Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

長谷川美祈

なぜ学校の統廃合は難しいのか──試される「地域の力」

2019/06/11(火) 07:30 配信

オリジナル

人口減少を背景に全国で小中学校の統廃合が課題になっている。学校がなくなれば近隣から子育て世帯が減り、地域の衰退につながる可能性もある。そのため、統廃合には住民の反発も根強い。静岡県伊豆市では小学校の再編が進む一方で、中学校の統廃合計画で混乱が起きた。3中学を統合した新設校を軸とした新市街計画が一度白紙にされ、ゼロから新たな統合計画の策定を急ぐ。なぜこのような混乱が起きたのか。(ライター・庄司里紗/Yahoo!ニュース 特集編集部)

3校が統合された小学校の朝8時

周囲を小高い山々に囲まれる静岡県伊豆市の天城湯ケ島地区。朝8時、天城小学校の正門前に小学生を乗せた路線バスが次々に到着する。

「おはようございまーす!」

バスを降りた子どもたちは見守りの教師たちに挨拶しながら、校舎へと続く坂道を上っていく。

天城小学校前のバス停。朝8時頃、小学生たちが元気よく登校していく(撮影:長谷川美祈)

天城小は2013年、同じ地区内の三つの小学校(狩野小、月ヶ瀬小、湯ヶ島小)を統合して新設された。学区が広がったため、遠方に住む児童たちは登下校にバスを利用する。伊豆市教育部の金刺重哉部長は「全校児童245人(2018年度)のうち、およそ半数の児童がバスで通っている」と話す。

「統合にあたっては、民間のバス会社の協力で既存バス路線のダイヤ見直しや廃線路線の復活などを行い、通学手段を確保しています」

伊豆市では、2010年度から段階的に小中学校の統廃合を進めている。小学校は市内4地区のうち3地区の再編を終えた。

小学校区で色分けされた伊豆市(撮影:編集部)

天城小の新設により地元の小学校が閉校になった月ヶ瀬学区で、地域づくり協議会の会長を務める元中学校教員の植田延司さん(64)は、統廃合の前後を振り返る。

「近年、伊豆市では急速な人口減少が進んでいます。とくに山間部の過疎と高齢化は深刻な状況です。でも、学校がなくなると地域が寂れてしまうという声は根強くありました」

元中学校教員の植田延司さん(撮影:長谷川美祈)

そう話す植田さんと子どもたち3人も、月ヶ瀬小の卒業生だ。しかし、長女(35)が在校していた旧町時代の1997年ごろには、すでに1学年の児童数が十数名程度にまで減少。「いずれ統合は避けられないだろう、といううわさは当時から耳にしていた」と回想する。

隣接する湯ヶ島学区でも、湯ヶ島小学校が廃校になった。同地区に暮らす安藤久夫さん(91)は「できれば学校を残したかった」と語る。

「ここは井上靖の小説『しろばんば』の舞台になった歴史ある学校だから。でも、子どもがいないんじゃ、統合されるのはしようがない。同級生が7、8人じゃ、子どももかわいそうだろ」

旧月ヶ瀬小学校の跡地にできた、認定こども園やデイサービスセンターなどが入った複合施設「ふらっと月ヶ瀬」(撮影:長谷川美祈)

約半数の小中学校が「標準規模」を下回る

小中学校の統廃合は全国共通の課題だ。

文部科学省の学校基本調査によれば、1989年度に2万4608校だった公立小学校は2018年度には1万9591校へ、公立中学校で1万0578校から9421校へと減少した。小学校で約20%、中学校で約11%の減少だ。児童・生徒数は同じ期間、小学生で約950万人から631万人へと約34%、中学生で約539万人から約298万人へと45%も減った。

公立小中学校は法令で「標準規模」が定められている。児童生徒が集団の中で、多様な考えに触れ、切磋琢磨するという学校の特性を踏まえて、一校で一定の児童・生徒数を確保することが、子どもたちのためになるという考えからだ。学校教育法施行規則では、小中学校ともに「12学級以上18学級以下」が標準とされている。

出典:学校基本調査(図版作製:ラチカ)

学校基本調査によると2018年度、1万9349校の公立小学校のうち、標準規模を下回っている学校は8423校と約43%に達していた。このうち1825校は5学級以下であり、複式学級になっていたり、児童数0名の学年を生じたりしている。9338校の中学校でも標準規模を下回っているのは、4820校と約51%だ。小学校でも中学校でも、現状ではもはや半数近くが標準規模を満たしていない。

人口が減り続けている現在、今後も学校の統廃合が必要なのは全国共通の流れだ。だが、少なくない自治体が課題を認識しながら手をつけられないでいる。2016年の文科省の実態調査によると、小中学校の規模に課題があるとした全国1432市区町村のうち、42%が「現時点で検討の予定は立っていない」と答えている。

出典:学校基本調査(図版作製:ラチカ)

検討段階に入った後も、必ずしもスムーズに進むわけではない。

2018年2月、沖縄県宮古島市では2011年から進めてきた小中学校の統廃合計画への賛否を住民投票で決めるという条例案が市議会で否決された。熊本県和水町では、小中学校の統廃合をめぐって、2013年、2016年と2度の住民投票が実施された。新築を訴える町議会と耐震改修を訴える町長の間で折り合いがつかなかったからだ。

(撮影:長谷川美祈)

学校は世代をつなぐ地域のコミュニティの中核であり、地域住民など多くの人々が関わる。文科省は自治体に学校規模の適正化を求めているが、子どもを持つ保護者からすれば通学や学校運営に対する考えもさまざまで、統廃合への合意は簡単ではない。

統廃合計画 伊豆市の混乱

小学校の統廃合を進めた静岡県伊豆市では、中学校の統合を手掛ける段階で混乱が起きた。中学校の統合計画は2014年から進められてきたが、2017年にいったん白紙撤回。2018年から再び議論が始まり、現在は新たな再編計画に向けての検討が続いている。

なぜそんな曲折があったのか。経緯をたどろう。

2014年2月、伊豆市教育委員会は、中伊豆・天城・修善寺の3中学校を統合して別の場所に新設する学校再編計画を策定した。同年8月には、新設する中学校を核とする新市まちづくりに向けて整備計画の検討が始まった。「文教ガーデンシティ構想」だ。

(撮影:編集部)

伊豆市ではかねて若い世代の流出が課題になっていた。かつて市内で小学生の娘と暮らしていた30代の女性は三島市に移住した。

「若手世代は伊豆市を出て、北側で隣接する伊豆の国市や新幹線の駅がある三島市で暮らす流れができていました。どちらも交通事情がよく、買い物も便利だからです」

文教ガーデンシティ構想は、新設する中学校の周囲に分譲住宅地やこども園、公園を一体的に整備するという「コンパクトタウン化」が軸だ。中学校の再編・統廃合を中核としつつ、住まいと接近した学校環境を市街地につくれば、子育て世代を中心とした若い世代が定住しやすくなる──と人口減少対策も見込んだ計画だった。

伊豆市の上船原地区に住む会社員、大川一乗さん(38)はこの計画に期待を寄せていた一人だ。大川さんは東京で就職、結婚したが、33歳で故郷にUターンした。

「2013年ごろ、未就学の2人の娘をよりよい教育環境で育てたいと考えていた時、故郷の伊豆市で構想が進んでいることを知りました。人口減が進む中、未来を見据え、教育に投資する姿勢はいい。何よりも娘たちが中学生になったとき、よい教育が受けられるだろう、と思ったことが移住の決め手になりました」

伊豆市で小学生の保護者、大川一乗さん(撮影:長谷川美祈)

市議会の否決で計画は「白紙撤回」

伊豆市教育委員会の西井伸美教育長はこう話す。

「2018年5月時点で、伊豆市全体の中学生数は614人。だが、教育委員会が行った推計調査によれば、2030年には375人となり、約4割もの減少が見込まれている。この状況が続けば、中学校で十分な教育環境を提供できなくなる可能性がありました」

伊豆市教育委員会の西井伸美教育長(撮影:長谷川美祈)

伊豆市の中学校は現在4校。天城中、修善寺中、中伊豆中の3校と、山を挟んだ海側に小中学校を統合した土肥小中一貫校がある。このうち山側の3校の生徒数は、2018年時点でそれぞれ106人、359人、149人。文科省が示す「適正規模」から離れつつあったと西井教育長は言う。

「学校の規模が小さくなると、教科ごとに専門の教科担任を配置できず、教育の質を保つことが難しくなります。また、部活動も限定される。希望する部活動がないことを理由に、生徒が他地区の中学校に越境入学するケースもありました」

(撮影:長谷川美祈)

2016年4月の市長選では、文教ガーデンシティ構想の推進を公約に掲げた菊地豊市長が3選、計画は順調に進むかに見えた。だが、そうはならなかった。同年9月、市は文教ガーデンシティ構想で分譲住宅地の予定地は中核病院の移転先にするという変更案を議会に示した。耐震性の問題などで移転を予定していた病院を市内に残すため、と市長は議会に説明したが、この計画変更から風向きが変わった。

翌月に行われた市議会議員選挙では全16議席のうち、7人の新人候補が当選。議会の構成が大きく変わることとなった。

2017年3〜5月、この時点で学校設置の候補地の大半にあたる地権者との契約も締結済みという段階だったが、新たな構成となった伊豆市議会は文教ガーデンシティ構想に関して反対派が増え、関連予算案を僅差で3度にわたって否決。計画は「白紙撤回」となった。

市が保護者1221世帯を対象に実施した2017年4月のアンケート(回答率48.9%)では、約6割が計画に賛成だった。西井教育長はショックだったと嘆息する。

(撮影:長谷川美祈)

「学校の統廃合が地域の衰退を招くという意見があるのは承知しているが、計画の遅れが住民の流出に拍車をかける場合もある」

否決に驚いたのは、文教構想を支持していた住民たちだった。2017年3月、最初の否決に接した前出の大川さんは、中学校の統廃合を考える市民有志によるグループ「子育て世代の座談会」を立ち上げ、地域での意見交換を重ねた。5月の最終的な採決の前には、反対派議員たちのもとを訪れて説得も試みた。

「子どもたちの教育環境や地域の人口など未来を総合的に考えたら、文教ガーデンシティ構想はベストな選択だったと思います。だから、議員に対して頭も下げました。なのに、なぜ議会は反対なのか。理解に苦しみました」

(撮影:長谷川美祈)

だが、5月、反対派議員の票は大きく動かせず、計画は否決された。大川さんは伊豆市の未来に「心底、絶望した」と肩を落とす。

「移住した時は、ここに骨を埋めるつもりでした。でも、今はそんな気持ちも消え失せました」

なぜ市議会は反対派が多数になったのか。当時反対票を投じた市議たちに話を聞くことにした。

(撮影:長谷川美祈)

統合は容認するが「文教構想」は反対

朝9時、伊豆市内の喫茶店。市議会で反対票を投じた市議と向き合った。

6期目のベテラン、木村建一市議はコスト面から計画に疑義を呈する。当初、文教ガーデンシティ構想の総事業費は約104億円と見込まれていた。

「伊豆市の少子化は歯止めが利かず、新中学統合時期とされた2020年の生徒数563名が、2045年には201人まで激減するとの推計もある。そうなると、今後さらなる統廃合が必要になる可能性が高い。それなのに、いま中学校を新築して巨額の建設費用を市債という形で次世代の子どもたちに押し付けてよいのか」

木村建一伊豆市議(撮影:長谷川美祈)

先の選挙で新人として当選した山口繁市議は、文教ガーデンシティ構想の柱となる事業が途中で計画変更されたことを問題視していた。当初、分譲住宅地となるはずだった場所が病院候補地へ変更されたためだ。

「本来は、学校統廃合は教育環境をよりよくするため。それが高級な分譲住宅を造る計画になり、さらに住宅分譲が法制度上だめだとなると、病院を移転すると言い出した。住宅を造って子育て世代を呼び込むはずではなかったのか。理念のない対応に疑念が募り、構想はいったん白紙にすべきだと考えました」

同じく新人として当選した鈴木正人市議は「市民への説明不足」について指摘する。

「住民たちは『学校がなくなると地域が衰退する』と不安になる。保護者たちは、通学時の安全が確保できるか心配する。地域のお年寄りたちは、母校を失う喪失感にさいなまれる。そういう地域の思いに、市は納得のいく答えを出せないまま、強引に計画を進めた」

湯ヶ島地区(撮影:長谷川美祈)

しかし、3人はそう語りながらも「中学校を統合すること自体に反対するわけではない」と口をそろえた。どういうことなのか。質問を重ねると、木村市議が悩ましげな表情で答える。

「私たちは中学校の統合そのものに反対したわけではありません。学校再編計画に合理的な理由があり、住民が納得する形での統合が実現するなら、むしろ賛成の立場です。問題は、市長や教育委員会が住民の意見を聞かず、身勝手に文教ガーデンシティの開発計画を進めたことだったのです」

中学校統合は容認するが、文教ガーデンシティ構想は反対──。要は、そういうことかと尋ねると、市議たちは「まぁ、そういうことだ」と返した。

文教ガーデンシティ構想の白紙撤回から1年半。伊豆市教育委員会は2018年11月、あらためて三つの中学校を統合する基本方針を発表した。計画では、新たな校地に新校舎を建設し、2025年4月の開校を目指すとした。伊豆市議会も、同年12月の定例会で「伊豆市修善寺・中伊豆・天城地区の新中学校の整備を求める決議」を賛成多数で可決。伊豆市の中学校統合計画は再び動き始めたが、5年間の遅れが生じる結果となった。

(撮影:編集部)

「行政と住民が意見を出し合うプロセスが不可欠」

学校と地域の関係に詳しい帝京大学教育学部の丹間康仁准教授は「教育の問題として割り切れないところに学校統廃合の難しさがある」と話す。

「学校は子どもたちが地域と関わり、愛着を育む場でもあります。学校統廃合をめぐる意見が住民それぞれの立場によって賛成か反対かに二分してしまうと、子どもたちの進路選択や友人関係にまで影響を及ぼすことがあります」

帝京大学教育学部の丹間康仁准教授(撮影:長谷川美祈)

学校統廃合は住民同士に深い断絶を招きかねない。そうした事態を避けるには「行政と住民が意見を出し合うプロセスが不可欠」と丹間氏は指摘する。

「学校の適正規模を地域自らが主体的に考えられるといい。地域社会は多様です。行政や学校、保護者や地域住民が育てていきたい『子どもの姿』のビジョンを共有しながら、議論を積み重ねることが大事です」

人口減の大きな流れの中で、学校統廃合の推進は避けて通れない道だといえる。その中で、どうやって現状維持以上の流れをつくるか。地域の力が今、試されている。

(撮影:長谷川美祈)


庄司里紗(しょうじ・りさ)
1974年、神奈川県生まれ。大学卒業後、ライターとしてインタビューを中心に雑誌、ウェブ、書籍等で執筆。2012~2015年の3年間、フィリピン・セブ島に滞在し、親子留学事業に従事する。明治大学サービス創新研究所客員研究員。公式サイト

写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
[写真] 撮影:長谷川美祈
[図版]ラチカ