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「廃炉作業に外国人労働者を」の波紋――先送りになった東電計画の底流

2019/07/09(火) 07:24 配信

オリジナル

東京電力福島第一原子力発電所の廃炉作業に外国人労働者を受け入れる――。この4月、東電によるそんな方針が明らかになった。廃炉作業は「30〜40年はかかる」とされる長期戦。溶け落ちた核燃料の取り出し方法も定まっておらず、作業完了に向けた青写真は描けていない。「建設業を担う人員の不足」も加わり、廃炉の行方は混とんとしている。新たな在留資格「特定技能」を使っての外国人受け入れは、そうした事情を背景に浮上したが、翌5月には撤回された。方針転換の裏側を追いかけ、見えてきたものとは。(取材:朝日新聞記者・青木美希/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「特定技能」外国人を第一原発へ

ベトナムの在日本大使館は、東京都渋谷区の閑静なエリアにある。代々木八幡宮の豊かな緑もすぐそこだ。

元号が「平成」から「令和」に変わる直前、その大使館を訪れた。本館とは別の4階建てのビルの窓から、男性がこちらに手を振っている。階段を使って2階へ。ドアをノックして部屋に入ると、男性が柔らかな笑顔で迎えてくれた。名刺を交換すると、「労働部長」「一等書記官」の肩書きがある。取材相手のファン・チェン・ホァンさんだ。廃炉作業に「特定技能」の外国人を投入する東電の計画について、送り出し国に想定されたベトナム側の見解を尋ねる目的だった。

ベトナムのホーチミン市。この国から多くの若者が日本にやってくる(写真:アフロ)

在留資格「特定技能」の外国人労働者を現場作業に受け入れる――。

東電は今年3月下旬、ゼネコンなどの協力会社数十社にそんな方針を伝えた。特定技能のうち、東電が示した受け入れ職種は「ビルクリーニング」「産業機械製造業」など5種で、中心になるのは、廃炉作業に従事する「建設」。東電は各社に対し、線量計の着用や特別教育が必要となる放射線管理対象区域では「放射線量の正確な理解、班長や同僚からの作業安全指示の理解が可能な日本語能力が必要と考えられる。法令の趣旨にのっとってください」と伝えたという。

福島第一原発の構内では、1日約4000人が働いている。敷地内はほとんど、作業員の被ばく線量の測定が必要な「放射線管理対象区域」だ。

「特定技能」による外国人の受け入れ計画では、「特定技能1号」が想定されていた。1号は「特定産業分野であって相当程度の知識または経験を必要とする技能を要する業務」に就く。廃炉作業もこれに該当するとされた。

「1号」で求められる日本語能力の水準は「日常的な場面で、ややゆっくりと話される会話であれば、内容がほぼ理解できる」(日本語能力試験N4)以上。そして東電は「日本語能力の確認は元請けや雇用企業に求めている」(広報担当者)としていた。

日本政府は「建設」分野について、5年間で最大4万人の受け入れを見込み、その9割が現行の「技能実習生」からの移行とみている。建設業における実習生の数は2018年10月末時点で約4万6000人。ベトナム人が最多で、中国人、フィリピン人と続く。

ベトナムと日本の関係は深い。在日本ベトナム大使館のHP(編集部撮影)

大使館「健康第一。原発には行かせない」

一等書記官のホァンさんは、テーブルの上で厚い冊子を開いた。法令集とのことだった。ベトナム語を指で示しながら言う。

「ベトナムは1980年から労働者を(外国に)派遣しています。ベトナムの海外派遣法では『放射線量が高い現場には行かせない』とある。ここには『戦争の地域に行かせない』ともあるので、イラク、イラン、リビアでは戦争になったときにみんなを引き揚げさせ、帰国させました。リビアからは1万人が引き揚げました。2011年の原発事故では、福島から群馬に移動させました」

ホァンさんは、法令集の文字に黄色いマーカーを引いていく。

「ベトナムからは20代前半の若い人たちが、家族のために(日本へ)働きに来ます。将来のために働くのですから、健康第一です。原発には行かせません」

――廃炉作業で特定技能の外国人を受け入れることについて、報道の前に日本政府から連絡はありましたか?

「ありません。(4月)18日に朝日新聞やNHKのニュースで見て知りました。19日に大使と一緒に佐々木(聖子)出入国在留管理庁長官に会いに行き、状況を聞きました。(今後は)東電や日本政府に対し、ベトナム人を(廃炉作業で)働かせないよう、求めていきます」

2019年4月18日の朝日新聞朝刊。福島第一原発の廃炉作業に「特定技能」資格の外国人を受け入れる方針を決めたことを報じた

事情知らせずに危険作業 過去にも

事情がよく分からないまま、外国人労働者が福島第一原発の事故に絡む仕事に就いていたという事例は、これまでに何度か明るみに出ている。

例えば、ある20代のベトナム人男性は「建設機械・解体・土木」を学ぶために盛岡市の建設会社に技能実習生として来たものの、福島県郡山市で除染と知らずに除染作業に従事させられていた。2015年から16年にかけてのことだ。

さらに、男性はその後、飯舘村など住民が立ち入れない線量の高い現場で解体工事に従事するようになり、その際、1日2000円を渡されていた。これは何かと尋ねると、「危険手当だ」と言われ、「自分は危険な仕事をしているんですか」と重ねて質問。すると、「いやなら帰れ」と言われたという。

法務省はその後、この男性を使っていた業者に対し、「実習生受け入れ停止5年」の処分を科している。

外国人労働者らを支援する全統一労働組合書記長の佐々木史朗さんは、こう言う。

「危険手当は6600円ありました。しかし、本人には2000円しか渡ってない。(必要な)放射線管理手帳も渡されていませんでした」

除染作業で出た汚染土を入れた黒いフレコンバッグ=福島県内(写真:ロイター/アフロ)

このほかにも、実習生に除染作業をさせていたとして、福島県内の建設関連会社が「実習生受け入れ停止3年」の処分を受けている。鉄筋施工の名目で実習生を受け入れながら、実際には除染地域の表土はぎ取りなどをさせていたという。福島県の別の会社と千葉県の会社でも同様の事例があったとして、注意処分とした。

それらの事情にも詳しいホァンさんはこう振り返る。

「日本政府に『法律違反なので解決してください』と求めました。実習生を日本に送り出したベトナムの送り出し機関も、除染作業をさせることを知らなかったのです。新しく始まった『特定技能』枠でも、建設作業はあちこちの現場に行く。どこか分からないまま福島に連れていかれることがあるかもしれません。(本当に受け入れが始まったら)注意を呼びかけます」

ベトナム人、SNSで次々と懸念の声

「特定技能」資格を持つ外国人労働者を廃炉作業に従事させる方針は、5月21日、東電に対し、厚生労働省が「慎重な検討」を求める通達を出したことでいったん収束した。それでもこの間、当のベトナム人たちからは疑問や懸念が途切れなかった。

長年ベトナム語の通訳を務めてきた男性が、その内容をベトナム語に訳してSNSで紹介すると、ベトナム人たちから次々と反応があった。最も多かったのは「知らずに連れていかれたらどうしよう」という困惑の声だった。

6月8日から東京の代々木公園で開かれた「ベトナムフェスティバル」。オープニングセレモニーには、安倍晋三首相夫人の昭恵さん(右から2人目)のほか、日本の政界関係者も参加し、お祝いムードを盛り上げた(撮影:青木美希)

SNSには例えば、被曝によるリスクを懸念し、こんな反応が書き込まれた。

「どうしたって、多少は放射能の影響を受ける。誰だろうと労働者を使うなら、どんな仕事か、どこなのか、どんな影響があるか、よく知らせた上で本人の同意を得て使うべきだ。彼らが犠牲にするものに見合った賃金の制度が必要だ」

「ベトナムは貧しいから出稼ぎに来ているのに、ここで働いて持って帰る金は、その後の治療費にも満たないだろう」

「大事なのは、労働者が仕事もリスクも、情報を全て知らされることだ。選択は、労働者がする」

反応を書き込んだ一人、元技能実習生のグエン・タン・ディエップさん(33)にSNSを通じて取材することができた。家族を養うために、技能実習生として来日。縫製の仕事に就き、賃金未払いなどにも遭ったという。昨年9月、ベトナムに戻っている。

SNSには、ベトナム人たちの懸念が噴出した。その一つ、Facebookのベトナム人コミュニティー(撮影:青木美希)=写真は一部加工しています

「これ(廃炉作業での外国人労働者の受け入れ)が真実ならば、ベトナムの実習生にとって恐ろしいことだと思います。作業環境は、ベトナム人労働者の安全が担保されるかどうか分かりません。原発の現場で労働する実習生は帰国後に健康被害が出た場合はどうしますか? 白血病、肺がんなどベトナムの治療法はまだまだです。ベトナムの治療がまだ発展していないのに、(健康被害が)あっても何もできませんと思います」

日本では、被ばくによるがんの労災が認められる制度がある。これまでに廃炉作業に入った労働者のうち、6人がこの労災を認められている。ところが、ベトナムではこうした制度が未整備でがん治療のレベル自体も心配だ、という主張である。

疑問、廃炉現場からも

言葉の壁も懸念材料だ。

福島大学の坂本恵教授(言語文化論)は、言葉の通じない状況下、最低賃金以下で働かされた外国人労働者たちを支援してきた。その経験に基づき、こう言う。

福島大学の坂本恵教授(撮影:青木美希)

「福島の原発業界にはブローカーが何重にも入り込み、利益を上げるために安い労働力を求めています。一方、外国人は日本の仕組みもわからない。『特定技能』は、お金をもうけようとしている人たちには、極めて使いやすい制度でしょう」

廃炉の現場からも疑問の声が出た。

福島第一原発での作業は過酷だ。廃炉作業のほとんどは放射線管理対象区域で、防塵マスク以上の装備を必要とする。さらに、作業の集中する建屋周辺は高線量で、全面マスクが必要になる。東電が昨年9月、作業員らにアンケートしたところ、1185人が「全面マスクで見にくい、聞こえにくい」と回答した。日本語を母国語とする人同士でも会話が難しいのに、言葉が不十分な外国人に的確な指示を伝えられるかどうか。

ある元請け会社は「うちの社では雇わない。社内のハードルが高い。第一原発はその現場ごとに装備など作業のルールが細かくきめられている。言葉が分からずに事故を起こしたら大変なことになる」と言い切る。

2014年から15年まで下請け作業員として廃炉作業に従事した池田実さん(66)は「いろいろ心配です」と話す。

池田実さん。「福島原発作業員の記」の著書がある(撮影:青木美希)

最初は建屋の中のごみを集める作業だった。それから消火器の解体、ごみを小さくする作業……。仕事の内容は次々に変わり、その都度、紙で説明された。「装備が作業のたびに変わるんですよ。エプロンを着けたり、化学防護手袋を着けたり。(外国人が)紙の説明を理解できるか、ですよね」。3次下請けで働いていた池田さんは、危険手当の“中抜き”にも遭遇しており、外国人も似たような状況に陥るのではないかと懸念している。

ベトナムの労働法に詳しい神戸大学大学院国際協力研究科の斉藤善久准教授は、こう警鐘を鳴らす。

「高額の来日費用を支出し、在留期限を定められ、アルバイトを禁じられ、また転職も現実的には困難な特定技能外国人が被ばく労働に従事する場合は、言葉の問題や知識の不足もあいまって、自ら被ばく線量をごまかして少しでも長く働き、収入を得ようとする人が出ることが容易に予想されます。被ばくして帰国した後の、母国でのケア体制の不備も広く指摘されているとおりです。言葉や知識の水準を客観的に確認しないまま、単純ミスが壊滅的な災害につながりかねない第一原発の作業に『特定技能』資格の外国人を充てることは、本人の安全はもとより、日本、世界全体にとっても非常に危険です」

東電に対し、厚労省が「慎重な検討」を求めた翌日、東電も外国人労働者を廃炉作業に受け入れる方針を「当面の間」見送ると発表した。ただ、福島市で会見した東電福島復興本社の担当者は「この先ずっと就労させないと言い切っているものではない。検討して改善したうえでの就労はあり得る」と語っている。


青木美希(あおき・みき)
新聞記者。1997年、北海タイムス入社。休刊にともない北海道新聞に入社し北海道警裏金問題を手掛ける。その後、朝日新聞社へ。原発事故を検証する「プロメテウスの罠」企画に参加、「手抜き除染」取材に取り組む。いずれも取材班は新聞協会賞を受賞。近著『地図から消される街』(講談社現代新書)は、貧困ジャーナリズム大賞2018、日本医学ジャーナリスト協会賞特別賞などを受けた。

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