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菊地健志

開き直った「クズ男」、腐り芸人・ハライチ岩井のひねくれ具合

2019/10/26(土) 09:22 配信

オリジナル

「ハライチ」は、若くして世に出た早熟の天才だった。結成4年目で「M-1グランプリ」決勝進出。とくに坊主頭で愛嬌のある澤部佑は個人としてテレビの仕事をどんどん増やしていった。一方で、仏頂面で無愛想な相方・岩井勇気は置き去りにされた。だが、そんな岩井にも再評価の声が高まっている。人の心にズケズケと土足で分け入って核心を突く発言をする「腐り芸人」キャラとしてじわじわ支持を広げているのだ。「俺、クズなんで」−−開き直った男が語るひねくれ理論とは。(取材・文:ラリー遠田/撮影:菊地健志/Yahoo!ニュース 特集編集部)

別に腐ってる感覚はない

「別に腐ってる感覚はないんですよ。ほぼ正論しか言ってないんで。本当のことを言うなよ、っていう世の中じゃないですか。それがもうおかしいですよね」

腐り芸人としての岩井を象徴するのが、彼の口から飛び出した「お笑い風」という言葉だ。ドラマの番宣でバラエティー番組に出る俳優を芸人が持ち上げて、その場限りのお手軽な笑いを生み出す。それは本物のお笑いではなく、それっぽいだけの「お笑い風」に過ぎない。岩井のこの指摘は、今のテレビのメインストリームに馴染めない人たちに大反響を巻き起こした。

だが、岩井本人としては当たり前のことを言っただけだった。一般的なテレビ番組で行われているような「お笑い風」を好む感覚自体がなかった。

「そもそもテレビに憧れてこの世界に入ってきたわけじゃないですからね。今は芸人もお笑い風になってきているときがありますよね。例えば、芸人が別の不細工な芸人に対して『お前の元カノはどんな子だったの? どんなことしてたの?』って細かく聞くとするじゃないですか。で、本人がそれに答えて話したら『いや、誰が言ってんだよ!』ってツッコんだりする。これ、成立してないですからね。全然つじつまが合ってない」

岩井にとって、笑いとは理屈だ。理屈が通っていないものはお笑いっぽいだけの偽物だということになる。核心を突く彼の発言は、聞く側をいや応なしに苦笑いに追い込む。反論は一切許されない。

「反論はされないですね。そこをつぶしながら言ってますから。誰かに正論を言って、そいつが反論するとしたら、そいつ自身が何か傷つかないと俺に文句言えないですからね。誰でも自分の痛みに触れるようなことはやりたくないから、だいたい反論してこないです」

そんな理論武装の鬼である岩井に対して唯一思い浮かぶ反論は「そういうお前はどうなんだよ」ということぐらいだろう。仕事で「お笑い風」を求められて、それをやったことは一度もなかったと言い切れるのか。そう問われたらどうするのかと尋ねると、岩井は不敵に笑った。

「別にやらないとは言ってないですからね。俺、クズなんで。自分が否定したことをやっていたら確かにクズだけど、なんで俺のことをクズじゃないと思ってたんだよ、って(笑)。だまされただろ、って思いますね」

開き直るクズは手に負えない。そう、岩井はいつでも神の視点から絶対の正義を説く。平成末期に起こった爆発的なお笑いブームは、とんでもない化け物を生んでしまった。

澤部に嫉妬したこともない

ここまで話を聞いてみると「相方の澤部だけが売れているから岩井は嫉妬してひねくれている」というよくあるイメージも根本的に間違いであると分かる。岩井はそんな些末なことにこだわる人間ではない。

「澤部に嫉妬したことないですよ。俺、澤部が受けてる仕事、そんなにやりたくないって思いますもん。できないし、やりたくないし。絶対タイプ違うでしょ」

岩井は嫉妬しない。他人と自分を比べることもしない。神の視点に立つ男は、自分という人間さえもありのままに受け止めている。「だいたい何かの真似してるやつが他人と比べちゃうんですよ」と、あっさりしたものだ。岩井は「腐り芸人」という言葉から連想されるような、どろどろした嫉妬の塊のような存在ではない。漆黒ではなく無色透明。透き通っているからこそ、底が見えない。

そんな岩井の内面を映し出しているのが、現在6刷、3万部を超えた初の著書『僕の人生には事件が起きない』である。タイトルの通り、大きな事件など起きない、芸能人らしからぬ地味な日常が淡々とつづられている。そこでは、特に目立つこともしていない岩井が、黙々と小さなことに驚き、怒り、喜ぶ姿が描かれている。文章を書く習慣のなかった彼にとって、それは新鮮な体験だった。

「これを書くようになって、感じたことを言語化できるようにはなりました。なんで俺、いま怒ってるんだろうな、とか。モヤッとすることってあるじゃないですか。だいたいモヤモヤしたまま終わるんですけど、その理由を明確にするようになりました。それが気持ちいいですね。何か溜まっていくのが嫌なんで。全部捨てていきたいんです」

組み立て式の棚を買ったけどなかなか組み立てられなかったことや、親戚の法事で覚えた違和感など、ここに出てくる話は本当に他愛もないことばかりだ。でも、そんな特別な事件の起こらない日常を岩井は心から愛し、全力で面白がろうとしている。

「事件が起きないほうがよくないですか? 嫌なことないほうがいいじゃないですか。人生だいたいこんなもんだし、そんなに大きい幸不幸なくても面白いけどな、って思うんですよ」

この本は、ある種の人にとっては当たり前の日常を楽しみ、自分を肯定することを説く「自己啓発本」のように機能するだろう。岩井自身も「そう思ってもらってもいい」と言い切る。

「自分は平々凡々な生活してんな、って思っている人も、人と比べなくていいと思うんですよね。自分の人生だし、誰かの価値観で自分の価値観を決めないほうがいいんじゃないの、って」

誰が見ても分かるようなネタをやりたい

ひねくれではなく、むしろ前向き。それが岩井の正体なのかもしれない。実際、岩井には、「少数派にしか理解できないようなことこそが一番面白い」というような、サブカル系のこじらせた人間にありがちなマイナー志向は皆無だ。むしろ、自分のラジオ番組に関しても、ヘビーリスナーにしか分からない内輪ウケに陥ることを望まない。

「閉鎖的なのが好きじゃないんです。深夜ラジオは伊集院(光)さんの真似してるやつが多いですよね。もちろん伊集院さん自身はめちゃくちゃすごいですけど、芸人の深夜ラジオとはああいうものだっていうことはないですから。今やってる『ハライチのターン!』(TBSラジオ)でも、下ネタ話さなきゃいけないとか、リスナーに呼びかけなきゃいけないとかも思ってない。間口を狭めたくないんですよね。漫才も同じで、誰が見ても分かるようなネタをやりたいんですよ。俺らのことを知らない人が見ても成立するネタをやったほうがいいと思っています」

ハライチが若くして頭角を現すことができた秘密がここにある。厳しい本音を言って人々の背筋を凍らせながらも、心の底では自分の笑いが万人に伝わることを目指している。

では、今後はどうするのか。40〜50代を迎える芸人のキャリア戦略は難しい。一人前の大人として、情報番組のコメンテーターになって世相を斬っている岩井の姿はさすがに想像できない。だからと言って、明るく元気にバラエティーの最前線でがんばり続けるタイプでもない。今後の道について問いかけると、他人事のように「どうなっていくんでしょうね」とつぶやいた。

ただ、可能性はある。今のテレビでは、規制が進んでいると言われる一方で、露骨な本音を言えるタレントをむしろ求めている部分もある。テレビ局側が言いたくても言えない本音を、タレントが個人の責任で面白おかしく言う。そういう需要は確実にある。有吉弘行、マツコ・デラックス、坂上忍、梅沢富美男など、型破りな毒舌キャラからスタートした人がむしろテレビの中心に行くという逆転現象もしばしば起きている。腐り芸人の頂点に立つ岩井にもその可能性は十分あるのではないか。

「あるんじゃないですか。あると思いますよ。だいたいこういう位置のやつがあとあと出てくるんですよね。ただ、そのルートに乗るのもつまんねえな、って思いますけどね。行く末が見えちゃうと何も面白くない。どうなっちゃうんだろう、が一番面白いですね」

目の前の「今」を愛する岩井に、将来のことを聞くのが無粋だったのかもしれない。岩井は、その日本一ややこしいひねくれ方を続けたまま、これからどんな道を歩んでいくのだろうか。


岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と2005年に「ハライチ」結成。結成後すぐに注目を浴びる。ボケ&ネタを担当。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。『僕の人生には事件が起きない』が初の著書となる。


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