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写真:milatas/イメージマート

「息子は高校に行けたかも…」悔やむ母親 養育費の不払いは、法改正で変わるのか

2020/07/23(木) 18:02 配信

オリジナル

養育費をめぐる日本の法制度が変わろうとしている。母子家庭の4分の3が養育費を受け取っていない現状があるからだ。今年4月には改正民事執行法が施行され、支払いを渋る相手の財産を調べやすくなった。自治体による養育費の回収支援も広がり、7月1日には安倍晋三首相が、さらなる法改正の検討を表明した。今後、問題は解消されていくのか。苦悩する母親や専門家らに話を聞いた。(取材・文 笹島康仁/撮影・吉田直人/Yahoo!ニュース 特集編集部)

養育費があれば…

「養育費があれば、息子は今ごろ高校に通っていたかもしれません」

大阪府に住む千鶴さん(仮名、55歳)はそう話す。現在17歳の二男は、高校に進学しないことを選んだ。長い間、家に経済的な余裕がないことを見ていた。

元夫は二男が生後3カ月の時、姿を消した。捜す気持ちは起きなかった。家庭内暴力を受けていたからだ。千鶴さんは裁判所に申し立て、離婚。それからずっと一人で子ども3人を育ててきた。

生活は、仕事と子育てで埋め尽くされた。昼間は保険外交員として働き、午後7時にいったん帰宅。食事の支度をして再び家を出ると、午後9時から午前3時ごろまでラウンジで働いた。

「貯蓄も少ないし、給料日のたびに『今月もどうにか過ごせた』と感じる日々でした。入学時にそろえる制服や学用品、修学旅行の旅費など、まとまったお金が必要な時が一番しんどかったです」と、千鶴さんは振り返る。

写真はイメージです(撮影:笹島康仁)

千鶴さんの場合、出費がかさむと、食費を切り詰め、仕事を増やした。2年ほど前からは親の介護も重なった。過労がたたったのか、30代で膵炎を患い、今でも無理が重なると患部が痛む。

「高校には行かない」と息子が告げたのは、今から2年前の中学3年生の時だ。千鶴さんはいつも息子に「高校は公立で」と伝えてきた。息子はもともと勉強熱心なタイプではなかったが、「私立も含めた選択肢があれば、息子の判断も変わっていたかもしれません」と千鶴さんは悩む。

「養育費があれば、もっと楽だっただろうと思います」。だが、同じ境遇であるひとり親の友人たちから苦労話を聞くと、諦めの気持ちが増した。

「離婚の際に養育費の取り決めをしていても、支払いが2年続けばいいほうです。しばらくすると(支払いが)遅れ始め、そのうち振り込まれなくなるという話ばかり。自分で頑張って稼いだほうが、よっぽど気が楽ですよ」

写真はイメージです

「差し押さえの“道筋”を示せるように」

「新型コロナウイルスの影響で経済状況が悪化しており、養育費が必要になったり、支払いが滞ったりしているようです」

そう話すのは東京・池袋に拠点を置く、養育費相談支援センターの山﨑朋亮センター長だ。

同センターは厚生労働省が2007年に開設。23人の相談員は、全員が元家庭裁判所の調査官だ。毎年6500件ほどの相談が寄せられる中、今年の春ごろからは、ある“法律”に関する相談が増えているという。

“法律”とは、4月1日に施行された改正民事執行法のことだ。

養育費相談支援センターのセンター長、山﨑朋亮さん

日本では、養育費を受け取っていない母子家庭が大半を占めている。

2016年度の厚労省「全国ひとり親世帯等調査」によれば、母子家庭で養育費を受け取っている割合は、わずか24.3%(父子家庭は3.2%)。こうした母子家庭の平均年収は243万円。2018年の労働政策研究・研修機構の調査では、相対的貧困率は51.4%(父子家庭は22.9%)に上るとされている。

養育費の不払いが続いた際、相手の財産を差し押さえるには財産を特定する必要がある。だが、転居や転職で相手の勤務先や収入が分からなかったり、財産を隠されたりすることもある。

今回の民事執行法の改正では、“第三者”を通じて相手の財産を調べることができるようになった。裁判所に申し立てることで、相手の金融機関や年金事務所などから情報を得ることができるようになったのだ。

また、相手が手続きに協力しない場合の罰則も、これまでの「30万円以下の過料」から「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」に強化された。

養育費相談支援センターは公益社団法人「家庭問題情報センター」が運営している

養育費相談支援センターの山﨑さんはこれまで、「養育費を取り立てたいが、相手の財産が分からない」という相談を何度も受けてきた。

「これまでは『公に調べる方法はありません』と伝えるしかありませんでした。しかし、『法改正によって具体的な道筋ができたので、諦めずに手続きを進めてはどうですか』と伝えることができるようになりました。大きな変化だと思います」

ただ、「実効性はまだ分かりません」とも言う。相手の財産を調べることができるのは、養育費の分担を決めた公正証書や調停調書などがある場合に限られるからだ。

「改正法の活用はまだ難しい」

「(法改正は)一歩前進ですが、有効活用はまだ容易ではないでしょう」と話すのは、弁護士の榊原富士子さん。約40年にわたって、離婚や養育の法手続きに携わってきた。親しい弁護士の間では「改正法を養育費請求に活用できた」という事例はまだ耳にしていないという。

榊原さんが問題視するのは、養育費に関する取り決め率の低さだ。前述の厚労省調査によれば、養育費の取り決めをしている母子家庭は42.9%(父子家庭は20.8%)にとどまっている。

2012年からは離婚届には養育費や面会交流についてのチェック欄が設けられた

「養育費の支払いを確実なものにするためには、まず取り決めをする、文書にする、ということが必要です。しかし、当事者の立場から考えると、離婚時にそれを実行するのが難しい。すでに夫婦関係が悪く、別居での不安定な生活が始まっていることもある。監護親は子育ての悩みも抱えつつ、安定した仕事も確保しなければなりません。そんな状況で、相手と養育費や面会交流の取り決めをするのは大変なんですよ」

弁護士の榊原富士子さん

母子家庭、4分の3は養育費を得ていない

冒頭の千鶴さんのように、生活が苦しくても養育費を受け取っていない事例は日本では珍しくない。その理由はさまざまなだ。「元配偶者と関わりたくない」「どこにいるのか分からない」「請求すれば暴力を受けそうで怖い」「未婚で出産して、認知をしてくれない」「相手の経済状況が不安定で頼れない」……。

写真はイメージです

しかし、そんな事情があるとしても、これだけ「養育費を受け取れないこと」が一般化している国は今では珍しい、と榊原さんは指摘する。

「諸外国に比べて、日本ではひとり親家庭で育つ子どもの権利を守る法整備が進んでいません」

先進国の多くでは、養育が必要な子どもがいる場合、養育費や面会交流についての取り決めがないと離婚ができない。国による養育費の支援も珍しくない。

ドイツでは、日本のような夫婦の合意だけで成立する協議離婚はなく、裁判所の離婚判決が必要だ。判決を受けるためには、行政相談など第三者の支援を受けながら夫婦間の合意形成をした上で、子どもの養育について取り決めることが原則とされている。別れた親に支払い能力がない場合には、国が扶養料を立て替え給付する制度が1980年からあり、毎年約50万人の子どもに約8億8千万ユーロ(約1084億円)が支払われている。

韓国でも、離婚時には養育費や面会交流、親権についての取り決めが必要で、裁判所を経由する仕組みとなっている。離婚時に、養育費などについて夫婦間で協議する期間が設けられているほか、国による養育費回収援助や立て替え払いの枠組みもある。

榊原さんによれば、アジア諸国でも法整備が進んでいるのは、1990年に発効した「子どもの権利条約」の存在が大きかったという。

「子どもの権利が明確になったことで、各国で養育に関する法整備が進みました。一方、日本は(同条約を)1994年に批准したのですが、離婚と子どもの養育は個々の家族間の問題とされ、『国にも子どもの権利を守る責任がある』という認識がなかなか進みませんでした」

動き出した法整備

そんな状況が長く続いてきたが、養育費をめぐる日本の法制度は今、大きく動こうとしている。

例えば、昨年12月、最高裁判所は16年ぶりに両者の年収や子どもの年齢などで決まる算定表を改定した。全体に増額されており、両親の年収によっては月1万~2万円ほど増えている。

5月には、法務大臣が組織した勉強会が養育費支払い確保に向けた提言を取りまとめた。6月からは厚労省と法務省が合同で公的支援について議論を始め、7月に政府が決定した「女性活躍加速のための重点方針2020」では、支払い確保に向けた啓発や調査研究などを実施していくことが記された。

法務省(写真:Nobuyuki_Yoshikawa/イメージマート)

養育費回収を支援する自治体も

自治体で先駆的な取り組みをしているのが兵庫県明石市だ。

2014年から相談体制を充実させるなど、ひとり親世帯の支援に力を入れ始め、2018年度からは養育費の回収代行を支援する制度を導入した。養育費の不払いがあったときは、保証会社が不払い分を立て替えて支払い、別居親から立て替え分を回収する仕組みだ。市には、「自分で請求するのが難しい状況なので、助かります」という声が寄せられているという。

明石市以外にも東京都や大阪府、滋賀県湖南市など養育費の回収を支援する自治体が増えている。今年6月にはZOZO前社長の前澤友作氏が、養育費の立て替えや回収代行を行う事業「小さな一歩」を立ち上げた。

弁護士の榊原さんは「考える軸足を“子ども”に置くことが重要です」と言う。

「今の社会で『義務教育は無料』に疑問を持つ人はいませんよね。子どもを育てるにはお金が必要です。養育費を十分に受けていない子どもの権利保障も、国が責任を持つことが当たり前なんだという共通理解が広がってほしいです」

写真はイメージです(撮影:笹島康仁)

コロナ危機がひとり親世帯を直撃

新型コロナウイルスの感染拡大により、ひとり親世帯は大きな打撃を受けている。NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」が今年5月に発表したインターネット調査によれば、児童扶養手当を受けているひとり親世帯の59%で収入が減り、11%は収入がなくなったという。

「恐ろしい状況になっています」と理事長の赤石千衣子さんは言う。

4月からの1カ月ほどで303件のメール相談が寄せられた。このうち約1割が養育費について触れていて、「(元夫から)養育費を半分にします、と伝えられました。私はどうしたらいいですか?」という相談もあったという。

写真はイメージです

〈養育費が払えなくなりそうです〉

大分県に住むはるひさん(37)の元に、元夫からLINEで連絡が入ったのは今年4月のことだ。元夫は観光業に携わる会社員。コロナ禍で給与カットが続き、「毎月2万円」と約束していた養育費を払えそうにない、と伝えてきたという。

はるひさん自身も余裕はない。パート勤務で給与は毎月15万円前後、児童扶養手当を5万円ほど受給している。一人息子は小学校6年生で、今後のための貯蓄も必要だ。だが、元夫の事情を理解し、「落ち着いたら(養育費支払いを)再開してほしい」と承諾した。

ところが6月、はるひさんが勤めていた建設会社が倒産し、無職となってしまった。元夫に養育費の支払いの再開を早めてもらうことも検討しているという。

それでも、はるひさんは「自分は恵まれた状況にあります」と同じ境遇の親子を思いやる。

「実家に母と住んでいるので、家賃がいりません。家族に頼れず、DVなどで相手と関われない人は、もっと大変な状況にいるのではないでしょうか」

写真はイメージです(撮影:笹島康仁)

一方、前述の養育費相談支援センターには、支払い義務を負った人たちからの相談も少なくない。多くは、子どもの父親だ。養育費を払いたいが、経済状況の悪化で難しくなっているという。「支払いができなければ、子どもに会えなくなるのでは」という不安の声も届いた。

センター長の山﨑さんは言う。

「子どもが養育費を受け取れるようにするには、支払い義務を負った人の視点を入れることも重要です。それに、養育費の不払いだけが子どもの貧困の元凶ではありません。子どもの貧困の原因はさまざまで、養育費をめぐる状況もそれぞれに違います。子どもの権利を守るためには、さまざまな観点から考える必要があるでしょう」

センターでは面会交流の支援も行っており、交流スペースにはおもちゃが置かれていた

「きめ細かな相談体制の確立と実態把握が欠かせない」と山﨑さんは指摘する。

山﨑さんによれば、ひとり親世帯に関する公的な調査は、厚労省によるほぼ5年に1度の「全国ひとり親世帯等調査」しかないという。調査のサンプル数は約2500世帯。母子家庭が約123万世帯、父子家庭が約19万世帯あることを考えると、実態の把握には十分ではないという。

「ひとり親世帯の子どもの問題は、さまざまな分野で先送りにされてきました。今は社会の注目が集まり、関心を持ってくれる政治家が現れ始めている。今後の動きに期待したいと思います」

養育費の相談については、各地方自治体のひとり親家庭支援窓口に相談員が置かれている。養育費相談支援センターでも相談を受け付けており、電話相談は0120-965-419(携帯電話やPHSからは03-3980-4108)。メール相談はinfo@youikuhi.or.jpまで。

新型コロナウイルス感染拡大を受け、7月23日現在、電話相談は平日午前10時~午後8時、土日祝日は休みとなっている。詳細は養育費相談支援センターのホームページへ。

通常時の開設時間は下記の通り。

平日(水曜日を除く) 午前10時~午後8時
水曜日 正午~午後10時
土曜日・祝日(振替休日は休み) 午前10時~午後6時


笹島康仁(ささじま・やすひと)
記者。1990年、千葉県生まれ。高知新聞記者を経て、2017年に独立。

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