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長谷川美折

異例の短縮夏休み──子どもの学習の遅れや心身の健康、どう保障する【#コロナとどう暮らす】

2020/07/26(日) 18:00 配信

オリジナル

新型コロナウイルスの感染拡大により、2〜3カ月の休校を余儀なくされた全国の公立小学校。その間の学習の遅れを取り戻すため、多くの自治体が今年度の夏休みを数日〜3週間程度短縮することを決めた。子どもや保護者に戸惑いや不安がみられ、ある校長は「休みを削って勉強」させることへの違和感も口にする。「短い夏休み」で子どもの学びや健康は保障されるのか。夏本番を迎える前に、その実情を探った。(ジャーナリスト・秋山千佳/撮影・長谷川美折/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「夏休み短縮、でも宿題はゼロに」

「おはよう まってたよ」「おかえり」

7月上旬、横浜市立三ツ沢小学校(横浜市神奈川区)を訪ねると、休校明けの児童を歓迎するポスターが校舎の窓や階段を彩っていた。すべて教員の手作りだ。

先生達から子ども達へのメッセージがあちこちに貼ってある

給食時、重田英明校長が1年生の教室をのぞくと、食べ終えてマスクをつけた児童たちから「あっ、校長先生だ」「こんにちは」と元気な声が飛ぶ。給食は同月再開したばかりで、新入生が味わうのはこの日でまだ4回目だ。3年生の教室では、手洗いし、マスクを外した児童が全員前を向いて黙々と食べていた。接触感染や飛沫感染を防ぐためだ。教室の外には、個々が書いた目標が貼られていた。「友だちをふやす」「はじめての子とも仲良くなりたい」など、友人関係の充実を挙げる子が目立つ。

「休校中、どうしても人恋しさがあったのでしょうね」

横浜市立三ツ沢小学校 重田英明校長

重田校長はそうおもんぱかる。

市内の小学校では3月3日から5月末まで休校が続き、6月から分散登校や短時間授業で再開し、7月から通常登校となった。同校から各家庭に出した課題は、「ドリルやプリントを配布して、漢字以外は新しい学習範囲は行わずに復習の内容にした」(重田校長)。各児童の家庭状況の違いに配慮したという。

先生あのねポスト

同校が力を注いだのが、休校中に家庭と学校との心理的距離が広がらないようにする工夫だ。家庭訪問を2回以上行い、児童には担任から毎日写真つきのメールを配信。相談事を書いて投函できるポストも校門脇に設置し、投書があれば担任から電話をかけた。学校再開直後の分散登校では各学級が少人数となり、担任に加えて専科の教員も入ったため、一人ひとりに細やかな目配りができた。その結果、予想外のことが起こったと重田校長は話す。

「例年、新年度には登校をしぶる子が出るのですが、今年はゼロだったのです。子どもや保護者の不安をたくさん聞くことができ、スムーズに学校を再開できたことはコロナ禍の不幸中の幸いだと思っています」

給食準備の様子

ただ、児童たちの学校生活が軌道に乗ってきたところで前例のない夏を迎えることになる。

 横浜市の小学校では、教育委員会規則で7月21日〜8月26日と定められている夏休みを改正し、今年度は8月3日〜16日と大幅に短縮した。同市教委によると、再開からすぐ休暇に入ると子どもたちの学校生活のペースを崩しかねないという配慮や、最高気温の統計などを総合的に判断して、この期間に落ち着いた。「保護者の大きな反対はなかったが、真夏の登下校での熱中症を不安視する声と、このままでは授業日数が少なくて心配という声があった」(石川隆一・同市教委小中学校企画課長)という。

手洗いの様子

重田校長は「再開から2カ月で夏休みを迎えることで子どもたちの生活リズムが崩れる面は否めない」と話す。他方、心配された学習の遅れは夏休みの短縮などで取り戻せる見通しだ。仮に今年度中に消化できなければ来年度に回すことが市教委に認められているため、無理な詰め込みは避ける方針だという。

「夏休みの宿題はゼロにします。2週間は気兼ねなく休んで、家族と出かけるなど羽を伸ばしてほしい」

保護者「短縮、受容するしかない」 学校への思い

保護者は夏休み短縮をどう受け止めているのか。

別の横浜市立小学校に6年生の長女と3年生の長男が通っている会社員の日丸邦彦さん(52)は、休校によって学校のありがたみを再認識したという。

日丸邦彦さん(撮影:秋山千佳)

「学校は、勉強だけでなく生活全般のリズムを整えてくれる。わが家では休校中も子どもたちがダラダラ過ごさないように時間割を作りましたが、家庭でそこまでできるかどうかは、親の余裕や教育観によって格差が出そうだなと感じました」

担任がプリントに記してくれるコメントや一斉メール、個人面談など「学校はできる限り情報を提供してくれている」。学校に信頼を寄せ、不安もコミュニケーションの中で解消してきたため、夏休みの短縮を知らされた時は「受容するしかない」と妻と話したという。

「息子はキャンプなど長期の団体行動の体験機会が失われるのが残念ですし、受験生の娘は暑い時に学校にも塾にも行かなければいけないのでストレスフルでしょう。ただ、短期間なりに近場でバーベキューをしたり磯遊びをしたりできたらいいなと今は考えています」

夏休みの期間、どう決めているか

写真はイメージ

公立の小中学校の夏休みは、市町村教委が学校管理規則などで定めることになっている。教育上必要がある時には、校長が教委に届け出て期間を変更できる例外規定がある場合も多い。今年度、自治体や学校によって夏休みの日数に幅があるのはそのためだ。

文科省は今年4月、各教委教育長への通知で、学校再開後に学習の遅れを取り戻すには「時間割編成の工夫、学校行事の精選、長期休業期間の短縮、土曜日に授業を行うこと等」の措置を講じるよう示している。そのため、自治体によっては夏休み短縮以外に、土曜授業や7時間授業なども導入している。しかし通知では同時に、児童生徒と教職員の「負担が過重とならないように配慮すること」も求められている。

エアコンがない学校も 熱中症の懸念、どう乗り切る?

写真はイメージ

夏休みを短縮しての通学で懸念されるのが、熱中症だ。

静岡県養護教諭研究会が2019年度末に実施した調査によると、静岡県内の小中学校で空調設備(エアコン、扇風機)があるのは小学校99.6%、中学校98.5%。そのうち扇風機のみは、小学校17%、中学校37.8%だった。研究会が2018年度にエアコン未設置校のある地区に確認したところ、多くは「2020年度までに設置していく」という回答だったが、「2019年度からの3年計画で小学校から設置予定」となっているなど、この夏に間に合わない学校もある。また教室にはエアコンがあっても、登下校時のリスクがある。

同研究会の臼井悦子会長はこう話す。

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「特に心配なのが小学校です。中学校は部活動があり通常でも夏休みの登校機会が多いですが、小学生は慣れていないし、登下校時にマスクをしていて暑くなっても臨機応変に対応できない低学年の子も多い。熱中症予防として水分を多くとるよう呼びかけるほか、ネッククーラーや保冷剤を活用する予定の自治体や学校もあります」

エアコンのない学校では既に、「マスクを長時間着用していると暑くなるので授業中は外して構わない、ただし大きな声で話さないこと」と指導しているところもあるという。

「ただ、マスクを外していいよと呼びかけても、漠然とした不安や家庭での教えからか、外そうとしない子がいるそうです。心臓疾患などの疾病がある子は呼吸が苦しくないようなタイプのフェイスシールドやマウスシールドに切り替えるなど、大人の側で丁寧に対応していく必要を感じています」(臼井会長)

夏休みを取った上で、学習の遅れを取り戻せるのか

一方、夏休みの短縮日数より長かった休校期間の「学習の遅れ」をどう考えるか。

千葉大学教育学部 特任教授 天笠茂氏

天笠茂・千葉大特任教授は、学習指導要領では小学校の授業は年間35週(1年生は34週)以上を標準としており、実際には学校行事などを含めて43週程度あるとする。単純計算でおよそ8週分の差があるが、「車でいうハンドルの遊びの部分がある」と解説する。

「時数の確保という意味では、今はギリギリ担保できる状況です。教科書の内容をすべて例年どおり扱うのでなく、軽重をつけるとか、小学校であれば通常45分の授業を40分にして7時間授業を行うとか、やりくり次第で何とかなります。夏休みの長短だけでなく、1年間の中でどう調整するかという視点が必要ではないでしょうか」(天笠特任教授)

ただし、時数に固執しすぎると内容がおろそかになる恐れもある。

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「学習の遅れとよく言われますが、遅れという言葉が意味することを突き詰めて考えると、時数をこなすことではなく子どもが学習内容を理解できているかが重要なはずです。しかし大人の側が時数消化にこだわると形式主義的になり、子どもを息苦しくさせる。結果、子どもに学力をつけるという本来の目的がすっぽり抜けてしまう恐れがあります」(天笠特任教授)

さまざまな工夫で学力保障「保護者や子どもを不安にさせない」

「夏休みをいたずらに削って教室に縛り付けるだけでは、子どもたちはやる気をどんどんなくしていきます」

そう言い切るのは、大阪市立大国小学校の岡田治美校長だ。

大阪市立大国小学校の岡田治美校長(撮影:編集部)

大阪市内の公立小学校は2月29日から5月31日まで休校が続き、6月15日から全面的に再開された。春休みを除いても3カ月近い空白ができたことになる。そして同市の今年の夏休みは、8月8日〜23日の約2週間になった。授業時数確保のためだ。岡田校長は、休校期間はもともと春休みやゴールデンウィークなど休みが多い時期であり、新年度は学習に入る助走の時間を取ることもあってそれほどたくさんの量を学ぶわけではなく、遅れは取り戻せる範囲内だとする。

「やり方を工夫した年間計画を立てたので、学力保障の面は心配ありません。ただ、明確な説明がなければ保護者や子どもは不安でしょうから、学校から細かに発信しています」

同校では休校期間中、ホームページの日々の更新に加え、保護者が目にしやすいLINEの公式アカウントを開設。そして、保護者や子どもの不安に先回りする発信を心がけてきた。

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例えば、夏休みには5年生の宿泊行事である林間学習が2泊3日で予定されていたが、中止が決定。しかし、現在の4年生と来年合同で行うことを決め、「今年辛抱したら、来年楽しいことが待っているよ」と伝えると、児童も納得したという。また運動会は、市規定の土曜授業の枠を使って実施することにし、特別な練習をせず授業の延長線上の内容にすることにした。保護者には、マスク着用や消毒などを徹底して「授業参観」できることを説明した。

大阪市立大国小学校の岡田治美校長(撮影:編集部)

また岡田校長は、教員たちには授業の進め方を工夫することを求めた。

「今までのような起承転結型でなく、いきなり結論から入る授業があっていい。学びの効率化、指導の転換です。例えば三角形の面積の求め方なら、まず公式を示して先生から10分間説明してすぐテストをする。理解できた子はどんな三角形でも二つ合わせれば平行四辺形になるかをグループで調べ、わからない子には先生が個別にもう一度説明するといった具合です。枠組みを先に知って興味を持てれば、理解も早くなり、楽しいですよね」

災害も多い日本 学び止めない工夫を

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さらに岡田校長は、そもそも夏休み短縮のような急場しのぎの対策だけでなく、学習のあり方を大きく変えなければおかしいと唱える。

「感染症だけでなく災害も多い日本では、学びを長期間止めることのない方法を作っておかないといけない。学校に来て教室で勉強するという形にこだわらず、オンラインでの自宅学習を含めていろんな学び方があるべきです。(児童生徒1人1台の端末や高速通信ネットワークを整備する)『GIGAスクール構想』のような日本が遅れていた分野に予算がつくという意味では、今回ようやく追い風が吹いたと感じます」

同校では夏休みを短縮して行う授業について、校長の裁量で、児童が希望すればオンラインでの参加を選択できるようにできないかと市教委に交渉している。さらに今後は、保護者懇談会もオンラインを選択できるようにする方針だ。

休みを削ってまで教室で勉強、いいのか

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前出の天笠特任教授は、今回の休校と夏休み短縮を含めた対応について、「基本的には教委の指示待ちで、他と足並みをそろえる校長が多いでしょう」と見解を示した。

岡田校長も「多くの学校では夏休みを削っていつもどおり登校させて授業をやることになると思う」としつつ、「それは違うような気がしている」と指摘して、こう述べる。

「夏休みは本来、学校を離れて自分が追求したいことをできる機会です。一つの活動に没頭することによって勉強する面白さを知ることができれば、人間としての学ぶ意欲につながり、学習指導要領が掲げる『生きる力』になる。そんな休みを削ってまで教室で勉強させるのがよいのか。学校教育とは子どもたちが幸せに生きていけるためのもので、学習指導要領にあることを覚えさせることを目標とはしていません。そのことを見つめ直す機会を、我々はコロナを通して与えられているのではないでしょうか」


秋山千佳(あきやま・ちか)
ジャーナリスト、九州女子短期大学特別客員教授。1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当。2013年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』『戸籍のない日本人』。2匹の保護猫と暮らす。公式サイト

[写真]
撮影:長谷川美祈
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト
後藤勝

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