩施の農村から(提供:アリババグループ)

リアル感を少しでも高めるために、朝5時から配信する生産者もいるという。

「養豚をやっている生産者で、『今からこの豚を市場に出すけど、注文してくれればすぐに配送します』と、配信中に呼びかけるんです。ユーザーから注文が入った段階で、生きた豚を食肉処理場まで運んでいきます。その一部始終をスマホ1台で配信する。ここまでくると、徹底していますよね」

中国政府も後押し

農村ライブコマースを、中国政府も後押ししている。

この4月20日には、陝西省のある村を訪問した習近平・国家主席が、キクラゲをライブコマースで販売する農家を訪ね、「農産物や加工品を販売して貧困脱却を助けることができ、農村振興にもつながる。大々的にやるべきだ」という発言を残している。

陝西省の村を訪問した習近平・国家主席(写真:新華社/アフロ)

前出のお茶農家・冉さんも、コロナ後というだけではなく、長年、農村が抱えてきた問題も改善するかもしれないと期待を寄せる。そう話す背景には、こんな経験があった。

「もう6、7年前ぐらいになりますかね。自分は、村を出て、深圳に出稼ぎに行ったことがあるんですよ。お茶の生産だけでは苦しいだろうと。もっと稼ぎたいと考えたんですね。それで電子機器メーカーのフォックスコンで働いていました。生産ラインでiPhoneとか電子機器を作っていたんですね。……仕事はきつくて、なじめなかった。1年も経たずに故郷に戻りました。やっぱり故郷がいいんです。ここにはすばらしいお茶があるわけですし、慣れ親しんだ生活環境もある。ライブコマースを使えば、都会で無理な出稼ぎをしなくても、ここで生きていくことができるじゃないですか」

(撮影:岡本裕志)


高口康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト、翻訳家。千葉大学客員准教授。1976年生まれ。2度の中国留学を経て、中国を専門とするジャーナリストに。最新刊に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)。ほかに『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。ニュースサイト「KINBRICKS NOW」、個人ブログ「高口康太のチャイナ・ウォッチング」を運営。