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Mandy Foster/U.S. Air Force/ZUMA Press/アフロ

すべての観光客がコロナ患者だと考えて迎え入れる――経済との両立、沖縄の医師が語る「腹の括り方」【#コロナとどう暮らす】

2020/07/17(金) 10:39 配信

オリジナル

7月に入って、沖縄県のアメリカ軍基地で新型コロナウイルスの感染が拡大している。15日時点で感染者数は136人。だが、当初は感染者数も公表されなかった。この感染は、どこからどのように広がっているのか。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗り込むなど、日本では最初期の段階から新型コロナウイルス患者を診断し、現在は沖縄県立中部病院で感染症対策に取り組む高山義浩医師に現状を聞いた。(取材・文:ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース 特集編集部)

※取材は7月14日。その時点での情報による。取材はZoomで行った。

PCR検査を地元住民130人に緊急実施、全員陰性

──報道では、7月4日(アメリカの独立記念日)にイベントがあり、それ以降、感染が拡大したとのことです。確かでしょうか。

そうですね。7月4日、うるま市など各地で、バーベキューパーティーやダンスイベントなどがありました。そこで同時多発的に感染が起きた。ネットに流れた当日の写真や動画を見ると、マスクをしている人の姿は見えません。

7月4日のパーティーの様子(高山医師提供)

──写真や動画を見ると、完全に“密”状態で飲んだり、踊ったりしています。ビーチパーティーで300人ほど集まり、踊っているという報道もありました。

ビーチパーティーでの感染もあったと思いますが、むしろ感染は(屋内の)ナイトクラブやバーなどナイトスポットが中心でしょう。あるクラブでは7人の米兵が同時に感染しています。客に水タバコを提供する店で、回し吸いによる接触があり、多数の感染者を出してしまったようです。

──7月7日から12日までの6日間で62人、その後さらに増えました。12日には、高山さん主導のもと、中部病院が北谷町役場で急遽、北谷町のナイトスポット関係者を対象にPCR検査を実施していましたね。

幸いなことに130人全員が陰性でした。米兵が遊び場としているエリアのひとつである北谷町において、もともと流行していたという可能性は低くなりました。つまり、ナイトスポットにおける客同士の感染だったと考えられます。その多くが海兵隊員です。

7月12日に北谷町役場で行われたPCR検査の模様(高山医師提供)

高山義浩医師は、日本で最初のクラスター現場、クルーズ船にも乗り込んで対応した感染症と地域医療のスペシャリストだ。当時、クルーズ船の内部のゾーニングへの批判が同業医師からなされた際、船内の事情を知る医師として丁寧な説明をネット上で行ったことでも注目された。

そんな高山氏が働く沖縄で、米兵たちのクラスター感染が発生した。日米地位協定は、9条で旅券なしの出入国を認めており、米軍基地経由で入国した場合、誰がいつ入国したのか把握できない。これは、すなわち、入国時の検疫もできないということでもある。

高山義浩(たかやま・よしひろ)。沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科副部長、厚生労働省医政局地域医療計画課技術参与、日本医師会総合政策研究機構非常勤研究員(本人提供)

米兵の市中感染、「二つの可能性」

──感染経路としては、どこから米兵に広がったのでしょうか。米国本国からでしょうか。

在沖米軍は、ウイルスが米国本土から持ち込まれたものと考えているようです。本国から沖縄に兵士が到着した後、14日間の停留をしているはずですが、その方法が甘かったのかもしれません。しかし、沖縄の市中感染であった可能性もあります。

感染者の出た米軍基地と、PCR検査を実施した北谷町役場、那覇市の位置関係(図版製作:EJIMA DESIGN)

──可能性として、どんな形が考えられますか。

一つは沖縄の「夜の街」で流行していて、そこで感染した米兵が、7月4日のイベントに参加してアウトブレイクを引き起こしたという可能性。もう一つは、すでに感染者数がぶり返していた東京からの観光客にスーパー・スプレッダー(高い感染力を持つ人)がいた可能性です。

──どちらの可能性が高いですか。

こうした可能性を調べるためにも、北谷町でのPCR検査が必要だったんです。受検者は地元の人だけで、全員が陰性でした。ですから、沖縄の「夜の街」で流行している可能性は低くなりました。あとは、東京からの観光客ですね。とくに、沖縄の米兵と遊べるスポットは、東京の「夜の街」の人もよく行きますから……。

ただし、これらはいずれも憶測にすぎません。ウイルスの遺伝子型を調べれば、明らかにできるかもしれませんが、あらゆる可能性を検討しながら、ひとつひとつ予防策を考えていくことが、沖縄を感染症に強くしていくために必要なのです。

嘉手納基地の周囲には、地元住民の家屋がひしめきあう(毎日新聞社/アフロ)

米軍からの情報と噛み合わない米兵の行動

──米兵の感染状況は県側に対して詳細に伝えられておらず、それについて玉城デニー知事も懸念を表明していました。

米軍からの情報をもとに、県は米兵の感染者数を公表することになりました。ただ、詳細な情報提供はなく、漠然と「感染リスクのある行動は認めていない」という話しかしない。当初、それで私たちは不信感を持ちました。というのも、感染が判明した米兵と接触があったという日本人たちがいて、感染を心配して私たちの病院を受診していたからです。

──では、病院側でも事情が見えてきますね。

そうした方々の話を聞くうちに、米兵についての行動も明らかになっていきます。点と点がつながって、いつ、誰と、どこの店にいたのか、その後どう動いたのか、動線が明らかになるのです。ところが、こうして浮かび上がった情報と米軍が言っていることとが、どうにも噛み合わないのです。

──米軍はなぜ情報を提供しないのでしょうか。

軍のルールでは、手を洗うこと、6フィート(約1.8メートル)の間隔を空けること、マスクの着用などが常に求められているほか、基地外でのバーやクラブ、大勢が集まるイベントへの出入りを禁じています。でも、実際には、少なからぬ米兵がそれを守っていません。

7月2日付で嘉手納基地内に通達されていた「基地内外の行動ガイド」(Facebookの『KadenaAirBase』より。連絡先は編集部で伏せた)

──大騒ぎの動画などを見れば明らかですね……。

しかし、それがバレると、懲罰対象になって本国送還になる可能性すらあるんですね。だから、疫学調査に対して正直に話せてないようなんです。つまり、米軍は、基地外での実態が把握できていないんだと思います。

──現時点での米兵の重症度などの情報は伝わっていますか。

今のところ(取材時98人)、みんな軽症とのことです。ほとんどが20代の活きのいい若者たちなので、重症患者が出ることは考えにくい。そのことも、兵士たちの危機感が薄い原因なんだろうと思います。任務としての基地内ではマスクを着用しても、プライベートな基地外ではマスクを外してしまうのです。自分たちは大丈夫であっても、沖縄の高齢者を守るために、適切な感染対策をとることの重要性を学んでほしいところです。

4月、沖縄県独自の緊急事態宣言を発表する玉城デニー知事(写真:毎日新聞社/アフロ)

沖縄観光を感染症に強くする必要がある

緊急事態宣言解除から1カ月あまりが過ぎ、東京では連日100人を超す感染者数が続く。多くの感染者は若い世代で軽症とされるが、「夜の街」以外にも感染は広がり出している。そんななか、政府は、1泊1人あたり最大2万円分という観光支援策「Go To トラベル」を7月22日から開始する予定だ(ただし、東京発着は対象外の方針)。

──「Go Toトラベル」が始まると、たとえ東京が対象とされなくても、沖縄への観光客の流入がぐっと増える可能性があります。この施策をどう考えますか。

難しいですね……。ただ、沖縄県では、行政や観光事業者、そして医療関係者とで話し合って、観光を再開することで腹を括ったわけです。今の東京ぐらいの流行であれば、大阪や名古屋など大都会で何度も繰り返されるでしょう。そのたびに躊躇しているようでは、いつまでたっても沖縄観光は軌道に乗りませんよ。

──じゃあ、観光は続けるべきだと。

観光客を受け入れれば、多かれ少なかれコロナの感染者もやってきます。それを覚悟のうえで再開するんです。それでも、沖縄県内で流行させない観光スタイルを確立していくべきだと思います。

──日々、感染者数など状況を見ながら判断をしていくわけですか。

いえ、ユニバーサルな感染対策をとっていきます。つまり、すべての観光客がコロナ患者だと考えて迎え入れる。適切な距離を保ち、マスクを着用し、状況に応じてフェイスシールドも着用する。頻繁に消毒し、換気を心掛ける。毎朝症状がないかを確認し、怪しいと思ったら、ルームサービスに切り替える。

──通常の感染防止対策をより強めるくらいなら、感染も起きるのでは。

おそらく、スタッフのなかで感染者が出ることもあるでしょう。それをできるだけ早く発見し、検査を受けさせて休ませます。地道な対応で沖縄県内での流行に至らないようにする。高齢者に広がらなければ、それほど怖れる必要はありません。

失敗もあるでしょう。ホテルやレストラン、イベント会場でのアウトブレイクを経験するかもしれません。できるだけそれを早く発見し、エリアを限定してロックダウンをかける。そして、なぜ広がってしまったかを検証し、観光スタイルを修正する。この繰り返しで沖縄観光は感染症に強くなっていくのです。

──つまり、感染は一定程度起きることを織り込んでいくと?

この状況は2年、3年と続くのですから、多少のリスクを賭しても、それを乗りこなす社会インフラを培っていくほうが未来は拓けるんじゃないでしょうか。

3月、ふだんは観光客でにぎわう那覇市の国際通りは閑散としていた(毎日新聞社/アフロ)

段階的な「感染防衛線」を設定する

──現状、感染者数は非常事態宣言の頃よりも増える傾向にあります。一方で、経済もこのまま自粛ではもたない状況です。どうするのが良いのでしょうか。

感染から守るべきラインを明確にし、それを共通認識とすることだと思います。私は沖縄についてしか例示できませんが、3つの防衛ラインがあると思います。

最初の防衛ラインとは、観光客との接触のある観光従事者たちを守ることです。タクシー運転手、ホテルスタッフ、そして観光客向けのレストラン店員などですね。次の防衛ラインは、観光客から地元市民への感染拡大を防止することです。たとえば、レストランでは、地元の高齢者と観光客が隣り合ったテーブルにならないような配慮とかですね。そして、死守すべき最終防衛ラインは高齢者施設や病院には広げないようにすることです。

(図版製作:EJIMA DESIGN)

──その防衛ラインを守るには観光客、県民、どちらも注意が必要ですね。

もちろん観光客ばかりでなく、本土からやってくる親戚、あるいは本土に旅行に行く沖縄県民も要注意です。こうした防衛ラインを守るために呼びかけていく必要があると思っています。

──今の東京は100〜200人の感染者が「夜の街」を中心に毎日続いていますが、そうした段階的な防疫施策は何もしていないように映ります。

それくらいの感染者数が大都市における新型コロナの定常状態なのかもしれませんし、今の状態をことさらに怖れる必要もないと思っています。ただし、今、日本がとっている施策では、感染者数の増加を封じ込めることは難しいのではないですか。少なくとも、小池都知事は「夜の街」界隈の人たちを防衛ラインの外側に置いていますよね。営業をやめさせることもしてないわけですから。

──「要請」ではもはや効果がないという状況と映ります。

見方を変えれば、「夜の街」は集団免疫の先行事例になるのかもしれません。「夜の街」における持続流行の末に、徐々に沈静化していくのか、あるいは働く人たちが再感染しながら流行が続くのか。あるいは、再感染するのだけど、ほとんど軽症か無症候になっていくのか。重要な学びがあると思います。

──最後にもう一度、米兵での感染問題に触れます。まだ拡大が続いているさなかですが、基地内の隔離や医療で米兵の感染は収まるのでしょうか。

すでに、米軍は徹底して検査を行い、感染者と濃厚接触者の行動制限をかけています。軍の規律をもって徹底すれば、しっかり封じ込めると思います。そこはあまり心配していません。

私が心配しているのは、基地の外にどれだけバラまかれたのか、それがまだ明らかになっていないことです。沖縄の「夜の街」に潜伏している可能性も残っています。思わぬところからアウトブレイクがあるかもしれません。

今月末からの「Go Toトラベル」キャンペーンへの備えが必要な時期に、こうした事態が重なったのは最悪のタイミングでした。当面は、アウトブレイクが起きたときに、観光と米軍と二つの経路を考える必要があるからです。それだけの疫学調査の能力、市民の緊張感、検査体制と病床確保が求められます。ちょっとつらいですね。

とはいえ、これからも事態は刻々と動くのでしょう。都合の良い展開など待っていても仕方がありません。米軍基地の問題もそうですが、直面する事態と真摯に向き合うことで社会は一歩前に進むことができます。たとえば、エイズは残念な病気ですが、向き合うことで私たちはジェンダーや差別について学ぶことができました。ハンセン病に向き合ったとき、私たちの中にある恐怖や偏見が明らかになりました。新型コロナもまた、私たち社会の弱点を突きながら、何かを教えようとしているのかもしれません。だから、逃げてはいけません。

Zoom取材に応じる高山医師(編集部によるスクリーンショット)


森健(もり・けん)
ジャーナリスト。1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、総合誌の専属記者などを経て独立。『「つなみ」の子どもたち』で2012年に第43回大宅壮一ノンフィクション賞受賞、『小倉昌男 祈りと経営』で2015年に第22回小学館ノンフィクション大賞、2017年に第48回大宅壮一ノンフィクション賞、ビジネス書大賞2017審査員特別賞受賞。

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