Yahoo!ニュース

キングレコード

経済効果100億円超? 木村昴、Creepy Nutsも――2次元×ラップ「ヒプノシスマイク」が生む新しい「リアル」

2020/05/12(火) 19:10 配信

オリジナル

ここまでの人気は予想外だった――。人気声優の演じる2次元キャラがラップをする音楽原作キャラクターラッププロジェクト「ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-」が、多くの「中毒者」を生み出している。「日本商品化権大賞2019」では、「経済効果は100億円超」と評価され、「ワンピース」や「ドラゴンボール」と並び、審査員特別賞を受賞。楽曲提供には、Zeebraを筆頭に、「ココロオドル」のヒットで知られるnobodyknows+、そして新たにCreepy Nutsも加わった。演じる声優本人も驚く熱狂。「ヒプマイ」はなぜここまでのムーブメントを引き起こすことができたのか。(取材・文:高木“JET”晋一郎/撮影:Yuichi Tagawa/Yahoo!ニュース 特集編集部)

日本発の「2次元ラップ」が「100億円」ビジネスに

「ヒプマイを聴いてラップをはじめました、MCバトルに出ましたって話を、最近よく聞くんです」

そう熱っぽく語るのは、「ヒプノシスマイク」、通称「ヒプマイ」で山田一郎を演じる声優・木村昴だ。

「ヒプマイを通じて友達ができた話もある。それって、このプロジェクトが誰かの新しい世界を開いたり、新しいコミュニティーを作ったってことだと思うんですよね。ヒップホップの始まりとすごく似ている」

木村昴への取材は2019年12月、肌に刺さるような冷たい雨が降る夜にキングレコードで行われた

ヒプマイでは、2次元のキャラクターがラップバトルを繰り広げる。ラップには人気声優が声を当て、その作詞・作曲は人気ラッパーやトラックメイカーが担当。いわゆる「アニメ好き」だけの人気ではなく、音楽としての魅力も大きい。双方のファンを取り込み、ラップ人気の裾野を広げた。

「ヒプノシスマイク」のCDジャケット

「ヒプノシスマイク」では、「ディビジョン」と呼ばれる区画を代表するMCグループたちが、ラップを通してバトルを繰り広げながら物語が展開していく。2017年にスタートし、現在「イケブクロ」「ヨコハマ」「シブヤ」「シンジュク」「オオサカ」「ナゴヤ」の総勢六つのディビジョンと、18人のキャラクターがしのぎを削る。

ラップバトルを展開する「バトルCD」をリリースしているほか、YouTubeやサブスクでも公開。動画総再生回数は2億9000万回を突破している。この3月に開催予定だったメットライフドーム(2日間で7万人規模)でのライブチケットも完売していた。

さらに、コミカライズや2.5次元ミュージカル化などマルチメディア展開にも積極的だ。アパレルをはじめとして、商品化されたキャラクターグッズは約300アイテム。「日本商品化権大賞2019」では、「ヒプマイ」関連の経済効果は100億円を超えたと評価され、「ドラゴンボール」や「ワンピース」と並び、審査員特別賞を受賞した。

しかし「2次元キャラのラップを前面に押し出す」というコンセプトは、当初あまりに特異なアプローチだった。

「こんなにブームになるなんて。全く前例がないコンテンツなので、受け入れられるにしても、すごく時間がかかるだろうなと。実際、5年とか10年ぐらいのタームで考えようという話を制作陣ともしていたんです」

木村にとっても、わずか数年での「ヒプマイ人気」は予想外だった。

「ヒプマイを通じたヒップホップへの理解度の高まりと、キャラクターやストーリーの魅力。そこに声優陣の魅力だったりが組み合わさって、未知の魅力、オリジナリティーが生まれ、ヒプマイ人気は広がっていったように思います」

「ジャイアン声優」が牽引するラップ

「ドラえもん」のジャイアンなど、人気アニメの声優としても知られる木村。実は、声優活動とは別にラッパーとしてユニットを結成し、楽曲もリリースしてきた。

「今のように認知される以前は、『ヒップホップは不良の音楽』みたいに、世間的なイメージはあまり良くなかった。だから、子供向けのキャラクターを演じてることもあって、ラップ活動を大っぴらには言ってこなかったんです」

「例えば速水奨さんから『参考にするべき作品は?』と聞かれて、『速水さんのキャラはこのラッパーが参考になると思います』って伝えたり、同じイケブクロ・ディビジョンの石谷春貴くん、天﨑滉平くんと、池袋西口公園のサイファー(即興ラップ)に参加したり」と他の声優へのレクチャーぶりを語る木村

たまたま自作のデモ音源がヒプマイ関係者の目に留まった木村は、山田一郎役に抜擢される。「好良瓶太郎」名義で歌詞を提供し、他の声優陣に対してヒップホップのレクチャーも担う。

「SNSでもヒップホップ作品を紹介しています。ヒプマイ経由でどんどんリスナーに『ヒップホップ沼』にハマってほしくて(笑)」

そのもくろみは見事に成功。オーディエンスの感触も変わってきたという。

「ファーストライブの時は、お客さんはそれまでの声優のライブと同じように、うちわやペンライトで応援してくれたんですけど、『それも嬉しいけど、ラップのライブだから手を上げて盛り上げてほしい』って話をしたんですよね。そうしたら、セカンドライブでは手を上げてくれるお客さんがすごく増えて。その日は『乙女たちがペンライトを置いた記念日』として祝日にしたいぐらい感動して(笑)。リスナーの皆さんが、ヒプマイという世界に寄り添って、僕らが提示したいカルチャーに理解を示してくれたことに、本当にしびれました。それ以降もお客さんの熱気はどんどん高まって。声優陣も生半可な気持ちじゃいけないなって、回数を追うたびに気持ちは強くなっていますね」

2次元世界とオーバーラップしていく「リアル」

ヒプマイの楽曲提供には、Zeebraを筆頭に、「ココロオドル」のヒットで知られるnobodyknows+など、人気・実力・知名度のそろった名前がずらりと並ぶ。そこに新たに加わったのが、Creepy Nutsだ。「どついたれ本舗」と呼ばれるオオサカ・ディビジョンの楽曲「あゝオオサカdreamin' night」を制作した。Creepy NutsのR-指定はこう話す。

「ヒプマイのリスナーが歌詞をめっちゃ掘り下げて、いろんな分析をSNSやネットに上げてくれるのは、作る側として本当に嬉しかった。ラップは、一つのセンテンスや韻に何重も意味を織り込んでたり、歌詞同士が掛詞(かけことば)になってたりなど、『仕掛け』や『構造の妙』がたくさんある。リスナーの指摘には『よくそこ気づいてくれた!』もあるし、『そこまでは考えてなかったな~』みたいな、深読みしすぎっていうのもあったり(笑)。でも、そういう読み込み方や分析が、いま自分がリリックを書く際の糧になってるし、リスナーも同じように楽しんでくれてるのかなって」

Creepy NutsのDJ松永(左)、R-指定(右)。取材は2020年1月、「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0」の生放送前にニッポン放送で行われた

「ヒプマイ」人気の要因として、物語の世界観やキャラクター造形、声優陣の実力の高さといった、いわゆる「2次元」的な要素と、Zeebraやサイプレス上野、KEN THE 390など、ヒップホップ・シーンの第一線で戦うアーティストが参加することで生まれる、いわゆる「ストリート」的な感性も込められた楽曲との「衝突」が大きいだろう。ヒップホップ的な「ストリート感」や「リアル」が、ヒプマイの世界においての「リアリズム」と衝突することで接着し、そこに生まれた虚実のはざまが、ヒプマイの物語世界をより立体的に感じさせる役目を担う。

「だからR-指定も、普段のスキルを落とさずに書くことができたんだと思いますね」と話すのは、Creepy NutsのDJ松永だ。声優陣のラップの上手さにも驚いたという。

「声優さんが演じるパートには、実は今のヒップホップの最新のスキルを込めた、ものすごく難しいラップもあるんです。でもそれを見事に乗りこなして、しかも更に自分のカラーも込めている。本当に驚いたし、それだけこのプロジェクトに強い思いを持たれているんだなって。木村さんたち声優さんに僕らのラジオ番組で話を伺った時も、ラップに対する姿勢がすごく謙虚だし、真正面から真摯に取り組んでいて。それがあのクオリティ-につながってるんでしょうね」

一方で、「フェイクを嫌うヒップホップ・カルチャーの中で、ヒプマイがどう受け止められるかは、やっぱり不安だった」と木村は振り返る。

「僕が『俺は山田一郎、イケブクロ生まれの萬屋育ちだぜ』って言うのは、たしかに物語のキャラクターとしてです。実際の木村昴はドイツ生まれのクラシック育ちなんで(笑)。だけど、ヒプマイの世界の中では、山田一郎は息づいているし、どのキャラクターも、ヒプマイ世界の中では『リアル』。この作品のなかで鳴ってる『リアル』にリスナーが共鳴してくれるなら、ヒプマイも世界を塗り替えられるのかもしれないですよね」

R-指定も、ヒプマイの「リアル」についてこう考えている。

「僕は大阪出身なんで、関西弁でオオサカのリリックを書くのはすごく身近でリアルだったんですよね。同じように、日本にはたくさんラッパーがいて、例えば北海道だったらTHA BLUE HERBみたいに、それぞれの地域に根ざして活躍しているラッパーがいる。新しいディビジョンがもし生まれるなら、その地域に根ざしたラッパーやトラックメイカーが制作に関われば、『ヒプマイ』がよりリアルさを感じることができる世界になっていくと思うんですよね」

木村昴(きむら・すばる)
1990年6月29日生まれ。ドイツ出身。「ドラえもん」の剛田武(ジャイアン)役など、多数の作品で活躍する声優。俳優としても「天才劇団バカバッカ」を主宰。ラッパーの掌幻とのヒップホップユニット「掌幻と昴」でも活動中。

Creepy Nuts(くりーぴーなっつ)
MCのR-指定と、DJのDJ松永によるヒップホップユニット。ラジオ「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0」のパーソナリティー、ケンタッキー・フライド・チキンのCM出演など、幅広く活躍。2020年2月5日に配信シングル「オトナ」をリリース。https://smar.lnk.to/EePKJ


カルチャーを読む 記事一覧(31)