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笹島康仁

「ブラック校則」どうすれば――学校現場に変化の兆しも

2019/01/28(月) 07:33 配信

オリジナル

「僕は校則を破りました。ごめんなさい、もうしません」。1人の中学生が生徒30人ほどの集まる教室に呼び出され、謝罪する――。こんな光景が東京都内のある公立中学校で毎週のように繰り広げられている。「おかしいのではないか」と生徒や保護者が訴えても変わらなかったという。学校で温存される理不尽な指導やルール。その根源には、何があるのだろうか。「ブラック校則」をめぐる学校現場の今を取材すると、変化の兆しも見えてきた。(文:Yahoo!ニュース 特集編集部/写真:笹島康仁)

「学校は密室。誰も立ち入れない」

斎藤晴矢さん(15)=仮名=は、冒頭で紹介した公立中学校に通っている。ルールを破ると、生活委員の生徒や先生にチェックされ、一人ずつ「生活委員会」に呼び出される。生活委員は各クラス男女1人ずつ。3学年で30人ほどになる。

学校での出来事を話す斎藤晴矢さん

「たくさんのルールがあって、そのチェックが異常に厳しい。学ランのホックは授業中も留めなきゃいけないし、爪の長さも一人ひとりチェックされる。ハンカチは常にポケットに、机はマークの位置から少しでもずれてはいけない……。『自分の教室以外に入ってはいけない』というルールでは、入ってしまうと教室に閉じ込められて、先生を呼ばれます」

教科書などの勉強道具を学校に置いて帰る「置き勉」も禁止だ。机の中に紙切れが一つあっても「置き勉」として取り締まられるという。

「生徒同士で監視し合う感じです。取り締まる生徒が権力を持っていて、机の引き出しやロッカー、かばんの中身まで勝手にチェックされます」

晴矢さんはある放課後、生活委員の生徒に自分の机の引き出しを開けられ、教科書を取り上げられた。クラスのほぼ全員が参加するLINEグループでそれを知ったという。

晴矢さんは自分の教科書が取り上げられたことをSNSで知った

母の陽子さん=仮名=が、そのLINEのやり取りをノートに書き写していた。「返してほしい」と書き込む晴矢さんに対し、「返さない」「置き勉したほうが悪い」……。晴矢さんを責める級友たちの言葉が並んでいた。

陽子さんは「学校が強制収容所のよう」と言う。

「学校の雰囲気がおかしくなっています。小学校のときは普通だった子が急に髪を染めてきたり、物を壊したり。子どもたちの必死の抵抗だと思います。中学生のこの子たちに、大人の言葉をひっくり返すほどの反論はできないから」

理不尽なルール、生徒が生徒を監視するかのような指導。これらについて、陽子さんは何度か学校側と話し合いの場を持った。その記録によると、校長は「方針を変えるつもりはない」と答えている。教育委員会や文部科学省に相談しても「学校のルールは校長に一任している」と言われたという。

「どこに訴えても変わりません。全ての権力は校長にあって、密室で誰も立ち入れないんです」

斎藤さん親子は悩んだ末に匿名での取材を希望した。実態を訴えたいと思っている人も、高校受験に必要な内申書を気にして踏み切れない、という

「下着の色指定」今も

「学校の校則やルール、それに基づく指導がおかしいのではないか」――。2017年秋ごろから、そんな声が急速に広まった。きっかけは、大阪府立高校の女子生徒が、生まれつき茶色い髪を黒く染めるよう学校に強要されたとして裁判を起こしたことだ。

その後、NPO法人キッズドア代表の渡辺由美子さんらは「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」を立ち上げ、10〜50代の男女2000人を対象に実態を調査した。その結果、興味深いことがいくつか浮かび上がってきた。

例えば、「下着の色」。

「下着の色が指定されている」という校則を中学時代に体験した10代は15.8%、高校時代でも11.4%いた。「下着の色をチェックされた」という10代も2.5%。自由記述欄には「修学旅行で白でない下着を没収され、2泊3日をノーブラで過ごした」「放課後に男性教諭から呼び出され、『下着青だったんでしょ? 白にしなきゃダメだよ』と言われた」などの回答があった。

取材に答える渡辺由美子さん。右は「ストップいじめ!ナビ」副代表の須永祐慈さん

渡辺さんはこう話す。

「セクハラがこれだけ問題になっているのに、いまだに下着の色を指定する校則が存在する。世間の感覚とずれてしまっています」

「ブラック校則」が問題になって1年ほどが経つ。渡辺さんのもとには、全国の学生や保護者、先生からも「どうにかしたい」という声が多く届いているという。でも、どう変えていいか分からない、と。

「『学校を変えるぞ』と生徒会に入ったけど、先生に突っぱねられて何も変えられなかったという子もいました。取り合ってももらえなかった。すると、『頑張っても何も変えられない』という意識が染みついてしまいます。学校のルールの根本は生徒のためにあるということを、もう一度、社会全体で考えなくてはなりません」

学校には多くのルールがある

生徒の動画が変化を後押し

生徒や保護者の声に動かされ、ルールを変えた学校もある。広島市立牛田中学校はその一つ。きっかけになったのは、PC放送部の生徒たちが作り、YouTubeに投稿した「The School Bag is Heavy!!」という動画である。投稿は2018年2月のことだ。

同校には「置き勉禁止」というルールがあった。

牛田中学校の下校風景。「置き勉禁止」のルールが変わったのはつい最近のこと

2017年の秋、地元の中国新聞が通学かばんの問題を取り上げ、「かばんが重い」と訴えた牛田中の生徒の投書も掲載された。それを受け、三村千秋校長が「置き勉禁止のルールを見直してはどうか」と保護者や教職員に投げ掛けたという。

意見は割れた。

「子どもの負担が減る」という賛同の声。「家で勉強をしなくなる」「教室が汚くなる」「ものがなくなったら誰が責任を取るのか」という心配の声。

そうしたさなか、この動画が制作された。

動画の冒頭、男子生徒が通学かばんを背負って坂道を上ってくる。重さを量ると18.4キロ。女子生徒が「18キロを2リットルのペットボトルで考えてみると」と言い、画面にはペットボトル9本を積み上げる様子が映し出される。

動画の一場面(PC放送部が制作した動画から)

「重すぎて後ろに倒れそうになった」といった生徒の体験談に加え、昔に比べて教科書が大きく厚くなっていることや、重すぎる荷物の身体への影響を心配する養護教諭など教員の声も盛り込んだ。

動画の発案者は2年生の足立こころさん(14)。コンクールに出す作品として、身近で問題になっていた通学かばんを題材にしようと部内の会議で提案した。2年生の女子部員は「長距離の通学で大きな荷物が負担だった」と応じ、そのほかの同級生や先輩も賛同した。

完成した動画は市が主催する文化祭で優勝して反響を呼び、テレビや新聞で取り上げられ、さらに注目を浴びた。

そして動画投稿から2カ月後の2018年4月、学校のルールは変わった。宿題が毎日ある国語と英語の教材以外は「置き勉」をしても構わないことになった。

PC放送部顧問の熊谷貞夫さん。牛田中では、教室の机が部屋の中心を向くように置かれている

PC放送部の顧問・熊谷貞夫さんは「生徒が作った動画が(ルールを変える)最後の一押しになりました」と言う。一方で、「学校のルールを守らせる立場の教員としては、勇気のいる内容でした」とも打ち明ける。

「生徒たちと動画の内容を話していく中で、自分たちの要求を一辺倒に伝えないようにしよう、できるだけ多くの先生に参加してもらおうと決めました」

「ルールが変わった要因はいろいろあります。先生たちが協力してくれたし、先生と生徒の距離が近く、信頼関係もある。最後は『生徒たちを信じよう』となれたと思います」

「先生と生徒が信頼関係で結ばれる学校にしたい」――。制作した動画はこの言葉で締めくくられている。

放送室で談笑する熊谷さんと部員たち

「校則で非行防止? 説明になってません」

名古屋大学准教授の内田良さんは、学校には特殊な文化があると指摘する。

「一般社会なら許されないことが『教育のため』という名目で許されてしまう。例えば、体罰は暴行・傷害事件ですが、学校では『教育』を理由に強い処分が下りません。“治外法権”になっています」

内田良さんは名古屋大学大学院教育発達科学研究科准教授。専門は教育社会学

下着の色、靴下の色、スカートの長さ、髪形の指定など、学校にあるさまざまなルールに対して、内田さんは「どんな根拠があるのか」と問い掛ける。

「靴下の色や模様の教育効果なんて説明がつかないですよね。『校則を厳しくすれば学力が上がる』『派手やおしゃれが非行の出発点だ』と考える学校文化があります。スカートが長くなったから成績が上がるとか、非行をしないとか、冷静に考えたらあり得ません」

むしろ、「みんなが同じ」というルールが「乱れ」をつくり出しているのではないかと言う。

「制服がない学校も、大学も、服装はそれぞれ違うけど、乱れてはいないじゃないですか。一人ひとりがさまざまな背景を持って学校にいます。『みんなが違う』という前提に立てば、見た目の違いは問題にならないはずです」

牛田中の生徒手帳。さまざまな校則が書き込まれている

厳しい校則の背景には、地域社会の“目”も影響しているという。

「だらしない格好の生徒や騒いでいる生徒がいれば、すぐに学校に苦情の電話が入ります。地域住民がその場で注意すればいいのに。苦情が来れば管理を厳しくせざるをえなくなります。こうしてルールが増えていくんです」

教員の忙しさも背景にあるという。

文科省の「教員勤務実態調査」(2016年度)によると、時間外労働が「過労死ライン」である月80時間以上を超える教員が小学校で3割、中学校で6割いた。その半面、教員に残業代や休日勤務手当は支給されない。

「校則を変えていくには、先生たちにゆとりが必要です。現状のように数少ない教員で子どもを管理しようとすると、刑務所みたいにガチガチにルールで縛って管理するしかない。今の状態のまま校則がなくなったとき、困るのは先生ではないでしょうか」

東京都内で開かれた「学校における働き方改革の実現に向けたシンポジウム」で発言する内田さん。現役の教員も数多く参加した

内田さんは「本来ならば、そうしたルールが子どもたちにとって良いものかどうか、学校が自ら考え、常に話し合っていかなければなりません」と話す。ただし、現状では全ての学校が独自に動くとは考えにくいという。

「(文科省などの)上部機関が介入してでもルールを変えるべきだと思います。教育の自立性を潰すような発想につながりかねないので、慎重でなければなりませんが、子どもの安全や人権を考えると、そういう方法ですぐに変えるしかないと思っています」

学校は変わっていかなければならない

牛田中学校の生徒に話を聞くと、校則に対しての要望はまだまだあることに気付く。「男子だけ靴下が黒と紺も許されている。ずるい」「靴は(男女とも)白のみでダサイし、(白は)すぐ汚れる」「指定のかばんの肩紐が細くて痛い」……。

牛田中では靴は白。靴下はワンポイントまでで、くるぶしが隠れなければいけない(撮影:笹島康仁)

動画を発案した足立さんは「校則について改めて考えてみると、おかしいと思うものがあれば、(存在理由に)納得するものもありました。当たり前だと思っていたルールも(本当にそれでいいのかどうか)話し合って見直していけたら」と言う。

顧問の熊谷さんは「社会が大きく変わっていく時代に、学校も変わっていかなくてはいけない」と話す。

「これからはルールづくりにも生徒が入っていく。一方通行はもうだめだと思います。今回の置き勉では、学校が一方的に決めるのではなく、PC放送部が活躍できたことは大きかった。変わり方が良かったと思う。自分たちも学校を変えていく一人だという意識にもつながります」

足立さんは昨秋の生徒会選挙で文化委員長になった。その選挙では「(今は校則で決められている)夏服と冬服を切り替える時期を、自分たちで判断するようにしたい」と訴えた。

【動画】牛田中PC放送部が制作した「The School Bag is Heavy!!」


[取材協力]笹島康仁


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