Yahoo!ニュース

(写真:JAXA)

「はやぶさ2」の歴史的快挙 アクシデントも乗り越えた、徹底した計算と訓練

2021/01/03(日) 09:46 配信

オリジナル

2020年12月6日、小惑星探査機「はやぶさ2」から放出されたカプセルが地球に届いた。地球から3億km以上離れた小惑星リュウグウの岩石などを採取する国家プロジェクトの総仕上げは、オーストラリアでのカプセル回収。だが、予期せぬアクシデントも発生した。はやぶさ2プロジェクトを振り返り、カプセル回収までの舞台裏に迫った。(取材・文/科学ライター・荒舩良孝/Yahoo!ニュース 特集編集部)

赤い大地に広がる白いパラシュート

12月6日、日本時間の午前2時29分。オーストラリアの中央南部で大きな“流れ星”が観測された。その正体は小惑星探査機「はやぶさ2」から放出されたカプセル。午前2時54分、オーストラリア国防省が管理するウーメラ管理区域の中に着地した。

カプセルから発信されるビーコン信号などで着地場所が割り出されると、回収役として現地に待機していた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の澤田弘崇さんは、ヘリコプターですぐに向かった。

しかし、現場は夜明け前だったため、カプセルを目視で確認することがなかなかできなかった。澤田さんが振り返る。

「あたりが真っ暗で、サーチライトを照らしてもよく見えず、苦労しました」

南オーストラリア州の都市クーパーペディから撮影したカプセルの流れ星(写真:JAXA)

ウーメラの本部で待機していた回収班のリーダーであるJAXAの中澤暁さんも、ヘリコプターからはっきりしない報告が続き、やきもきしていたという。

ヘリが現場上空で旋回を続けていると、朝日が昇ってきた。明るくなってくるにつれて、地表の様子が見えてきた。澤田さんはついに赤い大地の中に白いパラシュートを発見した。

「カメラをズームアップしてみたら、パラシュートの横にカプセルらしきものが確認できた。見つかったと確信しました」

ウーメラの大地に直径40cmのカプセルが着地していた。カプセルは、大気圏突入の際に熱を遮断するカバーの部分が外れ、内部のモジュールがむきだしになっていた。回収班は、カプセルに火薬が残っていて爆発することがないかを確認した後で輸送ボックスに入れ、ウーメラ本部のクリーンルームへ運んだ。澤田さんはカプセルと対面したときの感想をこう語った。

「6年前に実際に見ていたモジュールが、(宇宙を旅して)目の前にあるというのが不思議な感じでした。一瞬、呆然としたというか、本当に帰ってきたんだと思いました。カプセル内部の金属はまったく変わっていなかったのも不思議でしたね」

回収班のヘリコプターから撮影したパラシュートとカプセル(写真:JAXA)

人工クレーター作製と2回のタッチダウン

6年間の旅を経て、はやぶさ2が地球に戻ってきた。総飛行距離は52億4000万km。この旅では地球から3億km以上離れた小惑星まで飛行し、同じ天体の二つの場所で着陸(タッチダウン)に成功。加えて、人工的なクレーター作製や地下の岩石(サンプル)の採取の成功など、七つの世界初を実現した。

はやぶさ2は、2010年6月に地球に帰還した初代「はやぶさ」の後継機にあたる。はやぶさは一時行方不明になりながらも、ケイ素が豊富な小惑星イトカワのサンプルを採取して地球に戻ってきた。日本で宇宙研究を推進するJAXAは、この成功に後押しされるように、2011年5月に「はやぶさ2プロジェクト」を正式に発足させた。3年半という短い期間で試験や製作が進められ、2014年12月3日にH2Aロケットで打ち上げられた。

はやぶさ2が探査したリュウグウは、直径約900mのコマのような形をした真っ黒な小惑星だ。事前の観測から、炭素や水が豊富に含まれることが見込まれていた。その岩石を地球に持ち帰って分析すれば、太陽系初期がよりわかり、生命を構成する有機物や地球の水がどこから来たのかに迫れると期待されている。

(図版:ラチカ)

リュウグウでの探査で最も困難だったのが、タッチダウンだ。たくさんの岩塊で覆われたリュウグウは、はやぶさ2の着地を拒むかのようだった。

1回目のタッチダウンは2019年2月22日に実施されることになった。目標となったのは直径6mほどの小さな領域。プロジェクトメンバーは、事前に入手したリュウグウの詳しい地形データをもとにはやぶさ2を精密に誘導していき、誤差1mという高い精度でタッチダウンに成功した。

4月5日には、搭載していた小型衝突装置を使ってリュウグウの表面に人工クレーターをつくることに挑戦した。まず、はやぶさ2はリュウグウの上空で小型衝突装置を分離し、その位置に装置を残したうえで、安全な場所に移動。分離から40分後、装置の内部にある爆薬を遠隔操作で爆発させる。すると、装置の底面にある直径30cm、重さ2kgの銅版が弾丸状に変形し、秒速2kmでリュウグウの表面に衝突する。はやぶさ2は狙った地点に見事に衝突させ、地表の岩石が砕け、直径約15mの人工クレーターを出現させることに成功した。

小惑星リュウグウ(写真:JAXA、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工大、明治大、会津大、産総研)

3カ月後の7月11日には、その人工クレーターの近くに2回目のタッチダウンをした。着陸場所は、人工クレーターを作製したときに掘り起こされた地下物質がたくさん降り積もっていた領域だ。このタッチダウンで、リュウグウの地下物質を採取したとみられている。

はやぶさ2が成し遂げた数々の成果は、世界でも注目された輝かしいものだった。そして11月13日にリュウグウを離れ、1年かけて地球まで戻ってきた。

結果だけを見れば、はやぶさ2の探査はとても順調なものだった。しかし、これらの成功はJAXAのプロジェクトチームによる入念な準備や徹底した訓練によってもたらされたものだった。

小惑星探査機はやぶさ2の模型(撮影:荒舩良孝)

1万回を超える計算と念入りな訓練

リュウグウの地形は、はやぶさ2が近くに行くまでは全くわかっていなかった。そのため、到着する前から、コンピューター上で仮想のリュウグウを作成し、すばやく着陸点を選定する訓練や、本物のはやぶさ2を操作するように実際の時間とおなじ時間をかけて仮想リュウグウに下りていく訓練などを繰り返していた。

実際にリュウグウへ降下したり、着陸したりするには24時間以上かかるので、訓練も本番同様に24時間の3交代制でおこなわれた。ときには30時間以上かかることもあった。プロジェクトチームはこのような訓練を70回以上繰り返した。リュウグウの地形が明らかになった後は、実際の地形データを使って同様の訓練を50回ほどおこなっている。

はやぶさ2のプロジェクトマネージャ、津田雄一さんはこう語っていた。

「何をやったら危険で、探査機の限界がどこにあるのかも十分にわかっていました」

1回目のタッチダウン直前のはやぶさ2管制室(写真:ISAS/JAXA)

訓練を繰り返すことでプロジェクトチームは探査機の性能をしっかりと理解し、アクシデントが起こっても柔軟に対応できるようになっていた。例えば、1回目のタッチダウンのときには、はやぶさ2がリュウグウに向けて降下する直前に位置情報の間違いが見つかり、降下を一時停止している。

このとき、最悪のシナリオとして、タッチダウン運用の中止も津田さんは考えたという。だが、チームはすぐに原因を究明し、タッチダウンに向けた3000項目に及ぶはやぶさ2への指令を5時間かけてやり直し、予定通りの時刻にタッチダウンすることができた。

訓練の徹底はカプセルの放出でも同様だった。カプセルは最終的にウーメラの短径100km、長径150kmの楕円の領域に着地させることになった。そのため、はやぶさ2は地球から350万km離れた場所で、ウーメラ上空に設定した半径10kmの的に当たるように軌道変更する必要があった。これは「1km先にいるテントウムシを狙う」ほどの正確さを要する作業だ。

その後、はやぶさ2の軌道はさらに精密に変更され、「テントウムシの斑点を狙える」レベルになった。津田さんは、カプセルを目的地に着地させるために、事前に何度も計算を繰り返したと語る。

「1回の計算で5000ケースを想定して、そのどれもが大丈夫か判定するのですが、その計算を少なくとも数百回はやっています。打ち上げ前からのものを入れると1万回は超えると思います」

大気圏突入後のカプセルの動き。大気と衝突し、流れ星となった後で高度10kmくらいでパラシュートを開き、着陸した(図版:JAXA)

2年前からの回収班の準備

カプセルの回収班も準備を怠らなかった。班が発足したのは2018年の初めで、はやぶさ2がリュウグウに到着する半年も前だ。探査の運用に関わるメンバーを削るわけにはいかなかったため、JAXA内の他の部署や外部の大学や企業の人たちに協力してもらい、回収班を編成していった。リーダーの中澤さんはこう話す。

「はやぶさ2が帰ってくる2年前に、オーストラリアで現地調査をして、1年前にはリハーサルをすることを決めていました。だから、2018年の初めにはチームを立ち上げる必要がありました」

カプセルを安全に回収するためには、植物があまり生えておらず、人の住んでいない広いエリアが必要だった。条件を満たしていたのが、オーストラリアのウーメラ管理区域だった。

JAXA宇宙科学研究所副所長で、回収班の一員としてウーメラに同行した藤本正樹さんは、決め手は広さだけではなかったと振り返る。

「カプセル回収地は、日本からアクセスしやすいとか、いろいろな条件がありますが、最後は地元の理解が大切になります。今回は地元の方々がとても協力的でありがたかったです」

ビーコン信号を受信するアンテナを設置する様子(写真:JAXA)

カプセル回収には、オーストラリア政府から着陸許可を得なければいけない。申請書類のやり取りは2019年8月ごろから始まっていた。だが、2020年に入って予想外の出来事が発生した。新型コロナウイルス感染症の世界的な流行だ。

コロナ禍での豪州での回収へ

各地で被害が拡大するなか、国を越えての移動は大幅に制限されるようになった。オーストラリアは3月20日21時から、原則すべての外国人の入国を禁止した。

頭を抱えたのがJAXAの回収班だった。カプセル回収には海を渡り、現地で作業をする必要がある。回収班は、2年間かけて準備を重ねてきた。慣れていない人が作業をすると、カプセルの発見が遅れたり、サンプルの入ったコンテナを壊したりして、採取したときの状態を保てない恐れがあった。一時ははやぶさ2のカプセル放出を数年遅らせることまで検討されたという。

「探査機は既に6年ほど運用していて、いつ何が起こるかわからないという心配は常にありました。条件をクリアできるのであれば、予定通りカプセルを回収したいと強く思っていました」
中澤さんはこう振り返る。

最終的には、予定通り12月に行うことになった。オンライン上の会議などで要望を伝え、8月6日にはオーストラリア政府からカプセルの着陸許可を得ることができ、また、特例の入国も認められた。

当初、回収班は100人を超える規模だったが、73人に絞った。回収班は望遠鏡、ビーコン信号の受信、マリンレーダー、ヘリコプター、ドローンなどさまざまな方法でカプセルを探索する。探索やその後の輸送に支障をきたさないようにするには最小限の人数だった。

カプセルの探索は船舶などで利用されるマリンレーダーも投入された(写真:JAXA)

回収班は出発前に日本で1週間の自宅待機、1週間の自主隔離をした。さらに、オーストラリア到着後も2週間の自主隔離も実施し、万全を期した。アデレードでの自主隔離中は、オンライン会議を重ね、結束が強まったという。しかし、予想外だったのは酷暑だ。中澤さんは作業ができない恐れがあったと振り返る。

「カプセル探索用のアンテナを設置する日に気温が大幅に上がって、45℃を超えました。45℃を超えるとオーストラリア国防省のルールで作業禁止となるのです。そのため、気温が上がる前に、休憩と水分をこまめに取りながら作業を進めました」

カプセルの入った輸送ボックスを航空機に載せて、ウーメラ空港から日本に送る(写真:JAXA)

「100点満点で1万点」という完璧な運用

こうした万全の備えもあり、回収班は無事にカプセルを発見し回収することができた。それから52時間ほどで、神奈川県相模原市のJAXA相模原キャンパス内に設けられた地球外試料キュレーションセンターへカプセルを無事に運びこんだ。サンプルの入ったコンテナを開封してみると、中には数ミリもの大きさの岩石がたくさん入っていた。

JAXA宇宙科学研究所では、カプセルと一緒に帰国した澤田さんたちが、輸送ボックスを建物の中に入れた(撮影:荒舩良孝)

コンテナに収められたサンプルキャッチャーを開封したら数ミリの大きさのリュウグウの岩石がたくさん入っていた(写真:JAXA)

コンテナの開封をおこなった澤田さんは、そのときの様子を興奮気味に語る。

「開けて中を見てみると、言葉を失うくらいサンプルが入っていました。予想を超えて感動するほどです。イメージしていた量よりはるかに多かったので、本当にびっくりしました」

はやぶさ2が持ち帰ったサンプルの量は、目標の0.1gを大きく超え、5.4gに達していた。さらに、サンプルからはガスも出ており、それも漏らさず回収していた。地球外の天体からガスを持ち帰ったのは世界初のことだ。

はやぶさ2はカプセル分離後、新たなミッションに向けて地球を離れた。カプセルがJAXAに運びこまれたとき、津田さんは6年間のミッションについて、「100点満点で1万点」とするほど、完璧な運用だった。それは徹底した準備やシミュレーションがもたらした成果だった。津田さんはこうまとめている。

「はやぶさ2は完璧な状態で帰ってきて、惑星間往復飛行を完成させたといえます。当初、リュウグウに着いたときは、(過酷な地形を目の当たりにして)絶望の淵に立たされましたけれど、そういう小惑星だったからこそ、いいチームワークが育まれ、たくさんの問題を解決できたのだと思います」

記者会見で喜びの声をあげる津田雄一さん(撮影:荒舩良孝)


荒舩良孝(あらふね・よしたか)
1973年、埼玉県生まれ。科学ライター/ジャーナリスト。科学の研究現場から科学と社会の関わりまで幅広く取材し、現代生活になくてはならない存在となった科学について、深く掘り下げて伝えている。おもな著書に『重力波発見の物語』『宇宙と生命 最前線の「すごい!」話』『5つの謎からわかる宇宙』など。公式note

科学とテクノロジー 記事一覧(14)