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殿村誠士

父にさえ伏せた「がん」も自虐ネタで笑いに 爆笑問題・田中が語る優しくない漫才

2020/04/04(土) 08:02 配信

オリジナル

「『チビ』だとか『カタタマ』だとか、僕が傷ついてなければ『イジり』で、僕が嫌がっていれば『イジメ』みたいなことを言うけど、他人がジャッジする術はないんです。僕だけがジャッジできる」。人を傷つけない漫才が脚光を浴びた今、自分のがんを公表せず、睾丸摘出手術をネタにまで昇華した爆笑問題・田中裕二の「優しくない」笑いに迫った。(取材・文:てれびのスキマ/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)

イジりかイジメか、他人がジャッジしないで

「何となく『丸くて優しい、善良な人』みたいなイメージがあるかもしれないですけど、僕はそういう人じゃないので。裏ではボロクソ言うときもあるしね。別に『善良な人』だと思ってくれてもいいですし、逆に『実は腹黒い』と言う人もいるだろうから、それはそれでも別に全然いい」

爆笑問題といえば、暴走し毒舌を吐く太田光とそれを止める常識人の田中裕二、というのが世間一般のイメージだろう。だが、ラジオなどを聴くとそれが「誤解」だと分かる。たとえば『爆笑問題カーボーイ』(TBSラジオ)に鬼越トマホークがゲスト出演した際も、毒舌をまき散らす彼らを抑えようとしていたのは太田で、煽っていたのが田中だった。

漫才師はMCとしていくつも番組を抱えるようになると、漫才をやらなくなる。しかし、爆笑問題は今でも舞台に立ち、テレビでも漫才を続けている異色のコンビだ。

「漫才は、すぐにでもやめたい(笑)。ネタ作りも本番も緊張するしツラい。要はサラリーマンのお父さんが仕事に行きたくなかろうが毎朝行くのと同じようなもので。僕らは『タイタンライブ』で2カ月に1度、新ネタをやらなくちゃいけないし、最近はネタ番組も増えてきて呼ばれますから。毎回、どっかんどっかんウケればいいけど、そうじゃないときも当然ある。噛んだとか、ネタを飛ばしたとかもあったり。ウケないときなんて、最悪ですよ。でも今更やめられないですから。やめるきっかけもないし」

2019年、漫才に異変が起きた。漫才の腕を競う『M-1 グランプリ』で、ミルクボーイやぺこぱの漫才が「誰も傷つけない笑い」などと称され、脚光を浴びた。

「いちばん困っているのはミルクボーイじゃないですか? 『傷つけない笑い』って厳密にいうと『ない』と思うんですよ。どんなにハードなネタだって傷つかない人は傷つかないし、一見、平和そうなネタでも傷つく人はいるわけで」

自身もネタにしながら、時代とともに爆笑問題は笑いの「線引き」を模索し続けてきた。

「『チビ』だとか『カタタマ』だとか言うのは、僕が傷ついてなければ『イジり』で、僕が嫌がっていれば『イジメ』だ、みたいなことを言うけど、それって僕にしかわからないことじゃないですか。本当は傷つきながらもやっているかもしれないし、他人がジャッジする術はないんです。僕だけがジャッジできる。たとえば『カタタマ』だっていうのを、太田が言う場合、別の芸人が言う場合、一般の人が言う場合と、その相手や状況で変わってくる。テレビを見てそれを笑っているのは、イジメられっ子がイジメられているのを傍観して笑っているのと構造では一緒なんです。だから、一言で決めつけることはできない。イジメ的な要素がないっていうのは、あり得ないんじゃないかなって思います」

父にも伏せた「がん」

田中が「カタタマ」として言及しているのは、2000年の睾丸摘出手術だ。精巣腫瘍が肥大化し、手術を余儀なくされた。いまでこそネタとして昇華できているが……。

「あのときは公表してないけど、要はがんですから。そのとき、がんっていうフレーズがあったらもっと騒ぎになっていたと思うんです。父親にも『ただの良性の腫瘍だから』としか言わなかったんですよ。だから、そういうのもあって公表はしなかったですね。事務所内とか病院関係者以外は知らなかったはずです」

一方の太田は、田中の休業を発表する会見に、危機感を持って臨んだ。
「ここでシリアスになったら芸人として終わる」と考え、徹夜でネタを仕込んだ太田。記者からの質問はすべてギャグで返され、緊迫した空気は一気にはじけた。

「ウケてくれて良かったなあと思って会見を見てました。あれで大したことがない雰囲気になりましたからね。大正解だったと思います。いまだにネタにできるのは、あれがあったからです」

術後から完治まではおよそ5年。放射線治療、転移検査、定期的な血液検査の末、医者から「もう大丈夫、完治です」と告げられた。

「これが別の所のがんだったらそうはいかなかったんですけど、『金玉』っていう間抜けさ(笑)。ちょうどシドニー・オリンピック中で、『金取った』ってネタにできたのも助かりましたね。入院してすぐ(笑福亭)鶴瓶師匠が、『ホンマ、ええな、おまえ。うらやましいわ。最高やで。芸人で玉1個っちゅうのは』と言ってくれたり、(立川)談志師匠も『何だおまえ、かみさんに金玉食いちぎられたらしいな』と笑ったり。すごくうれしいし励みになりました。深刻かもしれないですけれども笑いに変えるというのは、ずいぶん救われました」

爆笑問題は、コンビ結成から32年になる。

「もともと、友達で始まって今に至るけど、いわゆる学生時代からの友達というのとも違う。仕事のパートナーとして毎日のように会ってますからね。たとえば、きょうだいがいない人にきょうだいの関係性を説明するのが難しいのと一緒。コンビの関係も嫌いとか好きとか、仲がいいとか悪いとか、その感覚と違うんですよ。2人で楽屋にいたって一言もしゃべらなかったりもするしね。大人になってから親子二人きりになると気まずいみたいな感覚に近いかもしれないですね」

相方を芸人としてどう見ているのか。

「ヤフーニュースで僕が『太田は天才』なんて言うと、また叩かれるからあんまり言いたくないんですけど(笑)。人の考えを読み取る力とか、誰も気づいていない点に着目できる力とか、そういったところは本当にスゴい。知識はもちろんだけど、すごく奥深く物事を推察することができる。『見透かされた』って思うと、ちょっとそこで一目置くじゃないですか。太田はそういう感じの、もっとすごいヤツですね」

父親として格好つけたいけど……ムリ

田中は現在、3人の子どものパパとしても日々奮闘する。離婚再婚、子どものこともラジオでは話してきた。

「うちの家族は女性が強い。ママと12歳のお姉ちゃんが一番上で、次女はまだ赤ちゃんでワガママし放題ですから。僕と小3の長男が家族の中で立場が一番下(笑)。父親として格好はつけたいけれども、現実はムリ。とにかく毎日毎日、子どもは誰かしらがギャーギャー言ってますから。格好をつけてる余裕なんかない。多分ママに怒られます。『どうでもいいから早く手伝ってくれ』みたいな」

特段、家庭で仕事の話をすることはないが、長女から『漫才とかやるじゃん、あれって怖くないの?』と聞かれたことがある。

「『だってハズしたら、怖くない?』って。『そうだよ、怖いよ。それで一生懸命やっているんだよ』と返したら『マジ?』って(笑)。もし、子どもが『芸人になりたい』って言っても、反対は特にはしないけど、勧めることはないですね。とても大変だ、とは言うと思います」

良好な関係で順風満帆な田中家。しかし田中は「問題はこれからだ」と言う。

「今のところはまだ嫌われてないですけど、思春期に入れば、恐らく1回嫌われる時期がくる。長男だってまだ甘えん坊ちゃんですけど、あと数年たったら身長も違って、声変わりをして、『おやじ、うぜえよ』とかという時期がくるかも……分かんないですよね、こればっかりは。だから今のうちになるべく、『キミらのことを好きだからね』みたいなことを潜在意識に刷り込んでいます」

田中裕二(たなか・ゆうじ)
1965年東京都生まれ。日本大学芸術学部中退後、1988年に大学の同級生だった太田光と爆笑問題を結成。政治から芸能まで様々な社会現象を斬る漫才は、幅広い年齢層から支持を集めている。近年は司会者として活躍する場面も多い。芸能界随一の猫好きとしても知られる。

てれびのスキマ/戸部田 誠(とべた・まこと)
ライター。著書に『タモリ学』『1989年のテレビっ子』『笑福亭鶴瓶論』『全部やれ。』などがある。最新刊は『売れるには理由がある』。


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