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写真:ロイター/アフロ

あまり報道されない重傷事故の「その後」 被害者の母親と、足切断の男性が語った苦難

2020/12/15(火) 19:22 配信

オリジナル

全国で起こる交通事故。年間の死者数は3000から4000人で、けがをする人は毎年約50万人にのぼる。事故で重傷を負った被害者が、その後どうなったかについてはほとんど報道されない。今回、娘が車にはねられた母親と、追突事故で足を切断した男性を取材。事故後の想像を絶する苦しみや、損害賠償をめぐる保険会社との裁判について聞いた。(取材・文:ノンフィクション作家・柳原三佳、撮影:加藤誠夫/Yahoo!ニュース 特集編集部)

娘を襲った突然の事故

「交通事故のニュースは毎日のように流れています。でもまさか、自分の娘が事故に遭うとは思いませんでした。過酷な “その後”があることも、知りませんでした」

涙ながらにそう語るのは、首都圏在住の山本恵子さん(40代・仮名)だ。次女の真由さん(20・仮名)が事故に遭ってから4年が経過した。当時の記憶がときどきよみがえり、胸が締めつけられるという。

山本恵子さん(撮影:編集部)

事故は2016年11月5日の土曜日に起きた。当時高校1年生だった真由さんの初めての文化祭の日だった。

「『楽しんでくるね』と娘は嬉しそうに、朝、学校へと向かいました。夕方になって、そろそろ帰宅を知らせるLINEが入るころだなあと思っていたら、見知らぬ番号から携帯に着信があったんです」

普段は発信者不明の電話には出ない恵子さんだが、このときは胸騒ぎがして着信ボタンを押した。

「警察からの電話でした。『お嬢さんが車にはねられて危険な状態です。すぐに病院に向かってください』と。私は何が起こっているのかわからず、混乱したまま仕事先の夫に連絡し、急いで車で向かいました』

真由さんが救急車で運ばれた病院

病院に着くと、救急外来の受付付近で次女と同じ学校の制服を着た女子生徒が震えていた。

「真由のお友達だよね。けがはない? 大丈夫?」

恵子さんが声をかけると、女子生徒はおびえたように答えた。

「学校の帰り道、真由さんは私の目の前を歩いていたんです。声を掛けようと思ったら突然大きな音がして、目の前からいなくなって……」

時速40キロでノーブレーキで衝突

事故は見通しの良い一方通行の道で起こった。時速30キロ規制の道を40キロで走行してきた軽乗用車が、道路を横断中の真由さんにノーブレーキで衝突したのだ。

事故現場。真由さんは左の駐車場から、右側に向かって道路を横断しようとしたところ、手前から前方に進行中の軽乗用車が衝突した

フロントガラスに頭を強く打ちつけた真由さんをボンネットに乗せた車は、そのまま約15メートル走行して急ブレーキをかけ、真由さんはその衝撃でさらに10メートル飛ばされた。

運転していたのは44歳の男性だった。警察の調べに「西日が眩しくてサンバイザーを下ろそうと下を向いたら、はねてしまった」と供述したという。

事故車両。フロントガラスはクモの巣状に割れ、真由さんの髪が張り付いていた(写真:山本恵子さん提供)

救急車で病院に搬送された真由さんは、すぐに精密検査を受けた。脳出血や脳挫傷は見られなかったものの、ひどいめまいで気分が悪く、その日の朝からの記憶はなくなっていた。首や腰の痛みも訴え、左手首は骨折していた。

事故2日後の真由さん。左手首は骨折したため固定された(撮影:山本恵子さん)

事故から2日後、まだ歩くことはできなかったが、病院から頭部に異常がないことなどを理由に退院を促された。恵子さんは「こんな状態で……」と困惑しながらも、その2日後に退院した。

自宅でのさまざまな苦労

何とか車で帰宅したものの、自宅はバリアフリーではないため、さまざまな苦労があった。恵子さんが振り返る。

「部屋にも廊下にも手すりがないため、娘がトイレに行くときは家族の誰かが肩を貸して介助していました。両手をまともに動かせないので、食事も満足にとれません。全身を強打しているので、布団に入って寝るのも起き上がるのも、しんどそうでした」

事故3日後の真由さん。両ひざは皮膚が断裂し、傷口が開いた状態(挫創)だった(撮影:山本恵子さん)

さらに恵子さんが苦労したのは、運転手の男性が加入していた保険会社とのやりとりだった。真由さんの負担軽減のため、介護用ベッドをレンタルすることにしたのだが、保険会社に告げると、「事故との因果関係はあるんですか」と細かく聞かれたという。

11月末、真由さんの強い希望で高校に通うことを決めたときも同じだった。
「タクシーで通学する必要はあるのですか。まだ治らないんですか」と難色を示したという。

なぜ、保険会社はこのような対応をしたのか。公道を走るすべての車やバイクの所有者には、自賠責保険の加入が義務づけられている。相手にけが(傷害)をさせたときの支払い上限は120万円だ。しかし重傷事故の場合、入院費や治療費だけですぐに120万円を超えてしまうため、自賠責のオーバー分は運転者が任意でかけている対人自動車保険からの支払いとなる。そのため、保険会社の担当者が被害者側に、事故によって生じた支出かどうかを細かく聞き、ときに抑制することもあるのだ。

交通事故自賠責保険の看板(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

「そちらの過失割合は15%」と保険会社

年が明けると、保険会社から過失割合の説明があった。恵子さんが振り返る。

「担当者から『過失は運転手側が85%もつので、そちらは残りの15%をのんでほしい』という話でした。誰がどうやって決めたのですかと聞くと、過去の判例からと言われました。娘はスクールゾーンの道路を横断しようとしただけだし、運転手の男性も全面的に非を認めて謝罪もしてくれたのに、なぜ15%も責任があるのかと疑問を感じました」

事故からの4年間を振り返る、母・山本恵子さん(撮影:編集部)

納得のいかない恵子さんに、民事裁判を勧めてきたのは保険会社のほうだったという。恵子さんは弁護士に相談したうえで、事故から2年半ほど経った2019年7月に損害賠償を求めて運転手を提訴した。

1年後、裁判は和解した。娘の20歳の誕生日までには区切りをつけたいという思いが恵子さんにあったからだ。

「裁判官は娘の過失を5%まで下げてくれました。嬉しかったのですが、横断歩道ではない場所での事故は、運転手側に過失100%とはならないのですね……」

東京地裁(写真:西村尚己/アフロ)

裁判にかかった弁護士費用や5%の過失相殺分については、すべて恵子さんの夫が自分の車にかけていた自動車保険の「弁護士費用特約」や「人身傷害補償保険」で補填されたという。

「これはとても助かりました。今回のことで、自動車保険は加害者になったときだけでなく、被害者になったとき、自分と家族の身を守るために必要なのだということを痛感しました」

和解したことを受け、運転手の保険会社に取材を申し込んだ。なぜ被害者の過失割合を当初15%と主張したのか、裁判で5%に下がって和解したことについて見解を尋ねたが、「個別の案件については答えられない」との回答だった。

事故で消えてしまった記憶

2020年11月、真由さんは成人式の振り袖に身を包み、写真の前撮りを行った。事故から4年が経ち、痛みは和らいだが、頬に残った傷は「醜状痕」に当たると判断され、自賠責の後遺障害7級12号に認定された。足の傷は今も気になり、ミニスカートをはくことができない。過去の記憶も一部失ったままだ。

真由さんは言う。

「小学生のころ、家族で行ったディズニーランドや修学旅行など、楽しかったはずの記憶は事故を境に消えたままです。体の傷もそうですが、家族と話していても楽しかった思い出を語り合えないことが、とてもつらいです」

成人式の晴れ着に身を包んだ真由さん(撮影:山本恵子さん)

被害者への支払いは年間100万件

交通事故でけがをした被害者に、自賠責保険が支払われた件数は、昨年度だけで100万6272件に上る。これは、日本の約120人に1人が、1年に1回、支払いを受けている計算になる。交通事故の死者数はこの数年、3000人台で推移していることを踏まえると、けがをする人の数は桁違いだ。決して他人事ではない。

(図版:吉岡昌諒)

また、けがをした人のうち約5%が「将来にわたって回復困難」と判断され、自賠責の後遺障害等級認定(1~14級)を受けている。一瞬の事故を境に、その後の人生を大きく変えられてしまうのだ。

長野県在住の水野敦重さん(56)は、27年前の交通事故で左足を失い、後遺障害3級の認定を受けた。

「切断後は義足になりました。27年経った今も、ないはずの左足がひどく痛むことがあるんです。『幻肢痛(げんしつう)』と言われるものです。これが襲ってくると夜も眠れません」

水野敦重さん

バイクで走行中、車が追突

1993年3月5日午後10時ごろ、水野さん(当時29)は250ccのバイクで、神奈川県川崎市のガソリンスタンドに立ち寄った。

「給油を終え、誘導してくれた店員とともに道路左側の信号が赤になったことを確認し、右折しながら発進しました。道路に出てほぼ直進状態になったとき、突然、後ろから大きな衝撃を受けました」

乗用車に追突され、激しく路面に叩きつけられた水野さんは、バイクとともに26メートル滑走して停止した。ふと目をやると、左足のつま先がまったく逆の方向を向いていた。

(図版:吉岡昌諒)

「左大腿部の開放骨折」と診断された水野さんは緊急手術を受けたが、術後の経過は思わしくなく、事故から25日後、大腿部からの切断を余儀なくされた。

「切断後の痛みは、言葉で言い表せないほどつらいものでした。それだけではありません。足をなくし、この先どうやって生きていけばよいのか。不安に押しつぶされそうでした」

切断された左足はまもなく火葬され、骨つぼに収められた。自分の身体の一部が先に墓の中に入るというのは不思議な感覚だった。

左足は義足に。ドイツ製で、「事故当時より、義足の性能はかなりよくなっているが、それでも普通に歩くのに比べて、3倍ぐらいのエネルギーが必要」と水野さん

なぜか加害者にされる

車を運転していたのは25歳の男子大学生で、事故から5日後に両親とともに集中治療室まで見舞いに来た。その2日後、今度は大学生が加入している保険会社の担当者が病院を訪れた。

まだベッドの上で輸血の管につながれ、起き上がることのできない水野さんに、「急に飛び出したバイクのほうに、少なくとも65%の過失がある」と告げたという。

「何を根拠にそんなでたらめが言えるのか、怒りに震えました。そもそも警察の事情聴取も行われていない段階で、一方的に過失割合を突きつけてくる保険会社のやり方には心底疑問を感じました」

事故車両。バイクに追突した右前部が損傷し、タイヤがパンクしている(写真:水野さん提供)

警察に早く事情を話したかったが、入院中の8カ月間は何の連絡もなかった。不安になった水野さんは退院後、慣れない義足をつけて警察署に行き、相手の車が信号無視をしてバイクに追突したこと、スタンド店員が目撃していたことなどを説明した。

事故で仕事を失い、生活は厳しかったが、理不尽な過失割合を受け入れて示談するわけにはいかなかった。

「警察の捜査結果が出れば、事実が明らかになるはず……」。水野さんはそう信じて、保険会社から振り込まれるひと月10万円の仮払金で毎日を過ごしながら、警察に期待を寄せた。

水野さんが事故状況を説明した警察署

でたらめな調書に愕然

しかし、事故から2年半たってようやく検察に書類送致されたものの、相手の運転手は不起訴になった。

納得できなかった水野さんは、警察が作成した実況見分調書等の一部を検察庁で初めて閲覧して愕然とした。調書にはバイクが飛び出したかのように書かれ、スタンド店員の証言も取られていない。さらに現場見取り図には、相手の運転手が赤信号を無視した交差点すら記載されていなかった。

「これでは相手が起訴されないのも当然でした。いっきに気力が失せてしまいました」

しかしその後、あることに気づいた。警察が撮っていた2枚のバイク写真を拡大すると、右側のマフラーが大きく上に曲がっているのがわかった。

「相手の車が真後ろからバイクに追突したことを裏づける痕跡でした。これに気づいたとき、徹底的に闘う決心をしました」

水野さんのバイク。青い丸印がマフラーステー。追突の衝撃で跳ね上がっている(写真:水野さん提供)

民事裁判では完全勝訴

事故から7年後、水野さんは車の運転手に損害賠償を求める民事裁判を起こした。裁判で運転手は「青信号だった」と主張したが、裁判官は水野さん側の主張を認め、「被告は赤信号無視、時速35キロ以上の速度超過で追突した」と述べた。そして、運転手に100%の過失があったという判決を下した。

運転手は控訴したもののすぐに取り下げ、2003年7月に水野さんの勝訴が確定した。

事故から判決までの10年間について、水野さんはこう語った。

「もし、事故の衝撃で私に記憶がなく、目撃者もいなければ、この事故は加害者の説明どおり『バイクの飛び出し』と認定されたでしょう。理不尽な過失割合を覆すことはできなかったはずです」

自ら証拠を集めることも重要

前出の真由さんのケースのように自らの非を認める加害者がいる一方、事故の原因を正直に話さない加害者も存在する。しかし、警察の捜査で真実が明らかになるとは限らない。水野さんのケースのように、加害者の供述を重視し、事故処理が進んでしまうことがある。被害者であっても、警察の調書類は加害者の起訴・不起訴が決まるまで閲覧できないため、結果的にそれに気づくのに数年かかることもある。

※写真はイメージです(アフロ)

長年にわたって交通事故被害者の支援を続け、裁判にも多数関わっている青野渉弁護士は、万一被害者になったら、警察だけに頼らず、自らも客観的な証拠を押さえることが大切だという。

「被害者が受け取る賠償金は、過失割合によって大きな影響を受けます。特に重度後遺障害の場合、10%違うだけで、1000万円以上の差が出ます。できるだけ早く信頼できる弁護士に相談し、事故の痕跡が消える前に、独自に現場や事故車の写真等も押さえておくことが大切です。警察には自分の記憶している事故状況を、しっかり伝えてください。最近は性能のいいドライブレコーダーも普及しているので、自分のものはもちろん、加害車側の映像や防犯カメラなども調べてもらうよう要望しましょう」

青野渉弁護士(写真提供:青野・広田・おぎの法律事務所)

決めるのは保険会社ではなく裁判所

重傷事故の被害者は将来にわたって、車椅子、義足、介護用ベッド、痰吸引器、酸素飽和度測定器などが必要になることがある。それらを想定したうえで、必要な備品の価格と耐用年数を証拠化し、「今後何年間にわたり、何回の買い替えが必要なので賠償してほしい」と具体的に主張することも大切だ。

青野弁護士は、保険会社との交渉についてこう語る。

「真由さんや水野さんのケースを見てもわかる通り、保険会社はまず否定的な回答をしてくることがあります。でも、その回答は『(とりあえず、今は)払えません』という意味で、最終結論ではありません。保険会社から『補償の対象外です』と言われると、『そういうものなのか……』と思って領収書などの大切な資料を捨ててしまう被害者もいます。しかし、保険会社が否定しても、裁判所が賠償の対象として認めてくれることは珍しくありません。何が賠償の対象かを決めるのは最終的には『裁判所』であって、『保険会社』ではないのです。そのことをぜひ覚えておいてください」

(写真:西村尚己/アフロ)

29歳で事故に遭った水野さんは、今年56歳になった。ふと気づけば、人生の約半分を中途障害者として生きてきたことになる。義足の耐用年数は3年から5年。これまでに作り替えた義足は6本にのぼる。

「死亡事故の悲しみと比較することはできませんが、交通事故で重傷を負った被害者の多くが、その瞬間から予期せず始まるつらい現実に苦しみ、その後の人生を障害とともに生きていることも知っていただきたいと思います」


柳原三佳(やなぎはら・みか)
1963年、京都市生まれ。バイク誌の編集記者を経てフリーに。交通事故や司法問題等を取材し、各誌に執筆。『週刊朝日』で連載した告発ルポは自賠責の査定制度改正につながった。著書に『自動車保険の落とし穴』(朝日新書)、『示談交渉人裏ファイル』(角川書店)、歴史小説『開成を作った男、佐野鼎』(講談社)、『私は虐待していない 検証・揺さぶられっ子症候群』(講談社)など。ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイト

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