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鬼頭志帆

「序列のある社会は本来、女性にはプラス」東大初の女性教授・中根千枝氏の助言

2019/06/17(月) 07:28 配信

オリジナル

今年4月、東京大学入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が波紋を広げた。「2割の壁」を超えない東大の女子学生比率の低さなどに触れ、「どうせ女の子だから」と足を引っ張る社会の問題を指摘した。10年前、東京大学大学院の入学式で、上野氏と同じように女性を取り巻く社会環境について祝辞を述べた女性研究者がいる。東大初の女性教授で社会人類学者の中根千枝さん(92)だ。なぜ日本では女性の活躍が進まないのか。中根さんに聞いた。(ノンフィクション作家・河合香織/Yahoo!ニュース 特集編集部)

歴史的に「女性は学問しなくていい」という思想

東京・城南地区の集合住宅。92歳の中根千枝さんは車いすに乗って現れた。柔らかな表情にはつらつとした話し方は年齢を感じさせない。中根さんは2009年の東大大学院入学式の祝辞で「本業としての研究者や確立された組織の管理職についている日本の女性の割合は先進国などと比べて一番低い」と述べた。問題意識は上野さんの祝辞と通底している。

――中根さんの祝辞から10年経っても女性の比率が問題になります。なぜでしょうか。

外国に比べて、日本では要職につく女性の比率が少ない。その原因の一つは、日本の歴史上「女性は学問しなくていい」という思想が強かったことにあります。

さかのぼると、紫式部がいた平安朝はよかった。紫式部は勉強熱心で、『史記』など中国の古典を相当読んでいたことが明らかになっています。平安時代が続けば、日本の女性もそんなに悪くなかったと思う。でも、その後、武家社会となり、戦乱が江戸時代の初めまで断続的に続き、女性にとって学問は重視されなかった。

海外はそうじゃないの。たとえばインド。階層社会で、上流階級の家では学者を呼んで家で講義をさせる。そこには女の子も当然入っている。フランスなど欧州にも女子に学問をさせる文化がある。

(撮影:鬼頭志帆)

だからね、日本で女性が役職につけない一つの理由は、学がないからです。世間のことと学問のこと。その両方で訓練された女性が日本では全体的に出てこないのね。

――進学における男女差について、上野さんは「どうせ女の子だし」と水をかけ、「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の意識の結果だと語りました。そして、ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんの父親が「娘の翼を折らないようにしてきた」と語った話から、多くの娘たちが翼を折られてきたと訴えかけました。

そういう側面は確かにありますよね。家庭環境は大きいでしょうね。私の友達でもとても真面目で優秀だったのに、封建的な家庭に育って、翼を折られてしまった人もいます。

ありがたいことに、私の父は「女だから」という意識は全くなく、子どもの私と麻雀をして負けると本気で悔しがるような人でした。「東大に行くなら法学部に行けばいい」と勧められたこともありましたけど、「私は東洋史がやりたいの」と言い返したら、それ以上は何も口出しされませんでしたね。翼を折らずに見守ってくれたことに感謝しています。

中根さんは1926(大正15)年生まれ、弁護士だった父親の仕事の関係で幼少期を中国の北京で過ごした。津田塾専門学校(現・津田塾大学)卒業後、終戦後の1947年、女性に門戸を開いた東京大学に入学。東洋史学を専攻した。1958年から東京大学東洋文化研究所講師となり、1970年には東大で女性初の教授に就任。その後も女性初の研究所長、女性初の日本学士院会員と「女性初」を更新し続けてきた。

“女性”と特別視されなかったのがよかった

――学術の場で中根さんが「女性初」を更新し続けられたのはなぜでしょうか。

女性初というのは意識したことはありません。女性第一号なんて、人生の長いプロセスの一点にしか過ぎないでしょう? 女性初だと一生栄誉があるかって言えば、実は何もないもの。

戦争が終わってすぐにモンペを脱いで、空色のワンピースに着替えました。東大受験では、周りからは「男の子は頭がいいから、女の子は無理でしょう」と言われましたが、私は女子校にいたから男の子がどれくらい勉強できるか分からなかったの。

1947年7月14日、「女性進出・東大に女子学生」と毎日新聞が報道。中根さんが入学したのも同じ年だった(写真:毎日新聞社/アフロ)

私は中央アジアのことを知りたかったから、東洋史学科に入りました。その時の主任教授が私の卒論にとてもいい批評をしてくれたの。「あなたは小さいところを細かく突っ込むよりも、大きく見て、その大きさの中から何かを生み出すことが好きですね」と。

男女の違いなんて言わず、純粋に理論的に指摘してくれたから、とっても気持ちがよくてね。その時に、「女でもできましたね」なんて言われたら、きっとがっくりきていたでしょうね。

序列ある社会は女性にはプラスのはず

中根さんの代表作が『タテ社会の人間関係』(1967年)だ。現在まで累計117万部のロングセラー。世界各国でも翻訳されてきた。資格(学歴、地位、職業など)や能力による「ヨコ」のつながりではなく、会社や学校など集団内の年功序列という「タテ」の関係によって規定される日本社会の様相をインドや欧米と比較して鮮やかに描き出した。2016年度の東大学位記授与式で五神真総長は本書に触れ、「人間の社会そのものの普遍的な性質について、新たな考察の視点をもたらした」と賛辞を送った。

(撮影:鬼頭志帆)

──中根さんが東大初の女性教授になった時、新聞は「タテ社会のトップに立つ」と報じました。女性がトップに立つこととタテのシステムはどう関係するのでしょうか?

男女のことでうるさく言う人も、先輩後輩は大事にするでしょう。それがタテのシステムです。後輩が先輩になるっていうことはないし、どんなに意地悪をしても先輩後輩の関係は絶対に変わりません。だから、タテのシステム、序列のある社会は本来、女性にはプラスなんです。女性だって会社でエレベーターで先輩に「お先にどうぞ」とやるでしょう。あれがタテのシステムを守っている強い証拠です。私もタテのシステムに入ったからこそ、教授になれたんだと思います。女性で意地悪するみたいなのは、タテのシステムとは別の話ね。日本は先輩後輩の社会なので、女性だからといって入れないことはないの。

――どんな人にも先輩後輩はある。けれども、力のあるタテのシステムに入れるかどうかでその後が変わってくると。

そうですね。たとえば学校を例に取ると、東大のシステムに入れなかったというのは、勉強ができなかったからですよね。その理由は、本人の問題だけではなく、さきほど申し上げたように、女性が学問をすることを重視されてこなかった歴史的土壌や家庭環境、翼を折られてきた背景があるからです。

(撮影:鬼頭志帆)

――日本の女性は資格や能力、性別などでつながるヨコの連帯を強めるべきなのでしょうか?

いえ、私自身は東大でも「さつき会」(1961年発会)という女子卒業生の同窓会団体に誘われたこともあったけど、一度も行かなかった。同じ女性だけ集まったってしょうがないと思ったから。

ただ、女性に対する問題は依然として存在しています。昔から日本では年齢の高い女性をあまり尊重しないでしょう。一番いいのは若いきれいな女の子よね。それが問題なんです。銀行とかね、窓口にきれいな子が並んでいるでしょう。若くてかわいい女性がいると客がもっと来るっていう考え方があるわけです。でも、お客さんにとって大切なのは時間でしょう。それなら、決定権がある人が窓口にいてほしい。窓口には経験と知識がある人がいたほうが、ずっと能率が上がると思います。そういう理解になっていないのが日本の問題なのね。

結局、「かわいい」なんてことを優先させているのは、日本社会は知性を本気になって考えていない証左だわ。

不利な条件に対して賢く対応する術を

東大の入学式で上野さんは、東大の女性比率は学部生でおよそ20%、大学院修士課程で25%、博士課程では30.7%まで上がる。さらにその先の研究職になると、助教で18.2%、准教授で11.6%、教授で7.8%と役職が上がるごとに女性比率はどんどん低下すると指摘した。企業の幹部構成でも同じように上位になるほど女性比率が下がるケースが指摘されている。

(出典:東京大学、図版:ラチカ)

――中根さんは10年前の東大大学院の祝辞で、社会環境によるマイナスは女性の方が大きいと述べていました。結婚や出産など揺れ動く要素が少なくない時期に、研究への情熱を続けて持つことが大切であると。

そうなの。祝辞でも言いましたが、女性の方がいろんな “雑音”が入りやすいですからね。だから、女性が社会に出ることについて、日本では制度的に不利なこと、社会の理解が不十分であることがよく指摘されますよね。

でも、私がアメリカやイギリスで大学院を担当した経験からみますと、日本の女性は、研究に対する心構えが弱いように感じました。私が接した外国の女性たちには、個人を取り巻く障害に対する強さがありました。日本の女子学生にも不利な条件に対して賢く対応する術を持ち、努力をしてほしいと思います。

――日本の女性にも個人としての強さを持ってほしいと。

私は戦後間もない時代に、象しか交通手段のないインドの奥地に調査に行ったんです。人間社会における未開と文明の意味を社会人類学的に調査するのが目的でした。当時は寝袋などもなかったため、ポーターを雇って、折りたたみの木製のベッドを持って、食料も持参していく。ベッドのない地域では、大木を二つに割って平らな方をベッドにしたこともあったの。

(撮影:鬼頭志帆)

ジャングルで危険なのは「マンイーター」という人間の味を覚えてしまった人食いトラでした。そいつが来たら大変なので、現地の人たちは木の上で見張りをしていて、教えてくれるのね。そんなところに女性が一人で行くというのは、確かに当時の日本としては、珍しいことだったかもしれませんね。多くの人から無理だと言われました。でも、女だからとか男だからとか自分に制限を設けずに、一人で自由に心の赴くままに調査したかったのです。

私は生涯独身でしたが、もし結婚していたとしたら、これだけ研究に没頭はできなかったかもしれないです。だって、何カ月も一人でジャングルの奥に行っちゃったりするから。やっぱり相手がいたら、ちょっと気を使うじゃない。

(撮影:鬼頭志帆)

――自由に研究に没頭したいから結婚は考えなかったのですね。

そう簡単にも言えないわよ。いい人がいたら、って思うこともありました。ただ、1952年に東大に助手になった時は、教授会では反対の意見も多かったそうです。「女性は結婚したら、研究をやめちゃう。だから、研究職にしなくてもいいだろう」って。私はたまたまいい相手がいなかったことと、研究に没頭する時期が一致したんだわ。

インドの女性は家でマネジメントを学ぶ

――国際労働機関(ILO)の報告書によると、2018年に世界で管理職に占める女性の割合は27.1%ですが、日本は12%にとどまり、主要7カ国(G7)で最下位。アラブ諸国と同水準とされています。

それはやっぱり伝統と関係があるわね。例えばインドや中国では、家庭のウチとソトを区別しています。ソトの関係は男性がトップ。でもウチでは、女性の最年長者がトップなのよ。最年長の女性は、男性を含む大家族の中のトップで絶対権限を持つの。だから女性がトップであるということには慣れてるのよ。それは女性が社会に出てトップとして活躍するのに、とても都合がいい。

インドの女の人は、若くても早く最長老になりたいと思うの。権限を振るうのがとても楽しみなのね。そういう雰囲気に育つから、マネジメントがうまいわけよ。日本には女性でそういうマネジメントを学んだり、生かしたりする場面がない。日本ではウチ、ソトの区別をせずに、「女の子だから」と言われて育っちゃうでしょう。マネジメントは経験がないと駄目なのよ。

(撮影:鬼頭志帆)

――上野さんの祝辞で最も反響があったのは、東大生は頑張れば報われると思ってここまできたが、頑張っても公正に報われない社会が待っていると語った部分です。そして、「あなたたちの頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を助けるために使ってください」とノブレス・オブリージュ(身分の高い人がもつ社会的責務)とも受け取れる内容を話していました。

日本には階層がなく、「連続」の思想です。つまり、自分はあの人より持っているが、でも上には自分よりももっと持っている人がいる、という相対的比較の社会。だから、上層の者にはその特権を持たない人のために一定の義務がある、という思想、ノブレス・オブリージュが根づいていない。「もてる者」が「もたざる者」へ援助する思想が希薄なのです。

ですが、これからは女性の問題を含めて、自分だけ良ければいいという社会ではなく、もたざる者、あるいは、頑張りたくても頑張れない人へのまなざしが重要になってくるのではないでしょうか。

(撮影:鬼頭志帆)


河合香織(かわい・かおり)
1974年生まれ。神戸市外国語大学卒業。2009年、『ウスケボーイズ』で第16回小学館ノンフィクション大賞受賞。『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で2019年、第50回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

[写真]監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝
撮影:鬼頭志帆
[図版]ラチカ

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