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玉川竜

「恐怖9割でも挑戦してきた」―松坂桃李30歳の貪欲な10年

2019/09/19(木) 08:00 配信

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「何かの狭間で揺れ動く役が増えた気がする。そういう年齢になったんでしょうね」。俳優生活10年を迎えた松坂桃李(30)。少年時代は夢中になれるものがなく、「物事が続かない子」だったという。俳優の道へどう導かれたのか。役から役へ、貪欲に演じた10年を振り返る。(取材・文:内田正樹/撮影:玉川竜/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

夢中になれるものがなかった

「授賞式で僕の名前が読み上げられたとき、事務所の社長、マネージャーさんたちは会場の別室にいて。その瞬間の動画を後から見たら、みんな家族のように喜んでくれていた。甲子園に出た選手の身内が、中継を見ながら盛り上がっているような。それを見た瞬間、ちょっと報われた気がしたんです。『ああ、ここまでやってきて、本当に良かったな』って」

2019年3月1日、松坂桃李は映画『孤狼の血』(2018年)の演技で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した。

「僕は、良いことがあると、すぐに『嫌なことが起こるぞ』と思ってしまう性格で。もしも道で100円を拾ったとしたら、『すっ転ぶんじゃないか?』と不安がよぎるような。いつも喜びに浸りきれないんです。でも、あの日は違いました。もちろん受賞もうれしかったけど、エンターテインメントって、誰かを楽しませて、喜ばせてナンボみたいな要素もあるじゃないですか。そんな感動を最も身近に感じられたというか。今までで一番うれしい瞬間だったかもしれません」

デビュー当時から松坂を担当しているマネージャーは「売れた後も、これほど人柄が変わらない人も珍しい」と彼を語る。俳優デビューから10年、性格も変わらず、浮かれることもなく、30歳を迎えた今日までに、気付けばさまざまな役柄を演じてきた。

「いろいろやりましたね。マネージャーさんとも『20代はとにかく挑戦あるのみ。それがきっと30代につながる』と話していた」

神奈川県茅ケ崎市で、両親と、姉妹の間で育った。幼少期は、いたずらを繰り返しては父親から怒られているような“やんちゃ坊主”だった。しかし、そんな性格も成長につれて変わっていった。

「父が仕事から帰宅するまでは男一人。口げんかになっても、母にも姉にも妹にも勝てない。声を荒らげたところで、良いことは何もないと悟った(笑)。家事も当番制で、犬の散歩、洗濯、風呂掃除、皿洗いなんかをやっていました。夢中になれるものがなかったから、それでよかったんだと思います」

「バスケットボールを中学3年間続けたけど、動機は漫画の『SLAM DUNK』が好きだっただけで。合気道も習っていたけど、それも本当は空手を習いたかったのに、空手の道場が近所になかったから。人見知りで、何かに無我夢中で取り組むこともなかった。両親からも、よく『物事が長く続かない子』と言われていた」

デビューのきっかけは、男性ファッション誌『FINEBOYS』の専属モデルオーディションでのグランプリ受賞だった。それをきっかけに、今の事務所へ所属した。

その後、転機はすぐに訪れた。2009年、20歳のときにオーディションで獲得した「スーパー戦隊シリーズ」第33作『侍戦隊シンケンジャー』の志葉丈瑠/シンケンレッド役で俳優デビューを果たし、一躍、脚光を浴びる。上京し、一人暮らしを始め、「この仕事を続けていこう」と決心を固めた。

「戦隊モノって、ヒーローショー(実演)を含めると、同じ役を1年半くらい演じ続けるんです。そのおかげで、物事が続かない男に、続ける免疫力が付いた。運の良さもあって、人との出会いや演技への好奇心も、ちょっとずつ大きくなっていった。同じことの繰り返しではなく、作品ごとに楽しみ方や怖さがある仕事なのだと気付きました」

エッジの利いたオファーが増えて

テレビドラマでは「チーム・バチスタ」シリーズ(2010、2011年)のような話題作やNHKの朝ドラ(『梅ちゃん先生』2012年)、大河ドラマ(『軍師官兵衛』2014年)に出演し、映画にも年間1、2本のペースで出演を続けるなど、理想的かつ堅実にキャリアを積み重ねていった。

「うちの事務所のモットーは『一つ仕事をやったら三つ仕事を取ってくる』(笑)。5年くらい前から、さらにチャレンジするような役や、それまで接したことのなかった監督や作品に触れて、自分の血肉にしていきたいと思い始めて」

そうして出会った作品が、2016年の舞台『娼年』だった。R-18指定となった本作で、濡れ場に挑み、体当たりで男娼を演じた。

「三浦大輔さん(作・演出。2018年の映画版では脚本・監督)とお会いして、『ぜひやらせてください』と言ってお引き受けしたものの、いざ舞台に立つと、本当にきつかった。服を着ているよりも全裸の時間のほうが長いし、どこにも逃げ場がなくて、毎回、汗だくでした。ものすごくメンタルを削られました。その甲斐があったのか、『娼年』以降、いただくオファーの種類が目に見えて変わり始めた。エッジの利いたものが増えていったんです」

『娼年』の客席には、後に松坂が出演する『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)、そして前述の『孤狼の血』を手掛ける白石和彌監督もいた。後日、白石は、観劇の感想を振り返って「これはただのイケメン役者じゃないとすぐに分かったし、本人もそれで終わるつもりのない役者だと察して、(『孤狼の血』の)出演をオファーしました」と語っている。

「やったことがないことって怖いじゃないですか。でも、何かを断る勇気が持てるんだったら、そもそも恐怖にだって勝てるんじゃないか?と思っている。後から『やっとけばよかった』という後悔もしたくない。恐怖が9割を占めても、1割の好奇心があればやってきた。仮に作品が破綻していても、役に魅力を感じられたら、自分の中で得るものは大きい。破綻しているなりの面白さだって、見えてくるかもしれないし」

今年はこれまでに1本の連続テレビドラマ(『パーフェクトワールド』)と、(公開待機作を含め)4本の映画に出演している。国家に翻弄され、正義感と守るべき家族の間で苦悩する官僚を演じた映画『新聞記者』は、公開後に口コミで話題となり、上映館数が拡大されるというヒットを記録した。

「『パーフェクトワールド』は車椅子の方の恋愛物として、しっかりとしたメッセージの込もった作品でしたし、『新聞記者』のヒットは、みんなの熱量が報われた気がしてうれしかったです。僕が演じた杉原という役は、常に何らかの選択を迫られている男でした。人って、日常でも大小さまざまな選択を強いられるじゃないですか。物語は政治的な要素を取り扱ったものだけど、僕自身はむしろそこに好奇心を持ちました。最近、何かの狭間で揺れ動く役が増えた気がします。そういう年齢になったんでしょうね」

「もちろん、主演で真ん中を任されれば責任も感じるし、数字を全く気にしないわけにもいかない。でも、僕個人としては、数字うんぬんよりも、ちゃんと残る作品を届けたい」

最新出演作は、アニメーション映画『HELLO WORLD』だ。主人公は京都に暮らす内気な高校生の直実(声:北村匠海)。松坂は、直実の“10年後の姿”を名乗る青年・ナオミの声を演じている。

「伊藤智彦監督は、『パディントン』シリーズ(2016、2018年)の日本語版吹き替えを見て、ナオミをオファーしてくれたそうです。僕自身、SFモノや『スター・ウォーズ』も好きだったので、作品に興味を持つ速度はかなり早かったと思います」

ナオミは、ある事故を防ぐために10年後の未来からやってきた。直実は未来の自分自身とバディを組むことで、世界の大いなる秘密と対峙していく。

「ナオミは10年の間にいろいろな失敗や苦しみを乗り越えているので、俯瞰の視点や客観性を大事にしながら演じました。監督からは、『〈エヴァンゲリオン〉の碇シンジが胸を焼かれたときの声でお願いします』なんて指示もあった。僕もエヴァ好きなので、『あー、あの声ですね』と(笑)」

「もしも10年前の自分に会いに行けたら、今の自分は過去の自分にどんな言葉をかけるか?」。この問いに、松坂は「ちゃんと貯金をしろ」と笑って答えた。

「特に浪費もしていないんですけど、先行きが不安定な仕事ですから、『ちゃんとためておく必要はあるぞ』と。最近、もっと早くに仕事への意識を強く持っていればよかったかもなあと感じているので」

30代のうちに家庭を持ちたい

同じ事務所には、先輩に中村倫也、後輩に菅田将暉と、現在、松坂と同様に活躍中の俳優がいる。中堅的なスタンスを自覚させられる場面も増えたという。

「倫也さんが長男で、僕が次男、菅田が三男という感じ。毎年の忘年会で、みんなの前で一言話すんですが、僕はそのたびに『後輩が出てきたら潰す』と言っていて(笑)。僕や菅田は、先輩方が切り拓いてくれた道のおかげで今がある。だから、これから出てくる後輩にも、僕らの利用できるところは利用してもらって、そこから自分でうまくつなげてくれたらと」

既婚者の役柄も増えてきた。自身も「30代のうちに家庭を持ちたい」という。

「一人でいる時間が好きなんですけど、基本的には、平和で平穏な人生を暮らしたいという考え方なので、やっぱり家庭も欲しい。ただ、自分の子どもには、この仕事には絶対に就かせない。だって大変だもん(笑)。苦労や不安や恐怖のほうが圧倒的に多い仕事だと感じるので」

それでも、「この仕事における最大の喜びは?」と問えば、迷わず「出会いとつながり」と答える。なかでも岡田准一、樹木希林、そして役所広司の背中からは、多くのことを学んだという。

「岡田さんからは、1年かけて大河の主演を背負っていくという責任感を。希林さんは、あの何とも言えない優しさと自然な包み込み方に感銘を受けました。そして、役所さんの背中は本当に大きかった。役所さんの存在感とバランス感覚は、僕にとって究極の理想です」

9月16日、映画『蜜蜂と遠雷』の完成披露イベントの壇上で、近々まとまった休暇を取る予定であることを語った。

「アウトプットの連続の10年で、ひと息つく暇がなかったので」

しばしのインプットのときを目前に、彼が今深く胸に刻んでいるのは、「ネクスト・ワン」という言葉だ。

「過去に出た作品を『良かった』と言われるのはうれしいけれど、次こそがベストという気持ちを大事にしたい。一つの色を濃くしていくような姿勢も美しくて素敵ですが、たぶん僕は引き出しの数を増やして、新しい扉をどんどん開き続けないと続かないタイプだと思うので」

「僕って“わりと普通”な俳優だと思います(笑)。ただ、バランスの取れた普通の俳優でいたい。テレビにも、映画にも、舞台にも、それぞれの良さがある。『これだけ』とは決め込まず、欲張り精神と安定志向で、満遍なくやっていきたい。出会いによって描いてきた円を30代でもっと大きくして、40代、50代をより良いつながりと再会の中で迎えたい。先々を見据えながら、これからもいろいろな波を立たせていけたらいいですね」

松坂桃李(まつざか・とおり)
1988年生まれ。神奈川県出身。2009年に俳優デビュー。最近の出演作に映画『居眠り磐音』『新聞記者』、ドラマ『パーフェクトワールド』などがある。NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』に出演中。アニメーション映画『HELLO WORLD』は9月20日公開。映画『蜜蜂と遠雷』が10月4日に公開を控える。

内田正樹(うちだ・まさき)
1971年生まれ。東京都出身。編集者、ライター。雑誌『SWITCH』編集長を経て、2011年からフリーランス。国内外のアーティストへのインタビューや、ファッションページのディレクション、コラム執筆などに携わる。

ヘアメイク:AZUMA
スタイリング:伊藤省吾


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