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近藤弥生子

戒厳令をもくぐり抜けた、志村けんの「お笑い」ーー台湾の老若男女に愛された理由

2020/04/05(日) 10:15 配信

オリジナル

志村けんさんの訃報は、日本とほぼ同時のタイミングで台湾を駆け巡った。追悼ツイートが話題になった蔡英文総統をはじめ、誰もが亡き「喜劇王」を偲んでいる。ザ・ドリフターズ時代から志村さんの「お笑い」、そして人柄が世代を超えて台湾人の心をつかんできたのだという。現地から、日本ではあまり知られることのない志村さんと台湾の絆を紐解いてみたい。(取材・文:近藤弥生子/Yahoo!ニュース 特集編集部)

台湾総統が即座に追悼の意を示す

志村さん逝去のニュースが日本で報道されたのは先月30日の早朝。台湾でもほぼ時を同じくして、インターネットやテレビなどで続々と報道された。台湾の総人口の約8割が利用するFacebookのフィードは、志村さんの死を弔ったり、好きだった出演番組の思い出を明かすなど、志村さん一色となった。先月23日に感染が確認されてから亡くなるまでのスピードの速さ、感染予防のために家族に見守られることなく火葬されたことなども、大きな話題を呼んだ。

台湾の大統領に相当する蔡英文総統が自身のツイッターに、志村さんの死を追悼する投稿をしたのは、死去が公になった日の午後14時過ぎ(日本時間)のこと。

隣国とはいえ、総統が他国のコメディアンを、しかも相手国の言葉で追悼するというのはまず普通ではあり得ない。だからこそ多くの日本人が驚き、日台の繋がりの深さに気づかされたのではないだろうか。

レンタルビデオで流通した「志村けん」

蔡総統の追悼メッセージに象徴されるように、志村さんは台湾のあらゆる世代から絶大な人気がある。その背景には、台湾の複雑な歴史が横たわる。

台湾では1949年から1987年までの38年間、「戒厳令」による言論・情報統制が敷かれた。学校では台湾の自然言語である「台湾語」を話すと罰金が課せられ、中国語(北京語)のみを話すよう指導されるといった言語政策が取られていた。テレビで使われるのもすべて北京語。海外からのコンテンツ流通にも監視の目が光り、日本も例外ではなかった。当時、台湾で暮らしていたジャーナリストの高橋正成さんはこう振り返る。

「戒厳令時代、日本のコンテンツは検閲を受け、合格したものだけが出されていました。台北日本人学校では一時期、一年が終わると学校が教科書を一斉回収して処分していました。流出を防ぐためです」

志村さんの実家がある東京・東村山市の駅前に設置された献花台(写真:つのだよしお/アフロ)

戒厳令で外の情報からシャットダウンされ続けた台湾人たちは、外の情報に飢えていた。そんな彼らの貴重な情報源となったのが非合法のレンタルビデオ店だ。そこでは、非合法に録画された日本のテレビ番組も貸し出されていた。

レンタルビデオ店で、その「わかりやすさ」も手伝って、不動の人気を誇っていたのが「プロレス」や「志村けん」だった。とりわけ志村さんの出演作は、『8時だヨ全員集合!』や『ドリフの大爆笑』に始まり、「カトチャンケンちゃんごきげんテレビ」、そして、87年に日本で放送開始となった『志村けんのだいじょうぶだぁ』に到るまで、子どもから大人まで幅広く人気を博す。志村さんの出演している番組ははいつもレンタルされていて、なかなか借りられなかったそうだ。高橋さんは言う。

「志村けんさんは、混沌とした時代の中で唯一不動のスターでした。言葉が違っても楽しめて、体を張った真剣勝負のコント。人々はお腹の底から笑ったんです。私の家は家族ぐるみでレンタルビデオ店と付き合っていたので、よく店主がビデオを取り置きしておいてくれました」

そして、「裏ビデオ」時代からの人気も追い風に、『志村けんのだいじょうぶだぁ』は、96年には合法でテレビ放送されるようになった。台湾のテレビは日本とは異なり、24時間放送されている。『志村けんのだいじょうぶだぁ』は一日の異なる時間帯に数回放送され、子どもから会社員、お年寄りまで幅広い層にリーチできたという。台湾人なら誰しも、大笑いしながら番組を見た思い出があるのだ。

知人の台湾人に志村さんについて聞くと、「志村けんさんは今のようにスマホがなかった時代、家族みんなで一緒にテレビを見て大笑いした幼かった頃の良い思い出です」「小学校の学芸会で、ひとみおばあちゃんを真似して、みんなで大笑いしました」など、それぞれの思い出を答えてくれる。

台湾社会が今よりずっと保守的で、お笑い芸人も少なかった頃、志村さんの「変なおじさん」は「怪叔叔」と訳され大人気となり、台湾企業の忘年会では皆があの白鳥の衣装を着ていたという。

台湾のバラエティ番組で志村さんの持ちネタ「ひとみおばあちゃん」が「陽婆婆」としてパロディされ大ヒットするなど、志村さんの影響を受けているのは周知の事実だ。

「陽婆婆」のネタで爆発的に有名になったタレントのヤン・ファン(陽帆)のMV

台湾観光ブームの火付け役に

台湾で志村けんさんが慕われる、もうひとつの理由。
それが2002年から展開された、日本アジア航空のCMおよび一連の広告「近くて近いね、日本と台湾 次はあなたが台湾通!」での金城武さんとの共演だ。多くの日本人が台湾観光に興味を持つきっかけになった。

中華圏で活躍する俳優・金城武さんと、日台で絶大な人気を誇る志村さんが二人で台湾各地を巡る。ローカル列車に揺られ、地元のおばあちゃんたちとおしゃべりしながら台湾のフルーツを頬張ったり、志村さんが一人でお気に入りのルーローファンをかきこんでいるところを金城さんに見つかったりと、観ている人の心をほどかせる、人情味あふれた内容だ。

写真提供:片倉佳史

1972年に日本と中華人民共和国との間に日中共同声明が出されたことにより、日本は中華民国(台湾)と国交を断絶し、現在に至っている。同時に、中国に乗り入れのある日本の航空会社の台湾乗り入れができなくなった。ただ、日台経済はすぐに断ち切れるものではなかったため、日本航空100%株主の別会社として設立されたのが、日本アジア航空だった。

07年に日台の直接運行が認められたことを受け、08年に日本航空インターナショナルに吸収合併されたため、今では日本アジア航空の広告を見ることはできないが、そのクオリティの高さは伝説のように語り継がれている。

台湾在住のコーディネーター、青木由香さんもその特別さをこう話す。

「それまでの台湾は、どうしても男性の娯楽的な旅行先といったイメージがありました。でもこの広告は台湾初心者として登場する志村さんが、金城さんと屈託なく遊んでいるというのがとても斬新で、印象的でした。それにあの広告は台湾側でも非常に喜ばれて、今でも観光地の至る所に志村さんの切り抜きのパネルやサインが飾ってあります」

写真提供:片倉佳史

この広告制作でキャスティングに志村さんを推薦した、台湾在住の作家・片倉佳史さんが振り返る。

「金城武さんの出演はすでに決まっており、もう一人を誰にするか議論されていました。物静かな金城さんが台湾を紹介し、それを膨らませる技術のある方が必要だと思い、志村さんを推薦したんです。志村さんは台湾人に絶大な人気がありますし、何より自分ばかりが中心になるのではなく、場を中心に楽しい雰囲気を作れる稀有な存在だと思ったんです。最初は関係者にも驚かれましたが、台湾での人気ぶりを説明すると、すぐ受け入れてくれました。志村さんご本人も『面白いね』と乗ってくださり、日本アジア航空のバックアップのもと、制作はとても良い形で進んでいったようです」

写真提供:片倉佳史

今では存在しない日本の航空会社の広告が台湾で今もなお最も愛されているという事実は、多くの日本人の知られざるところだ。片倉さんは言う。

「日本で台湾の知名度を爆上げしてくれた志村けんさんと金城武さん、そして日本アジア航空には、台湾の多くの人々が感謝してくれたはずです。それはきっと台湾政府も同じでしょう」

最近は健康に気を使っていた

また、志村さんには、もともと台湾に「行きつけ」があったことも知られている。台北にある「豪門世家理容名店」。志村さんと家族のように親しかった老舗のマッサージ店だ。

志村さんが台湾を訪れると必ず通っていたマッサージ店「豪門世家理容名店」のエントランス。等身大パネルと記念撮影する旅行者も多い(撮影:近藤弥生子)

2002年から同店に在籍するスタッフ、後藤直仁さんに話を聞いた。

「志村さんがプライベートで台湾に遊びに来られた時、初めて来てくださったのが2000年頃。そこから先代のオーナーや私たちは20年ほどお付き合いさせていただきました。最後に来てくれたのは三年前。マッサージが大好きで、仕事と仕事の合間でも来てくださいました。施術が終わって『楽になった〜』とにっこり優しくほほ笑んでくださるのが嬉しかったです」

志村さんへの思いを語ってくれた後藤さん(撮影:近藤弥生子)

「ホテルの部屋に招いていただき、そこでお酒を飲みながらいろいろな話をしました。志村さんは健康にとても気を使われていて、台湾に来る前にご自分で漢方薬を調べて来られたり、とても博識でしたよ。ここ最近は深酒せず、大好きなお酒を美味しく飲むために、健康に気を使っているという感じでした」

日本アジア航空の広告撮影後にも店を訪れている。後藤さんによれば、金城武さんは志村さんを「師匠」と呼んでいた。中央の女性が先代のオーナー(撮影:近藤弥生子)

行く時にはなるべくお腹を空かせるような姿もあったという、お気に入りの北京ダック店で(撮影:近藤弥生子)

「豪門世家理容名店」は志村さんが常連ということもあって、日本の芸能人や観光客も数多く訪れる。

「志村さんのおかげで、お客様が来てくださっていると思っています。本当に謙虚な方で、うちのスタッフ一人ひとりにまで会釈してくれるような方でした。訃報を聞いて、今でも気持ちが落ち着きません。この状況がおさまったらせめてお墓参りだけでも行かせていただきたいと思っています」