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「父との電話で涙があふれました...」  コロナ禍で一人暮らしの大学生が追い込まれる孤独

2021/01/25(月) 17:40 配信

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昨春以降、大学はオンライン講義が中心になり、大学生はキャンパスに行くこと、人と触れ合う機会が激減した。アルバイト先も働く人数を抑制しているため、収入が減っている学生も多い。特に一人暮らしの学生は、不安を抱えたり、孤立したりする人が増えた。無自覚ながら、うつ的な症状だった人もいる。二度目の緊急事態宣言が出されたいま、彼らの苦しい胸の内を聞いた。(サイエンスライター・緑慎也/Yahoo!ニュース 特集編集部)

帰省もせずマンションで一人暮らし

「自分がウイルスを持ち帰るかもしれないので、実家には1年近く帰省していません。電話もしないので、親は私の状況を知らないでしょうね」

新潟県出身で東京都内の大学2年の海野瑞希さん(仮名)は、昨春以来、心細い日々を送っている。川崎市のワンルームマンションで一人暮らし。「おしゃべり」を自認するが、コロナ禍で大学に通う機会が減り、人と会わない期間が断続的に続く。人と会話する機会が極端に減ると、気持ちの落ち込みを感じることがあるという。

特にひどかったのは、昨年5月頃だ。
「『あの頃の瑞希は別人みたいだった』と今でも友達に言われます。『静かで、人格が今と違ってたよ』って。人と話さないことは、私にはよくないんだなって思います。でも、当時は自覚できませんでした」

※写真はイメージです(アフロ)

海野さんは実家から毎月8万円の仕送りを受けている。家賃に充てながら、光熱費や食費は自身のアルバイトで賄ってきた。おもなバイトはキャラクターショップの販売員。だが、昨春の緊急事態宣言で店は営業自粛となり、一時働くことができなかった。その頃から海野さんは自身のメンタルの揺れを感じるようになった。アルバイト収入が減ったことによる不安だった。

「お金がないと、心のゆとりもなくなるんだなって思いました。だんだん不安になっていきましたね。どうしようかなと......。バイト先のショップは楽しさや充実感のある場所です。なのに、そこで働く機会が減って、私の生活の中で大事なものが欠落した感じがしました」

この時期にもう一つ感じていたのは、「こんなはずではなかった」という思いだ。海野さんは1年生のときにうまく友達をつくることができず、2年生になったら「友人づくりを頑張ろう」と考えていた。だが、新型コロナウイルスの影響で授業はオンライン講義になり、キャンパスに行くことができない。友達をつくる機会がなく、一人でいる時間ばかりが増えた。

昨春の自粛期間中に始めたという海野瑞希さんの料理写真。最近はあまり料理に手をかけないという(提供写真)

「2019年の入学時に上京が遅れ、すでにできあがっていた女の子グループに入れなかったのです。そこで昨年はじめに、近所の交響楽団に入会したのですが、同世代がおらず友達ができませんでした」

SNSに助けを求める

大学やバイトに行けず、親しい友人もいない――孤立を深めるなかで頼ったのはSNSだった。インスタグラムで見知らぬ人の一人暮らしを見て生活をまねし、一人暮らしを前向きに楽しもうとした。また夜には、高校時代の友人2人とLINEのグループトークに明け暮れた。とくに話題があったわけではなく、「その日、何をしていたとか、こんなツイートがあったとか、くだらない話」だった。徹夜で話すこともあり、生活リズムが乱れた。

「家にずっといるから、とくに話題はないんです。でも、寂しいし、話すことでなんとかやっていました」

気分が変わったのは、夏になり、少しずつ外出するようになってからだという。また海野さんは5月から7月までの3カ月間、日記もつけていた。

「相当メンタルが落ちてる時期で、日記をつけて自分に対して前向きにしようと、言い聞かせていました。いま思うと、その日記に吐き出していたんでしょうね」

※写真はイメージです(アフロ)

1割以上に中等度のうつ症状

コロナによる休校やオンライン講義が続くなか、大学生のメンタルの落ち込みが懸念されている。昨年8月、秋田大学は同大の学生5111人を対象にしたアンケート調査で、回答者の1割以上に、中等度のうつ症状が見られたことがわかったと発表した。困っていることとして学生が一番多く挙げたのは、友人や家族などの支援(ソーシャルサポート)を受けられないことだった。また調査では、うつ症状になりやすいリスク要因として、「女性」「県外出身(一人暮らし)」「喫煙」「飲酒」などが挙げられた。

同様の調査は茨城大や九州大などでも行われているが、やはり学生の1〜2割程度にうつ症状や気分の落ち込み、不安症状が見られたという。東北大学災害科学国際研究所准教授で精神科医の國井泰人さんは、コロナ禍の現状では、こうした状態になるのは珍しくないという。

「大学ではもともと不適応をきたす人は少なくありません。高校と違って、履修によって講義やクラスメートがバラバラになるうえ、実家を出て一人暮らしを始める人もいます。生活環境が大きく変わり、孤独になりやすい。それに加えてのコロナ禍。メンタルの状況が悪化するのは無理もないことなのです」

東北大学の國井泰人准教授(提供写真)

追い詰められていることに気づかない

長野県出身で東京都内に一人で暮らす大学2年の櫻井悠乃さん(仮名)が、「いま思えば、うつっぽかったかもしれない」と感じたのは昨年7月半ばだった。

「3月ごろは感染者が増えても、友達と遊ぶ回数を減らすくらいでどこか他人事でした。でも、4月に入ると、家庭教師のアルバイトがオンラインに変わり、生徒の自宅に訪問することがなくなりました。以降、ほとんど家にこもる生活に。外出は近所のスーパーに食料を買いにいくときくらいでした」

大学は5月にオンライン限定で講義を再開。しかし、いざやってみると、オンライン講義は想像以上にきつかった。講義を受けた証しとして提出する課題のレポートは1日に3、4本。なかには1000字以上も書く課題もあり、部屋で一日じゅう調べたり書いたりという作業が続いた。

「とにかく量が多くて大変でした。朝から講義を受けて、課題にとりかかるのは夕方から。6月に家庭教師の生徒宅への訪問が再開したので、その日は課題ができず、土日も潰して取り組んでいました。疲労感がひどく、明日はこれをやらなきゃっていう焦りで頭がいっぱい。自分が追い詰められていることに気づけませんでした」

櫻井悠乃さん(撮影:編集部)

涙があふれた両親との電話

振り返ってみると、彼氏とのいさかいもそのころから増えだした。普段なら聞き流したり、軽口で返したりしていた彼の冗談も真に受けて、バカにされたように感じた。ふとしたことにイライラした。

「彼は実家暮らしで、4月からは電話で話すだけでした。電話の会話でもちょっとしたことに過敏に反応してしまう。後で謝るんですが、そういうことが何度か続いたので、こんな自分は嫌だなって思っていました」

6月は、頭痛にも襲われた。課題をしているとき、バイトで家庭教師をしているとき、寝ているとき。普段の片頭痛よりも頻発した。彼に相談すると、ノートパソコンの小さい画面でオンライン講義を受けているせいではないかと言われた。中古のデスクトップパソコンを購入したものの、頭痛は治まらず、食欲も落ちていった。

櫻井さんが自粛期間中に購入したデスクトップパソコン(提供写真)

そして7月半ば、「限界」を迎えた。これまで実家の母親に電話をしても、心の苦しさを打ち明けることはなかった。だが、この日は気持ちが「いっぱいいっぱい」になり、電話をかけた。

「母が『もしもし』と電話に出たものの、何を言っていいかわからなくて、『オンライン授業の課題が多くてさ』みたいな愚痴を言っているうちに、様子が変なのが伝わったのか、母から『大丈夫? 最近電話してこなかったから心配してたよ』と言われました」

本当は「帰りたい」と言いたかったが、なかなか言いだせなかった。いろいろと話しているうちに、「迷惑かもしれないけど、もう限界だから帰りたいんだけど」という言葉が出た。

「そしたらお母さんは『帰ってきていいよ』って。お父さんも『車で迎えに行くよ』って言ってくれて。その瞬間、うれしくて涙があふれました」

(撮影:編集部)

電話で気持ちを吐き出せたからか、櫻井さんはすぐには帰らず、8月に帰省した。実家に滞在するうちに沈んだ気分は回復していった。妹と弟と両親のいる実家。10日間ほど過ごすうちに本来の自分を取り戻していった。

9月からの後期もオンライン授業は続いたが、週に2、3回キャンパスに行けることになり、気分は少し楽になった。また、家庭教師のアルバイト日数を減らして、負担を軽くした。最近は追い詰められる前に手を打とうと意識しているという。

「前期にきつかったのは、人と会う機会が極端に減って、ワンルームの狭い部屋で生活が完結していたこと。すごく息苦しかった。最近は親によく電話しているので、今のところは大丈夫です。ただ、また感染者がすごく増えて緊急事態宣言が出てしまったので、これからどうなるのだろうと不安ですが......」

ねぎらいと共感が大切

うつ的な症状を示す学生にどんな声をかければいいのだろうか。筑波大学医学医療系臨床医学域教授で、災害・地域精神医学が専門の太刀川弘和さんは、「大変な状況だからつらいのは当然だよね」など、まずねぎらいと共感を示すことが大切だと話す。すると、声をかけられたほうは抱えているつらさを少し解放することができる。ただしこれは、ストレスを感じていると自分で言えて、食事や睡眠がある程度取れている人への対応の仕方だという。

何事にも興味が持てず、憂うつで仕方がない状態が2週間以上続いている場合は、医療的な「抑うつ状態」になっている可能性もある。その場合は、精神科や心療内科など医療機関を頼るべきだと太刀川さんは言う。そのうえで、そうした気持ちのときには人生に関わるような選択を避けるべきだと指摘する。

「抑うつ状態にあるとき、たとえば大学をやめるかどうかといった大きな選択はしないほうがいい。ほとんどの場合、ネガティブな選択をしてしまいますから。閉鎖環境の影響で抑うつになっているのなら、まずその症状を改善したほうがいいでしょう」

筑波大学医学医療系臨床医学域の太刀川弘和教授(撮影:緑慎也)

SNSを過信してはいけない

現代にはスマートフォンのアプリなどさまざまなコミュニケーション手段がある。自粛期間中、多くの学生はこうしたツールを使って友人たちとやりとりしている。だが、筑波大学保健管理センターで学生を診察する精神科医の白鳥裕貴さんは、コミュニケーションの重要性は認めつつも、SNSを過信してはいけないと指摘する。

「ツイッターやインスタグラムは評価を求めるアプリです。『いいね』のような評価を求めていると、気の利いたことをつぶやこうとしたり、"映える"写真をアップし続けたりしなければならなくなってしまい、これにもまた追い込まれてしまうのです」

同時にもう一つ懸念しているのが、睡眠リズムの乱れだという。

「ひっきりなしに送られてくるメッセージに振り回されていると、夜中まで起きていないといけません。そうすると睡眠リズムが乱れます。毎年、大学の春の健診で、抑うつ状態の学生をスクリーニングしているのですが、毎年5%程度のところ、昨年は10%に倍増しました。その要因の一つは、睡眠リズムの乱れだと考えています。これが抑うつにつながりやすい。20歳ごろは、人生でも最も朝起きづらい時期なので注意が必要です」

筑波大学保健管理センターで精神科医の白鳥裕貴さん(撮影:緑慎也)

何も経験できないまま2年生に

SNSに費やす時間が少なくても、大学の休校やオンライン化で夜型になった学生も多い。大阪出身で、首都圏の大学に通う1年の大里拓也さん(仮名)もその一人だ。家にこもっていた春の時期は、夜型の生活に移行していったという。

「夜は動画サイトを見たり、本を読んだり。好きな時間に寝て、好きな時間に起きる生活でした」

大里さんは昨年3月末に上京し、一人暮らしを始めた。しかし、入学式は中止で授業も始まらない。一人で家に閉じこもる生活に耐えきれず、4月末から1週間ほど実家に帰省した。だが、その間も地元の友達と会うこともなく、ひっそり暮らした。いくぶん心は落ち着いたが、東京に戻るとまた不安になった。

講義はオンラインでキャンパスに行くことはなく、一人の友達もできない。自分が大学生なのかという疑問も覚えた。初めて大学生になった実感をもてたのは、6月にアルバイトを始めたときだった。

「飲食店で週3、4回バイトをして、大学生になった気がしました。ようやく人にも会えました」

大里さんの悩みは大学入学から間もなく1年になるものの、友達をつくれていないことだ。

「9月からの秋学期は対面の授業が週1回ありますが、座席が段ボールのようなもので仕切られていて、隣の人と話せるような雰囲気ではありません。新歓オリエンテーションもなく、サークルにどうやって入るのかもわからないまま1年生が終わろうとしています。2年生もこのままいくとしたら、僕らはどうすればいいんでしょうか」

大里さんの部屋。ロフトでオンライン講義を受けているという(提供写真)

新型コロナウイルスの感染拡大から1年。収束が見えないなか、大学生たちの心は浮き沈みを繰り返している。2度目の緊急事態宣言を受け、オンライン講義のみの態勢に戻った大学もある。学生たちはこの状況をどう生き抜いていけばいいのか。

前出の筑波大・白鳥さんは心配しているものの悲観まではしていないという。

「どう変わるのか予測はできません。でも、学生は学生なりの回復力を見せるんじゃないかと思います。人間が新しい環境に適応する課題を解決するエネルギーは、若い人のほうが持っているはずですから。ただもちろん、変化に追いつけない人もいる。そういう人たちをいかに支えるかが私たちの役割だと考えています」


緑慎也(みどり・しんや)
1976年大阪府生まれ、福岡育ち。出版社勤務を経て、フリーランスとして、週刊誌や月刊誌などにサイエンス記事を執筆。著書に『消えた伝説のサル ベンツ』(ポプラ社)、共著に『ウイルス大感染時代』(KADOKAWA)、『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(講談社)、訳書に『フィボナッチの兎』(創元社)など。

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